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第19話 能力者達の黄昏 後編



 その者が目覚めたとき、彼は既に多くを失っていた。



声も肉体も、己が何者であるかも分からず、ただ灯火の様な意識だけが荒野の風に晒されていた。無論行き先などあるはずもない。


そんな彼が持ち合わせていたものは、今は無き身体が芯から砕かれるような、「自分」という存在が消えていく感覚。そして、そこから湧き上がってくる異常なまでの死への恐怖、生への執着であった。




自己の消失を恐れた彼は最初に見つけた人間の体を奪い、ようやく大地を踏み締める。


本能的に、彼は己が如何なる存在か、如何なる異能を授かったかを悟っていたのだ。


それからというもの、彼は延々とユーラシアの大地を彷徨い続け、その間幾度と無く他者の体を使い捨てていった。


幸いにして、戦後の大陸は報われない魂魄に溢れ、それらを食らうことで彼はどうにかこの世に踏みとどまっていられた。


どれほど犠牲を払おうと気に留めず、食事と同義と割り切る。


全ては延命の為、「自分」という唯一無二の概念を手放さない為だった。




 ある時、彼は一人の魂魄を取り込んだ。


それはこれまでに無い程のエネルギーを内包し、彼に90年近い猶予をもたらした。


これこそが能力者という存在との邂逅、最効率の素材を知るきっかけとなる。




そんな彼が裏社会にいる中で極東のとある学園を知ったとき、やるべきことは既に確定していたと言えよう。




超常が集まるというその学園。


手始めに若き学長に憑いた後、彼はその手腕(カリスマ)を己が為に(ふる)っていく。


現実離れした力を悪用する者とそれを正義の名の下に狩る者、両者を争わせる構図を作り上げ、彼は自らの手を汚すことなく死者を製造する場所を得たのである。




多くの生徒が犠牲になる程に、彼という存在は生きながらえ、より強大に、より歪なものへと成長を重ねていく。


自身と世界の安寧を夢見て、積み重ねた矛盾から目を背け続ける。




永遠に生けるその意思は最早呪縛と化した。


畏怖される彼とその異能を、人は終わり無き哀歌―――【永久譜篇】(イモータル)と呼んだ。







―――だというのに。だというのに!! 何故この様なことが許される!?




【永久譜篇】、即ち藍川紫皇は自らの置かれた現状に惑いと憤りを感じていた。


彼は煩わしさの種である者達を間引こうとし、今まさにその者達からの猛反撃を受けているのだ。


ここ30年以上己が力を持て余し慢心した故か、凡百の能力者とばかりに他者の伸び代を侮っていたが故か。

何れにせよ確かなのは紫皇に尚も立ち向かう者達がいて、彼らは互角に程近い実力を発揮しつつあること、ただそれだけだった。







「―――つまり、『魂をエネルギーとして扱う能力』?」



それは数分前のこと、蛍が決死の反撃を繰り広げる最中にて。

屋上へと着地した真也と小手川は零より紫皇の正体、そして事の経緯を告げられる。



「はい。【永久譜篇】は溜め込んだ能力者の意思、並びにその力を熱や運動、自らの命にすらも転用出来るはずです」


「残機無限の幽霊とかチートじゃね?」


「おまいう」



紫皇の動向を気にしつつも零は冷静に続ける。



「厳密には無限でないと考えられます。燃費の良さ故に能力者を殺めるのですから」



そう言うと、零は床に手を着き徐に頭を下げた。

震えるような声色で、拭えぬ罪悪感に目を閉ざしながらも。



「私が、このような事を言うのは、図々しくも押付けがましいかと思います。最早償えないのかもしれません。......ですが、どうか今一度力をお貸し下さい。私はどのような代償をも払う所存です......ので、どうか、父を......解き放ってはいただけませんでしょうか......」



