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第5話:行方知らずの正義


 今日もまた学園の敷地を見慣れた担架が行き来する。

乗せられているのは、おそらくは中等部の女生徒。

秘匿の為に白い布が被せられているが、だらりと垂れた腕の腐敗が、ミサンガの痕がその容態を教えてくれる。もう長くはないと。


 Irialとの交戦より一週間余りが過ぎた。

Itafによる懸命の捜査にも関わらず進展はほとんど無し。

拠点と思しき場所に赴いてはもぬけの殻を漁る日々。

それどころか人員が手薄となった区域では狙いを澄ましたかの様に死傷者が報告され、遂には単独捜査を行っていた会員ですら犠牲となってしまった。


 遠ざかっていくサイレンを見届けた真也の元へ、1人の女生徒が音も無く歩み寄る。

彼の心情を察したのだろう、敢えて何事も無い様に彼女は声を掛けた。


「ハァイ真也? 良いニュースと悪いニュース、どっち先に聞きたい?」

「天音? 何か情報でも?」

「質問に質問で返さないでくれるかしら?」

「......悪い方」

「良いニュースが噓ってコト」

「あっはっは、なるほど。どうやら戦争がしたいらしいな?」


 斯くして喧嘩という名の災害が今日も学園地下で発散されることとなる。

しかし、天音の悪戯の意図を真也は察していた。

自分達は強くなければならない。昨日よりも、明日よりも。

例えその身が成長を忘れてしまっていたとしても、来たるべき日に備えなければならない。

選ばれし異能(チカラ)ならば尚更に、理不尽を淘汰するのはいつだって更なる理不尽なのだから。


 加速された世界で拳を振るう最中、思い出したように天音が口を開く。


「そういえば、天音(わたし)がいるなら師匠───政宗(まさむね)叔父様のあの技、再現出来るんじゃなくて?」

【万里一空】(オーバーボーダー)を? いや、どうだかなぁ......ってか随分と余裕だな? 俺と闘ってるっていうのに」

「この天音(わたし)が3年間療養してるだけかと思った? 残念! お金を払えば真白ちゃんが来てくれる、その事実さえあればもう何も怖くないッ! というかもっと殴ってきなさい! ワンチャン追加恥療(オプション)付けれるかも!」

「もっかい病院行けよ、頭の」




 一方その頃。


「真白先輩? どうかしました?」

「いや、なんやろ......急に悪寒が......」




 さて、時は昨夜にまで遡る。


 夜とは、古来より人が惑い危険に晒される、昼間と隔絶された別世界である。

それ故に暫しこの世ならざる存在と行き逢うのもこの時間帯とされた。

街灯が暗がりを排した現代でも尚、色濃くなった闇は人の本能に恐怖を刻む。


 その女生徒もまた夜の本質を知ってしまった1人であった。

学園からの帰り際、道端で泣いている幼女を見かけ、そうして彼女が目にしたそれは明らかに日常から逸脱した存在。

人気の無い路地、街灯の光が当たらぬ先に朧気ながらも立ち塞ぐ影。

全貌こそその場からは見えないが、頭部から伸びる一対の角、異常なまでに太い前腕、鞭に似た尾の響き────何れを取っても人外に違いない。


「えっぐ......怖いよぉ......怖いよぉ......」

「大丈夫だからね......! 泣かないで......」


 少女を慰める手前、女生徒自身も何をすべきか分からなくなってしまう。

不気味に行く手を阻む影。

あの存在が何を意図して立ち尽くしているのか、何故動かないでいるのか。

累々と絡まり合った未知は恐怖を編み出し、少女を抱く女生徒の手に力が入る。


このまま何もしない、というのは如何なものか?


