第4話:その名はIrial
いつもよりちょっと長めでお送り致しますm(__)m
「───これより、異能対策委員会総会を開始します。皆さん、手元に資料はありますね?」
汐ノ目学園直下、オペレーションルームには普段の有様からは想像も付かないまでの生徒が集合していた。
目測にして30人余り(熊や狼、謎の生物すら含むが)。
『総会』の文字の通り、実働班、調査班含めてこれがItafの全勢力。
今回の案件はそれ程までにItafの地盤を揺るがし得るのだろう。
普段はサボりがちな女生徒、的場沙耶もこの日ばかりは参加に意欲的だった。
もっとも、「新聞部としてのネタが尽きていたから」とは口が裂けても言えないが。
◇
「さて、件の襲撃についてですが────」
はてさて? 特ダネの予感に釣られて来て見れば、これは去年以来の修羅場ですねー?
あっ皆さんこんにちは! 現場の的場沙耶です!
急に三人称じゃなくなってビックリされたでしょう?
いやぁ、本当ならこの辺も地の文なんですがね? 正直面白くないのでアタシが記録がてら実況しようかと思ったワケですよ!
さてと、ここからは情報整理&主要人物の紹介っぽいですね?
小噺も混ぜつつ、ガンガン行きますよ~! Are you ready!?
さあ! 巨大な液晶の前で音頭を取ってらっしゃるのは有片会長───ではなく子供と見紛う様な女性教諭! 目測150㎝! めんこいッ!
栗毛色の髪に二色の眼が特徴的な彼女こそ異能対策委員会の総括責任者、天堂花その人!!
普段は優しい国語の先生兼オカルト研究同好会(表向きのItaf)の顧問なんですけど……ああ見えてItaf最強だとか、公安から派遣されてるとか、色々聞きたいのに毎回取材NGなんですよね……orz
とりあえず総評は『ミステリアスティーチャー』っと!
「────では水鳥さん、次の資料を」
おっと? モニターに映し出されたのは───歪な球? と、DNA配列でしょうか? 流石のアタシもアウトオブ専門外ですねコレ。
「昨日格納庫からサンプリングされたこのウイルスですが、解析によると第四世代粒子を吸着する性質があるそうです。それではクロさん、詳細お願いしますね?」
「りょーかい!」
ここで壇上に上がったのは黒の巻き毛に三白眼の人物。
名前もクロ(※本名不詳)と黒づくめの彼、或いは彼女ッ! しかしてその正体はItaf随一のマッドサイエンティストッ!!
総評『取り締まられる側の人』だーッ!!
「俺が30分位で調査した結果このウイルスは数年前と同じDNAが用いられていることが分かった! その効果も以前と同じく『第四世代粒子を吸着することで腐食作用を活発化する』こと! このウイルスに触れた能力者は体が腐るし、第二種(発動を神経に依存する能力)だったら即死もあり得る。それに加えて濃度が高い範囲では能力そのものすら無効化される。流石の俺も特効薬の開発には一週間は欲しいぜ」
「やっぱり、桐張……『風紀委員』か?」
ここで意味深な発言をした彼こそ我らがリーダー!
異能対策委員会第13代会長、有片真也だーッ!!
『未元の能力』とか言うな〇う染みた特別枠を有する彼! 今日はどんな苦労人ムーブをかますのか!?
……え、総評? 『史上最速の中間管理職』かな?
「その通りだよ真也。このウイルスに共通する遺伝子情報から1人の人間が特定された。名前は桐張嗣音。元Itaf調査班の所属で、俺ほどじゃないけど結構なアイディアマンだったね。脱獄したとは聞いてたけど、まさか『風紀委員』にいたとは」
「となると、今回の件は俺にも非があるな…………」
「オイオイ真也、お前が悔やんだところで何も解決しねぇだろ? 今を見ようぜ今を」
ため息をつく会長の肩を叩くのは銀色の籠手!
ではなく腕の能力者こと小手川拳斗先輩! 今日も元気に物理法則を無視して浮かんでおります! Itaf最大の神秘が今ここにッ!
あっ、総評は『籠手』です。
「────にしても、桐張君また自分の細胞使ったんだね……」
同じく有片会長に語り掛ける赤毛の少女、桃井玲奈!
普段ふわふわした彼女にもこのシリアスムードはどうやらキツイ模様!
総評『ビーストテイマー(天然)』!!
「あくまで『自分の手で能力者を滅ぼす』なんて言ってたからな。あいつがウイルスにこだわってなきゃ死人が出てたさ」
「…………気持ち悪いね」
「それな?」
「あの……『風紀委員』って学園の委員会、ですよね……?」
恐る恐る手を挙げて後輩ムーブをかますのは霧野蛍ちゃんだ~!!(※男です)
能力の関係上女装にも定評のある彼! 今回の発言も見事に常識人! あざっす!
