第1話:再始動/イレギュラーズ・プロジェクト
活動報告の通り、本日から短期集中で連載を再開致します。
短い間ですが何卒宜しくお願い申し上げます。
「──────さて、次の報告は田中だったな?」
年の瀬を間近に控えたある日、本来ならば冬休みの期間にも関わらずItaf本部では幾つもの足音が忙しく行き来していた。
書類の束を運ぶ者、ギプスを付けた足を引きずる者。
何時ぞやかの繁忙期をも想起させる様な光景が広がっている。
「ゆっくりで構わない。何せ今回は色々あったからな。不審な人物だとか、気になったことがあれば教えてくれ」
その最中、有片真也はキャスター椅子に座る人物の顔を覗き込んでいた。
その人物の名は田中雅治。
Itafの中では2年生のメンバーであり……
「よかろう、あれは不穏な風の吹き荒ぶ、我が呪われし腕の疼く刻であった……」
……毎秒漆黒の歴史を更新し続ける猛者である。
◇
反能力者組織Irialとの決着、そして【原典白夜】との決戦から数週間ほどが経っていた。
僅かながらの平穏も束の間、Itafを待ち受けていたのは度重なる残業であった。
「ふむ……今宵の風は不穏だな。古傷が……疼く……!」
「ハァ……真っ昼間から寝言かしら?」
雅治の語録に鋭利な突っ込みを入れるのは河名水鳥。
普段から凛とした受け答えをする彼女だが、その声色には心なしか疲労の色が混じっている。
「フッ、そうさな? 寝ても覚めても同じ景色を観測ているのだ、白昼夢と何ら変わらんだろうよ」
「……否定出来ないわね」
2人がこの様に言うのも無理はない。
彼らが汐ノ目の行政区画を歩くのもこれで3日連続、計6回目に突入していた。
1週間程前、会長・有方真也の指示により汐ノ目一帯の見回りが強化されたことで実働班だけでは広大な範囲をカバーしきれず、結果として調査班の面々までもが駆り出されることになっている。
具体的な理由こそ伏せられているものの、近頃汐ノ目町で多発している爆発事件に起因していると誰もが察していた。
「民草の噂では、事件現場にて白いローブを纏いし不審者が観測されたのだろう? Irial残党による報復テロではないか?」
「爆発があったのは機関が管轄する施設ばかり……いずれにせよ、何度も見回る必要アリということよ」
そう言った水鳥は風を愛でる様に空を仰ぎ見る。
師走の晴れ間を二分する硝子の巨塔─────汐ノ目機関の本社ビルは陽光を湛えながらも威圧する様に少年と少女を見下ろしていた。
◇
河名水鳥の能力──────【未来予知】。
古くから超能力の代表格として語られることの多い異能だが彼女のそれは厳密には“身体能力”に該当する。
生まれながらに驚異的な計算能力を持つ彼女は無意識化で常に様々な情報を取り込み、これから起きるかもしれない何かを知ろうと計算し続けているのだ。
鼻腔から受容される僅かな微粒子。
普段と少し違う空気の流れ。
少し逸れた相手の視線や発声時のイントネーション、etc.…………。
例え水鳥自身に自覚が無くとも、彼女の脳が未来の事象に対し遅れを取ることは無い。
この瞬間も、水鳥の脳は空気中を漂う僅かな火薬の粒子にいち早く反応していた。
「!! 雅治! 伏せてっ!!」
水鳥の咄嗟の叫びを彼方の爆発音が奪い去る。
立て続けに宙を舞った瓦礫が体勢を崩した少女へと降り注ぐ。
「─────ッ!!」
「……汝よッ!!」
状況に戸惑いながらも雅治は水鳥の下へ駆けだす。
巨大なコンクリート片がその行く手を、視界を遮り阻んで尚もその足は止めない。
「【元素還元】!!」
瞬間、少年の細い腕と質量の暴力がぶつかり合う。
果たして、彼の震える掌は圧倒的なベクトルに圧し潰されることなく眼前の塊を跡形も無く消し去ってみせた。
田中雅治の能力──────【元素還元】。
