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幕間:【原典白夜】対【万里一空】

追加分一発目から幕間です。物語の「外側」をお楽しみください!


 荒野に揺らぐ陽炎を遠方に見据え、男は額の汗を拭った。

彼が歩くタクラマカン砂漠はモンゴル西部、国境にまたがる空白地帯である。

舗装すら出来ない砂の丘陵が続く世界、その先に何があるわけでもない、まさに文明の成れの果てともいうべき光景だ。

踏みしめた砂はその一粒一粒が陽の光を浴び、「二度と戻れない」、その名の由来を実現せんとばかりに男をローブ諸共熱している。

それでも尚足を止めないのは彼の精神力故か、或いはただ単に鈍感なのか。


「────どこへ行くんだい?」


そんな男を遠目に眺めていた存在、白夜真緒は物珍しさから彼を呼び止めていた。

この辺りを日中に散策しようという輩は自分くらいだろう。

そう思っていたからこそ、独り寂し気に歩む男に俄然興味が湧いた。


「……人探しの最中だ」


 褐色のローブから男の顔が振り向く。

色黒ではあるがどうやら同郷らしい。


「この先に町とか無いよ?」


男の射抜く様な眼差しに何か同族めいたものを感じつつ、真緒は男へ歩み寄っていく。


「遭難とかなら救助隊にでも任せればいいのに? まぁこの暑さじゃ色々無駄だろうけど」

「……この程度で死ぬ輩ではない」

「ふぅん、でも君自身はどうかな? 荷物も無しにたった1人……もしかしてアレかな、本当は人生が嫌になったとか? あーだったらゴメンね?」

「人探しだと言っている。すまない、すまないが急いでいるのでな。もう行かせてもらうぞ、見知らぬ神性(・・)よ」


 数瞬、真緒の顔から表情が消え失せる。

焦りでも憤怒でもなく、その不快感を彼は捨て置くことが出来なかった。


「…………ねぇ君、名前は?」



「……政宗(まさむね)、有片政宗と云う」




「────じゃあ君は、その重力の能力者を探してるんだ?」


 砂丘に出来た影の下、真緒は政宗という男から事の経緯を聞いていた。

彼がとある会社の代表であること、人手を分けてNIS中を捜索していること。

そして、彼もまた能力者であること────


「ああ。訳有って、話をつけねばならない。斯く言う君は何故此処に?」

「ん? まぁ強いて言えば『実験の息抜き』かな?」

「『実験』?」

「そうさ。ちょっと前に良い材料を見つけてね? 頃合いになるまで、日向ぼっこでもしようかなって」


 それよりも、と真緒は政宗に視線を投げる。


「どうして僕を神様だと思ったんだい? 僕ら初対面だよね?」


 尋ねられた政宗はと言うと、一瞥もせず、ただ空の蒼さに目を細めていた。

実のところ、この時に至るまで彼は表情を変えてはいない。

煩わしそうに汗を拭い、ついでに真緒の相手をしているといった様子だった。


「本物とは言っていない……何時ぞやかに、目にした覚えがあるのだ」

「見た? 面白い冗談を言うね? 嫌いじゃないよそういうの。でも地上の精霊なんてもう現出出来ないと思うんだけどなぁ? 原始宗教(ホンモノ)が排斥された以上後は劣化してくだけで……」


