第14話:三浦焔華の憂鬱 後編
「こちらが、焔華お嬢様のスマートフォンです」
蛍は、芽衣から焔華のスマートフォンを受け取った。
蛍の能力「幻想装備」で装備できる物語の一つ、『シンデレラ』。
蛍の能力では珍しく、およそ戦闘向きではないものだ。
使える技の一つに、その人に関係する物品を使い、その物品の残留思念を追って、その人物の場所を突き止めることができる、というものがある。
シンデレラのガラスの靴がシンデレラと王子様を結び付けた、という話をもとにして発現した能力を使い、蛍たちは焔華の残留思念を追った。
芽衣が運転するバイクの後ろで蛍が指示を出すと、たどり着いたのは海にほど近い、小さな倉庫だった。
到着して、シート下の収納にずっといた小手川は違和感があった。
「蛍、蛍!」
「? なんですか、小手川先輩」
「なーんか違和感がある。…何が、とは分からんが。とりあえず気を付けてくれ」
「…わかりました」
蛍や小手川は違和感の正体には気づけないままだったが、芽衣は小手川が感じた違和感と同じものを感じた。
(なぜ、お嬢様は能力を行使しないのでしょう…。…お嬢様の性格なら、火柱の一つや二つ、立っていてもおかしくないはずです…)
と、ここまで気づいて、芽衣は倉庫に歩みを進めていた蛍と小手川を無言で引き留めた。
「…あの、どうしたんですか、神田さん?」
「もしかすると、能力を使用できなくする罠が仕掛けられているかもしれません。…あまりにも静かすぎます。ここはわたくしにお任せください」
そう言い切ると、またもやどこからかアンチマテリアルライフルを取り出した。
がちゃがちゃとバイポッドを展開して、12.7×9.9㎜NATO弾を装填した。
寝転がってスコープを覗き込み、手ごろなドラム缶に狙いを定めた。
「あの…大丈夫なんですか? その、賠償金とか…」
「ご安心を。こちらの倉庫は主人の三浦様が所有している会社の倉庫ですので、賠償金はわたくしのお給料・ボーナスから天引きされるだけですので」
いや、そういう問題じゃないだろ、と思う二人だったが、言う暇もなく耳を塞ぐように言われた。
◇
焔華は既に虫の息だった。
持っていたスマートフォンはいつの間にかなくなっていたし、手足は縛られてたから持っててもどっちにしろ連絡はできない。
能力を使おうにも、何となく「エーテル」がうまく作用しないような感じがした。
(超音波…? いや、違う。お父様が開発した「能力阻害装置」で間違いないとは思うんだけど)
不良たちは飽きたのか、ボロボロの焔華をそのままにしてどこかに行ってしまった。
と、その時、砲声がした。
「出てきませんね…。もしかすると犯人は、連れ立ってどこかへ行ってしまったのかもしれません。ここもわたくしにお任せください」
「わかりました。こっちは僕と小手川先輩で備えます」
アンチマテリアルライフルをその場に置くと、今度はまたどこからか拳銃とナイフを取り出して倉庫へと走り出した。
するとそのタイミングを見計らっていたのか、蛍たちの背後から数人の不良がやって来た。
「うわwwwまじで作戦通りの動きだwww」
不良たちが何か言っているが、蛍はこの1年で慣れたもので、華麗にスルーしていた。
それどころか、どう対処するかを考えていた。
するとすぐに考えがまとまったのか、見る見るうちに彼の姿が中世のヨーロッパの鎧をまとった騎士のそれになったのだ。
