第27話:決戦前夜 前編
申し訳ありません……所謂説明回です……(-_-;)
三浦焔華が目を覚ました時、彼女はそこが保健室のベッドであることを察した。
この数ヶ月、無機質な天井と向き合うのは二度目になる。
彼女がここにいる、それは回復を担う会員達が軒並み駆り出されている事を意味した。
Itafで行えるのは基本的に応急処置に限られる(真白の様な例外もあるが)。
重度の負傷者は地元の病院に搬送されるというから、焔華自身のトリアージは中程度と考えられた。
しかし、いずれにせよ喜べるような状況でないことは確かである。
あの時焔華を見つめ返していた存在、瞼の裏に焼き付いた鮮烈に過ぎる光景───犠牲者が多いであろう事は想像に難くない。
「三浦さん? 起こしてしまったようですね」
「マリア先生……」
ブロンドの女医、マリア先生の微笑みを見るのもこれで二度目となる。
時代に逆らう様な白衣と胸元で揺れる十字は以前にも増して眩く思えた。
「わたしったら、またお世話に……」
「構いませんよ。主に仕える身として、救いに理由なんて要りませんから」
「それと、他の皆は……?」
「大半の方は軽傷だった様で、直にミーティングを開くかと」
「良かった……先生、わたしも行っていいかしら?」
「ええ、止めませんとも。どうぞ最期まで」
足早に廊下を駆けていく焔華。
Itafの事情を知っているとはいえ、こうも戦いとは縁遠そうな人を巻き込んでいるのかと思うと、無性に申し訳無くなってしまうのであった。
「──────三浦さん、貴女に主のご加護があらんことを」
◇
「───三浦、怪我の方は大丈夫か?」
「ええ、ご心配に及びませんわ会長。三浦の者は皆しぶといのでしてよ?」
滑り込んだ焔華が着席し、間も無くオペレーションルームが消灯する。
巨大な液晶に照らされた顔は以前よりも少なく何時ぞやかの満席とは程遠い。
そんな中、壇上に立つ真也と天堂顧問の顔は険しくも哀愁に満ちたものだった。
「───では有片君、お願いします」
「承知しました……」
「……皆に現状を伝える。ひとまず、Irial指導者桐張嗣音、並びに多数Irialメンバーの確保には成功した。改めて諸君の奮闘に感謝する」
真也によって語られたのは何人かの会員達が見せた咄嗟の機転であった。
突如として降り注いだ熱線に対し、最初に反応した天堂天音はビルの正面に向け最大出力で能力を展開。あるはずの無い『距離』を創ることで熱を放散させていた。
また下層階においても偶然出遅れていた西川小雪が上方向に強力な重力場を形成。建物の連鎖的な崩壊を食い止める事に成功している。
その他にも多くの会員が稀有なる才能を駆使し、周辺への被害を最小限にとどめるに至っていた。
とは言え、犠牲者も少なくない。
今尚昏睡状態にある者、行方の知れぬ者────二度と見られない笑みもあった。
更に一同の沈んだ感情へ追い打ちを掛けたのは真也の付け加えた「だが」の一言であった。
「────状況は芳しくない。一部の奴はもう知っていると思うが、既にIrialどころの騒ぎではなくなってきた。いや、最早それどころじゃあないだろう……」
驚嘆、或いは緊張に誰しもが息を吞む。
モニター一杯に映し出されたそれは焔華を始めとするメンバーが目撃した存在と酷似していた。
幾対もの光を束ねた翼、炎の層を携えた浮遊体。画像ですら眩しさに目を細める程だが、特筆すべきはその光源と思しき物体の形状である。
「あれって……人間……!?」
「その通り。今までの情報から考えるなら、これの熱源こそが件の『原典』。依り代は以前真白が交戦した夜弥という少女と見て間違いないだろう」
◇
これまでの検証に依れば、『経典』という能力はいずれもが何かしらのアイテムを人体に埋め込み、適合させることで概念的な作用を引き起こすことが分かっている。
例えば、真白が【経典不朽】を行使する際には周囲の粒子が身体のとある一点に収束し、その後は外部への流出は確認されない。
にも関わらず彼女が意識すれば立ち所に傷口は閉じ、折れた鉛筆は未使用同然となり、小手川は(精神的に)全快となる。
これらは物質的な作用に依らない『事象改変』───正真正銘の『奇跡』である。
そして、恐るべきはただでさえ異常な能力にも関わらず『経典』は『原典』の分け身に過ぎないということである。
「原典は太陽に通じる」
その言葉を鵜吞みにするのなら、『原典』により生じ得る熱量は最大1500万K、操作出来る重力は地上の28倍、維持年数に至っては最低でも50億年以上となる(あくまで鵜吞みにするのなら、だが)。
真白の義父、白夜真緒が譲渡を躊躇うのも無理は無いと言えた。
尚これらの資料の一部にはIrialの拠点から押収された物もあった。
その事実が意味するのはIrialもまた『経典』の存在に気付き有事に備えていたという事。
そう考えるのなら、【経典扇火】を保有する夜弥を仲間に引き入れ、対抗策となる兵装【紅殻】を開発した辻褄も合う。
では何故、その『原典』を夜弥が保有し、あの様な形態になったと言えるのか。
それを決定付ける出来事が今日の朝方に起きていた。
◇
同日、汐ノ目町の外れにて。
近隣住民の通報により駆け付けた警察官は奇妙な遺体を発見していた。