その効果は一言に『触れた物を元素に還元する能力』と説明される。
文字だけを見れば強力無比な異能と思えるが、実際に物質の分解を行っているのは彼が現出させる微生物ということまでは余り知られていない。
能力により生み出された微生物は謂わば四次元空間との境界であり、そこへ物体を収納することで分解→消失という現象が成立している。
無論収納を行う空間には広さが存在し、その分の負荷は機動力の低下という形で使用者の身体に反映される。
急激な負荷によろめきつつ雅治は水鳥の上体を起こす。
大丈夫かと声色を低めるもののその内心は未だに恐怖でドギマギしている。
「わっ、我が呪われし腕と邪眼があれば! なんのこれしき──────」
「諸々は後ッ! 急ぐわよ!」
瓦礫の森を駆けていく水鳥。慌てて後を追う雅治。
他のメンバーが街中に散開している以上は先行する必要がある。
彼らの目指す方角──────汐ノ目機関本社ビルの根本からは不吉な黒煙が手招いていた。
◇
「ぐあああッ!?」
少年の視界が、意識が揺らぐ。
痛烈な一撃が雅治の体を遥か後方へと飛ばし硬いアスファルトに叩き付けようとする。
音すら追随を許さぬ速度。万事休すかと思われた。
「─────雅治!! ─────能力を!!」
遠退いていく世界の中で、遅れながらに聞こえた声。
水鳥の叫びは解けゆく少年の意識を寸前で繋ぎ留める。
「……ッ───【元素還元】!!」
雅治が叫ぶと同時、その体は路上から消え去っていた。
接地の衝撃で骨肉が爆ぜた訳でなく、土煙の先に口を開けた穴が一瞬の内の出来事を物語る。
彼は【元素還元】の出力を最大限まで引き出すことでアスファルトを突き抜け地面深くへと潜行したのだった。
咄嗟に雅治の安否を視ようとする水鳥。
しかし決して安堵していい状況でないことは確かである。
彼女が立つロータリーの広場、機関本社ビルの手前に設けられた空間はその一面が激しい緋色に炎上していた。
花も街路樹も、アスファルトすら泡を立てて熱に喘ぐ。
少女の歪んだ視界には地獄絵図が広がっていた。
「…………■■■■■■■」
そんな地獄の只中で、揺らめく影が水鳥に話しかける。
しかし虚ろな意識がその意味を理解することはない。
先程雅治を文字通り一蹴したその影は左腕が無く、代わりに黒煙と炎を発していた。
「■■■■■と■■■■■、■■■■■■─────」
水鳥の意識はそこで暗転した。
◇
「【元素還元】!!」
瞬間、少年の細い腕と質量の暴力がぶつかり合う。
果たして、彼の震える掌は圧倒的なベクトルに圧し潰されることなく眼前の塊を消し去ってみせた。
急激な負荷によろめきつつ雅治は水鳥の上体を起こす。
大丈夫かと声色を低めるもののその内心は未だに恐怖でドギマギしている。
「わっ、我が呪われし腕と邪眼があれば! なんのこれしき──────…………? 汝よ、何か視えたのか?」
「ええ、今すぐ連絡を。一番早く来てくれる最速を───……」
これから迎え得る死の感覚に打ちのめされながらも水鳥は連絡を急いだ。
◇
青年が立つロータリーの広場、機関本社ビルの手前に設けられた空間はその一面が激しい緋色に炎上していた。
花も街路樹も、アスファルトすら泡を立てて熱に喘ぐ。
そんな地獄絵図の只中に在って尚、彼は涼しい顔で問うた。
「大人しく投降願います。さもなくば、俺は貴方を力尽くでも止めねばなりません」
「……その赤毛、有片真也殿とお見受けする。まず足労に感謝をば」
真也の前に歩み出た人物は和装に身を包んだ老人であった。
特筆すべきはその姿。腕の無い左肩には煙と業火、対する右手には熱色の日本刀を携えている。
溢れ出るその覇気に真也は直感する。
あれは己が父と同じ部類の猛者────心技体を鍛え抜いた、人の領域を超えた武人であると。
