第19話:しましまエブリデイ⑤
クロの通信から始まったIrialとの中規模戦闘、それから数日が経ったItaf本部は事態に反して閑散とした様子だった。
「よし、これから『汐ノ目機関本社窃盗事件』会議を始めるぞー? 今回の司会進行役は、見ての通り有片真也だ。ってなワケで本題だが──────」
「その前に、ちょっと待っちゃくれないかい真也?」
ホワイトボードを背に音頭を取る真也だったが、開始早々そんな彼を呼び止める者がいた。
「ん、ロレッタか。どうした、何かあったのか?」
「いや、なんかいつもより人が少ない気がしてね? 河名とか天堂とか、調査班も見た感じほとんど来てないじゃないか。皆出払ってんのかい?」
「ああ、半分はこないだの凍堂の件、もう半分は引き続きIrialの拠点探し……だからそうさな、今居るのは3分の1ってとこか」
「ふぅん、繫忙期なんだねぇ……」
現状Itafは小規模ながらも連日Irialとの戦闘を行っている。
第二種警戒態勢も数週間解かれていない。
そんな状況下での窃盗事件───それも街の中心たる汐ノ目機関直々の依頼は寝耳に水どころの騒ぎではなかった。
「おっと、そんでもって本題だ。数日前、機関の本社ビルに何者かが侵入、各セキュリティを突破し保管庫にあった物品を窃盗したらしい。で、盗まれた物品ってのが問題なんだ。『俺が無茶した時の左腕』と『天音の体組織サンプル』、それと『加速視の魔眼』と──────」
「オイオイちょっと待て! それって全部Itaf関連の物じゃねぇかよ!?」
明かされたラインナップに思わず跳ね起きる小手川。
彼が驚くのも無理は無い。件の物品はItafの活動の際に回収されたものばかり、例えばかつて真也が切断の能力を持つ相手と戦った際に切り落とされた腕も【未元】の研究材料として保管庫に入れられていた品である。
再生を経た片腕を覗きつつ真也は苦々しい表情を浮かべた。
「ああ、その通りだぜ小手川。ちなみに前お前が交換した『旧パーツ』も無くなってたらしい」
「アレもか!? いやアレ金皇ぐらいしか加工出来ねぇだろうし、あんま価値無ぇと思うんだけどなぁ……? まぁ、いずれにしても? そんなことやらかすのってIrialだけじゃねーの?」
「うーん、それなんだが……実はクロが犯人を確保したらしくてさ……」
「えぇ……解決済みじゃん。もう警察には突き出したのか?」
「いや、現在療養中だ。膝の上で……」
真也の視線を辿るように振り返る小手川。
何かを思案しているクロの膝上には毛布に包まれた青いぬいぐるみらしきものが見える。
全員がそれを生きた猫だと理解するまでには1分程の時間を要した。
「……あのさ真也? 色々言いてぇこともあるけどこれだけは言わせてくれ──────」
「──────ハァ???」
「うん、適切な要約だな……(-_-;)」
◇
「クロ、お前が言うにはその猫は御縞八郎という生徒と同一人物で、事件当日に嗣音の指示を受けて機関とお前の家に忍び込んだ、ってことでいいのか?」
「……ん? ああ、間違い無いね! さっき渡した録音データを聞けば分かると思うよ。桐張の奴がお喋りだったのが幸いだね」
「ふむ、話を聞く限りこの猫は『人に化ける能力』を持っていることになるが、それだと何だか矛盾しないか?」
「そう、そこなんだよ! あの保管庫で物を盗むには俺が以前興味本位でやったみたいにピッキングと解読プログラムを併用するか、もしくは西川か真也が妨害電波の周波数に合わせて能力を使うしかない。だから饅頭みたいに“身体機能としての変身能力”を疑ったんだけど……」
「毛色以外は普通の猫だしな……? Iscanも反応ナシ……飼い主と連絡が付けばいいんだが、天堂の姉貴からはまだ何とも……」
2人揃ってクロと真也は首を傾げた。
何せ様々な事件を解決してきた彼らにとっても未だかつて無いケースである。
前例が無い以上手探り状態になるのは至極当然と言えた。
容疑者が猫である以上どの道Irial自体の摘発が優先ではないか、似たような意見が飛び交いながら時間だけが過ぎていく。
「そういや真也、その猫真白に回復してもらったらどうだ? 元気になったら色々聞けるかもしれないぜ?」
「忘れたのか小手川? 【経典不朽】を真白以外に適用するにはその分の対価、この場合は代金を回復される本人が支払う必要がある。丸腰の猫なんて文無しだろうし、そもそも口約束すら出来てないからな」
後に分かることだが、【経典】の名を関する能力は強力である代わりに何かしらの形で『対価』を要求するらしい。
例えばそれは『誰かとって大切なもの』で──────真白ならば『金銭』、夜弥ならば『憤怒』を、真機那ならば『自らの命』をくべていたと言える。
『信仰』を起源に持つならば、これは原始宗教特有の『生贄』、或いはその名残か。
現時点でその答えを知る者は居なかった。
「あーそんな効果だったっけか? そういやたまに幾らか払ってたな……常習化してるとかヤバいだろ」
「赤字の経験とか無いんだろうなァ……。そんなワケで、暫くはニャーの【リカバリースマイル】か、あとは外注頼りだな。クロ、それまでに猫用の翻訳機を頼めるか?」
「大丈夫だよ! 犬用と熊用なら前に作ったことあるから、ほんの少し弄れば完成するはず」