思考ですら詰まりそうになっていたその時、硬直していた事態が動き出す。

背後からの声によって。



「足止めご苦労だ、エミリア女史」



 マスクまで黒尽くめの青年が、射殺す様な視線を女生徒に向けていた。

そして、それに応えるように異形の影はゆっくりと歩み出し───


「......ッ! や......来ないで......! 来るな───」


───街灯の下へ、その姿を晒す。



「......別に、大したことはしてないわ......」



 現れたのはシルエットから大きくかけ離れた金髪の少女。

青年とは対照的に憂いを帯びた視線を投げかけていた。


「あの......あなた達は一体......?」

「これは失礼した。僕達は────そう、『風紀委員』とでも名乗っておこう」

「風紀委員......? もしかして......補導ですか?」


 そういえば、部活動が災いしこの様な時間に帰る生徒も多いという。

学園側もそれを問題視したのだろうか、恐怖の薄まった女生徒の辻褄合わせは早かった。


「ごめんなさい! その、部活で準備が遅れちゃって!」

「成程。こんな夜更けまで大変だったろう? 今回は見逃してあげるから、早く帰るといい」

「はい! あ、そう言えばこの子ずっと泣いてて────」


 安堵と共に立ち上がろうとしたその時、女生徒は手を握り返された。


「やだ......行かないで、お姉ちゃん......」


 涙目のままに訴える少女。

その様子は心の底から怯えており先程と変わらないでいる。

まるで首に刃を突き付けられている様な、焦燥混じりの懇願であった。


 女生徒は直感し、記憶を辿る。

これまでの状況を、青年の言葉を。

もし先程見た異形が本物だとしたら、この少女が彼らの本性を知り怯えているとしたら。


「......すみません。学生手帳とか見せてもらえますか?」

「申し訳ないね。学校に置いてきてしまった」


「......何で制服じゃないんですか?」

「普段着の方がバレにくいだろう?」


「......風紀委員なのに......ですか?」

「ハハ、よく言われるよ。僕らも半人前らしい」


「ッ......なん、で......そんな......っぁ......?」


 意識が朦朧とし、視界が霞む。

女生徒はそのまま倒れ込んでしまうのだった。




「流石だエミリア。麻酔を気化させるとは、僕も見習いたいね」


 実際その麻酔、というより神経毒はエミリア自身が能力で生成しているのだが、黒尽くめの青年もとい桐張嗣音(きはりしおん)には知る由も無い。

女生徒が寝息を立てていることを確認し、次なる言葉を投げかける。


「さて、茶番は止めてその子を離してもらおうか? 化け物が人の形を取るなんて、これ程滑稽なことは無いだろうからね」


 彼の視線の先には、いつの間にか泣き止んだ少女がいた。

俯いた視線を上げると同時、重低な声が路地を震わせる。


「名ンで市ッテンのオおオお────?」


 少女のものだった肢体は膨張した肉塊に沈み、代わりに両生類を思わせる複腕が突出する。

煮えたぎる赤褐色の膿。

新たに生えた手足も粘膜質に覆われ、曖昧な関節がその巨躯を支える。

横長の瞳が嗣音を捉え、人外の様相が露わとなった。


「市民、能力者問わず捕食を続ける、名実共に怪物───本職の僕等が気付かないとでも思ったかい?」



 嗣音を頭目に据えたことでIrialは活発化し以前にも増して能力者狩りを行うようになっていた。

そんな矢先、無能力者である市民への被害が報告された。

Irialの犯行に重ねる様に、1㎞未満の場所で必ず遺体の一部が見つかるのだという。

自分達が把握していない犯人、或いは勢力がいるのか。

拠点の移動と並行して嗣音の捜査が始まり、そして現在に至る。

彼の推測通り、相手は不意討ちに長けた能力者であった。



(この)(はぎ)(けい)()──────汐ノ目2丁目出身、35歳で近親者無し。この特徴は......両生類か? 即時変態に加えて高位の擬態能力とは......気持ち悪さにも限度ってものがあるだろう?」


 空の笑いを浮かべながらも身構える嗣音。

 対する木剥圭蟲、そう呼ばれた怪物は文字通り彼を見下していた。

Irialに犯行を擦り付ける以前、彼女は下調べの中で嗣音が能力を使えないことを知っていたのだ。

後ろの少女に覚えは無いが、彼の仲間である以上大したことは無いだろう。

そう高を括っていたからこそ彼女は慢心を隠そうともしなかった。


「死ってるわよォアんタノ子とォ? ()()()()()、デ初ォ?」

「それはどうも。僕を知っているなら話は早い。用件は分かるね?」

「アら? ()()()()オ名(おな)()じゃァ名イの? 『()()()タイカラ子(たいからこ)()()』、()()()()で初ウ?」

「勘違いしている様だけど、僕達の目的は危険因子を排し、町に秩序をもたらすことだ。私利私欲の為に無辜な市民を殺める君とは違う」

「アらあラ、『()()()()()()()』ダッタのォ? 名ラ()()ン名差イね? アた氏、()()()(ちゃ)ウカラ」


 睨みを利かせる嗣音を尚も嘲笑する木剥。

彼女からしてみれば人間はおろか能力者ですらも蹂躙される獲物、汐ノ目の町は絶好の狩場でしかない。

加えて、例え自身の正体を知る者がいたとしても負ける気は一切無かった。


 木剥圭蟲の能力【蛙鳴染葬】(あめいせんそう)

