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第25話:光闇の決着 後編



「────何故って……『邪魔だったから消した』。理由として十分過ぎるだろ?」



 がらんとした部屋とは不釣り合いな、重苦しい空気を切り裂く様な一言。

それが真也の下した最適解だった。

前校長、藍川紫皇の正体を明かし嗣音の気を逆立てるよりも、寧ろ開き直り彼のイメージに沿った有片真也を演じた方がリスクは低い。

人は相手との対話においてある程度の返答を予測し続けている、交渉に長けた真也だからこそ踏んだ思惑ははたして的中することとなる。


「…………確かに、君はそういう奴だったね」


 沸々と煮える胸中を抑えながらも、嗣音は落ち着きを取り戻した。

依然としてその手には謎のスイッチが握られているものの親指との空間は僅かに空いている。

油断の出来ない状況が続くが、学園の全生徒、その命を想えばそれすらも僥倖と言えた。

 しかし喜んでもいられない。

次なる一手が打たれようとしている。



「なら質問を替えよう。有片君、君にとっての正義とは何かね? 人類を脅かす能力者、それを抑止するのも能力者! 君はこの状況を異常と知って尚肯定するのかい?」


「…………何か勘違いをしている様だが、そも俺は正義を気取った覚えなんて無い」


「…………理由は?」


「『揺るがない正義なんてあるはずが無いから』だ。お前と向き合ってようやく分かったよ。Itafも、Irialも、目指す先に平和を据えているのだと」


「一緒にしないでもらいたいがね? 君達がやっていることは自分達の正当化に過ぎない! 同族を贄にしなければ社会認めてもらえない! これを偽善と言わずして何と言う!?」


「────『自己満足』。それに、誰かに認められようなんて思ってないとも」


「戯言だな?」


「いいや…………ただ、その過程で誰かが幸せになってくれるなら、俺は別に悪と言われようが構わないって話さね」



 それらは真也の本音に違いなかった。

傲慢な人物像を演じようとした矢先、無意識に出てしまった言葉達である。

気が付けば普段から抱いていたもどかしさが、戦い続ける意味が、理性をも跳ね除けて口を動かしていた。

ともなれば、嗣音の思い描いた有片真也もあながち間違い無いのかもしれない。


 しかし、一か八かの演技もここまでが限界であった。

そも真也が因縁の相手である以上、能力者である以上、許容される道理は微塵も無い。

嗣音は感情の無い笑みを絶やす事無く、しかして磨き続けた殺意を振りかざさんとしている。



「────そうかい、よく分かったよ。君はあの頃、あの日のままだ」



────ここまで、か……。けれど、どうするという?


 言葉選びに失敗した自分を苛む一方で、真也には1つの疑問が有った。

仮に嗣音が手元のスイッチを押し爆破を実行したとしてその後に何をするのかが謎だったのだ。

現状、真也の動きを制限する唯一のスイッチ。

これが効力を失えば嗣音は1秒と掛からずに無力化される。

無論嗣音とて生粋の策士である。

そんな彼が部下も侍らせず、これといった武器も無く仇敵と対峙するなど有り得ないはず。



 罠の類に警戒する真也に対し、嗣音は尚も不気味な微笑を浮かべる。


「ところで有片君、今この状況に覚えは無いかな?」


 軽快な声色とは裏腹に、虚ろな視線が真也を捉えて離さない。

肌に駆ける痛みは緊張に比例して加速し続けている。


「3年程前、僕が君を呼び出した日。あの時も僕等は2人、面と向かって話し、そして君が勝った。ずっと考えていたんだよ、『何がいけなかったのか』『どうすれば勝てたのか』」



 かつて真也と嗣音が対峙した日、真也は能力者殺しのウイルスに侵されながらも嗣音を捕縛し、そのまま集中治療室へと送られている。

しかし今回は状況が違う。

彼等のいる部屋にウイルスを散布出来そうな空調設備は無く、嗣音も何かを隠しているような素振りを見せない。

加えて数週間前にはクロがサンプルを基にワクチンの開発に成功、真也を含むItafメンバー全員が摂取済みである。



「……桐張、お前は────」


「有片君、1つ良いことを教えてあげよう。君も何か勘違いをしている様だが、まさか僕が『自らの手で能力者を倒したいから』というだけで自分のDNAを使ったと思っていないかい?」


