第8話:鋼鉄の正義②
「ッラァ!!」
「チッ、この暴力的な戦い方……やはり野蛮な奴め……」
小手川は機械部品で作られた2mほどの巨人を相手に、全く物怖じせず攻勢を強めていた。
敵の拳を掻い潜り、舞うように拳を叩きつける。
表情こそ無いが、怒りに燃えた声が彼の闘志がどれほどなのかを認識させる。
ガキィン!という金属がぶつかり合う音が広い廃工場に何度も反響する。
「(小手川拳斗……桐張会長の言っていたようにその性質は厄介だ。だが……)」
真機那はにやりと口角を上げる。
「(恐ろしいほどに単純……というのも本当だったとはな。人の死に過敏に反応して激昂する余りに周りが何も見えていない)」
「小手川拳斗!! 貴様のような悪霊をこれ以上野放しにはしない! 覚悟するんだな!!」
「黙ってろこの腰抜け殺人鬼が!!」
しかし、この挑発も真機那の策の内ということを、小手川は怒りの余り気付けないでいた。
◇
「っハァ、ハァ……!」
真機那の機械兵と小手川が激戦を繰り広げるのとは違うフロアにて、紅葉が玲奈を抱えて走っていた。
自分より身長の高い玲奈をお姫様抱っこしながら走る紅葉のその姿は何とも奇妙だが、そんな状況に笑っていられるほど彼女に余裕は無かった。
というのも、彼女たちは小手川が対峙している巨人のような機械兵とは違う、多脚型の機械兵に追われているのだ。
「ゴメンねもみっちゃん、アタシの能力がもうちょっと扱いやすければ……」
憔悴しきった玲奈がそう呟く。
彼女は先のスケルトンの召喚で体力を大きく消耗してしまっていた。
玲奈の能力【死者組成】はゾンビを召喚することが出来る能力だが、無から有を作り出すその能力は体力、精神力を大きく使うため、基本は狼のリルと一緒に時間をかけて発動するものである。
しかし先程の防御時に玲奈一人でかつ瞬時に能力を起動したために、彼女は立つための体力すら使い果たしてしまったのである。
「喋らないでください! 舌噛みますよ桃井せんぴゃっ」
注意しようとした紅葉が噛んでしまった。こういうとこでも運が悪い。
ともあれ今の彼女たちはまともに戦える状態ではなく、たまたま桃井を抱えて走れる筋力と体力を持ち合わせていた紅葉が桃井を抱えて全力で逃げている状態なのだ。
「っつぅー……というかアレ全然振り切れないですよー!」
昆虫宛らの速度で迫ってくる多脚機械兵を女子とはいえ人一人抱えて逃げている時点で何かおかしいが、そんなことを口走る体力すら玲奈には無かった。
「(とはいえ、このままだと追いつかれちゃうし……なら体勢を立て直すべきだよね……)」
過ぎ行く景色を眼で追っていたその時、玲奈は突破口らしきものを見つけるに至った。
「……あっ、あそこに開いてる扉が」
「とりあえず逃げ込みます!!」
言うが早いか、紅葉はその部屋へ滑り込み、ドアと鍵を即座に閉めきり、仕上げに近くに落ちていた金属棒を力任せに嚙ませる。
息も絶え絶え、後は壁に耳を付け祈る他無い。
果たして、敵は追跡方法を画像認識のみに依っていたのだろう。
機械兵は二人を見失ったのか、廊下に『索敵モードに移行』という音声だけを残していった。
「ッハァ……ハァ……」
「……酷い目にあったね……こては何してんだか」
玲奈の脳裏に小手川の姿が浮かぶ。
怒りに身を任せ激昂する。そんな様を想像し、思わずため息が漏れた。
「あんなに怒ってる小手川先輩、初めて見ましたね……どうしてあんなに……」
「……アイツはね、人の死に人一倍敏感なんだよ」
玲奈がぽつりと呟く。
その瞳には普段の彼女ならば在り得ざる、確かな憂いの色があった。
「人の死、ですか?」
「そ。これは真也から聞いた話なんだけど……」
◇
「さっさと崩れろ! この……木偶の棒が!!」
小手川が機械兵の胸辺りに渾身の一撃を叩きこむ。
衝撃波を伴う程のそれは機械兵の身中を貫き通し活動の一切を停止へと追い込んだ。
歪な結合が紐を解くようにボロボロと崩れ落ちていく。
風穴となった機体から真機那を見据え、鋼の腕は尚も怒りの炎を滾らせた。
「残りはてめぇだけだなぁ! 抵抗すんなよ!」
「フッ……だが貴様は俺を殺せない。だろう? 小手川拳斗」
「殺すわけねぇだろ! てめえには償わなきゃいけない罪があるんだからな!!」
「だとしたら」
鋭利な視線が小手川を見返す。
「なっ……!?」
次の瞬間、小手川は動揺せざるを得なかった。
それもその筈、粉砕された鉄屑が記憶を辿る様にして再び組み上がり始めたのだ。
失われた部品を周囲から補いながら、形状に多少の差異こそあれど歪な見た目の巨人が再誕する。
「てめっ、そりゃ反則だろ!」
「正義は不滅! 何度でも蘇るのだ!!」
「ふざけんな! なら何度でも壊すだけだ!!」
そして歪に歪んだ正義と人を想う正義は再びぶつかり合う。
鋼鉄とぶつかり合う音と火花が戦闘の激しさを物語っていた。
◇
「これは兄貴から聞いた話なんだけど……」
玲奈が息を潜めながら話し出す。
「4年前、Itafが一度瓦解した後に復活……というか新しい実働班の仲間探しをしてた時期があってね」
