第32話:落陽成す者達 終
小雪が気付いた時、真也は既に攻撃を終えていた。
彼の手首から続く鎖は空に掛かり、鋼の槍は【原典白夜】の胸深くへと突き立てられている。
開戦後初めて成立した直接攻撃は驚愕の一言に尽きるがそれ以上の違和感を小雪は察していた。
「────溶けてない……?」
【原典白夜】に目を凝らす小雪。
自身の燃焼と風雨を受けたとは言えその表面温度は今も3000℃を超えている。
内部温度ともなればその度合いは倍以上。地球上の金属であれば大半が溶融し得るだろう。
にも関わらず槍は健在のまま、【原典白夜】の依代を繋ぎ止め拘束している。
「ああ。昨日の夜ずっと触っといたからな、変形なんてさせるかよ」
これもまた障壁の応用である。
真也の能力が浸透し変化する時間を奪われた今、その槍は溶融どころか傷の一つも許しはしない。
「とは言え、繋いでられるのも持って数分……大体3分ってとこだな……」
「そんな……熱も全然下がってないッスよ!? このままじゃ……」
「そう、太陽を終わらせるにはまだ足りない」
「足りない? やっぱり【紅殻】が───」
「いや、違う。『熱』は十分、必要なのは燃え尽きるまでの『時間』だ」
恒星の終わり方は大きく分けて二種類あり、それらは質量によって決定される。
一方は星自らの質量により収縮が促進される重力崩壊。
もう一方は核融合を続け、鉄などの核を作ったまま燃え尽きること。
Itafが試みた後者の終わり方には少なくとも数億年単位の時間を要する。
「『時間』って……まさか会長!?」
小雪の心配も当然のこと。
この場において時間に関する能力を持つのは真也をおいて他にいない。
彼の能力【絶対刹那】は自身が触れた物体に限り時間の流れを変化させるというもの。
しかして相手は陽炎揺れる太陽、触れることはおろか近付くことすら叶わぬ存在である。
「オイオイ、まさか俺が特攻する、なんて思ってないだろうな?」
「でも、どうやって……」
明らかな不可能を目前に本物の時間は絶えず流れていく。
硬直しつつある状況を前にして、これを打開する者などいるのだろうか。
「───ん。任せなさいな、小雪ちゃん?」
その人物は、曰く『距離を操る』。
完璧な容姿、比類無き才を持ち合わせながらこれまで病床と共に生きてきた悲劇の少女。
人は彼女を「白亜の麗人」と呼ぶ。
「天堂、センパイ……?」
「ええ、ええ。あんな輩に身の程ってのを教えるのは、天音達の仕事だものね、真也?」
好敵手の問いかけに、真也が返した視線は信頼の色を帯びていた。
「天音の能力で無理矢理当たり判定を創る。西川、俺達の前から重力を低減してくれ。明智はビルにステルスを。多少は成功率も上がるだろうさ……」
◇
数々の想いを、犠牲を経て、作戦の最終段階が始まる。
向き合うようにして天へと構える2人の『未元』。
弓を引く様に拳を握る真也。対する天音は手を添える様に鏡映しの体勢を取る。
彼らが試みようとしているその技は、真也が師と煽る父から伝授されたものである。
しかしてそれは本来空間系統の能力でのみ成せる秘奥。加えて真也は半人前の身。
故に彼の『形』が完璧であったとしても天音による出力支援が欠かせなかった。
「我、久遠の天球。虚空を象る者────」
天音が中空に描くのは仮想の三軸。
上書きされた空間は膨張し、その場の『無』をも否定する。
「汝、砂上の楼閣。朽ち逝く刹那を眺む────」
続けて真也が生み出すのは通常とは異なる時間の流れ。
定義された空間の内を満たし、新たな瞬間が胎動と共に刻まれていく。
「空間軸、定義────」
「時間軸、定義────」
呼吸を、精神を重ねる。
互いの形を忘れる程に強く、空間は歪み粒子の輝きが街を照らす。
肢体を引き裂くような痛みに耐えながら、2人は眼前の敵を見据えていた。
「概念属性の十字砲火……頼んだぜ姉貴……!!」
「信じなさいな真也? なんたって天音の、自慢の母さんなんだから」
その技は本来の姿から大きく逸脱していた。
時間と空間。重ねた掌は互いの能力を結び付け、更なる領域へと至らしめる。
共鳴する両者が創り出したそれは『世界』という概念、そう形容するに値する。
飽和した熱量は既に物理攻撃の域に無く、均衡を崩せば最後、眼前の全てを過去にしてしまうだろう。
未元の力により変質しきった秘奥は最早元の名で呼べず、故に新たなる絶技として昇華された。
天を燃やし理をも超える奇跡。与えられし名は───
