過去編:Countdown to Redefinition
特別編の投稿もあり「割り込み」となってしまいました。分かりづらくてスミマセン…。
何はともあれ久々の過去編、お楽しみいただければ幸いです( ̄ー ̄)
普段は青
朝焼けや夕暮れの時は赤
曇りや雨の時は灰色
ここから外に出ることが出来るのなら、もしユメを見てもいいのなら─────
─────絶対に、そらを見るんだ。
◇
私の生まれは世間から見れば相当特殊だと思う。十三人兄弟の末っ子。だけどその兄弟たちはもう生きてはいない。上の三人はヒトの形すらなさず、その次の五人は赤ん坊から成長せずに死んだ。そしてその次の四人は能力の拒絶反応で死んだらしい。どれもこれも私が生まれる前の出来事ではあるが、私のイノチがそういった犠牲の上で成り立っているということは忘れてはいけない……そう思っている。
ただ、唯一まともに育った私ではあるが私を造ったやつら────つまり親、ということになるのだろうか────によると『失敗作』、らしい。なんでも、私達兄弟が生まれた理由が『神話や伝説に登場する怪物を再現する』というものらしく、ただ普通に育っただけではダメなのだそうだ。一応『怪物』にふさわしい能力こそ持ってはいるが、出力が一般的な能力者より少し大きい程度なのに反動が大きいことから、『完全な怪物』には遠く及ばないという評価を受けている。もっとも、陰口でたまたま聞いただけなので本当かどうかはわからないのだが。
人間にもなれず、怪物にもなれない。そんな私に居場所はあるのだろうか、いつも思う。この研究所の人間は私を必要としているが、それはただ研究対象としてであって人間としてではない。私という道具を調べつくし研究する価値を無くしてしまえば、あっさりと処分することだろう。かといって、普通の世界に私を受け入れることなどあろうはずがない。何より、闇の底で生まれた私にとって只人が生きる世界はあまりにも眩しすぎるのだ。そもそも、十二人もの犠牲を忘れてのうのうと生きていける程私は図太くもないし恥知らずでもない。
きっと私は何者にもなれずに死んでいくのだろう。怪物になる決意など無く、人間となる勇気も無い。この場所から出たいと日々思っていながら、この場所を出ようと行動を起こさない。────嗚呼、きっと、処分されるその日まで、どっちつかずのまま。
◇
何やら研究所内か騒がしい。ここまでドタバタしているのは生まれて初めてだ、と独房の中で思う。だが私には関係のないことだろう、とも。
(ん? こっちに近づいてくる……?)
此方に近づいてこようとも、結局私には関係のないこと。特に気にする必要はない。しかし、その予想は容易く裏切られる。
「……見つけた……ッ!」
「────私……?」
どうやら下手人は私を探していたようだ。この人のことは覚えている、最近この研究所に入ってきた人だ。他の研究員と違って、私を見るたびに何やら妙な顔をしていたのがとても印象的だった。
「あなたはこんなところにいちゃダメ……お姉さんと一緒に逃げるわよ!」
女性が突然訳のわからないことを言い放った。ここにいては駄目? 一緒に逃げる?様々な感情が入り乱れる。この研究所に私を逃がそうとする人がいることへの驚愕だとか、やっと渇望していた場所を見ることができる嬉しさだとか、それらを嬉しく思う浅ましい自分への嘲笑だとか。ともかく、自らのちっぽけな情緒では処理しきれないような膨大な情報に晒されて、身体と思考が固まってしまう。しかしそれも数秒のことで、いつの間にか女性の背中におぶられていたことに気付いた時には、晴れて自分も反逆者の仲間入りをしていたのであった。
「────なんで……?」
ふと、疑問をこぼす。色々な感情に整理が着き、一番はじめに沸き上がったモノは『どうして自分を逃がそうとするのか』だった。自分を助けてくれようとしている人に対して無礼もいいところだが、一度口からまろびでた言葉を撤回することはできない。ごめんなさい、と謝罪の言葉を口にするよりも早く、女性の口が開かれた。
「何故──ね。私がそうしたいと思ったからよ。あなたを逃がしたいと思って、実際に逃がすことのできる状況にあった。だからあなたを逃がすの」
とても、強くて優しい人だと思った。ヒト一人を背負って走るのは十分につらいことの筈なのに、瞳からは輝きが消えず、息切れもせず、私の疑問にも答えた。私の疑問なんて無視してしまえばそれでいい筈なのに、ただ純粋に私のことを気遣って。
「ねえあなた……夢はある?」
ユメ、願い、理想。あるかないかと言われれば、ある。しかし、それを口にしてしまうと一生叶わない気がして、何よりユメを持たず、あるいは叶えられず死んだ兄弟たちに引け目を感じて、ユメを語ることそのものに恐怖を感じてしまう。しばし沈黙。──しかし、私の口は自身の意思とは裏腹に動き出し、ユメを語った。語りだしてしまった。