「了解した。それなら猫はクロ達に一任するとして、総員は引き続きIrial捜査に参加すること。ここ最近は能力者の不審死が続いているらしいからな、十分な注意を払い行動するように! それと、この後呼ぶメンバーは俺と一緒に来てくれ。今朝報告のあった拠点の制圧に向かう。各自、質問はあるか? ……無いか、無いな? よし解散!!」
こうしてその日の会議は現状をほとんど変えないまま終了するのだった。
◇
その日の午後、時計は16時を回っていた。
ほとんどの生徒が帰宅し、校内は沈黙に満たされている。
木陰に沈む学園の廊下をクロはその身長とは不釣り合いな大きさの台車を押しながら歩いていた。
会議後も思案に耽る姿からはいつもの快活さも垣間見えない。
何かが引っかかっている、といった様子だった。
「なぁクロ? 桐張の奴は何を企んでんのかね?」
台車に乗った段ボールの中から囁くロレッタ。
流石に羆が校内をうろついていてはパニックになるという事で彼女の加入時に決まった移動手段であった。ちなみにニャーや猫こと八郎も相乗り中につき、割と狭い。
「うーん……建前では実験に使うとか言ってたけど半分程度は嘘だろうね。真也や天音のだけなら『未元』攻略のヒントを探る為だって分かる。問題は何で“ロレッタの脳移植手術の記録”や失敗作の“ユーベリューム665”も盗む必要があったかってこと。盗む物は多ければ多い程捕まるリスクは増えるっていうのに……」
「単なる嫌がらせってことは無いかい? Itafの、それも負の遺産ばっかなんだろ?」
「いいや、それは無いね! だってあんな猟奇的な桐張がそんな平凡なことをわざわざやると思う!?」
(あんたも限りなく近い部類なんだけどね……)
呆れるロレッタを余所にクロは自分の研究室を解錠しようとする。
「あ、そうだ! そう言えば昔作った“細胞を変異させるマシン”ってどこにやったっけ? ロレッタ、俺は一旦室長の所に挨拶しに行くから先に探しておいて──────」
「ウオオオオォォォオオ──────ッ!!?」
獣の雄叫びが廊下中に響き渡る。ロレッタの悲鳴だった。
鍵に気を取られていたクロが咄嗟に振り向くと研究室前の廊下で仰向けに倒れたロレッタの姿があった。
そしてロレッタの腹上、茶色の毛皮の上では彼女を押し倒したと思しき物体が蠢いていた。
前触れも無く現れたそれは黒い人型をしており、装甲の肩から背面にまで伸びた2対のオブジェクトからブラシレスDCモーターと思しき駆動音を唸らせている。
「なっ、何者だいあんた!?」
「…………」
ロレッタの言葉に耳も貸さず、黒い人型は左腕の装甲を展開する。
花弁状に開かれる手甲。機械染みた挙動とは裏腹に、中からは色素の抜けた人間の手が露出する。
驚くべきはその速度、ロレッタが呼びかけた直後には白色の細腕が彼女の肩に突き立てられていた。
「ッ……!!」
突然走った痛みにロレッタの表情が歪む。
立て続けに体を襲った脱力感はものの数秒で獣の巨躯を封じ込めていた。
「クロたん! クマたんが危ないっ!!」
「ロレッタから離れろッ!!」
すかさず拳銃にサイレンサーを装着するクロ。
数発発砲すると人型は廊下の数メートル奥まで瞬間的に後退した。
「早く逃げろロレッタ!! 相手は空間系だ!!」
「待ってくれクロ! 肩の傷に引っ張られて、体を起こせない……!」
「引っ張られる? それがあいつの能力なのか……!?」
目まぐるしく変容する状況の中、クロは人間の域を超えた頭脳をフル稼働させる。
『瞬間移動』と『触れた部分をピン留めする能力』。
床に落ちた弾丸には殴られたと思しき陥没が見られる。
そして何より、一瞬垣間見えた両腕の装甲。
黒い塗料でペイントされていたがその形状や質感には確かな見覚えがあった。
点が点を表出させ、結び付き、やがてただ1つの答えを成す。例えそれが如何に非常的な事実であろうとも。
「桐張の奴、“そういう事”か……!!」
◇
「Wasp計画?」
数日前、Irialの拠点では皆方と嗣音の問答が続いていた。
培養槽に入った人型は与えられた生体を基にその体躯のほとんどを作り終えている。
「そうさ? 対能力者用生物兵器Wasted Paranormal(訳:遺されし超常)、略してWasp!“雀蜂”って意味もあってね、呼びやすいだろう?」
「……倫理に反するのではないかね?」
「だから何? 確かに材料元はあるけど被験者はいないよ?
君は毎回難色を示すけど、考えてもみてくれ。現状【未元】の対処方法は『それを超える能力者』しかないんだよ? そんなの在って無いようなものだ。
けれど、この実験が成功すればその手段を確立出来る! それどころか【経典】を解析する足掛かりにも成り得る! まさに一石二鳥ってヤツだね」
「…………」
一方的に話し続ける嗣音を前にして皆方は悟っていた。
この男は狂人であると。悪に類する存在だと。
それでも彼が与する理由は、積み上げた屍の先に待つ理想が余りにも輝かしかったからに他ならない。
「それでね、コイツは第四世代粒子のみを餌にするんだ。体内の“ユーベリューム665”を励起させてね。学園に放っておけば良くてItaf半壊、それが駄目でも、まぁ5、6人分は処分の手間が省けるかな」
青年の朗らかな笑みには一片の悪意も無く、しかしてその隠し切れない狂気を語るには十分に過ぎていた。
今週もありがとうございました! 来週もお楽しみに!




