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第2話:未元会議



 年明けより数日が経った頃、荘厳な朱塗りの門を見据える真也の姿があった。

名家特有の雰囲気に気圧されることもなく、純粋な眼差しで薬医門の様式美に感心する。

そんな彼の視線が壁脇に設けられた扉へ向けられた時、丁度そこから迎えが出て来るのが見えた。


「こんにちは。遠路はるばるご苦労様です」


 軽くお辞儀をした少女は(からす)の濡れ羽の様な黒髪に桜花紋様の和服───背景と相まって絵に描いたような和風美人が完成されていた。


「ええ、こんにちは。改めて、協力感謝します」

「いえいえ、三浦さん(親友)の紹介とあれば一見さんでも構いませんよ。敬語も結構ですので」


 真也と親し気に話すこの少女、櫻小路琴音(さくらこうじことね)は京都に居ながらも汐ノ目の実態を知る稀有な人物である。

というのも、彼女が当主を務める櫻小路家は20代続く異能の名家であり、汐ノ目機関(グループ)とは長らくの協賛関係にある。

その為機関本部にて開催される会議を通しItafや彼らの相手取った事件についてある程度把握していた。

実働班壊滅事件に始まり前理事長の正体、Irialとの抗争から【原典白夜】の打倒まで、目覚ましい成果の数々をリアルタイムで見守っていた。

だからこそなるべく対等な立振る舞いを所望する。律義さに定評のある少女であった。


「了解……そういえば標準語で話す、んだな……?」


 真也のぎこちない溜口に琴音は笑って答える。


「ええ、能力の都合上『含み』を持たせるのは危険ですので」

「あーなるほど? 京言葉もデメリットになるのか……凄いというか何というか……」

「ふふっ、まぁ立ち話もなんですし。有片様、天堂様、西川様、鳳蝶日奈(あげはひな)様、夜奈(よな)様。どうぞお入りください」


門下を潜るのは、汐ノ目機関が指定する超高出力能力者───通称『未元の能力者』と呼ばれる面々である。


 ここで改めて彼らについて紹介する。


 まずは筆頭、赤毛と腕時計の青年、『時間の未元』こと我らが有片真也である。

彼に関しては最早説明不要である。よって次へと移る。


 続いて白髪赤眼の少女、『空間の未元』、天堂天音。

絶世の美女にして出自不明、アルビノ、真也のライバルとやたら属性の多い彼女。

その神秘さ故か、噂では既存の人類と数パーセントDNA配列が異なるとすら言われている。あくまでItafの、付け加えるならクロの証言である為真偽は定かでない。


 その後ろに続くのは高校生程の背丈の、茶髪碧眼の女性、『因果の未元』こと西川燐那(にしかわりんな)

高校生程、と云うのは語弊があり、彼女の実年齢は既に20代後半を超えているはずである。

付け加えるならば、勘の良い方なら分かる通り、彼女はItafの一員である西川小雪にとっての母親である。

終始面倒そうにしながらも、今回は保護者役として後輩達と同行していた。


 最後の2人はまとめて紹介する。

栗毛の双子、『電磁気の未元』、鳳蝶夜奈と鳳蝶日奈。

真也にとって弟子に当たる彼女たちは異能対策委員会の下部組織、異能対策委員会補佐自警団、通称Ivis(アイビス)を統括する、れっきとした学園の猛者である。

元気いっぱいに駆け出していく日奈と注意する夜奈。

相も変わらず微笑ましい姉妹愛(シスコンとも云う)である。



 数多の戦火、世界の脅威と対峙してきた彼らが何故古き都に出向いたのか、その理由は広大な庭園を抜けた屋敷の奥に在った。



 5人が案内されたのは客間と思しき南向きの部屋であった。

昼下がりの陽射しに目を細め各々が緊張の面持ちを作っていく。

ただ1人を除いては……。


「わーい! 日奈いちばんのりー!!」「あっ待って日奈!」


 琴音が手を掛ける前に障子を開け放つ鳳蝶姉妹の妹、日奈。

姉と共に戦略兵器紛いの『未元』に指定されている彼女だが、初めての京都旅行にハイテンションだったのか中学生(子供)らしい笑顔を終始振り撒いていた。


「あー……うちの後輩(弟子)が申し訳ない……」

「ん、いいんじゃない? 可愛いし可愛いし、あと可愛いし」

「相変わらず女児には甘いのな、天音(お前)