残り火の中に横たわる成人男性と思しき焼死体。
炭化した腹部からは細やかなガラス片が見つかり、継ぎ合わせるとそれらは一本の試験管である事が分かった。
しかし、この現場には何よりも特異な点があった。
それはアスファルトですら燃え溶ける惨状の中、何故か消失を免れた遺留品が存在した事。
赤黒い業火の様な扇が一つ、血に濡れていたという。
◇
「────分析の結果、DNAが行方不明となっていた白夜真緒氏と一致した、との事だ」
「真白先輩……」
オペレーションルームに真白の姿は無い。
唯一の身内として病院へ赴いただけと言うが、何度も回った時計の針が彼女の形容しきれない心情を物語っていた。
「…………話を戻そう。この人型実体は現在陸空自衛隊と交戦中。人払いの傍らItafに天堂先生経由で調査データが送られている状況だ」
「え……ソレどういうことですか?」
「そうさな? お偉いさん曰く『尻拭いをしろ』ってことだろうな? 霞ヶ関からもそう遠くないし、国は責任を取らせるなら必ず末端を選ぶ。汐ノ目機関としても『原典』を占有したいはず……最悪の利害一致という訳だ……」
「…………!?」
「普通の熱ならともかく、あの攻撃は熱さそのものを与えてくる。燃えない物は無く、通常兵器じゃまず倒せない。俺の見立てでは持って明日までだ」
「そんな無茶苦茶な…………」
事実として、特殊な例を除けば真白の【経典不朽】を突破出来る能力は存在しない。
そのオリジナルともなれば接触はおろか、近付く事すら不可能に近いだろう。
──────勝てるわけが無い。
その場の誰もが理解していた。
あの瞬間、あの高温、あの絶望を知っているからこそ直感していた。
圧倒的な格の違いというものを。
人間はおろか生物の範疇にすらいない存在と対峙して、果たしてその先に希望を見出す者がいるのだろうか。
鈍色の沈黙が帳の如く辺りを包み込む。
そして誰が予想出来ようか、そんな鬱屈な雰囲気を一切合切否定する者がいようとは。
「────『絶対に勝てない』そう思っているのなら、その考えはお捨てなさい!!」
声の主は、天堂顧問。
普段の穏やかさからは想像も付かないような、ひたすらに重く、険しさの籠った一喝であった。
会員達は勿論の事、付き合いの長い真也ですら呆気に取られてしまっている。
彼女は視線が集まったことを確認し、コホンと仕切り直した。
「いいですか皆さん? 普段の訓練でも言っている通り、能力者同士の戦いにおいて『絶対』の二文字はありません!」
「確かに相手は概念系───全能力系統の中でも最強と言えるでしょう」
「……けれど、それが何だというのです!? 何もせずに負けるか、戦って負けるか……先生は前者を選ぶような教えを説いた覚えは微塵もありません!!」
「────そうですよね、有片君?」
我に返った真也は若干の戸惑いを見せながらも大きく頷いた。
数多の超常を相手取ってきたからこそ彼は天堂顧問の言いたいこと、自分が言うべきことを理解していた。
「ええ……その通りです。いいかお前らよく考えろ? 俺達は現にあの怪物の攻撃から生還を果たしている! 前触れ無しの不意討ちにも関わらずだ!」
「それに」と続けた語気にも力が入る。
Itafを率いる者ならば常日頃から堂々とすべきだと。
例え明日、世界が終わるとしても───最期まで覇道を貫くと誓ったからこそ、その雄弁は聴く者全ての胸を射抜く弾丸と化す。
「元より俺達が戦う相手は超常ばかり! ならば戦う理由なんて要らない! ただ己が生の為に、明日を取り戻す為に今を賭せ! 証明するんだよ、勝利なんざ俺達にとって日常の過程に過ぎないことを!!」
沈黙があって───失笑があった。
それまでの暗さはどこへやら。一面の笑顔がそこには在った。
羞恥心を犠牲にした真也は赤面しつつも以前と同じ活気が戻ってきたことを確信する。
今やオペレーションルームに俯く者は居らず、否定を口にする者も皆無であった。
「────ま、まぁそれに? ちゃんと勝機だってあるんだぜ? 例えば西川?」
「あっハイ! 何スか会長?」
「お前の【数値操作】も概念系統だよな?」
「あーそういえばそうッスね……(あまり意識しないけど)」
「じゃあ質問だ。【数値操作】は数さえあれば何でも出来る異能か?」
「いや流石に何でもは無理ッスよ!? ……やれることは多いんスけど正直面倒というか……数字が大きすぎたりするとこっちの処理能力超えてもう御手上げッスね」
「成程、ありがとう。かく言う俺の【絶対刹那】も運動物に触れなきゃ加速は出来ないし、ああ見えて調整も難しい……とまぁこの様に、概念系統は実効性が高い代わりに弱点がはっきりしていることが多い」
「会長、ダシに使わないでくださいよー?」
「すまん、ジュースで勘弁な? ……よし、そんなわけでお前ら! こっからは対策会議兼真也先生の概念マウント講座を開催する! 期限は明日! 死ぬ気で覚えるように!!」
燃ゆる決意をその胸に、誰もが声高らかに答えていく。
それは誰が為でなく、己が為に。守るべき何かの為の戦いであった。
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