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第5話:嘘とコインⅣ


 人除けの避難勧告が響く校舎に2人分の影が伸びる。

真也と明智の姿は高等部の校舎2階、西日に染まる教室棟にあった。


彼らが見据える先─────廊下の暗がりに立つ影と対峙する。


「今度こそ、だ。大人しく投降願いたい」


歩み寄って来る誰かに真也は昼間同様小石を構える。

一歩、一歩、陽の下に姿を現したのは件の青年、加藤錦、のはずだった。



「......。............あ、え?」



「......藍川、か? これはすまない、君も実働班だったな」


そこにいた少女は紛れもなくItafの新人、藍川零に違いなかった。

しかし酷く怖ろしいものを見たかの様に、彼女の足取りは重く朦朧とした眼差しを2人に向けている。


「......藍川君? 何かあったのかい?」


明智の呼びかけに対し、零が反応する素振りは見られない。

その不審な様子に何事かと駆け寄ろうとする明智、だったが寸前で彼の足が止まる。


「会長先輩? あの様子だと」


「ああ、良い判断だとも、明智。あれは新手の─────」


話しながらも真也が零との距離を取ろうとする、その寸前に。

一発の銃声が夕闇を切り裂いた。


マズルフラッシュの煌めきと共に放たれた一撃は、無慈悲にも零の胸を貫く。

尚も飛翔する弾丸の行く手には刮目する真也の眼があった。



「会長先輩!!」


顔の辺りを押さえ直立する真也に明智は歩み寄ろうとする。

光芒一閃の出来事を前に重傷は不可避と思われた。

しかしここでは真也が加速能力者であることが功を奏したらしい。


「─────ッ、大丈夫だ! それより隠れるぞ!」


明智がその言葉を聞いた時、彼はいつの間にか後方の廊下の角を背にするようにして移動していた。

傍らには気を失った零と息を荒げる真也がいる。


「会長先輩? 目の方は無事ですか?」


「ああ、何とかな! それより明智、アレを見るんだ」


 真也が指し示す直線の廊下。

先ほどまで3人がいた辺りには、厳密には真也の顔があった場所に小さな物体が糸で吊られた様に静止している。

明智が目を凝らすとそれが目測1㎝程度の弾丸であることが改めて分かった。


「なるほど? これは厄介なことになりましたねぇ............」


「撃ったのは加藤か、或いは新手か、だ」


「まぁどの道加藤の関与は確実ですね、コレは」


この時明智の視線は気絶している零に、彼女の胸に向けられていた。

決してやましい気持ちなどでは無く、弾丸の軌道上にいたというのに傷一つ残されていないこと、その一点から【金属透過】が用いられたことは確実だった為である。



「............あり、かた先輩?」


丁度その時、視線を感じたのか零が意識を取り戻した。

先程とはまるで異なる黒目の耀きに真也と明智は一先ず安堵する。


「おう、無事だったか。一応聞いとこうか、君の名前は?」


「............藍川、零。です」


「さっきまで何をしていたか、どれだけ覚えてる?」


「さっぱり、です。申し訳ありません............ん? すみません、失礼します!」



 先程零が意識を取り戻すと同時、彼女の携帯がけたたましいバイブレーションとともに鳴り始めていた。

もし意識が薄れている間も彼女の能力が持続するとしたら─────

真也と明智の予想は的を射たものだった。


画面を見るや否や零は即座に振り返り、そして叫ぶ。


「先輩! 伏せてッ!!」



再び銃声が響いた。




「────────ッ!?」


左肩を貫く痛みに真也は言葉にならない音を上げる。

幾重もの壁を透過した弾丸は今度こそ彼の体を穿っていた。


「2人とも、逃げるぞ!!」


そう言って真也は腰の辺りに手を回す。

ベルトに装着された2連のモーターに手をかけて起動、零と明智の肩に触れる。



 真也の能力【絶対刹那】。

如何なる機器を以てしても測定不能、能力のカタチをした()()

