第22話:千願堂/願いの在処
あけましておめでとうございますm(__)m
諸事情により数話分を飛ばして投稿させていただきました。残りは今後投稿する予定です。
汐ノ目町の市街地より徒歩10分弱、曲がりくねった路地裏を行く。
この一帯は30年前の再開発区域から外されており、今も尚下町の情景を残している。
そして、幾度ものUターンを繰り返した小道の先にその店は在った。
明治期特有のレトロさを感じさせる外観。
掲げられた木目の看板に書かれたその名は──────『千願堂』
真白が義父から継いだという(おそらくは)雑貨店である。
「ほら、ここが件の」
不可思議な外観を指差しながらも、真也は額の汗を拭う。
というのも、ここに至るまでの10数分、彼は久々に「迷う」という経験をしていた。
彼は何度かこの千願堂を訪れているのだが、その都度不規則な路地に惑わされ、今回もまた加速を使わされてしまった次第である。
「それで、やっぱり異常だったろ?」
「そうねぇ……」
これまでの道のりを脳裏に補完しつつ腕組みをする天音。
能力の性質上、彼女等のいる一帯が何らかの特異領域であることは看破出来る。その原因が目前の千願堂であることも一目で分かる。
しかし、その違和感を形容することは彼女にとっても困難に思えた。
「空間の歪み……或いは断層が連続して───都合良く時間軸の辻褄を合わせた……ってとこかしら? この辺、真也の専門も混じってたりしない?」
「違和感が朱に交わってんだよなぁ…………まぁいい、とにかく入ろうか」
「そうね、暑いし」
初夏の熱気に背を押され、2人は疑問と共に入店した。
◇
カランコロン。
踏み入った千願堂の店内はそれまでの道のりと同様、異質さに富んだものだった。
それは木製の台に陳列された骨董品、ではなく真也らの立つ空間そのものに対する形容である。
先程外から見た店の横幅は広く見積もっても5~6メートル。
しかし、店内はそれを完全に度外視した様な広さである。
「やっぱり、毎回変わってるんだよなぁ……」
「尚更、白夜って人が気になるわね」
白夜真緒。この人物と彼が残したとされる未知の異能『経典』こそが今回彼らが足を運んだ理由である。
未だ足取りの掴めないIrialの一員、夜弥。
先の戦いにて確認された【対経典兵装】の存在。
加えて、真機那勇一が保有していた【経典組立】。
これらに共通する情報を得る為にも真白からの聴取は不可欠と言えた。
「おーい、真白―? 居ない、か?」
「真白ちゃーん? 天音お姉ちゃんよー?」
「おい止めろ、被害者を増やすんじゃねーよ」
◇
「────ん、ちょっと待って……」
真白を探す最中、真也と天音は陳列棚の間隙を射抜く視線を察知した。
息を潜めているのか、入店直後には気付かなかった気配が数メートル先に存在している。
「…………右行って」
「了解」
示し合わせた2人は二手に別れ、それぞれ壁伝いに店の最奥を目指す。
古木の匂いを切り裂く様に、音無く素早い足取りで。
変わりゆく距離を走り抜けて、2人はほぼ同時にそれを視界に捉えた。
「「ッ!?」」
2人の視線の先にはレジと思しき台が横たわっている。
そして、その奥に佇む1人の男性────に見える『何か』がいた。
一見すればその容姿は細身で褐色、白髪の人物の様である。
しかし真也は自分を見つめ返したそれを確信することが出来ないでいた。
もしかしたら、天音には別の姿が見えているのかもしれないし、そもあれは人間ですらないのかもしれない。
違和感を持つべきはずなのに、疑念すら漂白されていく自分がいる。
────成程? これは……
それでも尚、彼らは1つの確信を持っていた。
隠しきれぬ存在感と内包された粒子の脈動。
それはまさしく──────
「君は────『信仰』の未元か?」
感情の無い顔に澄んだ笑顔が灯る。
「いらっしゃいませ。何をお求めですか?」
◇
「ふぅん? 住み込みでねぇ……」
「はい。お世話になっています」
品出しをしながらも『信仰の未元』、烏間異空は快く聞き取りに応じていた。
「にしても驚きよね? 学園が尻尾すら掴んでいない『未元』がいただなんて」
説明をすると、『未元』とは真也や天音など、能力名に『絶対』の文字を刻まれた異能、或いはその保持者を指す言葉である。
その特徴はその強大さ故に出力等の解析が及ばず、文字通り『未元(未解明)』にして『絶対』と位置付けられる事。
汐ノ目機関においては戦略兵器並みの位置付けが為される存在である(それでも一概に最強とは言えないが)。
異空はその内の人間が創り出す幻想、願いを司る存在である。