 苦笑いをする真也に琴音はまぁまぁと微笑みを向ける。


「子供は元気が一番ですから」

「2人共今年で中二なんだけどなァ……」

「ふふっ、良きことではないですか。さて、ではどうぞごゆっくり……」


 お辞儀をし立ち去ろうとする琴音だったが真也に呼び止められ何かを渡される。

二つ折りにされたメモ用紙を少し覗いた後、琴音は落ち着いた様子で言った。


「かしこまりました。ではこれで……」


皐月の川の如く靡く黒髪を見送り、真也達は姉妹の後に続いた。





「おや、思ったより早いですね」



 客間の中央、木目の卓の向こう側でその人物は待ち構えていた。

拘りの無さが垣間見えるぼさぼさの銀髪と吸い込まれそうな深緑の瞳。

天音や燐那、鳳蝶姉妹にも負けず劣らずの、別ベクトルの美少女が鎮座している。

まるで彼女の為に切り取られた様な和室は小さいながらも確かな非日常を予感させた。


「あーいいのいいの。それ、こっちの台詞だから。悪いわね予定空けてもらって」

「構いません、西川燐那。情報共有の意義は世界(わたし)が最も理解していますので」


 テープを再生したような声が燐那の挨拶に答える。

その親し気な様子や互いの口調から少女は(見た目こそ高校生ほどだが)成人である燐那と同じかそれ以前の生まれと考えられた。


「────さて、ではあなた方が有片真也、天堂天音、鳳蝶夜奈、鳳蝶日奈───それぞれ、『時間』『空間』『負極(マイナス)』『正極(プラス)』の未元ですね」

「ええ、はじめまして。貴女がWD」

世界災害対策機構(WDMO)所属、御記千世(みじるしちよ)と申します。以後お見知りおきを」


 スカートを捲る様な仕草で自己紹介をする少女────御記千世。

彼女こそが先の大戦により第二の生を享けた、最古参の未元である。




「────そうですか。『信仰』の未元、烏間異空はこの場より品出しを優先した、と」

「ほんっと何考えてるんだか、天音(わたし)達にもわかんないのよねぇ」



 大人たちが近況報告に興じる最中、鳳蝶姉妹はなかなか会話に入れないでいた。

トークテーマが無い、という訳ではない。

寧ろ久々に会えた先輩たちには話したいことが多すぎて迷う程だ。


「────まぁ良いでしょう。それと、貴女方の活躍も聞き及んでいます鳳蝶夜奈、鳳蝶日奈」

「えっ? あっハイ……」「ありがとう、ございます……?」


 姉妹が一歩前に出れない、その原因はこの御記千世という存在にあった。

と云うのも以前、ある理由から彼女達は親族や周囲の人間を含め千世から大幅な記憶の改竄を受けていた。

これは彼女達が社会生活を送る上で必要な処理だったのだが、その所為で2人が思い悩み葛藤したのもまた事実である。

悪意が無いとはいえ苦手意識を持ってしまうのも無理は無いと言えよう。



 妹の日奈がたじろぐ中、夜奈はふと千世の尻ポケットから電波が発せられていることに気付いた。

電源を切ってはいるものの彼女の目には尋常ではない量の電子が絶えず携帯へと行き来しているのが映った。


「あの……連絡来てるみたいですけど……?」

「ええ、把握してますよ鳳蝶夜奈。WDMO本部(ジュネーブ)からかと思われます」

「出なくていいんですか?」

「構いません。今の世界(わたし)はあくまで仕事中、そういう事にしてありますので」

「仕事……?」「ですか……?」


本来国連組織に所属する千世が遠出をする場合何らかの正当な理由が必要となる。

彼女の場合それは汐ノ目機関の会議にオブザーバーとして出席する時など、能力者関連の事案に限られておりそれ以外の場面では外出すら難しい(その気になれば抜け出せるが)。