総評『性別という名の図書館迷宮』!
「いや、正式名称は────」
「正式名称は対能力者連合(Irregular Inquisition Alliance)、略称は『Irial』ね」
有片会長を遮り颯爽と登壇した白髪赤眼の少女!
嗚呼、その眼差しにこれまで幾人が心酔してきたことでしょう!?
彼女こそ最盛期Itaf最後にして最優の戦姫! 天堂天音ここに凱旋だーッ!!
総評! 『人類の到達点』!!
「ホラ、天音が前に殺傷事件の内訳、警察から貰って来たでしょう?」
「はい。確か……汐ノ目全体をItafと警察でカバーして……60%以上は解決と────」
「確かにそうね? でも、その内の1割前後、未解決の事件が毎月一定数はあったでしょう? Itafが年中駆け回っているにも関わらずよ?」
「…………そういえば、そうですね……」
「天音ちゃ……じゃなくて、天音さんにはIrialに関する情報収集を頼んでましたから。見たところ、それなりの収穫はあったようですね?」
「母s……じゃなくて! ええ、数か月単独行動してた甲斐があったわ、天堂先生」
ええと、一応補足しますとこの2人、苗字からも分かる通り『親子』なんですよね......。
似ても似つかないのはそもそも血の繋がりが無いからで。
昔、敵方の刺客として捕縛された天音さんを天堂先生が引き取ったとか何とか......?
因みに! その時に天音さんを倒したのが有片会長だそうで、以来腐れ縁だとか。
《沙耶ちゃんメモ:この2人の恋仲を噂する人もいますが……あの現在進行形の殺人現場をどう捉えればそう言えるのやら。不思議です……》
うーん、ここから先はちょい長いので割愛しちゃいましょう。
一応天音さんと会長の話を要約すると────うん、だいたい以下↓の通りですね!
①Irialという組織は90年代にItafの初代会長に反発したメンバーが創設した。
②組織全体の目的は『能力者の排斥』。善悪問わず能力は根絶すべき、という思想。
③主な活動は『能力者の調査と殺傷(通り魔)』『兵装、技術開発』『Itafの活動妨害』。
④組織規模は不明だがItafと同等と推定される。
⑤無能力者が多数派。ただし今回、御守輝や夜弥の様に『Itafに因縁がある』という理由から能力者にもかかわらず所属する事例が確認された。
⑥数代前の摘発により活動は衰退した、と思われていた。
⑦有片真也の会長就任時、桐張嗣音を含む一部メンバーが反発。組織内抗争の末に離脱、脱獄したメンバーが合流したことで活発化したと考えられる。
→元Itafなら地下施設の構造を知ってたはず!
⑧『風紀委員』という隠語は被害者の証言から。町から異物を排除する、といった発想が伺える。
《沙耶ちゃんメモ:想像以上に重い話だった……(-_-)》
◇
「御守クン……」
悲しみを見せるのはギャグ要員認定された彼女! その名は西川小雪!
総評『色んな意味で割り切った結果』!
「彼とて思うところがあったんだろうねぇ……」
それを励ましつつも曖昧な表情を見せる彼は明智誠!
総評『特技が隠蔽の名探偵』!
この2人、話によれば実行犯である御守輝の同期! 3人でチームを組んでいたとか!
これは何たるショック! そのストレスは計り知れません!
ぶっちゃけこれ以上は不謹慎なのでそっとしておこうと思います!
「あ、そうそう! ねぇシロ? 登壇ついでに聞きたいことがある」
「ん、何やろ?」
クロさんの問い掛けに答えているのは『最前線の商人』こと真白さん(※本名不詳)!
儲けの為なら火の中水の中! アタシ愛用のカメラも彼女の『千願堂』にて購入させていただきました!
はてさて何を話しているのやら……?
「シロが拾って来たあの【紅殻】なんだけど、構造も機能も『ダイソンスフィア』そっくりだったんだよ!」
「だいそん? 何やソレ?」
「『ダイソンスフィア』っていうのは『恒星の熱エネルギーを最も効率良く得る為に考案された架空の構造体』だよ。太陽を大きな鏡で覆って光を反射、一か所に集めてから地球に飛ばすんだ。俺が前NASAにプランを持ってったんだけど『金がかかり過ぎる』って断られてさ? 恨み節と一緒に記憶に残ってたってワケ」
《沙耶ちゃんメモ:クロさんのやることは基本的に文明を3歩進めて2歩衰退させるカンジです。不老不死の薬の副作用が鬱病的な》
「熱を反射出来るのは解るけど、能力の出力も奪われるのは不可解だ。それでシロに心当たりがあるか聞きたいんだ」
「えぇと……わしにも上手く言えんのやけど、わしの【経典】って、何でもお天道様に通じるってお義父はんが言うててなァ? あの夜弥って娘も同類らしいんよ」
「なるほど! つまりあの纏って子はシロと夜弥を『恒星』として扱えたから【紅殻】は概念的な楔として機能したんだ! ありがとう! 参考にするよー!!」
さて! 怒涛の初耳が続いても狼狽えないのがこのアタシ! 的場沙耶です!
