第28話:決戦前夜 後編
「応、やっと帰ってきたか」
真白を探し真也が行き着いたのは学園の屋上であった。
会議終了から既に3時間。時計は10時を過ぎようとしている。
熱を帯びた夜風が吹きすさぶ中、特徴的な車椅子に歩み寄る。
「ん? 会長はん、どないしたん?」
「ああ、明日予定の作戦を伝えに来たんだが───」
「だが?」
「いや……お前も悲しむことがあるんだな、って……」
白色灯に照らされた顔には僅かながら、しかして確かな哀愁の色が浮かんでいた。
育ての親が亡くなったのだから当然の反応に違いない。
しかし、普段の真白は感情の起伏が極めて少ない、自他共に認める無感動である。
かつて孤児院にて壮絶な虐待を受けた彼女は半身不随にまで至り、義父に引き取られた頃には人間らしい感情はおろか普遍的な倫理観すら欠如していたと言う。
更に特筆すべきは、そんな過去を話す真白自身は終始笑みを絶やさず、最後にはしっかりと聴料を取り立てた事に他ならない。
常人とはかけ離れた感性を持つが故に、その頬に伝った冷たさを真白自身ですらも驚いていた。
「せやねぇ……お父はん、わしがこないやから『白夜』持って行きはったんかなぁ?」
「『白夜』?」
「うん、思い出したんよ。【原典白夜】白夜家が代々受け継いできた、神さんの忘れモンなんやって」
「あー昔なら能力者とかそりゃ信仰されるわな? だから本として遺したと…………多分だけど、親父さんお前に会いに帰ってたと思うんだ」
「どうやろなぁ……?」
「見計らってたんじゃないか? お前が少しは人並みになって、【原典】を任せられるような頃合いを」
それは皮肉に過ぎる惨劇と言えた。
微笑交じりに許す真白がそれ以上の感情を見せることは無かったが、それでも彼女の内で何かが変わりつつあることは確かであった。
見渡した西の空は今尚朱色に染まっている。
地上を征く太陽は沈むことを知らず、時折四方に光と爆轟を振り撒きながら本物の陽を待ちわびている様だった。
その飛翔速度は日中の観測データから陽光と比例関係にある事が判明している。
そして何より、今後の進行方向は北東東──────想定される通過点には汐ノ目町も含まれていた。
「夜弥はんなぁ……あないな姿になってまだわしを許せへんやろなぁ……」
「感情が偏ると能力が精神を侵蝕する事例もあるからな。彼女は今憎しみに囚われているのかもしれない」
「ん、そんなんあったん?」
「ほら、今年入って来た水無月星奈。今回は作戦の要なんだぜ?」
「あぁ、会長はん負かしたっちゅうあの娘?」
「おっとこんな所に悪意が。てか五体満足にこだわらなきゃ勝てたからな!? そりゃあもう文字通り秒刻みで───」
「ふぅん? まぁわしの懐が潤うなら構へんけど──────」
「…………うん、一旦やめとこう」
「せやね……なんや一気に冷めてもうたわぁ……で、何の話やった?」
「この辺俺らの悪いクセだよホント……」
その後も暫くは会話が続いたがこれでもかと言う程の脱線続きだったという。
◇
「────もしもし、パパ?」
同刻、夜闇に沈んだオペレーションルームに1人、三浦焔華の姿は在った。
決戦前夜、一見すれば家族の声が聴きたくなった様にも見える。
しかし数秒後、
「何よ! Itafに責任負わせといてわたしは参加するなってワケ!?」
焔華が口にしたのはかつてないまでの怒号であった。
幸いにしてこの部屋は居住区画から充分離れた位置にある。
寝静まった会員達も知り得ない、その憤りを言葉にするには適した場所と言えよう。
焔華が腹を立てた理由、それは彼女の家柄が深く関係していた。
彼女の実家である三浦家は汐ノ目町でも一二を争う大企業であり、町の支配者たる汐ノ目機関とは協賛関係にある。
今回、未曾有の災害に対しItafによる迎撃という決定を下した機関であるが、その裏にはこの機に乗じようとするスポンサー達の意向も含まれていたという。
その中には当然、三浦家の意見も含まれていた。
