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第3.5話:白夜の遺産



「異空さん、行っちゃいましたね……」


 そう呟いた水無月星奈の両手はガムテープの貼り付いた段ボールで塞がっていた。

重心を崩すまいと後退る度にホットパンツの上から薄紅のエプロンが揺れ安っぽい柔軟剤の残り香を漂わせる。


「ふぅん……こないな事もあるんやねぇ?」


 傍らの真白は声だけで笑いながらも商品リストに最後のチェックを付けた。

 品出しを終えたばかりの千願堂に漂う沈黙は決して今に始まった事ではない。

Itafの後輩が新入りのバイトとして来ていようが、謎の店員・烏間異空が「用事がありまして」の一言で急に外出しようが、元よりこの店に辿り着ける者が少ない以上会話が発生する事自体が稀なのだ。


「まぁええわ。その分給料引く言うておいたし、代わりの美人はんも来はったし」

(あっ……やっぱここブラックなんだ……)


 兎にも角にも、午前の作業を一通り終えた2人には多少時間と心に余裕があった。

改めて店内を見て回ろうとする星奈を真白が呼び止めたのもその為である。


「『どうしてバイトに入ったか』ですか?」

「ん? あぁ、何となぁくな? 別に()ならええよ?」

「いえ、無理言ったのはあたしですし……とは言ってもあんま大したことじゃないですけど……」



 年始にも関わらず少女の顔が晴れないのには理由があった。

思い出されるのは昨年の出来事。Itaf着任直後の襲撃事件から対能力者連合Irialとの激戦に次ぐ激戦。そして、国の存亡を賭けた神性(原典白夜)との決戦を経て、彼女の胸中にはそこはかとない不安が湖底の泥の様に溜まり積もっていた。


 最初の戦いは、先輩達の機転もあって難を逃れた。

真機那勇一との戦いは……犠牲を出しての辛勝だった。

霞ヶ関での作戦は─────自身の立つ戦場が薄氷の上にある事を知った。


『災害を封じる能力』……自分でも忌み嫌っていた力が誰かの役に立っている、そんな事実だけでも水無月星奈という人間が救われるには足りている。

しかし、それ故に心の奥底で時折思うのだ。

「果たして、自分はこの先の戦いに付いていけるのだろうか」と。


 焦燥が背を押す度に気が散り、的を狙った炎が壁を焦がしている事にようやく気付く。


「またやっちゃったかぁ……」


空笑ってはみたものの口元は引きつっている。

そしてそれを自覚してしまっている。

その時感じた心の暗闇を、その恐るべき正体を、星奈はよく覚えていた。

また吞み込まれるまい、そう思うより先に彼女は既に駆け出していた。



「──────で、会長はんにこの店(うち)を勧められたと?」

「はい。神凪ブートキャンプ? との二択だったので」

「うわ、アレと同系列なんやねココ……」


 何故真也が成長の場として戦いとは縁遠い千願堂(※武器も販売中)を選んだのか───真相は当人しか知らないらしい。

しかし、この時の真白は、実のところ星奈の経緯や心境に大した興味は無かった。

元より感情が希薄な彼女からしてみればそもそも他者とは周囲の状況に変化を齎す外的要因でしかなく、それらが内包する情報を調べる価値といえば状況の変化(主に商機)を事前に察知する為に他ならない。