「…………何が言いたい?」


「だとしたら、僕の攻撃はもう終わっている。これが君の敗因だ」


 嗣音の一言を真也が理解するのは一瞬だった。

緊張故かと思っていた皮膚の違和感が比喩は無く、手先が見覚えのある血色に変色している。

その症状はかつて経験したウイルスによる腐蝕にとても似通っていた。


「──────ッ!!?」


「今回も色付きだと思ったかい? 残念、腐蝕作用こそ強いけど身体に馴染ませるには前のタイプは難しいからね。親和性なら旧式(こちら)が上だ」


 嗣音の仕掛けた罠───それは嗣音自らが体内にてウイルスを培養し、呼気として散布すること。

以前にウイルスを可視化させたのも、自らの手で能力者を倒すと言いふらしていた事さえも、全てはこの時の為に張られた伏線────真也を封殺する究極の一手であった。


「ワクチンでも打っているのだろうけど、それはあくまで前のタイプに対してのものじゃないかな? もし次に君が加速しようものならこのウイルスも加速するし、僕の見立て通りなら君は即座に消し炭になる」


 真也の腕に変色が広がる様を見ながら、袖に隠していたナイフを持ち替える嗣音。

彼の悲願は今まさに実現へと向かっている。




「もう諦めろ!!」

「…………させません」


 2つの拳が空を切り、ぶつかり合っては帰っていく。

 小手川と皆方による拳闘は壮絶なものであった。

強烈な拳圧を機関銃並みの速度で繰り出す小手川に対し、皆方は腕を己の血に染めて尚これを受け止め反撃の瞬間を狙っている。

その状況は極めて異常と言えた。


 小手川はかつて事故によって死亡し、自らの能力によって甲冑の籠手に自我を固定化させた能力者である。

そんな彼は肉体という枷から解き放たれたと言っても過言で無く、何時ぞやかには巨大な瓦礫を一撃の下に粉砕してみせた。


 詰まる所、真なる異常とはそんな小手川の猛攻を今尚耐え凌ぐ皆方の不屈さである。



 皆方善次郎は────嗣音と同様、一切の能力を持たない無能力者であった。

そんな彼もIrial入隊に当たり、藍川紫皇との接触を経て1つの力を得るに至っていた。




────このままじゃ埒が明かねぇ……!


 血に塗れた皆方の拳が小手川の攻撃を鈍らせていた。

Itafの目的はあくまで犯罪者の捕縛であり、余程の事が無い限り殺傷による無力化は認められていない。

それが無くとも小手川のポリシーが相手の命を守ろうとしている。


 皆方に降参する意思が無い以上、これ以上の戦いは避けるべき。

それならば───機を見計らい、次なる一撃を右手で受けた小手川は即座に左の掌を返した。

トリガーが引かれると共に駆動する手首の機構。

重厚な鋼板が開口すると同時、白亜の光が一面を包み込む。

以前の改修時に装備された可変機構─────そして閃光弾が日の目を見た瞬間であった。


 強光が炸裂する最中、脳を揺らすべく突進する小手川。

周囲の状況把握を視覚に依らない彼だからこそ、この瞬間を逃す気は毛頭無い。

すくい上げる様な軌道を以て、その一撃は皆方の顎を捉えた。



「────ッ!?」

「────言ったでしょう。させないと」




 皆方の得た力──────その名を【感(code:)覚遮断】(SevenSence)