「それはどうも。俺を知っているあたり、裏に首謀者でもいるようで?」
「生憎、この歳になると群れるのも億劫でな。今日の様に、あくまでも気まぐれの共謀、共闘に過ぎんよ」
「共闘ねぇ……もしかしてそれ、後ろに控えた全員の事言ってます?」
老人の背後に積み上がった瓦礫。
その背後にひしめく気配を真也の闘士としての直感は見逃さなかった。
「すまぬな、青年よ。予め、同じく武を志す者としてお詫び申し上げる。これも彼らの要望故な……我ながら堕したと思っておる」
「……成程、俺の殺害だけは一致してたと。まぁ殺し合いにルールなんてありませんからね。それに、お互い死力を尽くすだけでしょう?」
「ふむ、噂に違わぬ高潔さ……尚更に惜しいな」
老人は背後に潜む者達へ指示を出す。
せめて戦い前の礼だけは1対1、1人の武人として居させてほしいと。
両者共に刀と拳を構え、そして名乗りを上げる。
「───有片流外典、有片真也」
「───■■■■、■■■■」
それは死合いの様相を呈した戦争。
宛ら、灼熱地獄に吹き荒ぶ嵐であった。
◇
少女の歪んだ視界には煤に塗れた誰かの姿が在った。
生死の程は分からず、視えない。
ただ分かるのは、彼が自身を犠牲にする覚悟で戦いに望んだこと。
彼と老人が激戦を繰り広げる中、白いローブの集団が横槍を入れたこと。
正面からは音を割く様な斬撃、四方からは超高速の弾丸。
いずれもが紅蓮の火を纏い、青年の体と命を徐々に削っていったのだ。
それでも尚、彼は戦い、戦い、戦い───そして倒れた。
そんな拷問染みた結末を予知しながらも、水鳥は最後までその一歩を踏み出せないでいた。
死への恐怖に慄く自らの不甲斐なさ、未来を知りながら何も出来ない無力さを嚙み締める。
何より、何の考えも無しに彼を呼んでしまった自分が、先までを見通せない自分が許せなかった。
「…………すまぬな少女よ」
そんな熱を帯びた心境の只中で、老人が水鳥に話しかける。
しかし虚ろな意識はその意味を理解してはくれない。
「未元の排除と機能テスト、儂等の目的は─────」
水鳥の意識はそこで暗転した。
◇
暗転した。
◇
暗転した。
◇
暗転した。
◇
お願い
◇
もう嫌だ
◇
「!! 雅治! 伏せて────────」
「……………………────────」
「──────…………そんな…………」
輝きを失った眼差しが冬空の蒼さを撫でる。
河名水鳥は絶望していた。
幾度の予知と追体験……そして、それら全てに伴った自らの死。
どの様な行動を取ったとしても敵と遭遇し、有片真也は仲間を庇い、そして皆息絶える。
知ってしまったのだ。
全ての因果が、事象が、自分と雅治、真也の死へと収束していることに。
逃れられない運命に到達してしまったことに。
隣で誰かが何かを言っているのは分かる。
しかし傷付いた少女の精神はそれ以上の理解も、知覚をも拒み、全てを手放そうとするまでに衰弱していた。
その為に、彼女が雅治の一言を理解するまでに数秒時間が掛かった。
「……汝よ、何を言っているのだ……?」
「…………え?」
水鳥は混乱したまま辺りを見渡す。
そういえば、今まで自分はどの時間軸から観測していたのか。
“未来視をする未来視”という前代未聞の事態はそもそも何時から始まったのか。
その答えを、硝子の巨塔が物語っていた。
「……爆発していない……?」
瓦礫も、炎も、誰かの死も、視界の端にすら映っていない。
ただ澄んだ空の蒼さを背景に、後輩の笑顔が咲いている。
「フッ、真っ昼間から寝言とは、感心せんな?」
お返しとばかりの台詞は何時、誰の口から吐かれたものか。
有り得ないと思いながらも、それこそが紛れもない現実にして現在に違いない。
──────私が予知を外した……? いや……未来が変わった……?