そんな利権に塗れた実情を知った上で「お前は戻って来い」などと言われれば、普段から押し殺していた感情が噴き出るのは至極当然である。
「わたしに学園を探らせたのも! 跡取りを失いたくないのも! 全部が全部お父様の都合でしょう!?」
焔華が入学しItafの下部組織、Ivisに所属したのも元々は学園の内情を調査し報告する為だった。
それどころか彼女が能力を得た要因も三浦家が実施した能力付与実験にある。
常に誰かを欺かなくてはいけない毎日が、仲間達の屈託の無い笑みが何よりも辛かった。
「引き続き潜入捜査は続行するから! それじゃお休み!!」
ぶつり。唯一の光源だったスマホが消え、オペレーションルームにも完全な夜が訪れる。
直後、敏感になった聴覚が背後に佇む気配を捉えるのに時間はかからなかった。
「……聞いてたの、芽衣……?」
非常灯に照らされながら、焔華の側近である神田芽衣は静かに頷く。
「申し訳ありません。何分お節介な性質でして」
「全く、自分で言うことじゃないでしょうに……」
「…………お嬢様」
「気持ちだけで充分よ。いつものことだって、あなたも知ってるでしょ?」
焔華は、これまで幾度となく芽衣の説教、或いは励ましを貰ってきた。
辛い時、悲しい時、誰にも明かせない感情に寄り添ってくれたのは芽衣だけだった。
唯一の味方だからこそ、あの災害に挑む前に湿っぽい話はしたくなかったのだ。
だというのに──────
「いえ、ハンカチをお忘れでしたので、こちらを」
「ッ──────────……」
抑え込んだはずの感情が、涙が、どうしようもなく溢れてしまう。
そうしてまたあの頃の様に泣いてしまう。初めて抱かれた時の様に。
「よしよし……私の胸であれば何時でもお貸ししますので……」
「何よっ……何でそんな言葉ばっか、言えんのよぅ……」
「私はお嬢様の、お嬢様だけのメイドですよ? 貴女が夜露に濡れるなら、この身を以て拭うのが道理かと……」
少女の涙を照らしながら、哀しい夜は更けていく。
◇
所変わった地下──────施設の最下層にも今し方、涙を流した者がいた。
何人も寄せ付けない堅牢な扉の先、白亜の空間に浮かぶ六面体を見上げ、大人となった少女はその目頭を擦る。
「司兄さん……どうかあの子達を見守ってあげて……」
部屋から立ち去る寸前、天堂花は胸のブローチを開く。
金細工のフレーム、その内側には写真が一枚納められている。満開の桜の下、栗髪の少女を肩に乗せて微笑む青年の姿が在った。
分かっている、彼はもういないのだと。
目の前にあるあの物体は遺品の一つに過ぎないのだと。
それでも、大切な事がある都度ここに足を運んでしまうのは、まだかつての面影を探しているからなのかもしれない。
懐古に浸る義母の姿を遠目に、天音もこの時ばかりは哀愁に沈んでいた。
その感情は同情が故でなく、大切な人の心さえ癒せない自分への腹立たしさ───或いは家族である人の心に今尚居続ける、故人へのささやかな嫉妬であった。
「待たせちゃったわね。さぁて、明日は早いわよー?」
「…………うん、行こう母さん」
◇
そうして、全てが寝静まった夜更け。
誰もが夢を、明日を見る最中、静寂の奥底に蠢く影が在った。
2人が去った白亜の部屋。不可知たる扉の先──────
その正六面体は今宵も無機質な脈を打つ。
移り往く今と生前を電子の脳裏に焼き付けながら、刻み込まれた歴史を今日も見返す。
これはただ見守ることに文字通り全てを捧げたが故の永遠。
彼はいつかこの世の終わりを見ることになる。
しかし、それは少なくとも明日ではない。
それに冠された名は【天戴観測】──────かつて無敵を誇った能力の残り火であり、Itaf初代会長、天堂司が託した希望である。
◇次回予告◇
遂に口火を切った対【原典白夜】戦。圧倒的な暴威の中に人類はかつての神性を思い出す──────次回「落陽成す者達 序」
真白「ほな、来週も見ておくれやす?ジャン、ケン、p…」
真也「言わせねぇよ?」
天音「カウンターいれぷろ!やめてホント」




