第9話:仮想念力と神の翠玉④
戦いの火蓋はついに切られた。
委員長の人柄の悪さに心から怒りを覚えた一同は咆哮をあげて飛び掛る。
真っ先に動いたのは西川だった。
委員長の四肢を【数値操作】で絶対零度に引き下げ、【万能閃光】を封じ込める。
「落ち着きたまえ西川!!貴様は明らかに狂っている。これはきっと愛情不足ゆえの奇行に違いな…」
「アンタに愛を語る資格があるとでも思っているんスかねえ…
言わせてもらいますけど、ワタシの人生にアンタは要らないッスよ!」
「貴様…よくも!!」
桃井は生まれて初めて男性…しかもいわゆるイケメンに拳を振り下ろし、
真白は動けない委員長の財布から5000ウォンを数十枚もぎ取ることに成功し、
国防部長官はネオンブルーのホログラムを身に纏い、体調3メートルの虎となって桃井の狼と共に委員長を挟み撃ちにする。
「おう、お前らやってるなあ!!!俺もレジスタンスに混ぜてくれ!!!」
「ニャーちゃんもニャーちゃんもー!!」
さらに追い討ちをかけるべく、屋上で待機していた小手川がニャーの首根っこを掴みながら校庭に急降下してきて、即座に委員長の襟首にニャーを突っ込んだ。
「行け、真也!この救いようのないゲスをやっつけろ!!」
「応ッ、任せとけ!!」
小手川を右手に装着した有片は【絶対刹那】を発動。
左手で委員長の心臓部などから時間を奪いつつ、強化されて加速までかかっている右手で相手の脳を破壊しにかかる。
完全に固定された委員長は瞬きも抵抗も許されず、深刻な脳挫傷で死にかけては
この世に戻ってくるという最悪のループに閉じ込められることとなった。
およそ5分後…
地獄を見た委員長がこの世に戻って目にしたのは、何も無いはずの島国に巣食う
化け物集団と、その集まりに同化した"犬"。
そして、電話をかけているいまいましい"ハンディキャップ"であった。
「悪いなあ、クァンミョン委員長?
真白がもう警察を呼んじまった。アンタはもう逃げられない、というワケだぜ!」
激痛で人格が今にも破綻しそうな委員長は血反吐を吐きながら言い返す。
「貴様らが私を捕縛したところで意味など無い。記憶を改変された地球人類がたった数人の証言など信じるわけがなかろう。群集の無知さが私を永遠に守り続ける。誰が何をしようと!私を止めることはできない!」
その時…勝ち誇ったような声が校庭に響き渡った。
「録画しといたわよ!!あんたって奴は本当にバカね!!」
実験室から降りてきたロレッタは出来事の一部始終を収めたスマホを見せつける。
この世で最も賢いヒグマのあとに続くのは霧乃と明智の二人だった。
「そ…そんな物は無駄だ!!能力が露骨に写りこんでいるではないか!!!」
平静を取り繕うのに必死の委員長だが、もはや焦燥を隠しきれていない。
「だってさ、明智!分かってるよな?編集で2分にまとめてもらうよ!」
「ええ、分かってますよぉ?」
明智が【偽者の嘘】を発動。能力の存在がカットされたものの、真実性が幾分か曖昧になり、委員長の凶暴性がオリジナルを遥かに凌駕した映像にすり替わった。
「編集完了ですクロ先輩、最後はやっぱアレですよねぇ?」
「当然だよ。やれ、ビッグ・ブラザー!"二分間憎悪"!!!」
「了解しましたクロさん。全力で行きます!!」
霧乃は【幻想装備】で、黒い髪に黒い口ひげを貯えた人物に変身を遂げた。
「おい、クロ。あれは誰だ?」
「あれは"ビッグ・ブラザー"っていうんだ。ジョージ・オーウェルの小説、"1984"に出てくる独裁者だよ。