だからこそ、汐ノ目機関のスポンサーである櫻小路家に場を設けてもらう必要があった。


「櫻小路家から呼び出されたとなれば能力秘匿に関わる案件として処理出来ます。加えて、守秘義務も発生するので好都合かと」


 口調こそ無機質で真面目な千世だがこの間彼女は座布団を枕代わりに茶菓子をつまむ、絵に描いた様な怠惰っぷりを晒していた。


「ですが────お気遣いありがとうございます。鳳蝶夜奈、鳳蝶日奈。良き姉妹、良き後輩と評価出来ましょうモグモグ……」


 良い感じの雰囲気を演出しようとしているがこの間も千世は畳の上で涅槃が如きリラックスをかましていた。

終始こんな具合だと云うからWDMOも懐が広い。或いは、余程の放任主義か。

いずれにせよ彼女が奔放極まりないこと、反面仲間思いであることが伺えた。


「まったく……行儀悪いわよ? 最年長が聞いて呆れるっての」

「そうだったんだ……」「大丈夫よ燐那さん」


思ったより人間臭いヒトなんだな、鳳蝶姉妹の苦手意識も若干ながら解れたようだった。




「……さて、本題に入りましょう」


 千世が姿勢を直したことで真也はその場の空気が瞬時に引き締まるのを感じた。

各々が緊張の面持ちで待つ最中、千世が取り出したのは一枚の写真であった。

それは北半球を写した衛星写真の様だったが、それが非凡かつ特異であることは一目で解せる。


「これは……」


 遠目に見れば青い地球────しかし、注視するとそれを覆うように薄らとベールの様なものが見える。

細やかな光が編み込まれたそれはアメリカから、オセアニアから────世界中から大気圏を跨ぎ────そして、日本列島へと収束していた。


「数ヶ月前、米国宇宙開発局の衛星が撮影した画像です。こちらに写っている光は、全て第四世代粒子(エーテル)の流れと考えられます」

「ハッキングを可視化した、とかじゃなく……?」

「衛星がIscan同様感知系能力者の神経系を搭載したことを含めて、この情報自体米国政府が隠蔽していましたので、確定的かと」

「そう、ですか……」


 能力実用化の本場であるアメリカにとって能力者の軍事利用、非人道的行為はその反動とも汚点とも言える。

こうした隠蔽は日常的に行われていることだが、では何故『その事だけ隠さなかったのか』。

普段から『揉み消し』をやっている身としても、真也たちは疑念を感じていた。


「ところで有片真也、惑星連結に関する知識はありますか?」

「? そういえば一昨日、ニュースでやっていたような……?」

「ええ、8惑星及びそれらに付随する全衛星が今年3月末に一直線上に並ぶとされています。そして、WDMO(我々)は今回観測された粒子流、その想定量から鑑みそれらは比例関係にある、と考えています」



 それは流れるかのような情報漏洩、機密性の敗北であった。


 第四世代粒子も粒子として存在している以上ある程度の物理現象、特に惑星規模の重力の影響も受けるのだろう。

だとしてもそれらが特定の場所へ流れ込む理由にはならない。


視線を落とした真也はもう一度、写真を見渡す。

幾枚もの光の奔流が日本へ───関東へ───東京のどこかへと集まっている。

一番強い光───中東から伸びるベールをなぞり見て、その脳裏に違和感を書き出していく。


何かを忘れているような、言葉にできない何かをこの時真也は確信していた。

しかし、それを思い出そうとする度に、形容しようとする度にノイズのような痛みが眉間を貫き次なる発言を許さない。

その痛みの正体を真也は把握していた。

それはかつて天音が記憶を無くしていた様に、鳳蝶姉妹が訳あって能力を共有している様に、千世が機械染みた口調と人間臭さ、矛盾を抱えている様に、未元の能力者とは皆何かしらの『上書き』が為されているということ。

そして真也にとっての『上書き』こそが彼等の懸念───今回の件へと繋がっているということ。


────嫌な予感しかしねぇな……。


平然を装いながらも、真也は千世の話に耳を傾けるのだった。



 真也らが議論を重ねている頃、彼らが後にした門前に新たな来訪者の姿が在った。

褐色の肌と感情の無い瞳を持つ長身の男性───少なくとも真也らにそう観測された存在。

『信仰の未元』、烏間異空である。

千願堂の品出しを優先させた彼ではあるが、同族(未元)としての共鳴か、場所は知らされていたので律義にもこうして後を追って来たらしい。

しかし遅れて来た手前、立ちはだかる門は堅く困り果てているのだった。


「……」


 この様なときは門扉を叩く、或いは大声でも出せば庭番の誰かが気が付きそうなものである。

しかし基本的に能動的な行動をとることが出来ない彼にはそんな選択肢が思いつかなかった。

何せ信仰とはあくまで人間がする行為であり、『される』側がどうこう出来る概念ではない。

これ以上の言及は彼自身の出自に関わることの為今は省略する。


「……? …………」


 どこかにインターホンは無いか、探そうと踵を返した時だった。


ぱん。ぱんぱん。


「…………?」


 乾いた銃声が計3発、彼の胸へと消えていく。

臓腑を抉られる感覚の中、異空は石畳へ仰向けに倒れ伏した。


「…………──────」


声1つ上げること無く、ただ痛みに体を刺し穿たれていく。

念入りに、念入りに、明確な殺意が銃口から吐き出された。


「────────」


ぼやけていく視界の果てで異空が最期に見たもの。

それは機関銃を覗かせた白いローブの集団だった。


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