第30話:落陽成す者達 破
視界が歪む。それは陽炎の様に。
彼方の陽光へ手を伸ばす。
されどその指先は焼け落ち、向けるべき双眸も塵へと消えた。
ならば少女が見るそれは、目指す先は如何なるものか。
幼い体躯を理の火にくべて、その感情は尚も満たされる事を知らない。
──────熱い……
──────熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎──────
……………………真緒さん……。
◇
「────ッびっくりしたぁ!?」
「いやそれアタシのセリフ!? ほんっとギリギリだったんだからー!?」
黒い霧状の波紋を切り裂く様に、桃井玲奈と三浦焔華を乗せた狼は大通りを駆けていた。
周囲の建造物が軒並み破壊されたにもかかわらず、先程の巨大な一撃は誰一人の命をも奪うことは叶わなかったのだ。
灰塵が舞う最中、2人は狼の背から空を見据える。
天には変わらず正面へと光線を放つ【原典白夜】の巨影があった。
「はぁ……まさか合わせ技してくるだなんて……チートにも限度ってものがあるでしょ!?」
「みーちゃん、その辺あんま考えない方が先輩オススメだな」
◇
それもまた昨夜の事。
真也と天堂顧問は10を超える各種攻撃手段に対し、それら全ての対処法を並べていった。
「────次にこの『重力』。知っての通り太陽の質量は地球の約109倍、不用意に近付くと文字通り引き寄せられて直葬だ。その上能力の効果範囲を広げる、ベクトルを逆転させる等々、どこまでの自由を利かせてくるかも分からない」
「兄貴、まさか『気合いで避けろ』とか言う気じゃないよね? ね?」
「桃井、お前テレパシーも使えんのか?」
「神様助けて、同期の眼にハイライトが無いの」
「いやそういう事じゃなくて! 確かに回避は個人に任せる。ただし、今回最前線のメンバーには俺の【絶対刹那】を付与しようと思ってる」
真也の【絶対刹那】は『時間を与奪する』という効果を有している。
彼が触れた物体は彼の任意で加速ないし減速し、やがて物理法則の域すら超えるとされている。
そんな真也にとって一時的とは言え星の重力場を振り切ることも、同等の力を有した遊撃部隊を作ることも容易いと言えよう。
「ああ、この際言うとお前達には天音の【絶対虚空】も付与してもらう。これで太陽由来の『疫病』、それから『放射能』なんかにも効果はあると思うぜ?」
天音の【絶対虚空】は真也の対極、つまりは『空間を与奪する』異能である。
彼女が作り出す空間の薄膜は花粉から殺人ウイルス、地面すら弾くと以前からもっぱらの噂であった。
「ま、使いどころは任せるけどな!」
命をも賭す戦いを前に、彼は朗らかに笑っていたと言う。
◇
翻った閃光が、四方から飛び交う弾幕が、【原典白夜】の体を徐々に延焼させていく。
天をも引き裂く絶叫は窓ガラスを割って尚木霊していた。
心なしか短くなった光の翼を見据え、地上にいる誰もが胸中の期待に背を押されていた。
無力であった人間が初めて神の類を超える、その瞬間を。
小手川拳斗と鳳紅葉もまた熱線を掻い潜りながら慣れない戦いを続けていた。
おそらくは暫くの後に敵の限界が訪れる。
今し方小雪と共有した情報によれば【原典白夜】の表面温度は2300℃まで低下したという。
しかし、順当に進んでいくこの状況に違和感を覚える者も少なからずいた。
装甲から収束させた蒼炎を空へと放つ傍ら、小手川は懐のトランシーバーへと叫ぶ。
「こちら小手川! 水鳥に繋いでくれ!」
『こちら河名水鳥! どうしましたか先輩?』
「お前の予知で今どこまで見えてるか、確認したくてな」
『いえ、依然状況は────』
「……水鳥? 何か動きでもあったか?」