俺が霧乃にさせていることはね、"二分の映像を世界中に見せつけて、全人類の心をつき動かす"こと。
それに、夕暮れ時は人の心に干渉するにはうってつけの時間帯。
つまり、今の時間帯が最高の効果を発揮する時ってワケ。
世界は今Itafが握ってるし、あのゲスにはもう逃げ場が無いっしょ。」
言い終わった頃にはクロが示唆した通りのことが世界中で起こり始めていた。
霧乃はこの世界にある全ての液晶画面をテレスクリーンに変換し、完全に自らの
支配化に置いたのである。
渋谷のスクランブル交差点にて…
乗っ取られた巨大スクリーンを前に、外国人観光客、サラリーマン、さらには幼い子供までもが操られるかの如く集結していた。
『ここで、国連より速報が入ってまいりました。 今日午後、国連軍は謎に包まれていたあの国の最高指導者、"クァンミョン委員長"の真実を激写したとのことです!! 委員長は、去年失踪した韓国のサム・サンチョ国防部長官を連れ去った張本人であり、瀕死になるまで危害を加えていたということが明らかとなりました。 また、国のトップとして、人として許されない差別的な発言、公然として行われてきた汚職の数々も明らかとなり、さらには今日の昼ごろ、委員長は都内の学園で女子学生3人の拉致をも計画したとのことです!! こちらが国連軍の映像となります!!』
次に、明智が編集した映像がプレビューされた。
都内に、全世界に響き渡るのはクァンミョン委員長のゲス発言。
『「貴様に餌は決して喰わせぬ。」
「その生意気な脚を切り落としてくれる。」
「遊んでいいのは王族だけだ。一生私に貢ぐことこそが非力な庶民の幸せだ。」
「血祭りにあげてやる。」
「生かすも殺すも私の気分次第。」
「美しさを失った女など必要ない。」
……』
たったの2分で、渋谷の交差点は地団太を踏む者、髪の毛をかきむしる者などであふれかえった。
もはや言葉として意味を成していない、”うわあああああああ…!!!!!”などという怒りの咆哮があらゆる場所で響き渡り、全世界で怒りの炎が燃え上がる。
6時ごろ…抗議しにきた都内の民衆らに囲まれながら、クァンミョン委員長は油を注がれた状態で護送車を装った特殊車両に乗せられようとしていた。
委員長は全ての権限を剥奪され、無期懲役になるという。
連行される直前、クロが大事な事を思い出して委員長を呼び止めた。
「おいゲス!!一つ確認したいことがあるんだ。お前はひょっとして、何かしらの方法で自分の遺伝子を後世に残そうなどと企てたりしてないか?」
「当然のことであろう。優秀な遺伝子を残すのは私の特権だからな。
なぜ貴様は最後にそんな事を聞くのだ?」
「そうか、それが分かって良かった。じゃあ俺の警告を真剣に聞け。
最後に言っておくが…お前は絶対に遺伝子を未来に残しては駄目だ。」
「何だと!?」
クロは委員長から引きちぎった髪の毛を片手に説明する。
「お前の遺伝子を検査した結果だよ!
俺のデータ解析によると、遠い未来、お前の特徴が強く残った雄の個体が万寿台に現れるぞ。そいつは美貌を駆使して『自分は神』と群衆に毎日すり込み、息を吐くように差別的発言を繰り返し、中国大陸に侵攻してこの世を滅ぼしかけることとなる。
だからこそ!!お前はこの代で滅びるべきなんだ。」
冷徹な真実をつきつけられた委員長はぎょっとした直後、それを認めたくない一心でクロを罵る。
「なっ…なんだ貴様、私の優秀な遺伝子を否定するだと!?
