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第4話:嘘とコインⅢ


 汐ノ目学園最大の治安維持組織、その名はItafアイタフ

彼らの本部兼オペレーションルームはオカ研の部室直下、即ち学園の地下深くにあった。



「それで? そのまんましっぽり埋もれてしもうたん?」


悪戯な笑みを向けてくる車椅子の少女、真白を一瞥し、真也は天井に溜め息をつく。


「いや、避けは出来たんだ避けは。痛手はそのまま廊下を塞がれたことさね。それより真白、明智の容態は?」


「ん、ベッドでぐっすーりしとるよ? なにせ久々の万札やさかい、わしも張り切ってもうてなぁ? しゅっけつさーびす言うやつや」


「あのなぁ、今後とも回復は適正価格でな?」


札束で扇ぐ彼女に呆れつつも、すぐさま真也の意識は眼前のモニター群へと注がれる。

移り変わる映像はそのどれもが学園の白い廊下を映している。


「さて河名、進捗を伝えてくれ」


「はい、それでは報告を。現在、学園各所の出入口に可能な限りの人員を配備中。私たち調査班からも一部を駆り出していますが────今のところ変わりない様ですね」


「成程? それでこの人数なワケ、か…………」


「はい、どの道ボケっとしていたので」


広大な部屋に見合わぬオペレーター5、6人を見渡し、真也は眉間にしわを寄せた。



「さて、次に一手を指すのは相手方だ。河名、お前も何かが見えたら逐次報告してくれ」




「ああ!! 何でこうなった!? 何が悲しくて俺が追われなきゃいけねぇんだよォ!?」


所変わって学園某所、八畳程度の部屋に加藤は焦燥混じりの怒号を吐き出した。

彼は明智と真也を振り切った後も散々に追い回され、傷付いた腕を守りつつやっとの思いでこの部屋に転がり込んでいた。


「クソがッ! ッたく分かんねぇよ!! 何なんだよあいつ等は!? オイ、あんた言ったよな!? 『この力は何者でも君の邪魔をさせない』だぁ? クソ程にも役に立たねぇじゃねーかよ!!」


「────────おや、それは心外だね」


部屋の奥に置かれた漆塗りの机。隔てられた向こうから一つの声が加藤に答える。


「まぁ落ち着きたまえよ。君の焦りはよく分かるがよく考えてみたまえ。今君がこうして無事でいられるのは、偏に君の【金属透過】のお陰ではないかね?」


「オイ、そういう事じゃねぇんだよ? あいつ等は何なんだっつぅ話だ。確かに小遣い稼ぎが出来たのも、逃げきれたのも、皆あんたに貰った能力があったからだろうさ。だけどよォ!? 聞かされてねぇんだよ、あんな化け物がいるとは一言も!!」


今にも噛みつきそうな剣幕を振りかざす加藤。

その心底にある感情は、凡そ人の域にはいない脅威、底知れぬ何かに対する純粋な恐怖であることを向き合う声の主は知っていた。


「それに関してはすまないことをしたと思っている。私自身の不徳だろう。彼らは異能対策委員会、通称Itafといって────第二の風紀委員会、といったところだ。まぁ何、案ずることは無い。ここは私が責任をもって逃走経路を確保しよう」


「ちょっと待て? 要するに何か? この学校には魔女狩りみてぇな奴らがいて? あんたはそれを知ってて俺を呼んだのかよ!!?」


加藤は声の主に詰め寄る。

ポケットの内側で硬貨を弾く用意をしながら彼は返答を待った。

これ以上の面倒事を、足が付く様な真似をさせないで欲しいと頭の片隅で願いながらも。


そして、告げられた言葉は、



「そうだよ。君の望みを叶える為にね」



あまりにも期待から外れたものだったと言えよう。

最早加藤が(これでも)平穏を保つ理由などあるはずもなく、


「オイ、てめぇ!! よくも────────」


上半身の大振りな動きを囮に、親指に乗せた硬貨を死角から放つ。


そのつもりでいた。



「─────いいえ、お止めください」



また別の声が小さい部屋に転がり、やがて静寂が訪れた。

不意に加藤を抑え込んだ女生徒は彼の脳髄辺りに蒼白い光を当て、案山子を立てる様にして再びその体勢を直す。


「やぁ、いつもすまないね春日部君」


春日部、そう呼ばれた女生徒は朦朧とした様子の加藤を速やかに退室させる。


「いえ、お気遣いありがとうございます。…………ところで旦那様? 彼奴等を廃するのであれば別の風紀委員を仕向ければ事足りるのではないでしょうか? いえ、意見する訳ではないのですが」


「いや、もっともだろう。しかしだね春日部女史? 何せ彼らは戦う者として中途半端に過ぎる。完全に振り切った狂人や怪物の類には遠く及ぶまいよ。そうそう、それで思い出したのだがね? まず加藤君にコレを、それから次の客人をいつも通りもてなしてくれたまえ」


机の上で開かれたそれは、厚みのある本一冊に見えた。


「コレを、ですか…………いえ、委細承知しました」



 遠ざかっていく春日部の背を尻目に、藍髪の少女、藍川零はその部屋のドアを三度叩く。

幾度やっても慣れない感覚が喉元を通り、今日も立て続けにあの声が帰ってくる。


「入りたまえ。待っていたよ、零?」


例えそれが苦痛であっても、この部屋に入らなければいけない。

しかしそも、この背を押す強迫観念は、その始まりは何なのか?


そこから先について考えられる程の意思を、悲しい哉、この時の彼女は既に持ち合わせていなかった。





「─────会長!! 裏門より伝達、加藤錦と思しき生徒を補足しました!!」


オペレーターの一人がピックアップした映像。

映るのは廊下を走り行く男子生徒の背中、そして─────


「……そう来たか。分かった、各隊には引き続きその場で待機を。河名、今動ける実働班は俺含めてどれだけいる?」


「先程復帰された明智先輩を含めおよそ4から5ですが……また会長自ら往かれる気ですか?」


「勿論だとも。例外無く、これからもだ」


「…………はぁ、了解です。まったく、困った指揮官ですね」



呆れる少女の気持ちももっともだろう。

本来、軍を率いる者が最前線に出ることは無い。

的確な判断の出来る頭脳を失えば如何に恵まれた肢体であろうと動くことは叶わない、そんな自明の理である。

それはItafにも同様に、歴代12人の会長達は地を裂き天を燃やす程の力を有していながら、余程の能力者が現れぬ限り、或いは町一つでも巻き込まれない限り、組織を繰るべく自らがその異能を振るうことはなかったという。

その歴史を踏まえた上で、この有片真也という男がどれ程異質であるかが分かるのだ。



「ああ、よく言われるとも。怪我人は少ない方がいいだろうし」


いつもの様に彼は言った。

それ以上は渇いた笑いしか返してこなかったのだが。


「わしは多い方がええんやけどなぁ? せや、会長はん腕一本いっとく?」


「あのさぁ……ウーロンハイ感覚で言うなよ? というかほら真白、お前もいくぞ」


「あん、会長はんのいけずぅ。…………先っちょだけでもええんよ?」


「やめろ」



 失笑しながらも現場へと赴く真也。

そんな彼の背中を、河名を含む会員達は曖昧な表情のままに見送る。今日もそうするしかない。



「─────いってらっしゃいませ。どうか、ご武運を」




予告:次回の投稿は3月11日19時を予定しております。

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