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第1.5話:幕間・昴の民

 年末、学園の夜は酷く静かだった。

それはItafの本部も例外ではなく、宿直のメンバーが床に就いた途端いつもの喧騒も嘘だったかの様に絶えてしまう。


「まったく……あれ程残業はしないと言ったのに……」


暗い管制室の中、モニターの前で白い吐息に目を細める。

Itaf調査班所属の少女───語部綾(かたりべあや)

誰よりもキッチリと仕事をこなし確実に定時帰宅する、そんな彼女の姿が何故よりにもよって真夜中の本部に在るのか。画面と睨めっこをしているのか。

原因はその日に夕暮れ、Itaf独自のチャンネルを介して一通のメールが送られてきた事に端を発する。




「暗号解読……ええ、確かに私マストの案件かと存じますが……この時間からやれとは、それ程の急用なのですか?」


 帰宅の途に就こうとしていた矢先に呼び止められ、綾は奥歯を噛み締める程度には内心ムッとしていた。

文句の1つでも言ってやろうと思ったが……会長直々の話ということもありその緊急性を察し黙っているという塩梅だ。


「ああ、申し訳無いがその通りだとも」

「メールが来たとの事ですが、発信者は信頼出来る方、或いは組織ですか? いつぞやかの『精神干渉(見たらアウト)系』ではないですよね?」

「それに関しては大丈夫、と断言しよう。来る日に備えクロが新設したこの情報網───外部でウチのアドレスを持ってんのは現状1社だけさね」

「あそこ、ですか……仕方ありませんね。承知致しました」

「応、有難い」

「その代わり、給料弾んでくださいね? 絶対、必ず、死んでも」

「あっ、ハイ……」



「ちなみに締切は───」

「……明日」

「……は?」



「ホント……どれ程の社畜体質なのですかあの有片真也(会長)は……!」


 そして、現在へと至る。

PCの画面には羊皮紙に描かれた文字らしき紋様の羅列が並んでいた。

片仮名の様な、それでいてヘブライ語の様な、とにかく如何なる言語とも合致しない文章。

これを解読しろとは酷な話に違いない。

しかし、実のところこれはまだマシになった状態であって、元々メールに添付されていた暗号を解析した結果この画像が出てきたのだから質が悪い。

それ程極秘な案件なのだろうが、この時点で既に綾は怒り心頭。

結果、エナジードリンクを一気に3本も空けてしまったのだった。


(こんなものを寄越してくるとは……やはりSunSouls(サンソウルズ)Itaf(ウチ)を下請けと勘違いしているのでは!?)


 件の「あそこ」、もとい特殊人材派遣会社SunSouls───真也の実家、有片家によって運営されているという対超常におけるスペシャリスト集団。

比較的近年に設立された中小企業……にもかかわらず世界各国で任務をこなし、あの汐ノ目機関とも協賛関係にあるという能力者界隈に燦然と輝く超新星(ルーキー)


言うなれば……そう、客観的に評価するならば……信じ難いことに「Itafの上位互換」なのだ。



(…………そんな彼等がわざわざ動く辺り……それ程重要なブツなのですね、コレは……)