『───はい……各員に通達します。兵装【紅殻】を放棄し今すぐ撤退を……』
「オイ、何が見えた!?」
『それは──────』
◇
『───兵装【紅殻】を放棄し……ッ……!』
糸が切れた様に途絶した通信。
前線に立つ者達は事態を察するや否や、示し合わせた通りにその踵を返していく。
それこそが通達された最後の対処方法であり、Itaf最大の懸念であった。
明智もまたこれから起こるであろう事態を知り撤退を試みる。
一方の小雪は状況を飲み込めないままに手を引かれ慌てていた。
「ちょっ……今度は何ッスか!?」
「会議の最後、聞いてなかったのかい小雪君!? そろそろ退き際ってことさ!」
「あと少しで倒せそうッスけど……?」
「いや……【紅殻】はもう使えない……!」
振り返った先へ眼を凝らし、小雪は事の重大さに気付く。
弱まっていたはずの【原典白夜】の後光はかつてないまでにその輝きを増し、膨大な熱を振りまいている。
迸る紫電は中空にて弧を描き、宛ら星の如く収束を始めていた。
しかし異変はそれだけに止まらない。
先程まで空中を浮遊していた【紅殻】は二機ともアスファルトの上に転がり、追従はおろか機能停止にまで陥っていたのだ。
「数値解析──────4000!? 一体何が……!?」
◇
「────さて、最後の対策だが……」
「……どうしたんです会長?」
「……正直な話、これが一番厄介だ。お前ら『太陽風』って知ってるか? まぁ、一言で言うなら『恒星が発するプラズマ』なんだが」
「確か、オーロラの原因とか何とか……? 【紅殻】で弾けそうな気もしますけど?」
「いや、それが無理なんだ。全員、これを見てくれ」
モニターに映し出された光景は痛ましい戦場のもの。
二つ折りの戦闘機がビルの残骸に横たわり、鋼の臓腑を覗かせている。
「実際のところ、高火力で相手を燃焼させるってのは自衛隊もやってたし、重力場なんかも被害はゼロじゃないにせよどうにか耐えたらしい。ならば何故、彼らは継戦出来ないのか?」
「そこで『太陽風』ですか?」
「そう、お陰で戦闘機12機、ヘリ8機、その他通信機器一式が一瞬で全滅した。一部の話じゃ回路が基板諸共燃えたらしい」
「一瞬で…………」
「おそらく【原典白夜】の迎撃は条件分岐に依る。【紅殻】が精密機器と勘付かれたら真っ先に電磁波を打ち込んで来るはずだ。避けようが無い以上、最悪は──────」
◇
「────予兆を確認次第撤退する! 【紅殻】が使えないなら尚更だ!」
「ッ!! ホントにあれ電磁波だけッスか!?」
「何か見えるのかい!?」
「いや、見えないんスよ……温度も、磁力も……」
小雪の瞳は森羅万象、数値化出来る事象であればその全てを測定出来る。
しかし、先程まで4000程度を保っていた温度は圧倒的な光の中に消え、文字通りの未知数となっていた。
「仕方ない、脇道に逸れて! 正面にいるとマズい!」
駆け出す2人だったが、心なしか解っていた。
これまでの熱線が牽制ならば、背後に控えるあの輝きは本当の攻撃───神の下す鉄槌であると。
ここで終わるわけにはいかない。
必死に自分の心に言い聞かせ、しかして放たれた轟音を受け入れない。
引き延ばされていく一瞬。
受け入れざる残響。
その全てを吞み込んで、究極の熱が、純白が、地平を塗りつぶしていく……。
◇次回予告◇
神性の一撃が街を、文明を引き裂いていく。されど我々は知らない。絶望的な状況の最中、反撃の狼煙を見据える者がいたことを。
次回、「落陽成す者達 急」。
紅葉「来週もサービスサービスぅ! ……で良いんですよね天堂先輩?」
天音「うーん、もうちょい上目遣いで!」
真也「や、め、ろ(迫真)」
小手川「シリアスブレイカー過ぎて草」