数歩進み、もう一度振り返る。
本社ビルは変わり無く、無言の威圧を振り撒いたまま直立している。
再び動き出した少女の世界は驚くほどに平凡であった。
「もしもし? …………やれやれ、この『スレイプニルの駆り手』をご所望とはな」
「……どうかしたの……?」
「ああ、会長からの連絡だ。本社ビルにて怪しき能力者と交戦があったらしい。想定より被害は少ないそうだが事後処理を手伝えとのことだ。全く、人使いの粗い奴よな?」
「…………そう。じゃあ急ぎましょうか」
──────白昼夢と何ら変わらない、か…………
水鳥が視た光景は本当にあったかもしれない未来なのか。
複雑な心境を振り払うように少女は後輩の背を追った。
◇
混線していた時系列は数分前まで遡る。
青年が立つロータリーの広場、機関本社ビルの手前に設けられた空間はその一面が小火により燻っていた。
花も街路樹も、その多くが炭化こそしていたが延焼するには程遠い。
そんな光景の中、2人の武人による戦いも不完全燃焼のまま終わりを告げようとしていた。
「ふむ……どうやら貴殿にも“別動隊”がいたようだな……」
老人が剣を納めると夢から醒めた様に残り火が消え、煤の積もった路面が露わとなる。
「殺し合いにルールなんてありませんから、お互い様かと」
青年を一瞥し、老人はビルの壁を跳躍し撤退していく。
ローブの集団がいなくなった時点で彼の戦いは無益なものとなっていた。
真也からしても格上と戦うリスクを冒してまで深追い出来る余裕など無いのだろう。最後に見せた曖昧な表情が何よりの証拠である。
──────曇りの無い眼……やはり父譲りであったか……。
隻腕の老人は自身の安堵を自嘲しながらも帰路に就くのだった。
◇
「真也先輩お疲れ様ッス。いやぁヒヤヒヤしたというか何というか……」
建物の影から歩み出た女生徒は西川小雪。
Itafの実働班員にして概念系統の異能の持ち主である。
「そうだな、危なかった……お前が来たってことは、そっちも燐那さんから電話ってカンジか」
「え、何で分かるんスか!?」
「勘だよ勘。何か変なコト言ってたんじゃないか?」
「確かに『テレビじゃないんだから、あんなにザッピングされても困る』とか言ってたッスけど、何のことやらサッパリ……」
「あー……まぁ俺を横軸としたらあのヒトは縦軸だからな……俺には分からない何かが視えたんだろうさ」
「…………???」
西川燐那──────小雪の実母にして『因果の未元』。
詳細こそ不明だが、彼女もまた人と違う何かを視ていたのだろう。
首を傾げる小雪にそう言えばと真也は話題を振った。
「うん、何はともあれ感謝しよう。正直な話、途中から西川が温度下げてくれなかったら厳しかったかもだ」
西川小雪の能力─────【数値操作】。
『ありとあらゆる数値を操作する能力』。
数値化可能な尺度を可視化し変更、調整するという技。
その効果はシンプルにして絶大であり、彼女が干渉出来ない物理現象はほとんど存在しない。
しかし…………
「いや……それなんスけど、実は炎自体は抑えられなかったんスよ……」
「炎自体は、って……まさか温度が見えなかったのか……!?」
「一か八か酸素濃度を下げてみてギリ成功したって感じで……多分あのお爺さん、不知火華賀里と同じタイプッスよね?」
「ふむ、“炎という概念”を周りに付与していた、ってことになるな…………だとしたら、さっきは多少手ぇ抜かれていたかもだ。正直、洒落にならないぞアレ」
一応補足をすると、不知火華賀里とは学園における最強格の能力者5人、通称『五元将』の中でも最上位とされる女生徒である。
彼女が発する炎は『熱』という概念そのものであり、本来ならば燃やせないはずの石や鉄にすら引火し焼失させることが可能。
これを防御する方法は極めて限られており、「炎ならば低酸素下で消える」「炎ならば水をかければ消える」といった緩和策を後出しする他無い。
「……なんかまた一波乱ありそうッスね……」
「やめろ。多分それフラグだぞ? ……あ、そうだ。話は変わるけれど相手の話によると目的はどうやら2つあったらしくてさ」
「2つ? Irialの残党が『おのれ汐ノ目!』って起こしたテロじゃないんスか? …………もしかしてビルを囮にした?」
