第9話:鋼鉄の正義③
「星奈!? お前なんで…」
「説明は後!」
小手川の前に現れたのは、彼が救った少女『水無月星奈』であった。
言うが早いか、彼女は懐から拳銃のようなものを取り出し、照準を合わせる。
「【発射】!!」
マズルフラッシュと共に銃口から勢いよく飛び出たのは、変哲の無い白丸のシール。
空中に一直線の軌道を描き、シールは人型ロボットの眉間に張り付く。
「くっ、何をする気だ貴様!」
真機那もやられてばかりではない。
一歩、遅れながらも人型に指示を出す。
「小手川先輩! 脱出して!」
「わ、わかった!」
攻勢に出ようとした人型ロボットの掌から小手川が脱出する。
それと同時に──────プシャァァァという音と共に、シールから水が噴出した。
間欠泉宛らの奔流はロボットの全身をくまなく濡らし、すぐに治まった。
「ハッ、何かと思えば子供騙しか!」
構わず攻撃を続行しようとする真機那に対し、
「───いいえ、あたしのとっておきよ!」
星奈の視線は凛と、鋼の巨躯を見据えていた。
彼女が言うと同時、その変化はすぐに訪れた。
ロボットがみるみるうちに変色し、赤黒く錆びついていく。
幾年もの月日を凝縮した様な風化は数多の機構を数瞬の内に沈黙させた。
「な!? これは……」
「酸性雨か!!」
小手川と真機那は同時に気付く。
ただの水でこんなに錆びつくほど、鉄はヤワな素材ではないことに。
「そ! あたしのとっておき、名付けて【アシッドレイン】!」
「お前、意外とそういうの好きだよな……」
錆びてボロボロになったロボットは音を立て崩れ去っていく。
新たなシールをリロードしながら、星奈は改めて首謀者と対峙する。
恐らくは、これでもう降参するだろうと。
冷静な眼差しが獲物を見据え弦を引く。
「さて、あたしが二体ともやっつけたけどまだ戦うの?」
しかし、来たばかりの彼女は知らなかった。
真機那の能力、その真なる異常性を。
「星奈ッ!!」
小手川が突撃し、星奈を抱きかかえて真横に退避する。
星奈が元居た位置は既に巨大なロボットアームによって潰されていた。
半球状に抉られた床を前にして戦慄が走る。
「ええ!? まだあるの!? てかさっきまでこんな大きいの……」
「アイツの能力だ! 多分半径10mくらいの廃材をああやって…」
「そんなのアリ!?」
「ご明察だ。では死ねぇ!!」
真機那の命令に応じ、ロボットアームが彼らを潰そうと腕を振り上げ、叩きつける。
「うぉっと!!」
「きゃあ!!」
質量という名の暴力が2人を襲う。
星奈を抱え小手川が必死に避けるが、このままでは彼女に自身を装備させて戦うことすら出来ない。
一瞬にして戦局は元に戻ってしまった。
「クソっ、さっきのアレもう一枚持ってないのか!?」
「あのくらい強烈な酸性雨、どれだけかけて作ったと思ってるんですか!! そもそもこんな状態じゃロクに狙えませんって!」
「そりゃそうだわな!? くッ、どうすれば……」
そういう小手川にまたロボットアームの一撃が叩き込まれようとしていた。
「しまっ──────」
せめて星奈だけでも、彼女を投げる姿勢に入ったその時、
パリィンと勢いよく上のフロアの窓ガラスが割れ、何かが飛び出た。
四脚の巨影が尾を引き資材置場の暗がりへと着地する。
そこから出てきたのは、灰色の毛を靡かせる一頭の大狼───そして、その背に三人の少女が乗った姿であった。
「今度はなんだ!?」
反射的に鈍る攻撃の意思。
その一瞬を、桃井が使役する狼───リルの上にいた真白は見逃さない。
「きゃああああああ!!」
「あっ、こてと……せっちゃんじゃん。やっほー」
横二人のマイペース発言と高所に投げ出された悲鳴、高所の不安定さなど意にも介さず、真白は極限の集中力でグレネードランチャーを構え、そしてトリガーを引いた。
放たれた焼夷弾はロボットアームに直撃し爆轟と共に大輪の炎を咲かせる。
「ふう……怪我したはる人おる? してへん? そら残念やわぁ」
鉄の融点を超え、ロボットアームはみるみるうちに溶けていった。
「クッ……次から次へと!!」
「お前ら、どうしてここに?」
当然の疑問を、小手川の傍に着地したリル達に聞く
「ご主人からの救難信号を受け取ったので、俺が近くにいた二人を連れてきました」
「え、桃井お前そんな能力あったの?」
「へへー、凄いでしょー?」
桃井の能力【死者組成】は便宜上『ゾンビを召喚する能力』と言われている。
しかし、一概にそうとも言えない点が幾つか存在していた。
その一つこそがこの狼、リルの特別性である。
まるで共鳴の様な、一心同体が如き連携もまたこの1人と1匹の強みであった。
状況は再び転じて5+1対1──────次なる鉄塊の一撃を真白が半球状の障壁で受け止め、反撃が始まった。
「行くよリルっ──────「来たれ! 塞城及・餓者髑髏!!」」
2つの声が重なり響くと同時、床一面を這う様にして光の紋様が描き出される。
魔法陣とも形容すべき幾何学模様の中、あらゆる理を、物理法則をも無視してそれは産声を上げる。
防御と回復を両立させる真白がいるからこそ叶う桃井の新たなる切札。
現出したそれは身の丈10数メートルはあろうかという巨大な人骨であった。
「ッ!? 何と醜悪な……! 構うな、薙ぎ払え!!」
天井程もある上体を起こし、餓者髑髏と呼ばれた人骨は新たに構築された機械の兵と真っ向から組み合う。
錆びた機体と歪な骨格は互いを削り合いながらも拮抗を見せた。
火花を散らす怪異、その畏怖と異形を前に、真機那は動揺から思わず一歩、後退ってしまう。
「ふ、ふざけるな……ふざけるな!! 正義は必ず勝──────」
眼前の敵へ吠える真機那。
その刹那、彼の視界を切り拓く影があった。
骨格の隙間を縫い、鋼の装甲を貫いて、蒼炎に揺れる拳が1つ。
小手川を装着した紅葉は背中に貼り付けた「炎」というシールから発炎し、勢いをそのままに真機那を殴り飛ばす。
直撃を受けた真機那の体はくの字折りのままに遥か後方、鉄屑の山へと打ち付けられた。
「がはッ──────!?」
薄れゆく意識の中で少年の視界が歩み寄る影を捉える。
自分は負けるのかと、悪を野に放つのかと、自問自答は加速していく。
嫌だ、嫌だと、感涙に咽ぶ恐怖が、憎しみが、脳漿を駆け巡りあらゆる価値を手放していく。
そして遂に、彼はその言葉を口にした。
「せめて、貴様らだけは……!! 例え、この命に換えてでも…………!!」
これから始まる惨劇の第二幕を、小手川達は知る由も無い。
◇
「ふぅむ、右方だったかのぅ? 否、左方であったか……」
同刻、町外れの路地を行く小さな影があった。
ミミズが這った様な手製のメモを頼りに一本歯の高下駄を響かせる。
「まったく、斯様に面倒とは……存外難儀なものじゃのぅ……」
赤染の袖を靡かせて少女の形をした超常が家々の谷間を歩み往く。
右往左往、無作為のままに。災害とは何時如何なる時も突然訪れるものである。
to be coutinued...
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