仕方ないと自分を納得させ、綾は再び画面上の怪文と向き合う。

今までの小休憩は別に作業が行き詰っているわけでも、ましてや投げ出したくなったわけでもない。

ただ、能力を行使する機会が人一倍少ないだけに脳内にあるスイッチ的なものを押す。その為の平常心が欲しかっただけだ。


「…………よし、それでは……観るとしますかね……」


瞬間、綾の瞳に閃光が走る。

シナプスを介し言語野を超常の域へと押し上げていく。



 語部綾の能力──────【記号解読】


この世の、凡そ全ての暗号を解析し、その法則性を解明する能力。

如何なる言語も彼女の前では同一線上に存在し、時間さえかければ一言一句、寸分違わず日本語にまで落とされる。

もし仮に宇宙人が来たとしても紙とペンさえあれば会話が成立してしまう───バベルの呪詛に真っ向から抗うような異能である。




「……とは言っても、徹夜コースは確定の様ですけど……!」


年末の寒気を手に揉み込みながら、未知なる解読作業は夜通し続いた。



 時は、数日前に遡る。

チグリス川とユーフラテス川に挟まれた広大な中洲、その何処かにて。


砂塵でくすんだ赤髪が風に揺れていた。

有片政宗が立つ岩壁は近辺でも一際高く、遺跡の全貌を見納めるにはもってこいの場所である。


「それですか? 有片さんの言っていた石板というのは」

「うむ、その通り。その通りだとも蒼穹君。これこそが真なる人類最古参の遺物……ギョベクリ・テぺの発見すら目ではないだろう」


背後に控えた青年を肯定しつつ政宗は夕闇に沈む巨石群───その只中に巻き上がる粉塵に目を細める。

轟音を立て猛追してくる、宛ら嵐の如き脅威を目前に控えているというのに、彼等の会話には緊張感の欠片も見当たらない。


「へぇ、私なんだか……………………いや、僕にとっちゃどうでもいいんだけどね」

「はは。まぁ何、近いうちに分かるだろう。さぁ、これを持って先に車へ戻りなさい」

「はーい」


 軽い反応と共に、青年は青髪を揺らして踵を返す。

彼の行く手には社章があしらわれたジープが停車しており、同行していた社員の1人が扉を開け待っていた。


「こちらが例の遺物ですね。どうぞお入りください」

「……あのさ。彼、1人にしちゃって大丈夫なわけ?」

「ええ、寧ろ我々が社長の足を引っ張るかもしれませんから。それに、如何に未元であろうとあなたは目覚めてまだ間もない……今は温存するように、との方針です」

「そう…………別に心配ってワケでもないけどね」





 退避するジープを見送り、政宗は改めて荒れ狂う粉塵へ拳を構える。

遺跡にて目当ての石板を回収したは良いものの、その矢先に追ってきた実体の無い砂の怪物。

退避の際に数発の拳を喰らわせているのだが未だに止まる様子を見せないままだ。


(ふむ……ローブの連中め、今更俺の狙いに気付いたと見えるが……はてさて……)


 有機的な動きで岩の斜面を駆け上がる砂塵。

正拳突きの衝撃を放つ政宗だが砂を散らす程度でやはり効果は薄い。

ならば、と彼が平手を翻すと凄まじい暴風が岩肌を駆け巡る。

流石の相手も吹き飛ばされては敵わないと、ようやくその実体を顕わにした。


「流石……あの頃と違わぬ剛腕、感服ヰたしました」


粒子から構築されたローブの男は軋むような声で政宗に一礼する。


「自己紹介は……ヰえ、改めてしておキましょう。“ローブ同盟”が一角、『混濁』の芥真砂……この名、この顔、忘レたとは言わせません」


「ああ。覚えている、覚えているとも。拘置所の面会室以来だったか……」


「そうですね。最後の言葉は『まともになれ』でしたっケ? 残念ですが、ええ、この通り貴方の敵のまま変わっていませんよ」


「…………改めて要件を聞こう」


「もうお察しでしょうに……いツぞやかの復讐も兼ねていますがそレはそレ。ウチの教祖(ボス)がまた『神託』を受ケまして。何でも、『この遺跡の石板を破壊せよ』とのこと。随分具体的な神様ですよね…………なので、ええ。詰まリは死んで頂ケると幸ヰです」


そう言うや否や芥と名乗る怪人は再度粒状化し攻撃に転じた。

今度は政宗の周囲を取り囲む様に、周囲の砂を巻き込みながら土色の壁は高さと勢いを増していく。

荒れ狂う風に嘲笑が混じる。


「貴方なラご存知でしょう? 私の能力【万物粒転】は周囲の粒子を取リ込み規模と威力を無限に増していく! 貴方の秘匿さレた能力が何であレ、あの時みたく不意打ちさえなけレば無敵でしかない!」


幾重にも舞い上がった砂の層が低い唸りを上げ政宗の視界を奪った。

大地を覆い尽くすそれは津波の如く。

それは能力というには疑わしい、災害の様相を呈している。


「貴方の所為ですよ先生! 貴方が私の横領さえ暴かなけレば! 五元将の地位さえ奪わなけレば! こんな惨たらしい死に方をせずに済んだ筈だ!」


「…………言いたい事はそれだけか?」


「ッ……貴方が、Itafさえ無ければ! 私はここまで堕ちなかッた! カルトなどに手を貸す事も! 無辜の人間を手に掛けル事も無かった! 全て……全て、貴方の所為だ!」


