第31話:落陽成す者達 急
恐る恐る目を開ける。
小雪の眼下には溶融し赤一色に染まった道路が在った。
膨大な熱に当てられた街は一直線に拓かれ、その焼け跡は彼方にまで続いている。
「───ん……? ワタシ何で上から……」
辺りを見渡す彼女だったが一瞬自分が置かれた状況を理解出来なくなる。
彼女の体はビル風の中、遥か上空を疾駆していた。
遠ざかっていく地上、その異常なまでの速度にはそう言えば覚えがある。
「────会長!?」
「応、奇遇だな?」
小雪を抱えたまま高層を駆け上がる、そんな真也の顔が在った。
「ちょっと真也!? 天音小雪ちゃんの方が良かったんですけど!?」
横に視線を移すと同じく明智を抱えた少女、天堂天音の姿が在った。
若干不満げな表情を浮かべつつも垂直な壁面を並走している。
どうやらItafのツートップはあの光線をも超える速度で小雪と明智を回収し、そのままビルからビルへ飛び移っていたらしい。
「あの変態は置いといて───西川、明智、2人共よく粘ってくれた」
「あ、はいッス……」
感謝を述べられた手前、2人の表情は尚も重苦しいままだった。
「でも会長……【紅殻】も無しに、これ以上どうするつもりッスか……?」
「安心しな。お前達の頑張りを無駄に出来る程、姉貴は甘くねぇよ……」
その言葉に畏怖は無く、鋭利な眼差しを以て決意を語る。
そんな真也の横顔を見た時、小雪はふとその頬に伝う雫に気付いた。
「あれ……会長泣いて───」
「ん? いいや『仕上げ』が始まったんだ。天音、俺達も急ぐぞ!」
「命令すんな真也!!」
遥か上空───摩天楼の先を見る。
その先に蒼天は無く、代わりに灰色の積雲が渦を巻き、都心を吞み込まんとしている。
これこそが作戦の第二段階、真に太陽を討つ為の秘策であった。
◇
「どうやら始まった様ですね……」
同刻、汐ノ目学園にて。黒雲に呑まれゆく太陽を見据え、天堂花は傍らの女生徒に呟く。
雨線の走る屋上に人の気は無く、彼女とその協力者を静寂に取り残している。
「にしても先生? 良いんですか、アタシなんかに能力明かしても?」
「構いませんよ的場さん。いつぞやかの記者精神に免じて、先生サービスしちゃいます!」
「うーん、心当たりが多すぎて何とも……まぁいっか!」
軽快な会話の最中も花の意識は西方の空へ向けられていた。
公安の捜査員である以前に一教師として、今回ばかりは生徒を助けたい。
それが彼女の、数少ない願いであった。
「すみませんね。私の能力、学内限定でして……重かったら言ってくださいね?」
「大丈夫ですって。先生きっと羽毛並みですから!」
暗がりの中ぽっかりと、陽に照らされたビルに憂いを馳せる。
あの上で弟弟子や愛娘が命を賭している。
ならば、彼らを救えずして何が教師か、何が親か────
「────さて、そろそろ準備を。オトナの本気、お見せしましょう……!」
◇
少女は、今尚煉獄に囚われていた。
叫べども聞こえず、泣けども癒えず。
ただその身を突き刺す熱に、信仰の具現たる炎に悶える。
幾度も砕け散った精神は滞った輪廻に引き留められ、その一切を手放すことすら許してくれない。
終わらない悪夢の只中で、少女はふと紅の狭間に窓を見つけた。
苦しみから逃げる様に、ぽっかりと開いた炎の間隙を覗き込む。
外はどうやら雨らしい。
屋上に何人かが見える。
誰なのかは分からない。
いた。ましろが、いた。
ましろ、ましろがいる。
…なんで、何で? 解らない、分かりたくもない真白真白真白!? 是非乖離許さないダメ未踏たおす倒せ白夜侵す奪う、? それは何故かいたから信仰? 斯くも最低真偽不明に元原典扇つき「@知る由も無い真緒:つまりは¥? 知らない、逆説燃やせ「わるい13乖離。? と混濁再編、!ほ」」間雨とはA≒されど・知ラない攻撃l殺/炎の1Gぇきすぐすぐ経典あは裂開壊死8‘真緒居ぬ閑散 イや+「 未承認構築、切開白亜いい蒸発? 消えろ安寧が世話来ない来ない来なイ祭儀」決別、#探せ真白ましろ? 嗣音⇒4 乖離、つまり!?世界、もやす燃えろ燃やせ燃やせ燃やせ燃やせ燃やせ────────!!!
