第2話:プロローグのプロローグ/天音と真也 後編
開幕一番、即座に間を詰めた両者は互いに拳を乱れ放つ。
音も影も取り残される粒子速の世界にて殴打の波状が咲き誇る。
体内の時間諸共、その世界を真也は知覚出来る。
しかし一方で、空間を支配域に置く天音にはトップスピードとなった彼の攻撃を見る手立てが無い。
にも関わらず、数分は拳を交えるその状況に変わりは無い。
文字通りの一進一退、極めて対等な力量で戦いが展開されている。
────いや、見えているんじゃない。
────捕捉したのか、俺の手を!
一度照準を合わせた物ならば継続して距離を詰めたり空けたり出来る。
相手が弾丸だろうと加速能力者だろうと、その一切を撃ち落とす。
天音にとってはどれも些末な事だ。
戦況を鑑みて大きく後退する真也。
捕捉精度の低い背面に回り込むべく腰のモーターへと手を伸ばす。
その時、天音が真也に両掌を向ける。
何かを気取りその身を屈めた刹那、少年は背に走る冷たさに顔を歪めた。
同時に肩の辺りを高速ですり抜けた物体が自らの体に突き立てられた何かと知る。
天音が引き寄せ手にしたそれは、真也の背後、格納庫に積まれていた鉄のパイプだった。
真也が背中のパイプを引き抜こうとする間も無く、天音は手にした2本のパイプを突き放すようにして射出する。
引き寄せの際に奪った空間を戻すことにより、撃ち出された鉄パイプは音を振り切ったままに真也へと殺到する。
「────させるかっ!!」
しかし真也の挙動はそれらをも上回る。
背に回した手でパイプを引き抜く直後、横薙ぎの一閃を以て飛翔体を打ち払う。
「────あら、そーゆうのもお好みなのね?」
立て続けに鉄パイプを引き寄せた天音はそのまま手負いの真也へと振り下ろす。
その一撃を真也が躱し、今度は棒術による猛襲が繰り広げられる。
連なり響く金属音ですらも儚げに、桜花の如く散っていくのみ。
先程の殴り合いとの違いを挙げるとするならば、それは鉄パイプ自体がこの打ち合いに耐えきれずに溶融、長続きしないという点である。
◇
その後も戦いは続き、遂に真也は膝を着いてしまう。
疲弊の度合いでは天音と拮抗しているものの、やはり背中の傷は止血程度で誤魔化せるようなダメージではない。
制服の白を血で塗りつぶしながら、少年は戦いの終わりを予感する。
「流石だな、天音。ブランクなんて最早あったもんじゃない」
「過言ね、真也。それよりも構えなさいな。天音がライバルと認めた男は例え手足の一本や二本を捨てても戦いは捨てないはず、でしょ?」
「…………1つ訂正、『例え首が無くとも』だ」
三度交わる拳は多重の残像を残しながらも空を裂き、互いを蒼に染めていく。
またしても拮抗するかに思われた乱打戦だが今回は違った。
「────ようやく、効いてきたらしいな。許してくれ、こんな勝ち方しか出来なくて」
「構わないわ。そも天音が潰したいのは全力の真也だけ」
【絶対刹那】は瞬間を、届かぬ刹那に手を伸ばすもの。
この戦いを通して天音の手から時間を奪い続け、今や真也の速度に追随する者はいなくなっていた。
「────そこだッ!!」
【絶対虚空】の処理速度をも上回り、数瞬の隙を突いた一撃が天音の右肩を破壊する。
複雑骨折程度であれば破片同士の空間を奪って整形することは出来る。
しかしそれも真也の猛攻、暴虐の雨中ではままならない。
堪らず後方へと跳ぶ天音。
彼女がタイツを除く衣類を脱ぎ捨てると同時、その姿は積み荷の影に降り立つ前に消えてしまう。
「……この技、覚えてるかしら?」
「もちろん、忘れもしないさね。俺が最後に負けた時のやつだな」
声は聞こえどもその姿は見えず、かつての真也はステルスの全容も分からないまま襲撃事件に巻き込まれていた。
辺りに響く足音、吐息、破砕音────
少女の行方も知らぬ間に体に刻まれていく細やかな傷の線。
飛び交う金属片はどれもが弾丸と化している。
────どうやって隠れている?