「恐らくはな。あの口上が正しいなら目的は“俺の殺害”と“武器の運用試験”らしい。後者に確信は無いけどな。そういや周りに隠れてた伏兵、アレ全部西川が倒したんだよな? 気配から察するに、よくあれだけの数相手に出来たな? 何つーか、流石だな!」
「いやぁ、それが…………何か皆“自爆”しちゃって……」
「自爆? 戦う前にか?」
「ええ、会長と合流しようとしたら白いローブの集団に囲まれたんすよ。マズいと思って重力場を用意したんスけど……」
「そのままドーン、と……?」
「ワタシを巻き込むことなくドーンと」
「何だそりゃ……他におかしな所とか無かったか?」
「えっと……あと皆数値が同じだったッス」
「数値? その、白いローブの連中がか?」
「ハイッス。全員能力者っぽかったんスけど体中に表示された数字が皆同じで……多分アレ分身の術じゃないッスかね……?」
「尚更分かんねぇなぁ………………しゃあない、取り敢えず証拠隠滅と機関の方にも連絡を。どの道これはテロの前段階だ」
斯くして、多くの謎と疑念を残したまま汐ノ目機関本社ビル襲撃事件は未遂として記録されることとなった。
◇
「─────そうして、純白の翼は失意の闇に濡れたのだ」
「成程、そっちのチームも何も無いまま俺等と合流したんだな。そういや河名はどうしたんだ?」
「ああ、彼の乙女ならば仮眠室に行くと言っていたな。疲れていたのだろうが、先輩ながら情けないことだ」
雅治の報告を要約すると『見回りをしていたら真也から連絡が来た』。
つまりは事件事故、不審な要素は何一つ語られていない。
水鳥がこの場にいたとしても疲労と安堵から同じ事を語ったはずである。
「あら、水鳥ちゃん来てないの? 珍しいわね?」
「天音……お前が言うと何だか事案の臭いがするんだよ……」
「ハァ!? 今のはちゃんとした善意心配だっての!!」
「いや『今のは』って! いい加減性癖で後輩と接するの止めろよ!?」
相棒の天堂天音が通り掛かったことで小規模な報告会は血で血を洗う決闘へと姿を変えてしまう。
周囲の会員達がまたかと呆れる中、1人だけ息も忘れて絶句する人物がいた。
「─────ったく、天音といるとロクな事が…………田中? どうした、顔色が悪いぞ?」
「──────…………い、いや、気の所為ではないか!? フハハハハ、ではさらばだ運命の相思相愛よ!!」
「「腐れ縁だっての!!」ば!!」
「ハハ、フハハハハ…………」
◇
人の記憶とは脳機能により保持されるパターン化された電気信号。
詰まる所、電磁気による物理現象とも言える。
信号の縦軸は情報の多さ、横軸は時間経過であり現代の技術でも十分再現可能なものである。
海馬はメモリ。脳はPC。
扱っている媒質はいずれも同じ“電磁気”である。
無論それらは3次元たるこの世界に満ち溢れており人体からも絶えずイオンチャネルを介して発せられている。
あの時、老人の一撃により吹き飛ばされた雅治は負傷を避けようと地面を収納することでこれを防いだ。
その際彼は本社ビルの直下、研究所と思しき空間にまで到達し──────そして見てしまっていた。
培養槽に繋がれた生命体と思しき何か。
何1つを取っても全く変わらない、同じ姿形の人型が目覚めの時を待っていたのだ。
そして、その顔を見た時……その未来は否定されていた。
それは本来ならば“ただの可能性”として秘されるはずの事実である。
しかして何事にも例外は存在する。
【元素還元】──────従来の出力を超えた異能の行使はその場のあらゆる物質……例えば、自身から発せられた電磁気すらもそのままの状態で保持し得る。
時間軸が変わった今、その出来事そのものが無かった事にされたのではないか。貴方はそう考えるだろう。
しかし、異能の力はそんな常識、前提すらも時に度外視していく。
【元素還元】──────分解された物質は4次元空間、異なる世界へと移送されるのだ。
これらの可能性はあくまで事実に象られた誰かの推論に過ぎない。
されど雅治が覚えた恐怖心は、あるはずの無い記憶は、かつて在ったかもしれない未来を想像するには十分過ぎる程のリアリティを伴っていた。