2mにも及ぶ体躯は素より、異常な速度での細胞分裂に依る再生能力。

全身の汗腺から分泌される未知の神経毒。

喰らった相手の身体的特徴を模倣する高位擬態能力。

そして極めつけは様々な攻撃、環境に対して即座に耐性を持つ超適応能力。


いずれを取っても人間の域を超えた、生態系の頂点と言うに相応しい異能である。



「────祖レじゃァ、()眼手(めて)オ位死(おいし)()アッテ著ウダ位ネ?」


 半透明の巨腕が動き、掴み上げたのは気絶した女生徒。

念には念を、人質を突き出した木剥はその剛腕を桐張に振るい────



「────それなら、せめて後悔に沈んでくれ。そうだろう皆方!」



 嗣音が叫ぶと同時、火薬が爆ぜた様な音が静寂へと消えていった。

必中かに思えた殴打は終ぞ起こらず、代わりに怪物の悲鳴が路地を揺らす。


「保護完了......桐張、私に構わず......」


 女生徒を抱えアスファルトに降り立つ大柄の青年、皆方。

彼の放った一撃は木剥の両腕を断ち、異形たる巨体を悶えさせていた。


「ご苦労だ、皆方」


 瞬間、嗣音の姿が消える。

否、木剥の視界を掻い潜る様にして懐へ滑り込んだのだろう。

彼の手は既に粘膜に覆われた皮膚を貫き、深々と突き立てられていた。


「狩りでも処刑でもない......君を取り除く、これは作業だ......!!」


 生暖かい臓腑の中で試験管を割り砕き、憤怒の言葉を口にする。

正義に曇った彼の脳裏は既に情も容赦も捨て去っていた。



 数分も経たぬ間に決着は明らかとなった。

体内にウイルスを打ち込まれ尚も反撃に転じようとする木剥。

しかし、立て続けに飛翔した幾本ものワイヤーがその巨躯を縛り付け、次なる一撃を許すこと無く地に縫い留める。


「グ、ォオおオおオ────────────!!?」


 凄まじい熱量を大気へと還しながら異形は腐り落ちていく。

必死に肉を削ぐが逃れようは無い。皮膚呼吸をする両生類ならば尚更である。

【蛙鳴染葬】により生み出された細胞をも腫瘍に堕とし、焼けただれた喉は断末魔すら奪い去る。

腕が、顔が、失われた形を思い出すことは無い。


 斯くして、14人の命を喰らった、汐ノ目の頂点捕食者であるはずの木剥はいとも容易く排除された。

唐突に終わりを告げた一連の事態は、正しく駆除という名の作業に近しいものであった。




「諸君、ご苦労だった。各自業務に戻ってくれたまえ」


 周辺に居並んでいた影達が消えて、その路地には嗣音を含む数人と腐乱した肉塊だけが残された。

 気絶した女生徒を横たえる皆方。

寝息を立てる顔に安堵した手前、彼の表情は苦々しさに歪んでいた。


「どうした皆方? その子に怪我は無かったろう?」

「......」


 その時、視線を下げた嗣音は皆方の沈黙、その意味を察した。

アスファルトの上で眠る女生徒。ミサンガの巻かれた腕には僅かながら血色の痣が浮かんでいる。

木剥の体内からウイルスが流出したのだろう。

女生徒の皮膚は腐敗しきる事無くその白さを暗がりに浮かべていた。


「......皆方、そいつを渡してくれるかい?」

「......本当に能力者か、検証しないつもりか......?」

「くどいよ。僕のウイルスは能力者にしか作用しない。裏付けとしては充分だ」

「元から痣があったかもしれない。私が求めるのはあくまで確実さと公平さ......君こそ無益な死を嫌っているはずでは?」

「『疑わしきは罰する』風紀を重んじる君の方がこの規則の意味を知っているはずだろう? それとも、自分の言葉に責任が持てなくなったのかなぁ?」

「......」


 訪れた沈黙と共に、嗣音は女生徒を夜闇へと引きずっていく。


「エミリア、悪いが死体の処分は君に任せるよ。まだ仕事が残っているんでね......」


 皆方が後を追い、街灯の下にはエミリアと肉塊だけが残っていた。




「......名ン名の差、アんタら......」


「......あら、貴女まだ生きてたの?」