そんなのはこの私が認めん!!お前とは二度と会うものか!!!」
「そりゃ酷いな。未来に対して嫌な予感しかしない。」
罵詈雑言をぶちまける委員長はそのまま特殊車両に乗せられ、
独裁者逮捕に沸く市民らを後にしてどこかへ連行されていった。
そして翌日の昼下がり、端末準備室ではItafのメンバーが集まっていた。
机に並ぶのはタンドリーチキンやゼリー寄せをはじめとする御馳走の数々。
今日の活動は独裁者を逮捕して世界を救ったのを祝う打ち上げだった。
『今週のトピックです。全人類が心をひとつにして独裁者と戦い、
独裁国家だった"例のあの国"が真の民主主義国家になりました。』
喜ぶ民衆のVTRを見てクロがつぶやく。
「…本当だったら凄いな」
「ん、どうしたクロ?」
「いや…だってさあ、俺はまだ信じられないんだよ真也。
俺達が政府を相手取って無傷で生還したって事実が。
一時は本当に西川がさらわれちゃうかと危惧したんだからね。」
その台詞に、西川がいつもの穏やかな口調で答えた。
「ワタシはどこにもいきませんッスよクロセンパイ。
だって、人生の伴侶は向こうからやってくるもんじゃない。自分の力で見つけるものじゃないッスか。」
西川の隣では、ハニータルトを頬張るロレッタと明智が語り合う。
「あの時のあんた、最高にかっこよかったわよ?
なあ誠、良かったらこのあたいと付き合ってくれないかい?」
「ボクが能力を発揮できたのはロレッタが事の一部始終を録画したからだよねぇ?殆ど君の功績と言っても過言じゃないさ。
それと…付き合うっていう話は後でゆっくり考えさせてね…?」
ロレッタの猛烈なアタックにタジタジする明智だった。
次に、クロはその隣にいる霧乃に話をふってみた。
だが、霧乃の片腕には針が深々と刺さっており、後ろには点滴3袋が吊り下げられている…
「最後は霧乃に助けられたよ。あれ使ったらどんな敵も即死じゃないのかな。
だってさぁ、相手の恥を全世界にさらすんだよ!?最強だよね!!」
「あ、あの、クロさん。お願いですので、ビッグ・ブラザーに変身するのは昨日で最後にさせて下さい。アレ死ぬほど大変だったんですから…」
眉を八の字にして苦笑する霧乃。
この打ち上げにはItafメンバーだけでなく、新たな肩書きを手にした男、
サンチョ会長も同席していた。
「Itafの皆、危険を顧みず僕を助けてくれて本当にありがとう。
それだけじゃない。今回の件で日韓の関係も改善したんだ。
それに、能力に目覚めた僕はItaf韓国支部を開設して、そこのトップとして新たな人生を歩む事ができたぞ。
君達はまさしく人類の希望の光だよ。ありがとう!!!」
「ええねんお礼なんて!!! そんなことよりもサンチョ会長はん、わしに100万ウォンくれへん? あのバリアにはお金がいるんよ。」
「真白…お前あの委員長からお金もぎとったんだからもうやめときなさい。」
真白と有片、そして腰を抜かすサンチョ会長をよそに桃井はクロに尋ねる。
「ねえブラックさん、ちょっといい?」
「どうした桃井?」
「端末準備室の一角に置かれてたドヴラートフがいないんだけど、どこにやったの?」
クロは窓から空の彼方を仰いでいつもの笑みを浮かべる。
「あれかぁ!あれは宇宙に送ったよ。それも、俺の気遣いで"スプートニク1号"が
よく見える辺りにね。」
「送った…ってブラックさん、それ"葬った"ってことなの!?」
あのクロが自分の発明品を宇宙に葬る日がくるとは夢にも思わなかったItaf一同は驚きを隠せない。
「そうだよ桃井。それを決意させたのは昨日の夢なんだ。
こっから話がわりと長くなるけど、覚悟はいい?」
「いいよ~」
「今まで俺が見る夢ってのはな、大体が移植した脳細胞の残留思念に由来するものだったんだよ。
