第13話:仔獅子に問うⅡ
「来たな? ____全員揃ったところで本題といこうか」
有片先輩がいつになく不敵な笑みを浮かべている。
三浦焔華さんとそのメイド、神田芽衣さん、真白先輩、小手川先輩、それから河名先輩、有片先輩に僕というたまたま集まれたらしい総勢8名(?)に囲まれたテーブルには、分かりやすく「果たし状」と書かれた封筒が置かれている。
「先日、この封筒が送付されました。私が来た時には窓が割れていて、この封筒が机の上にありましたので、恐らく窓を突き破ったのかと」
「河名さんも冗談を言うのね…。でも、窓を突き破るほど紙を硬化させる必要があるでしょう? あるとすれば矢文だけど、消える矢文みたいなものってあるの、芽衣?」
「いえ、少なくとも私の知る限りではそのようなものはございません。おそらく、これも能力かと」
「でもよー、俺みたいな人の形をしていない、自分で考えて行動できるようなモノならこういうことも可能なんじゃないか?」
「まあまあ、グローブはん。真相は読んでみなわかりまへんえ」
「真白の言う通りだな。___河名、早速開封してくれ。ああ、危険物の可能性も考えられなくはない。一応、霧乃と真白はいつでも防御できる態勢でいてくれ」
防御といえば「アーサー王」の聖剣の鞘か、と思い至った僕は、すぐさま「アーサー王」に変身した。__短時間だから良いが、そろそろ防御用に何か新しい物語を取り入れなければ。
河名先輩が、手元にあったペーパーナイフで封筒を開ける。
______特に危険物の気配はない。
有片先輩もそう判断したのか、僕に変身を解くよう言った。
私はIrial所属の能力者だ。
私は貴組織の中で強い能力者との決闘を申し込む。
受けてくれるのであれば、明日の夜10時に地図に示した場所に来い。
なんだこれは。
河名先輩が果たし状を読み上げるのを聞いて思ったのは、その一言だった。
まさか敵に対して、こんなにも馬鹿正直に予告をする人間が、Irialにいるとは思わなくて、なんだか拍子抜けした。
いや、これが罠という線もある。だが、もし罠だとしたらわざわざ封筒の時点で分かりやすく「果たし状」なんて書くだろうか。
「で、いいか、霧乃?」
話に置いて行かれていたらしい。
結局、件の能力者は、汎用性の高い僕が戦うことになった。
◇
何となく体調の悪かった僕は、会長に言って早めに帰ってきた。
幸いここのところは学校外での異能力事件は鳴りを潜めているようで、即応人員は最小限で大丈夫そうだった。
帰宅して部屋に戻ると、スマホに通知が来ていた。
僕が帰宅してから数十分くらい経って、梓は帰ってきた。
その日の夕飯の時間も、梓と兄さんは黙りっぱなしだった。
なんとなく居心地が悪くなって、急いで食事を終えた僕は部屋へと戻った。
真っ白なシーツに寝転ぶ。スマホのリマインダが鳴いている。今は何となく知らないふりをしていたくて、鞄の中に投げ込む。
天井の染みを数えていたら、僕の意識は夢の世界へと旅立っていた。
夢を見た。
現実には信じがたい、おかしな夢。
地割れが起きている。
大地の裂け目に、僕の知っている人たちが吸い込まれていく。
それを僕は、変身して地上へと救い出していく。
けれど一人だけ、僕は救えなかった。
見間違えるはずがない。あれはかなえさんだ。
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「い、……、蛍、大丈夫か!?」
鉄のように重い瞼を開く。真っ白な視界に顔をしかめる。
「目が覚めたか? お前、すごくうなされていたぞ。…蛍?」
何も覚えてはいないけれど、とりあえず身体がだるい。
その日は、結局午後から登校することになった。
◇
「霧乃君、大丈夫? 昨晩返信がなかったから心配したのだけれど。今日の決闘、やっぱり他の人にお願いしたほうが……」