「…………そうか……」


 砂や礫に皮膚を切り裂かれながら政宗は懐古する。

かつて能力者犯罪を抑止すべく藍川紫皇らと共に設立した異能対策委員会。

その活躍たるや目覚ましく、初代顧問である政宗自身も生徒では手に余る案件を自らの手で解決へと導いてきた。


学園最強の一角───先々代「土」の五元将の逮捕もその一例である。


事後処理を含め彼なりに配慮は尽くしたつもりである。

しかし、それでも思うのだ。


果たして、かつての自分は教育者足り得ただろうか、と。



砂塵の暴威に呑まれて尚、政宗の心象には暫くの沈黙があった。

そして────



「…………芥真砂、俺は君を許してはいけなくなった。すまない、すまないがここで無力化させてもらう……」


「今更この状況で逆転出来ルとでも? 散々お得意のカラテを無効化したとヰうのに、第4世代粒子すら吸収してヰルというのに、それでも打つ手が──────」




 数秒後、芥真砂は浮遊感の中にいた。

信じ難い事に彼は粒状化したまま空高くまで吹き飛ばされていたのである。


「な──────」


混乱の中地上へと視線を落とす。

そこには……果たして、黒い巨塊が鋭利な角を四方へと伸ばし静止していた。

黒曜石の様ではあるが反射は無く、一方的に光を吸収している。


言うなればバグである。

まるでその部分だけ世界(テクスチャ)が抜け落ちているかの様な、理解を拒む「何か」によって芥は弾き返されたのだ。


「……これは、空間における『無』だ」


黒い立方体の「何か」を絶えず地面から発生させながら政宗は上着の砂を払い除ける。


「一体、何が……」


「君が知りたがっていた俺の能力、【万里一空】(オーバーボーダー)は空間を足し引きするというものだ。大地を見てみるといい。『無』を生み出した分の空間が増えているはずだ」


そんな馬鹿な、と吐き捨てる芥だったが次の瞬間には政宗の言葉を僅かではあるが理解した。

上空にいるからこそ分かる───彼方の地平が徐々に拡大し、それに呼応して黒い物体が枝の様に析出する光景、その意味が。


「──────そ、そレがどうしたとヰうのです。周囲の……物質ごと、取り込んでしまえば、こんな──────」


「二度も言わせるな。俺の周囲には何も、何も在りはしないのだ…………気付いていないのか、君が吸収していた砂も既に空間の内側へ埋め込まれたというのに」


 事実として、あらゆる干渉を受け付けない筈の芥は先程の反撃でダメージを負っていた。

何も無い空間に叩き付けられて以来、思考が、意識が空の果てへ遠退いていく。


もし、もう一撃同じ技を喰らえば致命傷は必至。


本能にも近い判断で芥は逃走しようとする。

風に乗り速やかに、なるべく粒子をばらけさせ追撃に対しても細心の注意を払う。


対する地上の政宗は───ただ右の拳を構えていた。

空へと散っていく砂の揺らめき目掛け無の空間を槍状に形成する。



「有片流外典──────」



その先の言葉を芥が聞くことは無かった。

空間を裂いた一撃は遺跡周辺の空域を終ぞ吞み込み、跡には雲1つ無い夕焼けだけが残されていた。


「…………」


こうして、超常の激戦は遠雷のように終わりを告げた。

近づいて来るジープのエンジン音を背に、政宗は握ったままの拳の重さを享受するばかりであった。




「昴の民……黄金……太陽風……どうやら叙事詩の様ですけど……ふわぁ……」



 中東での戦いから数日後、遂に石板の解読に成功した綾だったが既に疲労困憊、視界も定まらない状態である。

それでも締切に背を押されメモにミミズ文字を這わせていく。


「終わった……けど、何でしょうこれ……? アーリー……キリヌ……魔王って……? 一応イヴが出て来るから死海文書とか? うーん…………すぅ……」


次の瞬間には綾は机上に突っ伏し寝息を立てていた。


果たして、少女が読み解いた物語が何を意味するのか。

答え合わせの瞬間が間近にまで迫っている事を、この時は誰も知り得なかった。




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