第13話:三浦焔華の憂鬱 中編
その頃、蛍と小手川の1.1人(?)は、不審火騒ぎのあった公園にいた。
本来不審火なら警察が動くところだが、何でも焔の色が緑色っぽかったらしい。
金属ならば炎色反応であり得ることだが、燃えたのは木材と鉄でできたベンチだったので、ほぼ確実に能力者だと断定され、Itafから蛍と小手川が(暇そうだったので)派遣されたという訳である。
「小手川先輩、変なナレーションつけてないで現場検証手伝ってください」
「へいへい、ジョークだよ、小手ジョーク。ってか人選ミスだろ。俺一応七不思議に数えられてるし、外出しちゃダメじゃなかったのか?」
化学にそれなりの知識がある蛍は、燃えたベンチを調べていた。
小手川はと言うと、蛍のノートパソコンで能力者のデータベースを洗っていた。腕だけなのにどうやって画面を見ているのか、ということは気にしてはいけない。なぜなら彼らは(表向きは)オカルト研究同好会だからだ。
と、そんなゆるい調子で、3歳差という年齢差を感じさせない軽口を叩きつつ調査していると、ある事実が浮上した。
まず、能力が行使される直前、この公園では、巷では有名な不良グループ「汐ノ目愚連隊」がたむろしていたという。ありきたりすぎる名前だとは思うが、彼らが生まれる前からある不良グループだ。
そして、さらに時間をさかのぼると、夕方から不良がたむろする時間にかけて公園にいた、そして不良が公園を去ると同時に消えた少女が浮上した。
三浦焔華。汐ノ目小中学校3年生であり、異能自警団・Ivis所属。そして______炎を使う能力者だった。
能力名・業火絢爛。炎を任意の場所に発火させる能力。彼女の父によって付与された能力で、炎色反応によらず、燃やすものによって炎の色が変わるという、能力付与実験で生み出された能力だ。
「と、ここまで分かったは良いが、こりゃ若干人数が欲しいところだな。十分手の届くところに彼女は居るらしいから助けたいが、人数は必要だ。どうする、他のやつらでも呼ぶか」
「いえ、その必要はございません」
その言葉とともに現れたのは___バイクにまたがったメイドだった。
本来ならば、バイクに乗るときは革ジャンにジーンズみたいな動きやすい服装で乗るところだろうが、慌てていたのか見てわかるくらいメイドなエプロンドレスとヘルメットというシュールな服装でやって来た。
ヘルメットを取って見えた顔に、蛍はどこか見覚えがあった。
「あーーーーっ!!」
「なんだなんだ、どうした蛍?」
「いやあの、小手川先輩、このメイドさん、アキバのメイド喫茶界でも有名な人です!」
「え、何、そんな界隈あんの」
1人と1本の腕は驚きで慌てながら話していた。
こほん、と咳払いをすると、バイクメイドは話し始めた。
「申し遅れました。わたくし、三浦家に仕えるメイドの、神田芽衣と申します。お話は伺っております、霧乃様、小手川様。霧乃様はどうぞ、わたくしの後ろに乗ってくださいまし。小手川様は…そうですね。秘匿すべき戦力なので、シートの収納にでもどうぞ」
「どうもご丁寧に…ってシートの下!? …まあ、良いけどさ。……蛍、どさくさに紛れて神田さんの胸揉むなよ?」
「揉みませんっ!?」
顔を真っ赤にした蛍の叫びが、夜の汐ノ目に響いた。
「あ、あの、霧乃様。本当に大丈夫なので、…というより本当に危ないので、私の腰に手を回してはいただけませんか…?」
「あ、はい、そう、ですよね…。うう…」
芽衣と蛍がバイクにまたがって、2人がヘルメットを被ったまでは良かったのだが、蛍が照れて、芽衣の腰に手を回せずにいたので、中々出発できずにいた。
1人でやり取りを聞いていた小手川は、ついに我慢できずに蛍に耳打ちした。
「なあ、蛍…。お前、能力使って女になればいいんじゃないか…?」
「あ…、その手がありましたか」