「ああ、いや、大丈夫です、河名先輩。__最近根を詰めすぎて疲れてたみたいで。でも今はこの通り、健康そのものです」
「健康って……。無理は健康の前借りよ。気を付けたほうがいいと思うわ」
「あはは……、ごめんなさい。気を付けます」
Itaf本部に入ってきた僕を出迎えたのは河名先輩だった。いきなりの小言には耳が痛いけど、まあ仕方ない。
どうやら僕がダメだった時のために待機していたらしい三浦さんと神田さんがどこかへと行ってしまった。
時計を見る。16時ちょうど。約束の日時までは6時間あるけれど、さすがに新たに何かを読むことはできない。何となく焦燥感を感じていた。
「霧乃君、時間まで仮眠を取ってなさい。時間になったら起こすから」
「あ、はい。ありがとうございます」
なんだかここ数日寝てばかりだな、と思った。
兄さんに「今日はこのままItaf本部の方にいる」と連絡をした後、仮眠室のベッドに横になった。
◇
目覚めると窓の外はすっかり暗くなっていて、明かりをつけていない部屋をスマホの青白い光が照らしていた。
時計は19時を示している。
当然だけどほとんどの生徒が帰宅していて、残っているのは河名先輩に小手川先輩、それから何人かの調査班の人がいるくらいだった。
今安定して使えるのはアリス、リチャード1世、シンデレラ。アーサー王は使用するととても体力を消耗するから戦力としては数えられない。
そこで今回は、リチャード1世の力を借りて戦うことにした。
リチャード1世の能力がどんなものか確かめておきたかったので、上着を掴んで、グラウンドに出た。
今更だけれど僕の頭の中には、言い訳のしがたい考えが芽生えていた。
それは、ぼくはかなえさんが好きである、という事実だ。
なぜそんなことが今思い浮かんだかと言えば、それは上手く言えない。ただ何となく、彼女のことが脳裏にちらつく、いや、夢のことがあって胸騒ぎがするのだ。
___もし仮に彼女が僕の能力を知ったとして、彼女は何を思うのだろう。
驚くだろうか? それとも、今までの会話を鑑みるに、強い好奇心を持って接してくるのだろうか? ___あるいは、嫌われるだろうか。
もしそうなら、これは僕の勝手な考えだけれど、僕は能力を使うのを辞めるだろう。
嫌われたくない。愛されたい。
まるで甘い砂糖に溺れるように、僕は彼女のことが忘れられない。
けれどそれでは、僕の大事な人たちを、梓や兄さんを守れない。
怖い。
まるで自分が自分でなくなってしまうようで、とても怖い。
いや、僕らしくない、というのが近いだろうか。
今までは会長や他の先輩たちが戦っていたから、何も考えずに僕は戦っていた。
でも今の僕は剣を取るのが怖い。
____少し混乱していたようだ。深呼吸して、心を落ち着かせる。
身体が光に包まれる。もう何度も経験した、僕の変身。
光が消えるころには、僕の身体は鎧に包まれていた。
獅子心王は、10年の在位期間のうち、本国にいたのはたった半年だったという。
そのほかの期間は海外へ遠征し、戦いに明け暮れたという彼は、敵にも敬意を表し、また敵からも尊敬を受けるほどの模範的な騎士であったのだそうだ。
僕は昔、親に言われて西洋剣術を習っていたことがあるが、その時にも相手に敬意を払うよう習った。きっとそれが、騎士というものなのだろう。
剣を抜き、一振りする。
見るからに重そうな剣だが、流石は王の膂力だ。まるで藁みたいな軽さだ。
でも僕は、果たして彼のようになれるだろうか。
いや、できない。たとえ戦いに明け暮れるとしても、敵に尊敬されるとしても、大事な人たちの元からは離れられない。
約束の時間が近づいてきた。
上着を羽織った河名先輩がグラウンドに出てきて僕を呼ぶ。
それに応じて、河名先輩の方へ駆け寄る。
僕は、決戦場へと向かった。
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