それでも星奈を呼び止めてまで聞いた理由は彼女が人として成長を始めた証拠か、或いは単なる気紛れか。


「ま、せいぜい使(つこ)うてやるさかいあんじゅう宜しゅう」


……気紛れであった。




「そ、そう言えば千願堂(ここ)不思議ですよね! 外見より広かったり色々と」


 不穏な予感を察知してか、星奈は即行で話題を切り替えに掛かる。

普段関わりの無い真白に対して切れる手札といえば千願堂の第一印象程度だった。


「せやなぁ。わしが子供ん頃からずーっと、何もかんもひん曲がってるんよ。まぁ役人はんもあんまり来ぃひんし、わしは気に入っとるんやけど」

「会長や小手川先輩でも少し迷うとか言ってたような……?」

「初見で迷わんかったのは異空君と……あと紅葉はんくらいやね」

「へぇ……やっぱり空間系の能力者が建てたんですか? 何ならItaf本部より秘密基地感あるなぁって」


 ここで真白は壁に掛かった時計に視線を移して言った。


「んーわしにもよう分からんけど……多分ここ時間の流れとかも違うんよ。その所為でたまぁに遅刻するわで……」

「あ、ホントだ。長い針が急に加速して……」

「……え?」

「え?」


 次の瞬間、2人の視界は強烈な光に包まれた。




 おそらく、その時起きた現象を説明出来る者はいないだろう。

しかし以前───この場所を訪れた2人組は直感的とは言えその可能性を見出し、また仮説を立てる段階まで到達していた。


曰く、「時間と空間が辻褄を合わせた」と。


現かすらも不確かな異空間、千願堂。

とある能力によるほんの少しの余波だけでその空間定義は容易く崩壊し……そして、少女たちは世界から消失した。



「ッ……! 一体何が……!?」


 網膜に張り付いた光の残渣が晴れていく。

星奈が目を開けると、ホコリっぽい木の棚と先程並べた土器の破片が見えた。

灯りは消えているものの射し込む陽光で視界は鮮明なまま。

鉄屑の弾丸も無ければ黒い霧も見られない、相も変わらぬ千願堂である。


「あらら、まーたこないなことになりはって……」

「また? 前にもこんな停電が?」


 真白は無言のまま、窓辺へと色の無い眼差しを投げている。

その視線を追った星奈は─────果たして、言葉の類を失った。


「…………!」


 立ち並ぶ陳列棚を抜けた先、アンティークガラスの向こう側に路地裏の開けた場所は無く──────代わりに、地平に区切られた荒野が見えた。

幾度目を擦ろうと何も変わらない。

影すらも疎らな大地、文明を忘れた世界が広がっている。


「……わしのお義父はんな、昔は色んな世界に行っとったんやて」

「……? 色んなって……何がなんだか……」

「んー、わしにもよう分からんけど、あん人も根っからん商売人(あきない)でな? 多分この店ごと(・・・・・)場所や時間を転々としてたんよ。でなければ、何度もこないな事は起これへん」


 真白曰く、今は亡き白夜真緒は生前様々な次元を渡り歩く、ある種のタイムトラベラーだったらしい。

何らかの伝手によって建てられたこの千願堂は、星奈の直感通り空間を歪曲させる効果を持ち、その名残で今も尚周囲の路地が異界と化しているのだという。

後は適当な文明圏へと渡り商品を現代と異なる価値で売るだけ───出鱈目にも程がある話だが、窓辺の景色ただ1つが揺るぎない根拠として存在している。

何より、数瞬覗いた真白の顔には懐古の微笑が浮かび、久々に“人間らしい”反応を示していた。誰よりも澄み渡った眼には憂いが差し、紛れもない事実(景色)を見つめていた。


「前はどこぞの街にも飛べとったんやけど、今は見ての通り──────」

「何も無いんですけど……」


 星奈は改めて前後の出来事を思い返す。

そういえば強い光が来る直前、時計の針───時間は加速していた。


「……まさか、これが未来の景色ってこと……?」

「……こんトコ、こん景色しか見られなくならはってなぁ……何でやろねぇ……」


 Irialとの死闘を経て尚、真白の周囲には未だ多くの謎が残されている。


何故、【原典】なるものを作る必要があったのか。

何故、【原典】はあれ程までの威力を持ち得たのか。

何故、白夜真緒は彼女に【原典】を継がせようとしたのか。


幾つかの考察はあれど、そのいずれもが推論の域を出ない。

そうして、今日もまた1つ、泡の様に謎が増えたことになる。

きっと、そのどれもがやがて1つの事実へと繋がる。

少女達もまた傍観者のままではいられない。


───理解していた。


何故なら、Itafは謎を暴く側だから。

何故なら、Itafは超常を殺す側だから。

何故なら─────そうあるべきと、あの日覚悟を決めたから。



 暗雲が如き予感を胸中に留め、改めて星奈は状況を見渡す。


「ところで、元に戻る方法ってあるんですか?」

「ん、あらへんよそんなん」

「えっ……!?」

「だってぇ、気ぃ付いたらいつもん路地に出とるだけやし? これで最後かもしれへんなぁ?」


 ナチュラルにフラグを投げつけてくる真白。

対する星奈はようやく今が最悪の事態一歩手前である事を理解した。


「ま、気長に待つしかあらへんなー」

「そんなぁ……」



 同刻、新幹線の車内にて。

過ぎ行く景色を横目に、青年は神妙な面持ちで携帯を耳に当てていた。


「もしもし、親父? 今時間の程は───良かった、大丈夫ですか。それでは───」


「───ええ、近いうちに【原典】を───」


「───はい、ついでに彼女を連れて来てもらいたく───」


淡々と、必要最低限の通話はすぐに終了した。

 それを見計らって、歩み寄る気配が1つ。


「仕事、早いわね? まだ腕も痛むでしょうに……」

「ああ、燐那さん。大丈夫ですよ、こういうの一度や二度じゃないんで。それよりも、何かあったようで?」

「ん。あーそうだったわね……ついさっき、また世界線が収束したのよ。それも、割かし大きめの」

「最近多いですよね、それ……そんな、幾つもの可能性が一気に淘汰される事あります普通? 人や動物の行動に選択肢がある以上、未来が1点に絞られるなんて早々……」

基本的には無い(・・・・・・・)と思うけど……えーと、ほら、何事も例外は何とやらってヤツ、あるじゃない? 私にも経験が無い訳でもないとゆーか?」

「例えば?」


「─────『因果の信徒』に遭った時とか」


「…………」


 返答を返し損ね、代わりに車窓へ視線を投げる。

硝子に浮かんだ影は既に西日の中へ溶けてしまっていた。






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