 渇いた笑いを浮かべながら傍らに視線を投げる真緒。

彼が見た時、政宗は依然として無感動を貫いていた。

それは丁度子供が壊れた玩具を見る様な、人が曇天を仰ぐ様な、如何にもつまらなそうな顔である。

興味本位で話しかけた手前、真緒はそんな政宗の態度が気に食わなかった。


「……まぁどうでもいいや。それに、僕が聞きたいのはそーゆーことじゃなくて────」



「────君さ、何者?」



 瞬間、真緒の顔から表情が消える。

瞳の奥に火花が走り、一瞬、世界は凍てついた様に色を失う。


「初めっから、なーんかおかしいと思ってたんだよね。確かに、同類同士なら何かしらは感じると思うよ? けどさぁ、君ただの人間だよね?」


 それは凝縮された、文字通り人域すら超えた殺気。人の愚かしさを嘆く神性の憤り。

凡そ生物に向けられるべきでない重圧が砂上を波となって駆けていく。


「それにさぁ、なんか気に食わないんだよねーその態度。僕が言うのもなんだけど、社会人としてどうかと思うよ?」


 真緒が言葉を発する度、辺りに並ぶ砂丘は爆ぜ、陽炎はその形を忘れていく。

足元の砂すら溶融を始める────異常たる様相を呈していた。

最早そこにかつての景色は無い。

沸き立つ蒸気と黒の大地。その中心に浮かぶそれは正に地上の太陽、或いは、人はそれを神と呼ぶべきかもしれない。

 一変した世界の只中で、政宗は神性としての真緒と邂逅を果たしていた。

常人ならば直立は愚か生存すらままならない状況────そんな中、彼が最初にしたことはズボンに着いた砂を払うことであった。


「気を悪くしてしまったならすまない、実にすまない。人として俺も未熟なのだろうよ。ただ一つ、考え事をしていたのだ」

「考え事? 何を今更」

「何故俺が君を知っていたか、確かに覚えが、覚えが有ったのだ。本家の古文書曰く、それは太古に失われた精霊の力、数多の頁の源────」



「────その力、『原典』だな?」



 沈黙が訪れ、風の中へと消えていく。

この時点で真緒が眼前の人間を許す理由は無くなっていた。


「ふぅん……じゃあ消えて?」


 瞬間、光の波濤が地平を描いた。

真緒を中心に発せられたそれは熱という概念そのもの。黙示録に語られる災禍の再現。

半球に抉られた大地では砂どころか空気でさえも朱色に燃えている。

 炭化した大地を見下ろし、真緒は少しやり過ぎたかなと頭を掻く。

彼の保有する能力【原典白夜】は看破された通り神から分かたれた、本当の意味での「奇跡」に相当する。

邪魔だったとはいえ、口封じに使う程安くはない。

幸いにも広大な砂漠に人の気は無く、爆発の余韻が延々と木霊しているだけ。人1人が失せようが咎める者など居ないのだ。


「まぁ秘されてこその神秘だからね。悪く思わないで────ん?」


 真緒が地上へ降りようとした時、その視界がある物を捉えた。

黒煙の中、クレーターの中心に現れたそれは黒く大きな箱の様に見えた。

炎天下に在るというのに一切の光を反射せず、また熱すら感知出来ない。不自然極まりない物体に思わず目を凝らす。


「障壁……? いや、何だアレ────」


 首を傾げた刹那、真緒の視界は大きくフェードアウトしていた。

否、不可視の衝撃が胸に突き立てられ遥か後方へと飛ばされているのだ。


「────っ!? まさか────」


 重力を調整しどうにか中空にとどまる真緒。

その視線の先では黒い箱が搔き消え内側が露わとなっていく。


「────なるほど? やっぱり興味深いね君は」

「ふむ、やはり太陽由来か……」


 先程撃った拳を掲げたまま政宗は上空を見据える。

概念レベルでの焼却、極限の熱に晒されたにも関わらず、彼は体どころか衣服の裾すら焦げていなかった。


「さてはこうなるって分かっていたね? 『触らぬ神に祟りなし』って、学校で習わなかった?」

「否定はしない。『本物』かどうか見極める必要があったのでな。それに息子からの頼みとなれば尚更、退く理由など無い」

「ほぉん…………で? 本当の用件は何かな? まぁ大体察したけど」

「君がばら撒いた『経典』について、お教え願いたい。とある襲撃事件にてその保有者が関与した疑いがある」

「あのさぁ……それ僕は関係無いよね? 僕は単に力の一端を渡しただけ。寧ろ付加価値(存在意義)をあげた上で裏切られたんだから、どちらかと言えば被害者側だよ?」

「関係無い。事情聴取となれば尚更、尚更だ」


 地上と天空、おそらくは人類の頂点であろう二者が対峙する。

大気が焼け、時空が歪む。そんな地獄の中心に立つ彼らは宛ら鬼か、或いは修羅か。

人知れぬ地で始まった戦闘は最早超常とは言い難く、終末が如き様相を呈しながらも進行していった。





「……思ったよりやるね、君」



 地上に降り立った真緒は改めて政宗を眺めていた。

覇気を漂わせるその体に傷の類は一切無く、服に着いた砂を片手で払うまでの余裕を見せている。


「君こそ、お陰で携帯が故障した様だが──────それで、まだやる気か? 俺は一向に構わない、構わないが」


 一方の真緒もこれといった負傷は見受けられず、欠伸をする程度の余力を残していた。

先程の戦いにて2、3度、人間ならば即死する程の打撃を受けて尚決着には至らなかったのである。


「ん……んーもういいや。どの道実験に戻る頃合いだったからね、ついでにそのItafってトコに寄れば文句無いだろう? にしても、政宗君全然楽しそうじゃなかったね?」

「生憎、生憎と本来の仕事が残っているのでな。そも、この手の経験(・・・・・・)も初めてではないのだ」

「ハハ、そっか。まぁ頑張りなよ、どーせ『次』で終わりだし、最期まで醜く(華々しく)生きてこその人間だろ?」

「言われるまでも無い。お互い様だ」


 燻ったままの火種を残しつつ、異能を極めた者達の戦いは一旦の区切りを迎えた。

 じゃあね、そう言いかけた真緒は何かを思い出したように踵を返し、歩き始めていた政宗を呼び止める。


「ああ、最後に1つ。楽しませてくれたお礼に1つ、良いコトを教えてあげるよ」


「……何だ? 再戦なら承るが」


「『悪魔は地の底から来るものだ。なんせ彼等は太陽が苦手だからね』…………まぁ君達には何の事か分からないだろうから、あんま関係ないかな?」


「ふむ……留意しておこう」


 互いに最後まで態度を変えること無く、その邂逅は幕を閉じた。




『──────次のニュースです。昨日未明モンゴルの砂漠地帯で巨大なクレーターが発見されました。規模は直径3㎞、深さは10mに及び専門家によれば──────』


「俺もまだまだ半人前、か…………」


 そう言って、赤毛の青年はリビングを後にする。

彼の目指す父の背(山の頂)は、途方も無く遠く、そして険しいものだった。



来週以降も2章の追加分を投稿していく予定です。不定期ではありますが宜しくお願い申し上げます。m(_ _)m

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