第7話:仮想念力と神の翠玉②
戦闘準備を終えたItafは厳重な警戒とともに校庭に下りた。
軍用機からもサングラスを掛けた白髪の美しい男性"クァンミョン委員長"が、丸眼鏡の冴えない男性に凄まじい暴力を振るいながら校庭に降りてきた。
血も涙もないその行為を目の当たりにして一同は委員長に対して怒りを滾らせた。
身分も、美貌の持ち主であることも、もはや関係ない。
「私の工作員が箱に詰められて太平洋沖に浮かんでた件は貴様の責任だ。今後一ヶ月貴様に餌は決して喰わせぬ。」
「そ…それ今週10回目…」
「この私が、太陽神の生まれ変わりであるこの私が悪いとでも言いたいのか?
犬の分際で!」
「痛い痛い痛い痛い!!!!」
「犬に痛覚などない。クロは何処だ、答えろ。」
「あの方…でございます…」
「あんなちびが、"神の翠玉"を?」
「あれえ、サンチョ国防部長官じゃないか!どうしてここに?」
クロが丸眼鏡の冴えない男性を見つけて手を振った。
男性の髪は少し焦げ付いており、Yシャツの裾から焼けただれた皮膚の一部を僅かに覗かせている。
「クロ、お前、韓国の国防部長官と知り合いなのか?」
「その通り。去年俺に軍備増強を依頼してきたのはサンチョだ。ていうか、こんなに痩せちまってどうしたんだ?この隣の白い奴がお前をこんなんにしたってか。」
サンチョと呼ばれた男性は喉の奥から必死で貧相な声を出す。
その貧相な声は国防部長官が置かれていた環境…
水をもらえず、四六時中殴られ、トウモロコシだけで生かされてきた劣悪な環境を
聞き手にありありと彷彿させた。
「クロさん…筋肉増強剤"ユーベリューム666"を委員長に献上するんだ…でなきゃ、僕は死…」
委員長が国防部長官の首を全力で締め上げて制止する。
「その口を閉じろ。貴様が話し込んでいい理由が何処にある?
何故貴様の方がこの私より高身長で無駄に目立つのだ?
覚悟せよ。帰ったらその生意気な脚を切り落としてくれるわ。」
国防部長官は死人のような表情で黙りこくる。
委員長は自らのドス黒さを隠すように口角を上げてクロを誘致し始めた。
…全くもって隠しきれていないが。
「失礼した。この男に関しては、頑丈な家と十分な待遇をやっているから何の心配も要らない…嗚呼、自己紹介が遅れたな。
我が名はクァンミョン。太陽神の生まれ変わりだ。
去年この男から、貴様が開発した"ユーベリューム666"の話を聞いて、貴様のような才のある者が日本にいるのは勿体無い事だと思ったのだ。 貴様が開発したそれは、人智を超える力を有する、まさに"神の翠玉"だからな。
どうだ、地上の楽園である我が国で働いてみないか?」
マズいな…と思いつつクロは口を開いた。
"ユーベリューム666"は韓国に渡して割とすぐ後にリコールが決まったのである。
その日、サンチョと連絡が取れなかったがクロは気にしなかったのだ。
なぜなら、サンチョはもともと病弱ですぐ寝込むからである。
彼らの様子から察するに、委員長は"ユーベリューム666"を渡してからリコールが決まるまでの間の日にサンチョを連れ去り、 目的のブツを自軍に配備する計画に付き合わせたらしかった。
「あー折角だけど俺はここにいるよ。それと、"ユーベリューム666"は韓国に渡してすぐ、違法薬物に指定されて回収を喰らったから駄目だ。使うと精神年齢が俺より下がる。」
「おい犬!!どういうことだ…」
「殴るな殴るな!!!サンチョのせいじゃない!!代わりに俺を殴れ!!俺を!!」
クロと委員長は掴み合いになった。
クロは委員長のサイドヘアーをにぎり締め、委員長はクロを叩きのめす。
委員長のあまりの無知さと野蛮さに真白は呆れつつあった。
「太陽神はん、あんたニュース見てまっか?"ユーベリューム666"が禁止されたのは国際的に有名な話やで?」