◇
吹き荒れる風雨に悲鳴をあげながらも【原典白夜】はその進行を速める。
その行く手には一棟の高層ビル────屋上には真白の姿が在った。
「悪うことしたね、夜弥はん……?」
自身に向け熱線と共に明確な敵意が向けられる中、少女は車椅子を動かすことなく天を睨む。
直進する光の束を前に、尚も動じる事は無い。
「……けど、許さへんから。堪忍え?」
瞬間、【経典不朽】の障壁と【原典白夜】の熱線───同じ信仰に起源を持つ力がぶつかり合う。
それは【経典】と【原典】、本来ならば両者の間には比較すらままならない程の差が存在する。
しかし、あろうことか真白の展開する光のドームは神性による攻撃と拮抗を見せていた。
掻き分けられた炎熱に周囲のコンクリートが煮立てども薄緑の障壁は一切の変化を許さず、遂にはその一撃に耐えてしまったのである。
円形に残った屋上の一角。
半球の障壁の内側では、ある者は冷や汗を拭い、またある者は絶えず天候に意識を向けている。
「悪いな夜弥……こちらもチートには定評があるんでね……!」
豪雨に苦しみを見せる【原典白夜】に対し、真也は不敵に笑った。
以前にも真也は真白の障壁に触れることで『変形する時間を奪う』ことに成功していた。そして、今回はそれに加え天音というもう一人の規格外が存在する。
一度ならず二度までも、彼女は『距離を作る』ことによって熱自体を到達させなかった。
これらが意味するのは即ち最強の守り────概念すら寄せ付けない絶対領域の完成である。
「さて、こっからが勝負だ。水無月と霧野は引き続き天候を持続!」
「了解……なんて言いたいけど、あたしにはどうしようもないのよねこの嵐……!」
『渦』と書かれたシールに手をかざし、解き放った乱雲を見つめる水無月星奈。
彼女の能力はあくまでも災害を封じ持ち運ぶ事、そして解き放つ事に限る。
加えて今回持ち出したのは書いて字の如く暴風雨。
制御も利かない上効果を持続させるには使用者、つまりは星奈が雷雲の発生源にいる必要があった。
「制御は僕が……水無月先輩は引き続き維持をお願いします!」
星奈の傍らで叫ぶ少年は霧乃蛍───その装いは両腕に光と雲を携えた、旅人のそれに近しいものとなっている。
今回用いられたのは【幻想装備】変則形態、その名は【風陽】。
『北風と太陽』をモチーフとした『熱』と『気流』を操る能力である。
限定的ながらも気象への干渉能力を得た彼は、辺りに満ちた気流をありったけ【原典白夜】へとぶつける。
彼の眼差しに込められた感情、その意味を知る者は彼を措いて他には居ない。
天候が変わったことにより戦況もまた移りつつあった。
局地的とはいえ空一面は雨模様。陽光が失われた今【原典白夜】の後ろ盾は無いに等しい。
十分に燃えた依り代に雫が落ちる度、余熱は蒸気となって大気へと帰っていく。
君はもう鎮まるのだと偽りの太陽へ教える為に。
降り注いでいた熱線も徐々に弱まりつつあった。
そんな状況を見計らい、真也はスポーツバッグの中を弄りながら無線へ叫ぶ。
「こちら有片真也、B2地点に到着した! 投擲の許可を願う!」
『こちらオペレーションルーム、投擲を許可します。どうかご武運を、会長』
真也が取り出したそれは中世の騎兵を思わせるような鋼色の長槍。
針の様な穂先と石突から延々と繋がる鎖。そのいずれもが見覚えのある鋼色に輝いている。
「会長、それって『金の───」
「離れてろ西川。久々の本気だ……!!」
鷹の如き双眸で天を見据え、異形の得物を構える。
神話の英雄の様に、数多の因縁を負ったその背中は誰よりも大きく、青年とは思えないまでの覇気を纏って見えた。
振り上げた細腕には筋骨が浮き上がり、可視化した粒子は拳から槍へ収束していく。
それは僅か数瞬、凝縮された時の中で放たれた一投であった。
◇次回予告◇
決戦、此処に極まれり───遂に明かされるItaf顧問、天堂花の能力! アーティファクトが呼応する時、人類の拳は偽りの神へと届く!
次回、『落陽成す者達 終』!!
沙耶「先生! 娘さんに何か一言!」
花「え!? えーっと……今夜はハンバーグよー?(n;*´ω`*n」
天音「ヤダ、この母さん可愛すぎっ……!?((ノェ`*)っ))タシタシ」