真実をありのままにお届けしますとも! 例えしれっと概念マウントが出て来ようとも!!
◇
「────という事で、今後の優先事項としてIrialの摘発をここに提示します。真也君もそれで良いわね?」
「無論です……それと、先ずは皆を巻き込んでしまったこと、深く謝罪する。その上で、この怨恨を断ち切る為にも何卒助力を願いたい。各自、異論無いか?」
「「「「「「はい!!」」」」」」
いやぁ、いざという時は一致団結出来る。これぞItafってカンジですねぇ。
さてと? では私は一足先に、っと……!
◇
総会がお開きになると同時、的場沙耶は一早くオペレーションルームを後にしていた。
潜入取材で鍛えた気配遮断、敏腕記者の勘を頼りに地下施設の区画を走り抜ける。
時折誰も居ないであろう背後に気を配りながら、休まず、速力は一切緩めない。
そうして、次に彼女が立ち止まったそこは、ぽっかりと口を開けた巨大な縦穴の手前。
地下施設の換気を一挙に担うその穴へ、沙耶は怯むこと無く飛び込んだ。
────この空気口が学園の最深へ続いていることは事前にリサーチ済み……何が隠されているのやら、っと……!
そう、沙耶の目的は終始変わらず『ネタ探し』である。
そして学園中を取材してきた彼女が唯一カメラに収めていない場所こそItaf本部の最下層、幹部格のみが入れるという区画であった。
普段は厳重な警備体制が敷かれているが、設備復旧と無人が重なる今こそが彼女にとって最大の好機と言えた。
「────さて、今日はどんな羽かなー?」
その背から白鳥を思わせる大翼を顕現させながら、重力にその身を任せる。
沙耶の能力【夢幻飛行】は厳密には「翼を生やす」のではなく「周囲の重力を変更する」能力である。
操作性には欠けるもののその移動能力は折り紙付き。
空中戦においてItaf内で彼女に追随する者は極めて少なく、加えて下方向への加速に限って言えばあの真也ですらも追い付くことは敵わない、そんな自信すらあった。
「────1、2、3……減速開始、方向上……」
一分にも満たない飛翔の末、沙耶は最下層に足を付ける。
色の無い通路は一際暗く、漂う冷気が遍く生者を拒んでいる。
吐息を白に染めて尚、沙耶は通路を進んだ。
徐々に鮮明になる光を目指し、一歩を重ねて────そして、彼女は遂に辿り着く。
「これは────」
眼前の『それ』が放つ異様な雰囲気に呑まれ、沙耶は背後から向けられた威圧感に気付けないでいた。
「────的場、何をしている?」
沙耶が慌てて振り返ったその先には、冷風に揺れる赤毛と回り狂う腕時計────有片真也の姿が在った。
「────会長……そんな、追いつけないはずじゃ……!?」
「ああ、だからコイツの力を借りた」
真也に隠れて見えなかったが、彼の背後では印象的な白髪が揺れていた。
天堂天音、彼女の能力である【絶対虚空】は「空間を与奪する能力」或いは「疎密を操る能力」と形容される。
自他の間に存在する距離を操作するこの力は事実上の瞬間移動すら実現させる。
そして、その場合の運用方法を確実に実現する手段こそ「処理速度の添加」、即ち真也の有する【絶対刹那】との併用に他ならない。
「天音ちゃんまで……となると、余程重要な物らしいですねコレ?」
沙耶は後退りながらも真也から視線を逸らさなかった。
例えこの場で処断されるとしても、最期の一瞬までインタビューを続行する。死の淵を前にして、記者としての信念が彼女の背を押していた。
その真剣な眼差しを目前に、やれやれとため息をつく真也。
懐から取り出した注射器を弾きながらも、沙耶への返答を用意しなければならない。
ようやく語り出したその顔には辛労の色が見えた。
「……ああ。詳しくは言えないが、それはItafの存在意義であって、天堂先生の力の一端でもある。Irialも本来ならこっちを狙いたかったはずさね」
「存在意義……? これがアタシ達の抑止力だとでも?」
「そうだとも。俺達は年中犯罪組織を掃討しているのに、何故彼らの大半は報復しに来ないと思う? 実際、俺より強い輩だって探せばいるというのに?」
「それが……天堂先生の能力……?」
「さぁな? これ以上は俺からも言えない」
改めて背後に在る『それ』を見る沙耶。
『それ』は、『白い正六面体』以外の形容に困る物体であった。