「車椅子の若者よ、私はそんなものに興味などない。なぜなら私は太陽神の生まれ変わりだからな。豪遊しても、贅沢しても、許される存在なのだ。 毎日温泉に行って、豪邸にウォータースライダーを建設して…そうそう、 昨日は桜の見える庭園で豪勢な食事をしたのだ。」
「し…知らなかった…だって、ずっと…仕事仕事って……」
「犬の貴様が知らなくて当然のことよ。遊んでいいのは神の力を持つ者、
つまりは王族だけだ。一生私に貢ぐことこそが、能力を持たぬ非力な庶民の幸せだと思わんかね? 話を戻すぞ。クロ、たとえ神の翠玉が麻薬の結晶であっても私はそれでも構わん。私が使う訳ではないからな。私の国で働くといい。我が国は貴様を歓迎するぞ。」
「Itafこそが俺の家だ。他の科学者を当たってくれ。」
それを聞いた委員長は、Itaf一同に聞こえない程度の小さな舌打ちをし、
今にも死んでしまいそうな国防部長官に命じた。
「おい犬、奴等の周囲に水を散布せよ。」
「はい…僕は犬でございます…」
「サンチョ、何をする気だ!?」
「すまない…クロさん…こうするほかないんだ…」
言われるがままに、軍用機に乗り込んで離陸した国防部長官は大量の水を鬼の如く落とした。
「ちょ、かかってる!!よせ!!ダイレクトにわしらにかかっとるやんけ!!」
「ワタシのヘッドホンが濡れたじゃないッスか!」
Itaf一同が騒ぎ立て始めたその時、白い光を帯びた委員長の右腕が、水を含みすぎてもはや沼になりかけている地表に掌底を打ち込む瞬間を彼らは目撃したが、気付いた頃にはもう手遅れだった。
太陽神の一撃で水は一斉に蒸発し、Itaf一同の視界を奪いにかかる。
蒸された都内から上空に向けて一本の太い白煙が昇竜の如く立ちのぼった。
「前が見えない!!」
「おい、何なんだよこの能力!?こいつは火を生成するんじゃなかったのか!?」
「イテッ!蹴られた」
取り囲む水蒸気が消え失せて視界が晴れた頃には、Itafのメンバーが一人捕らえられていた。
「まずい、西川が!!!」
「申し訳ないが、これにてこの女は人質となった。クロ、貴様がこの野蛮で何もない島国に残るというのなら、この間抜けな女を持ち帰ってくれよう。
そして、我が特権でこの女を私の后にするのだ。
時間はいくらでもくれてやるから、貴様の非力な友とじっくり考えることだな。
場合によっては全員血祭りにあげてやるぞ。」
軍用機は委員長、西川、国防部長官を乗せて、クロ達の手が届かない中空に浮上。
だが、こちらにも有利な事があった。クロの交渉により、Itaf一同は本部に一度引いて話し合う事が許されたのである。
さっきまであんなに晴れていた空には黒い雲が混ざり始めていた。
「マズいことになったぞ…」
「サンチョもかわいそうだよ!めっちゃ痩せてて、頭に燃やされた跡があったし…クァンミョンがいう”頑丈な家”ってそれ明らかに牢屋じゃん!!! あたしが同じ目に遭ったら確実に胃潰瘍になっちゃう!」
「俺もそれには同感だよ。でもさぁ、委員長が禿げてなかったのが唯一の救いだよね。」
「え、何で…」
「時代は進んだのさ。髪の毛一本で相手の全てが分かる。」
その時、検査終了のシグナルが点灯して、表計算ソフトに結果が出力される。
「これは俺が開発した対能力者用の遺伝子検査キット"bio domination"でね、検査のためにはやっぱ相手の体の一部が必要になるんだよ。
そこで、委員長の取り乱すと接近戦になる癖を利用して髪を引き千切ってやった。俺が大事な局面であえてラフにかまえる事で相手が激情するよう仕向けたんだよ。これで大丈夫。しかもだ、俺が考案した"メインの戦略"は確実に動いている。現に俺の友達ロレッタは今も俺の戦略に沿って動いてるよ。水面下でね!
