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幕間:落陽を背に


 太陽は地へと堕ちた。

人と人の繰る超常によって────




 時は夕刻。

空を焼いた二条の光は既に無く、尾を引く雲だけがその威力を物語っている。


「さて……思ったより早かったね……」


 紅に染まる西方を見上げ、青年は肺に溜まった疲労を吐き出す。

早鐘を打つ心臓と寄せては返す痛みの波濤。

その体を穿った一撃は予想に反して遅く、しかして着実に腹部に巻かれた包帯を赤に染めている。


「……まぁ及第点、と言ったところか……」


 青年の視線は大通りの中心、アスファルトに開いた巨大な穴に向けられていた。

余程の熱なのだろう、その外周は沸々と熱を持ち、辺りには気化したタールの臭いが立ち込めている。


「本当にやる気か、桐張……?」


 嗣音に肩を貸しつつその貌を覗き込む皆方。

大穴のただ一点を見据える瞳に一切の曇りは無く、付き合いの長い彼ですら覚えの無い輝きがそこにはあった。


「本当に、くどいヤツだね君は……説明しただろう? 『恒星は周りの星々を道連れにする』。地球とて例に漏れないよ」


 都会の谷間から伸びる白煙。

かつて『太陽』だったそれは熱と重力の残り香を今尚保ったまま、地下へ、星の底へ、沈もうとしていた。

その様相は巨星の終焉の如く、最後の一刻まで燃え続ける意思の顕れ。

そんな可能性を予見していたからこそ、彼らは重体を動かし病床を抜け出したのだった。


「チャイナシンドローム……とまではいかないだろうけど、【原典】は不確定要素の塊だからね。マグマに行きつかないとも限らない。予防したって損じゃないさ」

「だからと言って、君が命を投げ出す必要は……!」


 分かっていた。嗣音は一度決めた物事を投げ出したりはしない、どんな形であれ結果を出すまで諦めない、そんな男だ。

それでも尚、この場まで手を貸して尚、皆方の無意識は引き留めようとしてしまう。

如何に努力を積もうとも飛び抜けた才覚達には勝てなかった。そんな自分を初めて肯定してくれたからこそ、見過ごせなかったのだ。あの日も、今この時も。


「ああ、僕も不本意だよ? けれどもう時間は無いし、ウイルスのストックも残されていない……この体(ここ)以外にはね」


 真也を討つべく自身の体内でウイルスを培養するに至った嗣音。

その身体は一般の能力者はおろか、未元ですらも瞬殺しうるまでに侵食を受けていた。

今ならば、神に近しい『それ』の最後の足搔きを止められるのかもしれない。

残された一辺の可能性に彼は賭けるつもりなのだ。


「君らしくないぞ桐張! 私の知る君は、けっして自分を投げ打ったりはしない……!!」


 皆方は知っている。

彼は確かに生粋の狂人に違いない。けれどそれは己の権威を誇示する為で、語る理想には非の打ち所が無くて、その横顔には確かに理性と正義が灯っていた。

人一倍見掛け倒しに長け、今回もありもしない爆弾を偽ってみせた。


全ては人類の為。

もう二度と、自分と同じ境遇の人間を生まない為に。


けれど、嗚呼────



「……悪いね皆方。僕はもう、長くはないんだよ……」



────知っていた。彼はもう限界だ。


嗣音が受けた一撃は腹腔を貫き、その傷は脊髄にまで達していた。

追い打ちをかけたのは多量の出血と応急処置を受けられなかったこと。

ウイルスがそれを阻んだともなれば何という皮肉か。


 皆方の手を離れ煮えたぎる穴へ、嗣音は歩を進めていく。

自身ですら熱覚を遮断してようやく接近出来たというのに、彼の背中は恐れも苦しみも語らないでいる。

友の覚悟も察していたが故に、皆方は一歩を踏み出せないでいた。

彼を引き留める為の、たった一歩を。


「それにさ、真也(アイツ)に返せない貸しを作るのもまた一興というものだろう? 勝者なら勝者らしく働いてもらわなきゃ、こっちが負けを認める意味も無い」


────だめだ。


「残った宿題も丸投げしたことだし────」


────駄目だ。


「────ま、後は頼んだよ」


────駄目だ!!




「きはりッ────────────」




 咄嗟に出たその言葉が、身を投げた嗣音に届いたかは分からない。

刹那、断末魔の如き爆轟が天へと昇り皆方の体を吹き飛ばす。

ありったけの炎熱は縦穴を駆け上がり、紫雲を穿って尚進む。


それは確かに、能力者ですらない人間が神の類を倒した証明であった。



 瞼を開く。

痛みを取り戻した体を起こし、皆方は西の空を見上げた。

燃える様な朱色が霞んだまま瞳に焼き付く。


震える足で立ち上がり、ゆっくりと踵を返した。


「……ッ! ……、…………」


 歩いていく。もう一度捕まる為に。

自分だけ助かろうとは最早思わない。

思考を巡らす余地すら無く、ひたすらに歩く夕闇の帰路。

音の一切が聞こえて来ない。

脳裏に響くのは最後に聞こえた彼の言葉。



「ありがとう、友よ────────」



 炎に消えていった彼は、あの時確かに笑っていた。

真夏の空の様な、曇りの無い満面の笑顔───心の底からのものだった。


確かに彼は、Irialは負けたのかもしれない。

しかし、最後には成したのだ。

心の底から憎んだ超常、その最たる「神」に引導を渡すという偉業を。



 陽は煌々と崩れた街を、青年の背を照らす。

人知れぬ彼の雄姿を称える者はいない。



◇あとがき◇

 今週もご一読ありがとうございます。作者Aです。というわけで唐突に出した今回の幕間ですが実は冊子での公開後に書かせていただいたものです。嗣音がラスボスに特攻するという案自体はプロットの構想段階からあったのですが納期や物語の展開を考慮し本編からカットされていました。

ただ2章のテーマである「正義とは何たるか?」を強調する上で「真也とは異なるけれど根底は同じ」ある種の類似キャラとして嗣音は外せない存在であり個人的にもお気に入りでした。今回の話が彼の供養になればいいな、そう思う今日この頃です。

ちなみに(昨今では不謹慎そうな)嗣音の攻撃方法ですがその設定にもかなりの検討を重ねてました(一番は【原典】関係のとこ)。当初は嗣音自身がcode(能力らしきもの)に目覚めて発狂、自○かラスボス化するとかどう?みたいな話もあったり。ただそれらも別の作者さんが出した【原典】のインパクトには勝てずボツ案となりました。流石に神には勝てない……。


 さて、長く続いた2章も(追加分はあるけど)次回で最終話となりました。物語がどの様に締めくくられるのか、最後まで伏線たっぷりでお送り致しますので楽しんでいただけたら幸いです。

それではまたお会いしましょう。m(__)m


                                          by作者A

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