空間を操る能力では無かったのか、苦痛に霞む思考へと問いただす。
────どうすれば見つけられる?
この格納庫の何処に、否、何処を叩くべきなのか。
折り重なる思案と否定の最中でもその意識は薄れていく。
その果てに────────真也はそれ以上の思考を止めた。
「…………そうか、分からなくてもいいんだ」
耳を澄まし、瞼を閉じる。
右斜め前方、1時の方向に金属音とは異なる、隔壁を蹴る音が1つ。
引き延ばされた時の中で、真也は己が持つ全てを投げ打つ。
それは音をも超える────神速の中で、いつしか彼は全ての可能性を体現した。
飽和した時間軸の中で生まれた分身はその場に在る全てを殴り伏せ、それが収まる頃には1人の少年へと収束していた。
天音と思しき人型が壁に叩き付けられ、戦いは区切りを迎える。
◇
「がッ……カフッ……! ハ、あはは───なぁに? まだそんなの隠してたんだ……?」
砕かれた四肢をだらりと下げ薄らな笑みを浮かべる天音。
その白亜の肌は反射の無い灰色に染まり、その身体も相まって壁から削り出された彫像と言われてもおかしくない程である。
「なるほど……相変わらず、お互い何でも有りだな……」
力尽き、その場に倒れながらも真也はステルスの正体を看破する。
自他との空間を奪う。
それは周囲の物質を引き寄せる行為である。
この格納庫に代表される塵や埃の多い空間、或いは砂や落葉の上でそれを行えばどうなるのか。
きっと今回の様に周囲の色にムラ無く同化し、影や音を誤魔化してしまったなら、その姿を捉えることは人身では不可能となるだろう。
それ故に真也の全方位攻撃という判断は正しいと言えた。
「あ───悔しいわね……あれだけ煽っておいてこのザマだもの」
さらさらと体から落ちていく塵を眺めながら天音は呟く。
常人ならば粉砕される程の殴打を喰らい、最早手足は言うことを聞かなくなっていた。
「…………いや、今回は引き分けにしてくれ。このまま立ったら、血が無くなりそうだ……」
しかして、それは真也も同じこと。
無数の傷を携えたその体は貧血に加えて金属中毒の症状も重なっていた。
「…………そうね、悔しいケドこれで天音の17勝15敗19引き分け────」
「おい待て……まさか不意討ちした時も勝ちにしてんのかよ?」
「? ええそうよ? だってホラ……背中って愛でるか蹴るかの二択よね?」
「前言撤回……やっぱ俺の勝ちだわ。何で負けたのか明日までに考えとけバーカ」
「あーもう耳に響く! リーダーがそんなんだから変態しか集まらないのよItafは!」
「確かにそうだなぁ!? だって1人いるもん、目の前に!」
朦朧とした意識の中でも2人の罵り合いは続いたという。
◇
「────とにかく、今は認めておくわ。第一階位は今も健在だってね」
「そりゃどうも……ごめんな、今まで迷惑かけて」
「だーかーらぁ! 気にしてないって言ってるでしょ…………それはそうと、どうするの? 天音たちこのままじゃ還元されるケド?」
「問題無い。あと数分で真白とニャーが迎えに来るさね」
「あら、それってあのサイドテールの娘? 身長は? 体重は? 性癖は?」
「やめろ、その可愛いければすぐ手を出していくスタイル!」
「────────嗚呼、まったく。お帰り、相棒?」
「ええ……ただいま」