「はい……そのときは凄く大変だったと会長も言ってました……」
「アタシの入る前か後だったかな、学校で奇妙な噂が広まったんだよね。腕だけの幽霊の噂」
「腕?」
「あの時はまだ籠手の姿じゃなかったんだよ」
玲奈が続ける。
「ともかく、幽霊なのか能力者なのか分からないけど、一般人にも存在が知れている以上看過するわけにもいかないじゃん?」
「なるほど……だから会長が調査を開始したわけですね」
「そ。で、見つかったのが能力者でユーレイのこてだったわけ」
「両方だったとは……」
「兄貴曰く、めっちゃ大変だったらしいよ、こてを大人しくさせて勧誘するの」
「そもそも幽霊を勧誘しようとする胆力もすごいです……」
「そこは兄貴だから仕方ない」
玲奈が笑いながら返す。
「んで兄貴が見つけた時のこてはめっちゃ威張ってたらしい」
「威張る……?」
「『俺は人間を超越した』とかなんとかいってたらしい」
「うわ、痛いですね」
「もみっちゃん、結構辛辣だね……まあそれがどうやって今のこてになったのかは分かんないや」
「ここまで話してですか!?」
紅葉の鋭いツッコミが炸裂する。
「仕方ないじゃん、男の約束とか言って兄貴も教えてくれないし」
「そんなぁ……そこまで言われると気になりません?」
「まあ大方、自分が死んでるから命大事に! ってとこなんじゃない?」
「適当だなぁ……」
と紅葉が脱力したその時だった。
『──────熱源を感知 排除行動に移行』
「「え?」」
◇
「クソっ! コイツ何度も再生しやがる!」
「貴様では俺に勝つのは無理だ、諦めろ! 小手川拳斗!」
「うるせえ!」
「(さて……そろそろ残りの二人を始末した頃合いだと思うが……なぜ戻ってこない?)」
真機那は玲奈と紅葉を処理し戻ってくるはずだったもう一つの兵が帰ってこないことを疑問に思っていた。
「(まさかの事態を考えて、もう一機作っておくか……)」
念には念を、暗がりに積まれた鉄屑へ意識を向け人型を形成しようとする。
しかし、これが彼の誤算であった。
というのも、もう一機を組み立てる様子を小手川がガッツリ目撃してしまったのである。
「(な、アイツもう一機作れたのか!? てか待てよ、だとしたら……)」
ここに来て小手川は冷静さを取り戻した。
「……クソ、やっちまった!! 桃井!! 紅葉!!」
小手川が叫ぶ。が、当然ここには二人は居ない。
「今更気づいたか……だがもう遅い! 行け!!」
真機那は今作った機械兵に指令を出す。
「クソ、行かせるか!」
「おっと、貴様にはこっちが残っているぞ!!」
救援へ向かおうとする小手川の行く手を大型の機械兵が阻む。
壁の如く立ち塞ぐそれはこれまで以上の威圧を振り撒いていた。
「邪魔だ……うわっ!」
そして、錆色の剛腕が小手川を弾き飛ばす。
工場の壁に叩き付けられながら、彼は数分前の己を恨んでいた。
「(クソ、こんな単純な作戦にも気づけないほど周りが見えてなかったのか俺は……!!)」
されど時すでに遅し。
機械兵はそのままフロアを出て……
「「…え?」」
……行こうとしたところで、突如として轟炎に包まれていた。
耐火性のない廃材から出来ていた機械兵はすぐにその動きを止める。
「なんだと!?」
その驚きは真機那のものだった。
伏兵を呼べるチャンスなどある訳がない。この廃工場は電波が県外になる特殊なジャミングを施してある、にも関わらず……。
「あの炎は……!」
その喜びは小手川のものだった。
彼は知っている。あの柱のような炎を一瞬の内に生成できる人物を。
「全く……周りが見えてなさすぎ、小手川先輩」
「星奈!!」
カチューシャで前髪を上げた少女が、入り口に立っていた。
◇
同刻、廃工場の一室は混乱の最中にあった。
2人の声を察知し戻って来たのだろう。
多脚機械兵のものと思しき一筋の光線がドアを貫き切り取り始めていた。
「これ、レーザーカッター?」
「たたたたたたた大変ですよ! というか疲れて応援を呼ぶの忘れてた!……え、圏外!? 圏外ナンデ!?」
そして、扉が大きくくりぬかれ、多脚型の機械がその銃口を向けてくる。
おそらくは連発式。無論人間が避けられる類の武装ではない。
「どどどどどどうしましょう桃井先輩! このままじゃ」
「……落ち着いて。だいじょーぶ、もう応援は呼んであるから……」
「え?」
丁度玲奈がそう言ったタイミングで
ズガガガガガガガ! という轟音が多脚型機械兵の関節、そして中枢を撃ち抜く。
ロボットは音を立てて崩れ落ち、そして動かなくなった。
「全く……遅いよ、リル」
「……俺も全力で来ましたので、ご容赦を」
「わしまで連れてくる必要あったん?」
そこに居たのは丁寧に喋る大狼と、その上に腰掛けながらアサルトライフルをリロードする、異様な少女であった。
to be continued…
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