「「これ成るは有片流番外──────絶対刹那・万里一空!!」」
その一撃は、相克と信念を以て放たれる。
◇
「────【天戴閲覧】接続、転写再現────」
時を同じくして、学園上空に2つの人影が在った。
ホバリングする的場沙耶に体を支えられながら、天堂花は使い慣れたライフルを彼方へ構える。
二色に光る眼で覗き込んだスコープ。
遥か遠方、輝きの中心たる人型に向け照準を定める。
「────出力反映、【万里一空】+【因果観測】+【頂の蓮台】────」
口ずさむのは在りし日の異能達。
それは、今は亡き兄が識り、そして遺してきた記憶の残り火。
これまで積み重ねてきたItafの歴史が、不退転の意志が、今一つの弾丸へと収束していく。
刹那、脳裏に過ぎる白亜の正六面体。
あの様な姿となって尚、彼は遺された花に寄り添っている。
だからこそ恐れる意味も、負ける理由も要らなかった。
「────【拳威無双】+【死者組成】+【偽者の嘘】+【数値操作】+【青空電波】+【幻想装備】+【災害解封】+【業火絢爛】────完成……」
「……いくわよ、兄さん……!!」
銃口に紫電が迸ると同時、空間すらも歪曲させて、究極の射手が完成される。
祈りと憐憫を以て、トリガーは引かれた。
◇
街が、空が、光に包まれていく。
神性の悲鳴すら熱色に塗りつぶし、その影すら掻き消してしまう。
偽りの神すら抗うことの叶わない二振りの破壊。
能力の域を超えた超常の火にその身を焼かれ【原典白夜】だった少女は墜ちていく。
急加速を受けた依代は既に数億年分の時を超え体の芯から燃え尽きようとしている。
それは、何千年もの畏怖に、絶対なる神性に人が勝利を得た瞬間であった。
その日、東京の空を裂く二条の光があった。
十字に交錯したそれは立ち込めた暗雲すらも消し飛ばし、彼方の夕陽へと消えていく。
流星と呼ぶには禍々しく、炎熱と呼ぶには不十分に過ぎる事象であった。
◇
──────何故……
瓦礫に塞がれた路地で1人、夜弥は十字の走る夕空を望む。
伸ばした手は火傷に染まり、西日ですらも激痛が走った。
「夜弥はん、まだ起きとる?」
あの女の声が聞こえる。
例えその身を燃やし尽くしてでも殺そうとした、憎い、憎い女の声。
直ぐにでもその喉に指を突き立てたいが、手も足も出ないこの状況は悲痛でしかない。
「…………ほっといてください……」
「わしに言いたいこと、あったんとちゃうん?」
「…………」
しかし、何より悲しいのは、そんな死ぬほど憎んだ相手の名ですらも火にくべてしまったことである。
「…………そう、ですね……」
不思議と、涙は出なかった。
幾度も泣いた夜、手にした扇を信じ続けた結末がこの有様だというのに。
孤独と欠乏、嫉妬に塗れた日々ですら遠い過去の様に思えた自分が、夜弥はひたすらに悲しいとしか思えなかったのだ。
漂白された精神の只中。夜弥は真白の他にもう一人、背後に控えた人物に気付く。
仰向けで分からなかったが、その褐色の青年に、彼女は大切な人の面影を見た。
「こちら烏間異空君。住込みのバイトで、『信仰の未元』言うんやて? あんたはんに会いたい言うもんやから連れて来たんやけど……」
「はい、初めまして。貴方は……私に父親を見たようですね……」
「……あぁ、そういうこと……」
初見での会話だったが、夜弥は異空が如何なる存在か察していた。
初めて白夜真緒に会った時と同じ、暖かさの中にシステム染みた何かがいる、そんな印象を抱く。
きっと彼は本当の意味合いでの神性なのだろう。
世界の敵と成り果てた自分を裁きに来た、優しい死神。
証拠も何も有りはしない。
そんなものが必要無いまでに、自分を見つめるそれに夜弥は抗う気すら起きなかった。
「……父ではありません……悔しいですね。まだあの人を信じたいだなんて……」
「そういう人なんよ、どこまでいっても……」
それから、幾つかの会話があった。
孤児だった過去、捨て去った心、利用されていた現実、彼の人の最期────
それは互いへの罵倒だったかもしれないし、懺悔だったのかもしれない。
しかし、それらは穏やかに、他愛も無い笑みが時間と共に流れていった。
白夜真緒が彼女達に何を見出したのかは分からないが、違う未来があったなら、決して手を取り合えない2人ではなかったことだろう。
同じ男の背を追ったが故に、否定された明日がいくつあったのか。
夜弥は一頻りの思いを伝え、真白はその全てに耳を傾けた。
恨みも悲しみも決して癒えることは無い。