その本質は加速能力ではなく先程の弾丸の様に触れた物体から「時間という概念を奪うこと」にある。

あくまで蓄積した「動的な時間」に速度を依存する彼は定期的にモーターを回すことでその消費を抑制する必要があった。


そしてもう一つ。この能力は「時間を与えること」も出来る。



 加速と共に暗中へ沈む廊下を駆け抜ける3人。


着信➤『はっしゃ』


「有片先輩! 左から来ます!!」


零の能力を足掛かりに、行く手を阻む3発目の弾丸を先行した真也は拳を以て往なす。

間髪を入れず降り注ぐ4発、5発、6発目を次々に殴りつけ、更なる2発を教室の影へと葬る。


「──────藍川! 次の弾は!?」


「............通信、途絶しました……」


「加藤の行き先は、分かりそうか?」


「申し訳ありません、私の射程範囲が短いばかりに............」


ぱったりと弾丸の雨が止み、3人は光を失った校舎に取り残された。

現場に到着してから僅か十数分、加藤との接触は叶わず、それどころか真也は先程の急加速も相まって左肩を血色に染めている。


八方塞がりとでもいうべきか、何から何までが後手になってしまっていた。



「まずい、な............もし防犯カメラを考慮するなら、あそこに逃げられかねないだろ? 今からでも間に合うか............?」


傷口を能力で止血しつつ、真也はひとまずオペレーションルームに連絡を取ろうとする。

そんな中で明智の腑に落ちないといった表情が目に付いた。


「─────────あ、そういう事か」


「何か分かったのか、明智?」


「ええ、加藤の行き先が分かりましたよ。全然間に合うかと」


真也の問いかけに明智はこれまでに無く快活に答える。


「会長、確か椅子とかでハシゴ作れましたよねぇ?」






「やぁ、思ったより遅かったねぇ? 待ちくたびれたよ」



夕闇に沈む校舎の裏手で一人、明智は加藤を待ち受けていた。


「驚いたという顔かな? いや、能力を考えれば君が一番近場のマンホールから下水に逃げるってことは初めから予想出来たんだ」


銃を向けられて尚も、明智は余裕の表情を浮かべ話続ける。


「まぁまぁ落ち着きたまえよ? 暗くてよく見えないけれど、弾の大きさ的にその銃の装填数は最大8連程度、調子に乗って使い切ってるんじゃないかなぁ? 話を続けるよ。

最初の発砲の時、会長先輩が言うには弾丸は藍川君の胸をすり抜けて先輩の目を狙っていた。この角度は一階から撃たなければ成り立たない。

けれど会長が受けた2発目、その傷口は下向きだった。それ以降も弾は斜め上から来てる。

これ程急に角度を変えるからには君は階段を駆け上がる他無く、結果ここに来るまでに校舎を迂回する羽目になったはず。

まぁ大筋はこんな感じだろうねぇ?」


推理が明かされる最中に、加藤は銃を硬貨に持ち替えて近づいて来る。

流石の明智も分が悪いとばかりに両手を上げ退いていく。


「ああ、認めるよ。こうして事実が分かったところで、今のボクに君を止める力も手立ても無いんだ」


数歩下がったところで明智の足元に隠されたマンホールが現れる。

硬貨を投擲すると同時、加藤はマンホールに向けて一気に加速し──────そして飛び込んだ。



「────だけどね、ボクは勝てないと言ったかい?」



寸前で硬貨を躱しながらも、明智がその不敵な笑みを崩すことは無かった。



「悪いね、本当のマンホールはこっちなんだ」



【偽者の嘘】による虚像が搔き消え、加藤は勢いのままに倒れていく。

その刹那に、音を置き去りにするような一撃が空を裂いた。


明智の背後に控えていた真也は立ち替わりと同時に【絶対刹那】の本領を発揮する。

純粋な拳による猛撃は機関銃の如き重低音を響かせる。


降り注ぐ残像と実像、痛みという感覚すら超過した嵐の中で加藤はもがき、再び硬貨を手に取ろうとする。

しかしそれは圧縮された時間軸の出来事でしかない。

既に【絶対刹那】による幾万の攻撃を受けた体はその一切の物理運動を忘れ、文字通り時が止まってしまっていた。


「さて、今度こそ同行を願おうか............いや、聞こえてない、か」


夜の帳と共に、Itafを揺るがせた事件は幕を閉じる。





「会長、お疲れ様です。カフェオレ、お好きでしたよね?」


「ああ、勿論頂くとも」


パトカーのサイレンを見送った直後、オペレーターの少女、河名水鳥(かわなみどり)は校舎前まで真也を迎えに来ていた。


「加藤の様子はいかがでしたか?」


「ああ、それなんだけどな? 刑事さんによるとどうも記憶が抜けてるというか、まともな聴取が出来るか難しいらしい」


「............例の共犯者の仕業、ですか」


「そう、藍川を囮にした上に俺達の居場所を指示した輩がいて、最後には足が付くのを防いだワケだ。............ちなみに、このことは予知出来てたのか?」


「まさか。会長が帰還なさることだけしか見えませんでしたよ」


 煮え切らない気持ち諸共早々にカフェオレを空ける真也。

不意に見えた一番星は、何故か暫く彼の眼に焼き付いていたという。





「─────────以上で報告を終わります」


「そうか、此度も死者数はゼロだったのか」


「ご期待に沿えず申し訳ございません。以後留意致しますので」


「まぁ何、構わぬよ。幸いストックは足りているのでね。引き続き彼らの監視に専念するよう、頼んだよ?」


「承知致しました。それでは、失礼しました」


「おっと。すまないね、一つ言い忘れていたことが」


退室しようとした零を声の主は呼び止め、そして言った。




「愛しているよ、零?」




「............ありがとうございます。どうか末永く貴方の御傍にッ」



零が言い終えない内にその精神は再び微睡の淵へと堕ちていく。



「君にも感謝するよ、春日部君? さぁ、零? お行きなさい、お友達が待っているはずだ」



「............、............はイ。はい、ありガトう、ございまス。ありがとオござい、まシたので」



 この日もまたおぼつかない足取りで扉に向かう少女。

その哀し気な影を負った背を、声の主は笑顔のままに見送った。


次話の投稿も3月12日の19時を予定しております。

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