不確かながらも『未元』同士のシンパシーがそのことを告げていた。
そんな彼が今の今まで見付からなかったのは、偏にこの千願堂の性質が故か。
或いは単純に真白の雇用体制がブラックなのか。
いずれにせよ後に問い詰める事が増えたようである。
「信仰…………人の感じ方次第で変わるから見え方も人次第、か……よくもまあ、そんな依代があったな?」
「バチカン……デザインベビー…………頭の痛い話ね。天音はパスよ」
「ええ、まあ…………それよりも、他に用事があるのでしょう? 店主より言伝を預かっております」
「そうだったな。それじゃ始めに───」
◇
「────つまり、『概念を本に納める能力者』が元々いた、ってとこかしら?」
「ええ。そして白夜様の保有する原典は、恐らくは神代由来の物…………Irialとやらの手にも余るでしょうね」
「それで【紅殻】か。だとしたら皮肉なペア───いや、何でもない。それじゃ、協力に感謝するよ」
真白が予め残していた『原典』並びにその派生である『経典』に関する資料を受け取り、真也と天音は帰路に就こうとしていた。
そんな中、異空はこの日初めて能動的に言葉を発する。
「ああ、そうだ。真白さんよりもう一つ、こちらをお納めください」
差し出された一冊の本は異空の第一印象によく似た、形容し難い異質さを携えていた。
「これは……」
「はい。こちらは【経典黒霧】。太陽がもたらす『疫病』の側面───真白さんが御尊父、白夜様より引き継いだ内の一冊となります。私の能力で無害化してありますので、有効にお使いいただけたら幸いです」
「そうかい、助かるよ」
差し込んだ夕陽に目を細め、出口へと歩いて行く2人。
彼らの背に投げかけられた一言は、変哲こそ無くとも不思議と心に残るものであった。
「────それでは、神のご加護があらんことを……」
◇
『────こちら的場沙耶with服部文香ペア! 任務完了です! ってね』
『────こちら明智誠。拠点は一個潰したけれど……お望みの情報は無さそうだねぇ。小雪君も飽きてる様だし、先に帰還させてもらうよ』
『────本部より通達、語部綾です。校内にIrialと思しき生徒を確認。今し方捕縛致しました…………雅治さん、もう少し静かにお願いします』
「この通り、お仲間はんも終いらしいなぁ?」
怯えた様子の男子生徒にトランシーバーから報告を聞かせ、真白は不敵な笑みを浮かべる。
この数ヶ月間、ItafはIrialへの捜査を強化し、その過程で幾度もの交戦が報告された。
当初は対能力者を意識した技術や兵装によってItaf側も少なからず被害を受けたものの、今となっては形勢も大きく変容している。
個人単位ならいざ知らず、連携を不得手とするIrialはItafの集団戦術を前に為す術も無く、徐々にその裾野を削られていた。
真白も例に漏れず未解決事件の再捜査を敢行。
この日も麻酔銃を片手に、風紀委員と名乗る通り魔を袋小路に追い詰めていた。
「ほんで? 夜弥って娘について何も知らへんの?」
「しっ、知らない! 俺は何も関係無い!」
「あっそ。まぁええよ? どの道さいならするんやし」
躊躇い無く引かれるトリガー。
サイレンサーを介した一撃は熱を帯びたままに、相手の肩へと炸裂する。
倒れ伏した男子生徒に発振器を取り付け、真白はその場を後にした。
上手くいけば次の拠点が見つかるかもしれないし、でなくとも任務に失敗した彼が粛正を受ける可能性は高い。
しかし、真白にとってそれらは些細な駄賃に過ぎない。
彼女の望みは義父、白夜真緒との再会。そしてあの夜弥という少女───人心の有った頃の自分が何かしてしまったのか、それを知る為である。
ここまで数人の相手に【経典】や夜弥、時には義父について聞きまわったが、結局Irialは横の繋がりが薄いことしか分からなかった。
ともなれば、頼みの綱は自分の手と記憶、そしてItafのみ。
面倒とは思いつつ、真白は繫忙期を覚悟した。
正直な話、正義なんてどうでもいい。利己であっても構わない。
けれど、自分が知らないにも関わらず、他人が「自分の事」を知っている───その事実を許せる程真白は怠惰ではなかった。
沈みゆく夕陽に目を細め、彼女は今日もあっけらかんと笑ってみせる。
「お義父はん……何してはるんやろな……」
本日も御一読ありがとうございました!
次回は設定資料集(別作品)を更新予定です。本編をより楽しみたいという方は是非チェックを!
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