「......アり得名イ......アノカ他破(あのかたは)、アノカ他破......」


「あまり喋んない方が良いわよ。その方がきっと楽でしょうし」


背ッか貢(せっかく)、モらッタ……()()(きょ)()の血カラ......名の二......」


「そう、その能力貰い物だったの」


「血がウ......チ賀ウ! アた氏は、()()名ン手や眼タやめた! ()()名ン手、ヨわ貢手(よわくて)モ路貢手(もろくて)......!!」


 肉塊からそれ以上の言葉は出なかった。

言葉を失った、と言うべきか。

 僅かに再生した視神経が捉えたのは鱗に覆われた筋肉質の巨腕であった。

少女の体から伸びるそれは徐々に肥大化し、やがて人外としての姿を晒す。

不均等に突き出た角は四方に広がり、金色に変わった眼光は異常なまでの畏怖を湛えている。


その様相は、真正の怪物と言えた。



「今の貴女を可哀想とは思わないけれど......そうね、来世は生まれ持ったカタチくらい大切にしなさい? せっかく人に生まれたんでしょ?」



 そう言って、竜に変じた少女は肉塊に吐息を当てた。

幻想に彩られた炎の吐息。

夜闇に沈んでいく火は異形たる彼女の姿態を儚く照らしていた。


◇いれぷろ!◇

真也「さぁ本日のゲストは────......チッ、お前か......」


天音「聞こえたわよ!? 少しは歓迎しなさいな!? ただでさえ需要&存続が怪しいコーナーに花を添え(略)」


真也「えー本日は、ここまでの展開について少し雑談してみようかと思います」


天音「ここまで無視されると逆に清々しいわね......で、どの辺についてかしら? なんか最近シリアス多めじゃない?」


真也「そうだな。敵(Irial)も見た感じ一枚岩って感じでもなし、リーダーあんなんだし......(-_-;)」


天音「能力者絶対〇すマンが能力者雇ってるっていうww」


真也「『油汚れ用の油』的な? まぁその所為で作家陣も苦戦したらしいな」


天音「蓋開けたら能力者の方が多かったわねぇ......」※一部は会誌として先行公開済み


真也「いや、ワンチャンエピソードが追加される可能性もあるからな!? 信じろ、作者A~Cを!」


天音「疲れてるメンバーばっか! 何、敢えてハードルガン積みしてくスタイル!?」


真也「そうとも言う。まぁ、パピヨンとかもそろそろ再開みたいだし? 何とかなるって(多分)」


天音(やだ、括弧見え過ぎ......!?)


真也「で、何の話だっけか......あぁそうIrialか。なんか作者A(原作者)曰く、2章のテーマが『正義とは何たるか?』らしい」※ちなみに1章は『命と存在意義』、1.5章は『成長』でした


天音「そんなんあったの? 後付けじゃない?」


真也「いや、今回の話もテーマを補強する為に書かれた、らしい」


天音「やっぱ後付けじゃない!?」


真也「最新部以外にもエピソードが追加されうるからな! この程度で驚いてもらっちゃ困る」


天音「むぅ......あ、追加で思い出したケド、別サイトでやるって話どうなったの?」


真也「あーそれかぁ......まだ一応ハーメルン辺りで検討中とのことだ。確かにこのシリーズなろうにしては真面目過ぎるって議題になってたなぁ......新規さん増えてないっぽいし」


天音「うーん......なろうっぽくタイトル長くしてみるとかどう?」


真也「『ようこそ!年一で世界滅亡シナリオな学園へ!~変人揃いのオカルト研究同好会に入ったから非リア確定wなんて言ってももう遅い!今は美少女たちと一緒に国とか神とかに勝ちまくりで最高×最強です!』とか?」


天音「おおう......最近のランキング上位味あるわぁ......」


真也「まぁ色々探ってくしかないさね......おっと、それじゃ今日はこの辺で!」


真也&天音「御一読ありがとうございました!」

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