第12話:仔獅子に問うⅠ
4月になり、僕こと霧乃蛍は2年生へと進級した。
Itafにも新しい仲間が入り、能力的にも人数的にも一層にぎやかになったように感じる。
けれど、懸念が一つある。
それは僕の妹__霧乃梓が能力を持っているということだ。
妹の能力は、投げた物体の速度を自在に変化させる能力で、使いようによっては戦いにも使える能力だ。
もちろん先輩方は梓をItafに入れようとするだろうし、本人もそれを望むと思う。
けれど、___あくまで兄としての感情だが__妹には戦いをしてほしくない。
できれば今のまま野球をして、普通に女子プロ野球の球団に入団して、血みどろな戦いとは無縁の人生を送ってほしい。
だが、今年Itafに入会した、梓と同級生のお金持ちのお嬢様、三浦焔華さんと梓は仲が良い。
梓を僕が守れればそれで良い。けれど、去年までの戦いで痛感した。今までの僕のままでは、絶対に梓は守れないと。
去年戦った中で一番大きな戦いは、やはり校長との戦いだったと思う。
あの戦いは、消耗の激しい「アーサー王」の力と、Itafの皆さんの力のおかげで何とか持ちこたえられたものだ。勝ってすらいない。
完全に勝ったとしても、相手はただのチンピラだったし、慣れない戦い方、未熟な判断で、結局快勝とは言えない。
去年まではなるべく戦いたくはなかったけれど、今年に入って戦う理由ができた、というのが今の僕だ。
今日も図書館へと足を運ぶ。
このところは、純粋に物語を楽しめなくなったように思う。
「もっと強く、もっと強く」と、さながら武勇に飢えた狂戦士のようだと自嘲する。
たどり着いた書架に並べられた本の背表紙を目でなぞる。
面白そうな本を見つけ、本を手に取り、図書館の窓際の机へと脚を進める。
手に取ったのはイングランド王、獅子心王ことリチャード1世の伝記。
アーサー王と同じイングランド王にして、在位期間のうちほとんどを戦いに費やし、アーサー王に憧れ、数々の逸話を残した王だ。あのロビンフッドとも関係があるという。
アーサー王と違って、確実に実在していたためか、伝説的で神話に片足を突っ込んだような逸話はないため、アーサー王の力に比べれば消耗は少ないだろうと思った。
表紙を開く。ページを繰る。そして活字に溺れる。
学園に入学したてのころは、この瞬間が最高に心地よかった。
「うひゃっ」
どれだけ本に熱中していたのだろう。伸びをしようとすると、何か冷たいものが首元に触れた。
「へえ、男の子だけど、女の子みたいな声なんだ。なんか、かわいいかも」
「あの、あ、あなたは…?」
振り向くと、いまにも溶けて消えてしまいそうな、陶器のような___いや、雪や氷のような、そんな女子生徒が立っていた。その手には、なぜか氷漬けになったペットボトルのお茶が握られている。
「突然ごめんね。この学校で珍しく一生懸命本を読んでる人を見かけたから、話したら面白そうだなあって思ったんだ。あ、ボクだよね。ボクは凍堂かなえ。一応3年生。キミは?」
「えっと、霧乃蛍といいま」
言い切るのを待たずに、かなえさんはいきなり僕に抱きついた。びっくりするほどひんやりとしていた。
「あ゛ー……。やっぱり熱い。キミ、__えっと、蛍クンか。もしかして何も飲まずにずっと本読んでたでしょ? ダメだよー。春でも普通に熱中症になっちゃうよ? ホラ、これ飲みなさい。あ、図書館じゃダメか。じゃあ、その本借りちゃおう」
「えっあっ、あの、」
勝手に話が進んでいく。
僕はいつの間にか荷物をまとめられているし、本はかなえさんが借りて僕に手渡すし、手を引かれて中庭のベンチに座っていた。
「あの、なんかありがとうございました。お茶まで……」
「あー、いいのいいの! 戦うのも好きだけど、人助けも好きだから。それにわかるよー。うちのひいばーちゃんもさ、本が大好きで。本当かどうかわからないけど、日露戦争?で出征してたみたいで。その時も本を持って行ってたくらいだそうで。ボクはわからないけど、きっと面白いんでしょ?」
ところどころ聞き捨てられない言葉が聞こえたが、どうやら読書趣味について理解を示してくれているらしい。
___かなえさんは嵐のようで体はひんやりしているけれど、どこか暖かい、南国のような人だ。
それともお母さんのような___?