そう言うと、蛍の姿は見る見るうちに金髪碧眼、水色のエプロンドレスに黒いウサギみたいなリボンという、遠目に見ても「アリス」という感じの姿になった。
◇
エプロンドレスの2人を乗せたバイクは、深夜の街を港湾地区に向けて疾走していく。
港湾地区は、汐ノ目学園のすぐそばを流れる川を東京湾へ下っていくとたどり着く地区で、大部分は「不夜城」と形容される商業施設街だが、メインストリートから少しでも裏の路地に外れると、そこは不良たちが蔓延るスラム街だった。
光があるところには必ず影がある。
若者が集まるこの街は、それと同時に彼らを標的にした違法薬物の密売が行われている。
そしてその密売グループは末端に不良学生が構成されており、簡単に販売元の足取りが掴めず、しかも末端になるほど人数が増えるため爆発的に違法薬物が出回りやすい。
そんな末端の不良学生が拠点にしているのが、港湾地区のスラム街なのだ。
「さて、もうすぐのはずですが…」
芽衣はスマートフォンを見てそう言った。
「あの…、どうして連れ去られた場所が分かるんですか?」
ヘルメットを脱ぎつつ蛍は問うた。
「ああ、今回連れ去られた焔華お嬢様のスマートフォンは、わたくしのスマートフォンから位置を確認できるのです。今回は恐らく焔華お嬢様のスマートフォンは誘拐犯には発見されておらず、それで現在地が追えたのです」
「なるほど…。でもそれって、罠っていう可能性はありませんか…? …その、探偵ものの小説とかだと、そういうのはよく見る展開なのですけど…」
うーん、と芽衣は少し考えていた。
「め、芽衣さん! とりあえず…発信地点に行ってみませんか? その…僕の能力なら人探しくらいならできます」
「分かりました。では、今からスマートフォンを回収して参りますので、霧乃様はここでお待ちください」
「おいおい、そんな目立つ格好で大丈夫なのか? 最悪、俺が行ってきても良いが…」
「いえ、ご心配には及びません。___行くのはわたくしではありませんから」
芽衣がそう言うと、地中から、遠目に見ても特殊部隊、とわかるような集団が召喚___そう、召喚されたのだ。
まるでItafのメンバーの桃井玲奈がゾンビを召喚するみたいに、10人ほどの黒い防弾チョッキを着た特殊部隊を召喚したのだ。
「守護軍勢」____それが三浦家メイド・神田芽衣の能力だ。
蛍の「幻想装備」と同じく起源能力で、能力発揮の原理は推測の域を出ない。
芽衣の能力はその中でもかなり特殊なもので、そもそも発現する経緯も他の能力とは違うものだった。
だがそれは、今はまだ語らないものとする。
今ここで話しておくべきなのは、彼女が熟知している軍勢を召喚し、それを自分の思い通りに指揮することができる能力であることだ。
蛍があっけにとられている間に、特殊部隊は手早く発信源を包囲した。
隊長と思われる男がハンドサインで何か部下に指示すると、あっという間に建物に突入した。
しばらくして、芽衣がどこからか取り出したトランシーバーから通信を受けた。
「何ですって? お嬢様がいない? …捜しなさい、痕跡でも良いから一刻も早く!」
芽衣が唇をかんだ。
いつぶりだろうか。口の中に鉄の味が広がった。
最悪だ。思い出したくもない子供の頃を思い出す。
(まあ、わたしのやった事から考えれば当然の仕打ちか)
「あの…神田さん? 大丈夫ですか…?」
ハッとした。
ただ悔しがってるだけじゃダメだ。今、一番しっかりしなきゃいけないのは、一番お嬢様の事を知っているのは、わたしなんだ。
芽衣はトランシーバーを握りなおした。
待機していた特殊部隊の隊長のトランシーバーがザッと鳴った。
「わたしよ。お嬢様のスマートフォンは回収したわね? …ええ、わかったわ。…霧乃様、お嬢様のスマートフォンがあれば、お嬢様を捜すことはできますか?」
「あ、はい。できます! ちょっと待っててください」
蛍の姿は、水色のエプロンドレスから、ガラスの靴に水晶のドレスの『灰被り姫』になった。




