第2話:嘘とコインⅠ
汐ノ目学園の高等部が有する食堂は系列校でも指折りの規模を誇る、郊外から来店する学生すらいるという巨大フードコートである。
それ故に昼休みともなれば民族移動並みの人波が押し寄せるのは当然と言えた。
明智誠もまた生徒の濁流の一員、ではなく少し離れたベンチにて喧騒の傍観者に徹していた。
「皆難儀だねぇ……」
そんなことを呟きながら限定のコロッケパンを口へと運ぶ。
それは、その最中にて。
丁度偶然、雑踏に合った彼の焦点が1人の生徒の挙動を捉えていた。
不自然に手を伸ばす、一見して普通の青年の姿。
ほんの一瞬、その手が人混みを撫でるようにすくう。
じゃらり。何かを握りしめるような動作と、垣間見えた金属の輝きに明智は何かを直感する。
「さて、どうしたものかな……」
具の無くなったパンを口へと放り、彼は青年の背を追った。
◇
校舎の中腹に連なる研究棟、無彩色の廊下に足音だけが響いている。
なるほど人が集まる場所があるならばその逆もまた然りか。
足音を殺しつつ明智はそんなことを考えていた。
尾行開始より数分、彼の頭脳は予想に反して余り回ってはいない。
否、まだ必要でないのだ。そも相手の癖や証拠品が明らかになっていない以上は。
何より慎重になるべきは能力を看破しきれていないことにある。
―――こればっかりは後手後手だなぁ……見る限りじゃ物質透過を使った略奪の能力だろうけど……。
能力戦において最も重要なのは相手の特性を知ること。それがItafメンバーの共通認識となっている。
「相手を即死させる」「空間ごと抉り取る」そんな理不尽な力などざらに見てきたからこその教訓がある。
物をすり抜けるというだけでも内臓破壊などの例がある以上近接戦では分が悪く、現状は片手間でItafにメールを送ったきり。次の一手に迷っているという具合だった。
相手の能力に疑念が残るもののこの状況は足し引き出来そうにない。
―――仕方ない。他のメンバーが来るまで暫くつけて―――
若干開いた青年との距離を詰めるべく慎重に一歩、明智は踏み出した。
……ちゃりん
「誰がいる!!?」
「……ッ!?」
甲高い金属音もつかの間に、振り返った青年と視線が合う。
張り詰めた寸秒が明智を捉える刹那、しかして相手の目は泳いでいる。
―――おっと……保険が効いたらしいねぇ
この時依然として明智は青年に認識されてはいなかった。
2mもないこの距離にも関わらず、それを可能としてしまう。
明智誠の真価は既に発揮されていた。
【偽者の嘘】
彼は自らの能力名だけを言い、その他を積極的に明かそうとはしなかった。
『ただ捉えられ方をずらす、それだけだよ』
そも認識されてはいけない、なるべく意識の外側にあるべきものなのだと言って。
石ころの様にと言って。
自身に対する認識を阻害する効果により明智という名の情報は気配以外露呈していない。
そのはずだった。
瞬間、青年は右の拳を体の方へと引き寄せる。
若干大振りな体勢を経て、彼は握り締めていた何かを明智に向け投擲した。
◇
「……ッ!!」
咄嗟に構えた腕に傷を携えながら、明智は驚愕をする他なかった。
人間の無意識に介入しているにも関わらず、相手は的確な攻撃を成功させたのである。
「おう、そんな所にいやがったか……」
ただでさえ疑いを持たれているにも関わらず、一度能力の出力が乱れてしまえば為す術は無い。嘘とは儚いものである。
今や負傷により明智のステルスは完全に瓦解してしまっていた。
何故気付かれたのか。そんなことを考える余裕などあるはずも無い。
「それで? 透明人間がなんだって俺をつけていやがんだよ?」
向けられた疑念には明らかな憤り、そして微かな焦燥が混じっている様だった。
先ずは心と顔に平穏を。この程度のハプニングなど今までの修羅場の内にも入らないはず。
自らの本領である心理戦に移るべく明智は布石を置きにかかった。
「おっと驚かせてしまったね、申し訳ない。ボクは―――」
気圧されないようなるべくフランクに。
身振り手振りも交えようとする。
しかしそのいずれもが完遂されることは無かった。
「―――ちなみに、交渉の余地はあるかい?」
傷痕を眼下に、明智は青年に尋ねる。
彼の腕には大小様々な硬貨が浮き出、その皮膚を内側から切り裂かんと歪な金属音を立てていた。
「あん? ある訳が無えだろうがよ?」
◇
溢れ出た殺気とともに拳が繰り出される。
後方へ跳び回避する明智だったが腕の中の硬貨がその動きを邪魔してならない。
身体の芯を駆ける痛みに耐え、精神の奥底に眠る熱をもう一度呼び覚ます。
「……展開、【偽者の嘘】」
再び現実から脱しながらも明智は相手の勢いをそのままに青年の顎を蹴り上げた。
ひとまずは撤退を。未知の能力をくらったのみならず、付け入る隙が無い以上リスクを重ねるべきではないだろう。
膝から崩れていく青年を見据え明智は踵を返そうとする。まさにその時、
……ちゃりん
「……ッ!?」
あの金属音に違いなかった。
「ああ、そこにいやがるんだなぁ?」
踏みとどまった青年はその眼を見開き、浮かべた笑顔には凶暴さを添える。
懐に忍ばせた硬貨は視線の高さとなるよう精密に、しかして強肩に確かな殺意を込めて投擲された。
大幅に遅延してしまいましたね.....。早めに次話投稿したい今日この頃です。