けれど夜弥の心はいつの日かに見た空の様にまっさらに澄み渡っていたという。
「────さて、もう充分です。お願いしますね、異空さん……」
焼けただれた手を最後の力を以て差し伸ばす。
夜弥の手を取る直前、異空は罪人たる少女に眼差しを向けた。
宛ら子を看取る母の様にその瞳は慈愛に満ちていた。
「はい。最期に何か、言い残したことはありますか?」
「…………真白さん……?」
「なぁに?」
「……私、許しませんからね……」
「うん……ええよ……」
そして、彼女は異空の手を取った。
◇
その日、1人の少女が世界から消えた。
元からいなかったかの様に、忽然と。
嫉妬に燃え、自ら太陽となり、夜の帳へと消えていく。
その人生に救いがあったとするならば、それは最後の最後で本当の理解者に出会えたことに他ならない。
◇(久々に)いれぷろ!◇
真也「あー、やっっっと終わったわ……読者さんもお疲れ様でした」
天音「ホント嵐みたいな回だったわね……色々補足とか必要じゃないのコレ?」
真也「まぁその為にあるような企画だもんなぁ……」
天音「そんなワケで、久々にやるわよ一問一答! Are you lady?」
真也「何どさくさに紛れて性別変えようとしてんだ」
Q、結局今回の作戦ってどんな内容だったんですか? 特に最後の方がわかりにくいです。
A、まぁ、そうなるよな(-_-;) 本編で説明した通り、今回の作戦は太陽とか恒星が寿命を終える過程を再現しようぜ、って感じだ。それには次↓の手順が必要になる。
①自身の熱で燃焼させる。 ⇒ 【紅殻】でビーム(恒星の熱扱い)を反射。
②温度を下げる。 ⇒ 星奈&蛍の連携で雨を降らせて消火。
③内部に金属の核を形成。 ⇒ 真也が金属の槍を内部に打ち込む。
④時間経過によって鎮火。 ⇒ 真也&天音によって時間加速&超質量攻撃を実施。
───てなワケさね。
Q、天堂先生の能力って結局何ですか? Itafメンバーの能力コピー?
A、大体合ってるけど正確には「【天戴観測】を読み取る能力」だな。【天戴観測】って書いて「アカシックレコード」と読む。【天戴観測】は元々姉貴のお兄さん、天堂司が持っていた「観測物を劣化再現する能力」だ。地下のアーティファクトは司さんが自身を投影したもので歴代Itafを観測している。姉貴はその観測データを借りることで複数の能力を併用出来る。
ちなみに、この司さんはItafの初代にして歴代最強の会長。俺にとっても兄弟子に当たる。的場には悪いけれど、無下には出来ないんだよなァ……(-_-;)
Q、天堂先生が参加する意味はあったのでしょうか? 何やら不穏なことも言ってましたが……。
A、一言で言えば「ダメ押し」だな。今回は【原典白夜】の性質が半ば分からないまま、しかも概念マウントをやらなきゃいけなかった。そこで考えたのが上↑の①~④を通して「Itafは【原典白夜】にとって天敵である」という事実を作り、その後姉貴に歴代Itafの能力を撃ち込んでもらうっていう……つまり二重で概念マウント取れば流石に勝てるだろ、って作戦だったワケ。今思うと気が狂いそうになるな……。
それと作品名の伏線回収「イレギュラーズ・プロジェクト」。これは作中でも言ってたけれど今回の戦いは能力の軍事利用、その有用性を示す場でもあった。公安、つまり政府所属の姉貴はその調査も兼ねてItafを任されている。普段表に出られないのも自分が出しゃばり過ぎると、最悪は将来教え子を戦場に送り出すことに繋がってしまうから、そんな懸念あってのことなんだ。
Q、真也と天音が使ってた技について教えてください。何が起こったのですか?
A、絶対刹那・万里一空だな! あれは元々俺の師匠、有片政宗が独自に編み出した空間系統の奥義だ。オリジナルは空間操作によってパンチの威力を底上げしつつ遠くの敵を殴ったことにする、なんて技だった。形は教えてもらった手前「俺ってば時間系統だわ」ってなって、最終的に天音にサポートしてもらいつつ「相手に無理矢理当たり判定を付けて殴ったことにしつつ事象飽和に巻き込む」技になった。事象飽和ってのは要は「世界の中に全く同じものは存在しないやろ!?もう消したろ!」って状態(※F○Oの某セイバー参照)。ちなみにビームとか出たけどアレは「パンチの副産物」でしかない。
真也「よし! 粗方説明したな!」
天音「余計ワケ分からなくなったわ」
真也「……(;A^ω^)」
(強制終了)
◇次回予告◇
真也「あ、久々に幕間やりまーす」
天音「うわぁ軽ぅい」