半数くらいの不良が後ずさったが、「怯むんじゃねぇ!」というリーダー格の不良の怒号で、考えなしに突撃してきた。
けれど、1年の戦闘経験があり、しかも幼少期に西洋剣術を習っていた蛍は、不良たちを、鞘が付いたままの剣で峰打ちして戦闘不能にした。
「うへえ…。俺は死んでるしいいけど、こりゃ痛ぇだろうなぁ…」
バイクの影から見ていた小手川は、打ち倒された不良たちに若干同情しながらぼやいた。
直後、さらに背後、海の方から鋭い殺気を感じた。
「蛍!危ない!」
斬撃が、蛍の首めがけて飛んできた。
「焔華お嬢様! ご無事ですか!?」
弱弱しそうな目だった焔華が、芽衣の姿を見るなりキッと芽衣を睨み、芋虫みたいに暴れながらもごもご何かを叫んでいた。
周囲に誰もいないことを確認して、焔華のもとに駆け寄った。
ナイフで猿ぐつわと手足の縄を切ると、焔華はすぐに起き上がった。
起き上がってすぐは悪態をついていたが、すぐに目をウルウルして泣き出した。
「まったく、遅すぎるのよ、芽衣…。いつもいつも、危機感もなさすぎるのよ…! 猛省、しなさい…!」
「申し訳ございません…。今後は、お嬢様のそばを離れません!」
感動の時間は、長くは続かなかった。
突然、倉庫の屋根が綺麗に飛んで行った。
急にあらわになった星空を見上げていると、空から鎧の騎士が降ってきた。
アニメなら「親方! 空から騎士が!」と言うところだろうが、そんな余裕はなかった。
倉庫の扉がバーン!と開き、長めのナイフを持った不良がゆっくりと入ってきた。
「なんだ、見かけ倒しか? その鎧と剣は。本気でやろうや、殺すつもりでさぁ」
遅れて、小手川が飛んでくる。
気遣う小手川だったが、蛍は構わず奥歯を噛み鳴らした。
(本当に、殺すしかないのか…。でもそれじゃダメだ、Itafにその権限があっても、僕の理念にそぐわない。…こうなったら)
「おい、蛍! ぼーっとすんな! 動かなきゃ誰も助けらんねえぞ!」
ビクッとして、小手川の方を見た。そしてすぐに、何かを思いついたようににやりと笑った。
「小手川先輩、力を貸してください!」
答えを聞く間もなく、小手川をガシッと掴んで腕に装備した。
「やっと腹くくったんか? じゃあやろうや、本気の殺し合いをさぁ!」
目の前で不良がニヤニヤと笑っている。だがその目は殺気でギラギラと鈍く光っている。
けれど蛍はそれに臆することなく、余裕のある笑みで笑い返した。
一瞬殺気が弱まる。蛍はそれを見逃さなかった。
ゆっくりと、通学路を歩くように不良へと歩いて行った。
歩きながら、不良の視線が剣に向いているのを感じた。
ダメージはそもそも聖剣の鞘があるからすぐに回復する。
それなら、と以前マンガを読んでいる時に見つけた大胆な作戦を実行することにした。
本来この作戦には、相手の意識が武器に向いていることや武器を2つ持っていること以外にも、もう1つ条件があった。
それは、「相手が自分に負けたことがあること」だ。
「殺気」を自在に操れる主人公にとある暗殺者が提案したこの戦法は、一度コテンパンに倒した教師との再戦の際とった戦法で、初めて戦う相手には効果がないものと説明されていた。
今回蛍は、これを初めて戦う相手用にアレンジした。
詳しくは割愛するが、この戦法の要は「相手の意識が自分の持っている武器に向いていること」であり、そのための過程で、相手を一度倒していることが必要だったのだ。
ならば、最初から相手の意識が派手な得物に向いていたらどうだろう?