「そらが……見たいです」
「────そっか」
そこから先は言葉は無く、ただ女性の走る足音のみが周囲に響き渡っていた。機嫌を損ねてしまったのかと思うも、女性の口には笑みの形がつくられている。そんなに私のユメが可笑しかったのだろうか。ともかく、私の言葉で誰かを笑顔にしたのは初めてのことで、何だか心の中から暖かいものが広がったような気がした。その感情につける名を私は持っておらず、しばし頭を悩ませるのであった。
そうして数分程、彼女が突然立ち止まるまで私と彼女の沈黙は続いた。
「よし、着いた」
「……此処は……?」
奇妙な場所だった。研究所の片隅、普段ならば絶対に見つからない場所に大きな横穴か広がっている。そしてその横穴の先は地下へと続いているようで、坂道になっている。トンネル……というものなのだろうか。
「秘密の抜け穴よ。此処の資料には一切載ってなかったし、こうやって見る限り少なくとも十年は放置されてる。何処に繋がってるか解らないけどその分追手を撒ける確率は上がる筈よ────」
説明を終えた後、他にも言わなければならないことがあるのか何やら迷うような表情をした。むねの奥がざわざわする。人生経験が希薄な私でもわかる。『嫌な予感』というやつだ。何故こんなときにそんなものを感じるのか。今は実験の最中でもないし、機嫌の悪い人が近くにいる訳でもない。何か決定的なものが変わってしまうような、あるいは変わりかけていたものが同じ場所に戻ってしまうような、そんな予感。────そして、女性は私に最後の言葉を告げた。
「────そして、残念だけれど……私たちはここでお別れよ」
◇
この研究所は人の道に反するような研究をするだけあって秘匿性が高い。場所も誰も入らないような秘境にあるし、インターネットからは遮断されている。私たち研究員にすら、無断で外出すると起動する爆弾付きのチョーカーの着用が義務づけられている。唯一の救いは、チョーカーに発信器の類するものが取り付けられていなかったことだろう。もしそんなものがあったならば研究者や警備員から逃げることなど不可能であったし、そもそも行動を起こせたかすら怪しかっただろう。
「────いたぞ! 反逆者だ!」
「殺せ──ッ!」
さて、彼女は逃がした。抜け穴もすでに崩落させた。あとは私が生き残るだけ。
「ほんと、ラッキーよね。首の爆弾が遠隔操作の利かないものだなんて──」
私は運命の女神に愛されている。彼女を救うだけの材料が揃っていて、私を死に誘う代物すら不完全。これで生き残れないのならば私はとんだ阿呆だろう。末代まで笑い者にされるに違いない。
「さあ……かかってきなさい! この研究所を潰すまで、死ぬ気は無いわよ……ッ!」
自らの決意を口にして、私は拳を構えたのだった。
◇
────走る、走る、走る。振り返りはしない。振り返ったら、もう二度と足が動かない気がしたのだ。途中、何か大きなものが崩れたような音がしたがそれでも足を止めることはしなかった。
“このまま真っ直ぐ、絶対に振り返ったら駄目よ。逃げ続けるの。ここから出たら日本にある汐ノ目という街に向かいなさい”
日本の汐ノ目。私にも閲覧可能な資料にもその存在は記されていた。たしか、『能力者の街』だっただろうか。そこに行けば何かが見つかるのだろうか、あるいは何も見つからないかもしれない。だが、私には汐ノ目に行くしか選択肢は無い。やるべきことがそれ以外に見つからないというのもあるし、何より託されてしまった。
“────いつかまた会ったとき、一緒に空を見ましょうね。その時までに『自分の好きな空』を見つけておくこと。お姉さんからの宿題よ……約束、ね?”
そう、託されてしまった。世界で初めて綺麗だと思った人に、私自身の命とユメを。だから、だから────
「────だから……絶対に……ッ! 空を見るんだ!!」
◇
海に流されどんぶらこ、どんぶらこ。
目が覚めたとき、目に写ったのは二つの青だった。
深い青と透き通るような青。
────ああ、空が……手に収まりそうな程、近くに────
────
後書き
キャラ設定
少女:そう遠くない未来、『エミリア・ガイスト』と名乗る少女。研究所内では十三号と呼ばれていた。体内の特殊な細胞で体構造を変化させる【怪物因子】という能力をもつ。
女性:『研究所』にいた一人の研究者。『研究所』に入れただけあってマッドサイエンティストの素質は十分すぎるほどあったが、大人としての責任や良心が勝っていたため反逆を決意した。見た目はどちらかと言うと綺麗系だが身長は低め。息切れせずに普通に走ったり抜け穴を素手で崩落させたりととんでもない身体能力をもっているが、能力そのものは【身体治癒】という身体能力とは一見関係のないもの。今後登場するかは不明。