『感覚を共有する能力』を基に作り出された能力に近しい身体機能。

その効果は『感覚を任意で遮断すること』。

痛みや疲労、己を取り巻く環境の一切を無視して彼はその精神を戦いのみに注ぐ。


全ては救われない友の為に────



 小手川の不審な動きに反応したのか、視覚を遮断した皆方は残された感覚の全てを以て渾身の拳技を受け止めていた。

凄まじい握力で鋼の装甲を押さえ付けながらも、彼が次に口にしたのは謝罪であった。


「申し訳ないですが───これで終わりです」


 その言葉と同時、小手川のあるはずの無い視界に小さな試験管が一本、宙を舞っていた。

皆方の懐から落とされたそれは回転し───そして、無機質な床へと叩きつけられる。

小さな破砕音が響き、やがて沈黙が訪れた。



「…………」


「…………。……ッ!?」


「……なぁ、これ桐張のウイルスだよな?」


「…………ええ、そのはずですが」


「そのウイルス、()()()()()()()()()んだよな? 別に鉄を錆させるとか、そういうのじゃないんだろ?」


「…………」


「確かに多少のダメージはあるけどよ? 生憎と、こちとら肉も神経(いたみ)も持ち合わせてねぇんだ…………それで? まだやるってんなら床ごと落とさせてもらうぜ?」



 現在下層階ではItafとIrial、両軍入り混じった戦闘が展開されている。

そんな状況で床が崩落すれば最悪の状況も考えられる。

小手川自身己の信念を曲げる様な真似は避けたかったが、皆方の手の内が明かされた今、彼の良心に選択を迫るのはこのタイミングを置いて他に無い。

それは互いの在り方を賭した瞬間であった。


 再びの沈黙が辺りを満たす中、皆方は深い溜息と共に床へ腰を下ろす。

 皆方善次郎は、人格者であり、何より生粋の善人である。


「……部下の命には代えられませんね…………」

「ああ、お互いにな……」


 永遠に続くと思われた戦いに終止符を打ったのは、幾万の拳でも互いの信念でもなく、彼等の背に続く仲間の存在であった。




「やっぱりお前は執着しているんだよ、このウイルスを使う事に」



 その言葉が聞こえた直後、嗣音の手から離れたナイフが床に落ちた。

彼がそれを振りかざした直後、僅か数瞬の出来事である。


「───ッ!?」


 嗣音が驚くのも無理は無い。

彼の視界にいる真也は一切動いてはいない、にも関わらず嗣音の右手は何か強い力に押されナイフを放してしまっていた。


「一体何をッ──────」


 即座に空になった手を握り締め嗣音は攻撃へと転じる。

しかし、その顔をすかさず殴りつける拳が1つ。

嗣音の体は重心から大きく回転し、背後のドアへと叩きつけられる。


「────噓だ……噓だ!! 何故加速が出来る!? 何故君は死なないんだ!?」


 状況に理解が追いつかず叫び吼える嗣音。

彼に向けられた双眸は、憐憫の色に染まっていた。


「加速はしてない。【絶対刹那】(ロストエイジ)は、俺の体表以内が射程だ──────それなら、俺も自分の息くらい使えるだろ?」

「────は……?」


 真也の能力、【絶対刹那】は彼に触れる物体の時間を支配する。

 嗣音にナイフを突き付けられた瞬間、彼は口内を空気諸共加速───限界まで圧縮した後射出していた。

奇しくもその発想は嗣音の秘策に対する意趣返しとなっていた。


「さて──────」


 その手を紫に染められながらも、立ち上がった真也は嗣音の下へと歩み寄っていく。

手前に転がったスイッチを踏み砕き、沸騰する拳を固く握る。

瞳に憐憫を、口元に微笑を携えて、かつての仲間へ語りかける。



「色々言いたいことはある──────けど、これだけは言わせてくれ…………」


「ま、待て……僕の手には──────」



 想えば、多くの友を失った。

覚悟こそしていたが、それが自分達のつまらない争い故かと思うと今もやるせなくなる。

けれどそれ以前に、今回は関係の無い、能力すら持たない生徒をも相手は巻き込んだ。

だからこそ、この拳を加速する気は無い。

抑えきれない怒りで既に満たされているのだから。



「おい…………歯ァ食いしばれ……!!」



 長きに亘る因縁は、何の変哲も無い拳によって決着を迎える。



本日も御一読ありがとうございました! 感想・ポイント評価等お待ちしております!

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