丁度段ボール箱程度の大きさの『それ』はコンクリートの床から2m程の高さを保ったまま、地球儀の様に自転し続けている。
表面の光沢は金属ともタイルとも言えないが、直感が他の何にも類さないと告げている。
音も熱も発する事無く、沈黙に座する『それ』はただじっと沙耶を見つめ返すだけだった。
「…………それで、アタシはどうなるんです? やっぱ記憶とか消されます?」
「そう、だな。ここにある薬を打ってもらうことになる。ランクはC級、生活に支障は出ないだろうが直近の記憶は軒並み消えるはず」
「それ、副作用とかありますかね? よく覚えてないですけど、多分アタシ5、6回はそれ受けてますよね?」
「C級に限って言えば計7回だな。副作用は無い……そう、思いたいな……。すまない、他に手段は無いんだ」
「あーいいですってそんな。今回はちょっと無理がありましたからね。毎度お手数掛けてますし? それでは────」
◇
「────よいしょっと。ああ、ありがとな? お陰で間に合ったよ」
「別に? 言ったでしょ? 『天音は母さんの為なら働ける』って。それに、『これ』は常人にも、能力者の手にも余る物だろうし」
「だな。『これ』が失われるようじゃ、Itafは終わりだろうよ────さぁ、戻ろうか」
多くの謎を孕んだまま、再びその扉は閉ざされる。
◇
「────さて? 言い訳を聞こうか?」
廃工場に響いたその声は決して大きくはなかったが、緊張を敷くには充分に過ぎる憤怒を含んでいた。
「はッ、言い訳も何も? 単にアンタの作戦がお粗末過ぎただけだろ、なぁ桐張会長?」
御守に指摘された男────桐張嗣音の怒号は不協和音となっても反響していた。
予め仕掛けた爆弾も、彼手製のウイルスも泡沫と消えた今、手元に残った憤りは到底振り払えるものではない。
「────ふん、これだから能力者は信用ならない。大体、何が自害派だ? Itafに借りがあるというから任せたというのに、こうも役に立たないとは……君も同様だよ、夜弥?」
名指しを受けて尚、自分は関係無いとばかりに和装の少女は1人、廃材の上で黄昏れていた。先程まで誰かを映していたであろう写真は既に焼け落ち、彼女の掌で風へと還っている。
「任務の失敗のみならず纏女史並びに【紅殻】の喪失……これだけでも君を100度処する理由として充分だが?」
「…………別に。戦いたいのなら素直にそう言えば良いのでは?」
「……まぁいい。君達の処分は後日言い渡す」
椅子から立ち上がった嗣音の前に立ち塞がる御守。
Irialは、元より能力者の排斥のみを信念に形成された集団である。
仕事は同じであっても思想、目的は不均一。連合とは名ばかりの派閥の群れ。
その統率者は義務と理屈を以て駒を動かしている。
何より、その正義感故にItafを抜けた御守にとって、この桐張嗣音という男は根本から相容れぬ存在だった。
憤りが言葉より先に行動となって嗣音の襟元を掴み取る。
「おい、待てよ。人を指摘すんなら自分の失敗を棚に上げんじゃねーよ?」
「僕の失敗? そんなもの────」
嗣音は御守の左袖に手を伸ばす。振り払うわけでもなく冷静に。
そして一転、摘み取った発信機を見せ付けながら、怒りに任せて握り潰す。
「────君の大失態の前では霞むだろ?」
そして手を解いた嗣音は今まで沈黙していた影達へ指示を飛ばしていく。
「総員、直に警察かItafが来るはずだ。エミリア、逃走経路の確保を。殿は皆方に任せる。各自散開、座標は後で送信する」
「……わかったわ」
「承知した」
「御守よ、僕らはItafを滅ぼさなければならない。恩師たる藍川先生を退任に追い込んだ彼らを許してはいけない。だから────せめて足を引っ張らないでくれ」
手際良く、慣れた様子で、5分もしない間に廃工場から足音が消え去った。
「御守さん、先行ってますから。精々捕まらないでくださいね?」
「────、────」
嗣音の眼に畏怖したか、或いは真也という男に改めて戦慄を覚えたが故か。
虚空を見つめる御守には己の抱いた感情すらも解せるものではなかった。
サイレンに急かされるがまま少年が走り去り、廃工場は再び沈黙へと沈んでいく。
本日も御一読ありがとうございました! 来週もお楽しみに!