いま、蛍が手にしているのは、中世ブリテンの王が手にした聖剣だ。
その聖剣を、蛍は手放した。
コンクリートの床に重い鋼が当たり、跳ね返ることなくカラン、と倒れた。
蛍の姿が、完全に不良の意識外に消えた。
その間に一瞬で5メートルあった距離を詰め、小手川を装備している腕で、思いっきり不良を殴った。
ソニックブームが生じるほどの勢いで殴られた不良は、勢いよく吹っ飛び、倉庫の壁に打ち付けられた。
その際に生じた風圧から、焔華を庇うように芽衣が覆いかぶさった。
けれどそれも空しく、2人もかなり遠くまで吹っ飛ばされてしまった。
屋根がなくなってしまった天井から見える星空を仰いで、焔華と芽衣の2人は大の字になっていた。
焔華は、何となく今日1日の事を振り返っていた。
「何だか、色々あったわね」
「全くでございます。焔華お嬢様」
「さっきはああ言っちゃったけどさ、わたしも、気が立ちすぎていたわ。…ごめんなさいね、芽衣」
芽衣は何も言わず、うふふと笑った。
変身を解除した蛍は、不良のもとに駆け寄った。
以前も何度も見たことがある。大和光成___汐ノ目学園2年生。素行不良にもかかわらず成績優秀者であり、素行の悪さを除けば優等生であるため留年することなく進級した、という経歴を持つ。実力主義の汐ノ目学園ではよくある話だ。
けれど今回は、周囲の証言から、能力を行使して恐喝を行った点、集団で暴行を行った点から凶悪性が認められ、後に無期限停学処分、事実上の退学処分となった。
被害者である汐ノ目小中学校中等部3年生の三浦焔華は、暴行によってけがをしていたものの、医師の診断によれば1ヶ月とかからずに完治するとのことで、精神面にもさほどダメージは無いようだった。
また、進学先に当たる汐ノ目学園への受験や手続きは済んでおり、中等部は既に期末試験が終わった後だったのが幸いし、特に成績に影響が出ることはないとのことだった。
◇
報告書を提出した蛍は、再び港湾地区へと赴いていた。
戦いの舞台となった倉庫の周りには足場が組まれていて、どうやら倉庫を解体しているようだった。
港湾地区は、数日前の戦闘などなかったかのように賑わっていた。
喧噪の中から聞こえてきたのは、突風で湾岸の倉庫の屋根が飛んだという噂だった。
どうやら戦闘で起きた被害は、突風によるものということにされたらしい。
倉庫を横目に歩いていると、最近流行りの抹茶タピオカアイスのキッチンカーを見つけた。
その行列の中に、見覚えのある姿があった。焔華だ。メイドの神田さんと一緒に長時間並んでようやく買えたのか、とても嬉しそうだった。
(なんだかんだ、元気になったんだ。…もしトラウマが残っていたらとも思ったけど、大丈夫そうで良かった。)
安心した蛍は、彼女らに話しかけることなくその場を後にした。
最近ツイッターで話題になっている抹茶タピオカアイスのキッチンカーを見かけたので、焔華お嬢様と一緒に並ぶことにした。
30分並んで、ようやく買えた。
「よろしかったのですか、焔華お嬢様? 寒いので暖かいところでお茶でもしたいとおっしゃっていましたが…」
「良いの! だって暑いとアイス溶けちゃうじゃない! それに今流行りに乗らないでいつ乗るのよ!? 大体、こんな危ないことしていたらいつ死んじゃうかわかったもんじゃないでしょ? 『命短し、恋せよ乙女!』よ!」
「ちなみにそれ、どなたの言葉ですか?」
「京都の櫻小路のお姉さま。この前のお父様主催のパーティーで会って、その時に言われたの。…というか、会うたびに言われてるわ!」
「櫻小路様は、実際殺し屋に目をつけられておりますしね…。 ですがここは紅茶だけにしておかないと…。それに、ウエストが1週間前から2%増えてしまっていますよ」
「何よ!私が太ったって言いたいわけ!?」
いつも通り、細かいことで言い合っている。
3日前、もしうまくいっていなかったら、「いつも通り」の言い合いすらあり得なかったのだと思うと、「当たり前」の日々が愛おしくすら感じた。
すると突然、口の中にひんやりとした抹茶の風味が広がった。
「あなたって、たまに何考えてるのか分からない時があるのよね」
つん、という表情でこちらを見ていた。口に入ったのは、焔華お嬢様が買った抹茶タピオカアイスだった。
「でも、もしあなたがこの前の事を気にしてるなら、もう気にする必要は無いわ。…それと、あなたもタピオカアイス食べたんだから、これで同罪よ。カロリーを取るのは私だけじゃないわ」
言っていることは無茶苦茶だけれど、やっぱりいつもの余裕と自信にあふれた凛々しい顔は可愛いな、と思った。
そうしてニコニコしていると、焔華お嬢様は怪訝そうな顔をして、
「…? なんだか良く分からないわ。さ、食べ終わったらショッピングの続きよ! この前のパーティーで櫻小路のお姉さまに、『今度東京で一緒にショッピングに行きたい』って誘われちゃったから、下見もしなきゃなんだから!」
そしてアイスを食べ切った焔華お嬢様は、わたくしの手を引いて意気揚々と走り出したのでした。
めでたし、めでたし。
~三浦焔華の憂鬱 終~
今回で「三浦焔華の憂鬱」は完結です!
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
シリーズはまだまだ続きますので、今後の展開をお楽しみに!
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