でも昨日見た夢は明らかに俺のものだった。夢にはドヴラートフが出てきてね。
"本当は宇宙葬を望んでいた。宇宙とひとつになって下界の全てを見下ろすのが夢だった"
っていう趣旨の話をしてきたんだ。
それで俺はその願いを突っぱねようとした。
『悪いけどできないよ。お前の肉体はナノレベルで破壊しちゃった。』って。
でもあいつ、無駄に頑固だから引き下がらなかったよ。あいつらしいよね…
『貴様が作ったあの"出来の悪い傀儡"で構わん!そいつを代わりに打ち上げよ』
って言われて、宇宙葬の願いを叶える約束を交わしたってワケ。
最後に、あいつはこう言ってたよ。
『存分に地球を引っ掻き回してから我輩のところに来るがいい。
その時が来たら、この我輩と心行くまで殺し合おうぞ。永遠にな!!』
俺はその言葉で午前1時ごろ目が覚めてね、そっから俺が作ったドヴラートフを自家製ロケットにくくりつけて一時間後に飛ばしたんだ。」
「おいクロ…いくらなんでもそれは気が早すぎると思うが?」
「今朝未明に一回とび起きるハメになったのはお前のせいだったんだな!」
「クロはん、ドヴラートフも夢が叶ってきっと今頃喜んでまっせ!」
「ブラックさんが元気になって良かったあ!」
「やっぱり笑顔がいちばんだお!」
クロの調子が戻ったことに安堵する一同。
しかし、それと同時にクロのスマホからけたたましい着信音が鳴った。
「クロだ。……えっ、マジで!?アンドロイドが宇宙空間で暴走!?ああ分かった、
ちょっと待ってろ!!」
クロはスマホを片手に荷物をまとめて何処かへ向かう準備を始める。
「待てクロ、お前どこに行く気だ?」
有片が一同を代表してクロに尋ねた。
「じゃあね、ちょっと宇宙に出張しなきゃいけない。惑星が8つ割れた…」
クロの調子が戻ることは、この世の運命が彼、あるいは彼女のさじ加減で
決められる日々の再来を意味する。
端末準備室から、Itaf一同が異口同音に放ったひとつの台詞が響いた…
「一番危険なのはお前だあ!!!」
好敵手と夢の中で約束を交わしたクロ。
いつもの笑みを浮かべ、熱い情熱を胸に、
今日もこの星の運命を徒に振り回すのであった。
fin.
設定資料
・韓国の国防部長官、サム・サンチョについて
高身長で温厚な良い人だが、虚弱体質の持ち主で冴えない男。
未就学児だった頃電車で痴漢に遭ったのが切っ掛けで、どんなに酷い事をされても、委員長から犬呼ばわりされても、黙って我慢するようになる。
※ちなみに韓国において相手を犬呼ばわりするのは最低の侮辱となる。
自分が能力を使える者だと知らずに30年間生きてきたが、西川の命を本気で救おうとしたことにより
同時に今まで抑え込んでいた感情が溢れたのがはずみとなって覚醒した。
そして、歪められた認知を元に戻して今までの惨めで卑屈な生き方にも休止符を打つことができた。
・【仮想念力】について
ホログラムを作る、実体化する、身体に纏って姿を変える等ができる能力。
最少の出力で立体映像、中程度の出力でくっきりとした形状を伴った電気エネルギー、最大出力で アクリルとガラスを足して二で割ったような材質の物体に性質が変化する。
能力発動時には瞳の光彩が発光し、黒地に電子回路を彷彿させるデザインの発光する装束を纏う。 性格、外見ともにシャープな印象になる。
【仮想念力】のエネルギー源は電波なので、いたるところでWi-fiが飛び交い、デバイスが溢れる都会では、どんな能力者が相手でも力で押せば大体勝てる。
しかし、この能力はあくまでも念力なので、たとえ電波が辺りに飛び交っていても能力所持者の心の持ちようで発現するかしないかは左右される。