「蛍クン、どうしたの?」
「うひゃあっ!」
ボーっとしていたらしい。
気を抜いたら、ベンチでひっくり返ってしまった。
頭を地面に強打した___かと思いきや、かなえさんが腕を持って止めていてくれた。
「ホントに大丈夫? あ、よかったら膝枕してあげよっか? うん、それがいい。ささ、こちらへどうぞ!」
またもかなえさんの勢いに巻き込まれてしまった。
夕暮れの中庭で、出会ったばかりの年上の女性に膝枕をしてもらうなんて、どこか官能的だな、と薄れゆく意識の中で思った。
スマホの通知音で目が覚めた。
かなえさんはいつの間にかどこかに行ってしまっていて、彼女が着ていた上着がかけられていた。
寝ぼけた頭でスマホの画面を見る。
『放課後のことでお話があります 梓』
一気に目が覚めた。まさか、このことが妹に見られたのかと、どこか焦燥感を感じていた。
急いで靴を履き、少し転びそうになりながら走って家路についた。
◇
「ただいま! ごめん、兄さん。図書館行ってたら遅くなっちゃった」
「あ、蛍か。おかえり。飯ならできてるぞ」
「ありがとう。梓は帰ってる?」
「ああ、帰って入るんだが……」
兄・霧乃遼が表情を曇らせる。こんな顔を見るのは初めてではない。
「もしかして、Itafのこと?」
兄さんの表情がさらに暗くなる。どうやら当たりらしい。
と、リビングで話していると、とん、とん、と足音が聞こえた。2階から梓が降りてきたらしい。
「あ、おかえり蛍兄い。それで、夕飯終わったらちょっと時間もらって良い?」
「あ、うん、良いよ……」
かなえさんのことではなく、Itafのことだったのはある意味良かったかもな、とみそ汁をすすりながら思った。
もちろん妹の命に係わることだから、僕の個人的な事情と天秤にかけられるはずがない。
けれど、答えに窮すること、すなわちかなえさんのことではなく、梓がItafに入りたがる、という以前から予測ができていたことが話題に上がったのに一種の安心感を覚えていた。
兄さんも梓もずっと黙っている。重い空気が辛い。
「……ごちそうさま。先にシャワー浴びてくるね」
二人とも何も言わない。
食器を流しに入れ、風呂へと向かった。
寝巻に着替えて、長めの髪を拭きながらリビングに入ると、兄さんも梓もいつもの席についていた。
「それで、話って何だ、梓?」
「あの、遼兄い、蛍兄い、私、Itafっていうところに焔華ちゃんに誘われてて。それで、なんか特殊能力?を持ってる人が集まってるところらしくて。何をするのかは全然分からないけど、見に行ってみても良いかな?」
予想通りだった。
今まで、兄さんと僕が能力を持っていること、僕がItafに所属していることは誰にも言ってこなかった。
だから内情は僕達しか知らない。
兄さんの方を見る。
「……梓。実はそのItafって組織、僕は昔所属していたし、蛍は現在進行形で所属しているんだ」
先に口を開いたのは兄さんだった。
「Itafは、能力を使って犯罪を起こそうとする人を止める、いわば警察組織だ。当然だが、戦いにもなる。しかも梓の能力は戦闘に向いているから、恐らく戦闘メインの実働班に所属することになる。もちろんけがもするし、死ぬことだって____そんなことだってあり得る」
兄さんの眼は泣きそうだった。「目は口程に物を言う」という言葉そのものだった。
「蛍がどうかは知らないが、僕としては、梓にはItafに入ってほしくない。そんなわけで、梓に傷ついてほしくはないから」
「僕も兄さんと同じだよ。嫌な思いをするのは僕までで良い。いや、兄弟で僕までにしたい。___だから梓。悪いけど、僕と兄さんは反対だ」
梓はすっかりしゅんとしてしまった。
妹の悲しんだ顔を見るのは心苦しい。
けれど、これも愛する妹のためだ。心を鬼にするところだろう。
この日はこれでお開きになった。
◇
その翌日、僕は3年生の教室にいた。
たまたま教室に入っていくところの先輩に「凍堂かなえ先輩はいませんか」と声をかけると
「あ、あいつに何か用か? な、何なら俺が取り次ぐけど……」
と苦い顔をされた。
首をかしげると、背後から聞きなれた声が聞こえ、同時に圧倒的な力を感じた。
「蛍クーン!! 何々? もしかして私に会いに来てくれたのー? あ、もしかしてまた図書館行く感じ? 一緒に連れてって―!」
「お、おい凍堂、落ち着けって……。後輩君、困ってるぞ……?」
名も知らぬ先輩がかなえさんを僕から引きはがす。グッジョブです、知らない先輩。
手早く用事を済ませようと、紙袋を差し出す。
「あの、これ。昨日はありがとうございました。おかげで風邪をひかずに済みました」
「あー! これボクの制服かー! いやー、今朝どこやったかなぁって探してたら遅刻しちゃって。でもでも、それで蛍クンが風邪ひかなかったなら良かった!」
無事に借り物を返せたところで、携帯が鳴った。
「もしもし、有片先輩ですか?」
『ああ、至急集まってくれ。___果たし状が届いた』
「は、はあ。分かりました。すぐ行きます」
はて、果たし状とは……と首をひねる時間はない。かなえさんと知らない先輩にお礼を言って、Itaf本部へ駆け出した。
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