データ解析によると、委員長は【万能閃光】の能力者で、特殊な免疫を持っているからノーリスクで熱を扱える。電気属性へのシフトも可能だ。」
相手の正体が特定できたが、彼らには一つの懸念があった。
「これで確かに委員長は倒せるが…問題は西川がさらわれたことだよなあ?」
「真也、厳密に言うとさらわれたのが女で、しかも西川であることが問題なんだよ。西川は一度委員長の美貌を思い切り直視して恍惚状態となった…つまり、不本意ながら脳内麻薬の味をシメてしまったから。」
「…ということは?」
「…"深みにハマって抜け出せなくなる"可能性も。」
不運な事に、クロの懸念は当たりつつあった。
委員長はクロを連れて行くのは勿論の事、本気で西川も后として連れて行こうと考えたらしく、機内でずっと西川に洗脳を施し続けていたのである。
ベタベタと触られ、至近距離で口説かれ、一曲踊りに付き合わされた西川は
委員長があの国の最高指導者だということも、最悪な人柄の持ち主だということも美貌に脳を汚染され続けたせいでもはやどうでもよい事となっていた。
「待ち遠しいッスよ!葉巻を購入して戻ったら、クァンミョン様はワタシとまた踊ってくださる!」
遠隔操作でホバリングする軍用機に乗っているのは、西川と国防部長官だけ。
この状況に至るまで国防部長官は、洗脳されまいと必死に抵抗する西川が徐々に
精神を侵されて行く痛ましい光景をずっと見せられていた…
「……あの…」
「何です?」
「あ…あの…ニシカワ…さん…どうか正気に戻って…」
ところが、狂った西川は国防部長官の弱々しい声を遮って反論する。
「狂ってるのはあんたでしょ長官サン。あのお方の魅力がなんで分からないの!?
あのお方に終始つきまとってたあなたが。頭おかしいッスよホントに。」
西川があの国の王妃になったらおしまいだ。
自分が見てきた真相を包み隠さず伝えれば心変わりするだろうと思い立った
国防部長官は死にかけの体に鞭打って無理やり声を張った。
「ニシカワさん、何であの国に王妃が不在か知っているのか?
委員長の判断で、"老けた"と思ったらその度に殺しているからだぞ!?」
「えっ…!?なっ…」
自らの鼓動が遅くなりつつあることは気付いていた。それでもなお
目の前で助けを必要としている者を、ひいてはこの世界を守りぬくため、
最後の力を振り絞り、西川の胸倉を掴みながら説得する。
「それに!僕が奴に"つきまとってた"だと!?ずっと奴の事は大嫌いだった!!!捕まって檻に入れられて、こんなに火傷を負わされた!!!君は奴に騙されてる!!!
目を覚ませ、君が奴の后になったらクロさんは奴を退けられなくなるんだ!!!!」
次の瞬間…ネオンブルーに光る電撃に似た何かが国防部長官の両腕から生み出され、
西川に直撃。
中空に留まる軍用機に残されたのは、動かなくなった国防部長官と、
その前で涙を流しうなだれる西川だった。
To be continued…
設定資料
・クァンミョン委員長について
北の"あの国"の最高指導者。
年齢は30~35歳、
ブロンドの混ざった白銀の長髪、黒の人民服、ミラーサングラスが特徴。
クロを自国に迎え入れる為に住所を特定、工作員を定期的に送り続けるも、クロが全員海に捨ててしまったせいで最後には底を尽きてしまう。
それでやむを得ずクロを直々に迎えに行くことを決意した。
・委員長がサブで保有する能力、【美貌】について
女性を確実に洗脳してしまう能力。
①【美貌】所持者の姿を見る②声を聴く③接触する④アイコンタクト
この条件のいずれかを満たした女性は脳内麻薬漬けになって正常な思考ができなくなり、【美貌】所持者のことしか愛せなくなる。
西川小雪の能力【数値操作】は脳内物質も自在に操作できるが、女性であるため能力を行使する間もなく委員長に洗脳された。
・【美貌】の弱点
何か別の強い刺激を受ける、あるいは【美貌】所持者の最悪な本性を目の当たりにすると洗脳状態が解除される。
この能力は最悪の人物に発現しやすい傾向にあるが、それがある意味でこの能力の唯一の穴となる。
逆に、【美貌】所持者の本性、蛮行の数々などを何も知らない状態で【美貌】を食らった人は確実に洗脳される。仮に洗脳が解かれたとしても、洗脳を受けた際の高揚感を覚えている為再び洗脳状態に陥りやすい。
また、4つの条件の中で単体ではアイコンタクトが最大出力となるが、同時に"致死率"が大幅に跳ね上がり、女性が時々死ぬ。
委員長がサングラスで目元を隠すのは確実に女性を生け捕りにするため。