このような状況に置かれたが故か、かつて空白ばかりだった少女はこの時ようやく『人間らしさ』に満たされていた。

弱さを詳らかにした零に対し小手川は怪訝な口ぶりで問い質す。



「つまりアレか? 何でもする、だから助けろってことだろ?」


「............はい」



そう言って恐る恐る顔を上げた零の額に、突如として走る鋭い衝撃。

それは小手川のデコピンだった。



「なら俺から一つ。二度と自殺なんてするんじゃねーぞ? 真也、お前も何かあるか?」


「保険料―――は、経費で落ちるからいいや。後で奢ってくれれば結構だとも」




「...........承知致しました」




零は二人の申し出を快諾し、ようやく安堵の表情を浮かべるのだった。




 屋上の反対側では進行形で蛍の[王威]が流れるが如き剣技を展開している。


しかし紫皇の挙動が変化しつつあることは遠目から見て明らかであった。

彼方の戦場を見据える真也。補助モーターを再稼働させ、体を大きく前傾させる。



「..........なぁ小手川」



改まった様子の真也に対し小手川はそのフランクさを絶やさない。



「『出し惜しみ無し』だろどーせ? いいぜ、くれてやるよ」


「流石、話が早いな..........」



「ただし、身食いするようなマネだけはするな。お前はまだ生きてるんだからな」



それは小手川だからこそ言える言葉だった。



「ああ。もう二度と、な..........」



言葉の脱力と同時、真也は既にその場にはいなかった。


蒼き炎を拳に宿し音ですらも過去に取り残してしまう領域へ。

全ての畏怖をも捨て去った、その足取りを邪魔する者など最早いるはずも無かった。







―――何が、起こったというのだ。




 そして現在、状況は正しく一進一退を極めている。


縦横無尽に繰り出される拳と吹き荒ぶ焼却の波紋、それすらも越えて真也の連撃は確実に紫皇の動きに追随していた。




―――このような事が有り得ようか。




重ねに重ねた実力、幾重にも束ねたはずの力は如何なる者をも薙ぎ払ってきたはずだ。


この世の超常が集まる学園、その首魁たる自らこそが頂点に在るはずだ。


確固たる功績とその実力故に、紫皇の理解は及ばなかった。




―――何故倒れないのか。




たかが一振りの剣。たかが一つの拳。

自らを追い詰めるものの脆弱さにかつてないまでの憤りを覚える。


動揺こそ見せないが、紫皇を不死たらしめていた魂魄のストックは既に半分を切り、その圧倒的な火力にすら陰りが見え始めていた。




「―――そこですッ!!」




不意に、死線を越えた蛍の斬撃が紫皇の背を一閃。走り抜けた痛みは彼に久方の感覚を想起させる。それは紫皇が何より恐れたものであった。




――――――消えたく、ない......! 私はまだ............何も叶えていない!!




疼く逆鱗の存在を真也達は知る由も無かった。


【永久譜編】が持ち主を永遠のものへと作り変えていく、その真の所以すらも。


崩壊していく理性に溺れるように、紫皇の叫びは空を引き裂いた。




「――――――ッ!? これは..........!?」




響き渡る咆哮に耳を押さえる真也。


それと同時にItafを襲ったのは得体の知れない脱力感、そして明らかな周囲の異変であった。



「会長!! あれを!!」



後衛に控えていた小雪が示したのは彼方に広がる下界の町並み、汐ノ目地域を貫く通りにはぽつぽつと疎らな点が見える。


真也たちが目の当たりにしたそれは、倒れ伏した市民の姿であった。




目に見える異常はそれだけに止まらない。


前触れも無く地上から立ち込めた黒い霧が上空にて凝集し、叫び終えた紫皇へと落ちるように吸収されていく。

蠢く影のようなそれは絶えず輪転し、やがて禍々しい人型がそこに残された。

そこに藍川紫皇の面影など無く、形容し難い恐怖だけが形を得ているという様相。




ぬらり、と鎌首をもたげたそれは徐に両腕を振り上げる。


真白が零を障壁に収容すると同時、紫皇だった影は一思いに屋上を、旧校舎諸共に砕いてしまうのだった。







 墜ち往く瓦礫の最中、紫皇は己の身が為した光景に愉悦を感じていた。


窮地に立たされた彼の能力は今や覚醒し、既に完成に程近い形態へと達している。


【永久譜編】がもたらした異変は汐ノ目の町をその手中に誘いつつあった。




「やはり天運は私に傾いているらしいが..........それでも君は抗うのかね?」




紫皇が見下ろした先、降り注ぐコンクリート片の中に人影が揺れている。



「........何もしないよりかはマシ、ですから」


「長引かせるんじゃねぇぞ真也!!」




仲間達の思いを繋ぐべく瓦礫を足場に駆け上がっていく真也。


最大出力の【絶対刹那】は彼を空目掛けて加速させていく。




「何故立ち向かうというのか!? 君にとっての益とは些末なものではないのかね!?」




紫皇の放つそれは火球に非ず、飛び交う熱の潮流を真也は石辺を宛がいながらも掻い潜っていく。

散り乱れる灰と紫電は瞬く間に空を覆った。




「勝敗など今の私には無い! 『全ての無能力者の意識』をも接収した、私は運命を克服し得たというのに! それでも戦うか【絶対刹那】よ!!」




まだ見ぬ速度の世界にて真也は紫皇と再び拳を交えていく。


飛び散る蒼の光源を尚も握り締め、極限の攻防で真也は一歩も退かなかった。退けなかった。


負ける訳にいかないのは今の仲間だけでない、かつて失った日常の為でもある。


3年前、大切な人々をも守れなかった彼は知っている。




――――――あと一歩。人が失われるには一秒と掛からない。




だからこそ超えるのだ、眼前の敵を、かつての真也(じぶん)自身を。







 激戦の様子は地上に下りたItafメンバー達の目にも辛うじて映っていた。


ぶつかり合う黒風と蒼の閃光は時折拮抗しながら、互いの輝きを奪うように火花を生む。

残された虚像は瞳に焼き付きそうなまでに連なっていく。


それは神速と言うに相応しい決戦。

真也の壮絶な攻防を前に、彼を慕う者達は一同に声を上げる。



「会長先輩! キメてくださいよぉ、いつもみたいに!!」


「会長はーん、グローブはんも! 割り引いたるさかい気ぃ張ってやぁ?」


「町があんな事になるなんて........あれ? 小雪先輩、そういえばクロさんと桃井先輩はどこに......?」


「ん、あれ? そういえば屋上手前から見てないような? 崩壊に巻き込まれてなきゃいいんスけど......」







 クロは能力者などではない、普通の生き方を選べたはずの人間である。

しかし常人としての在り方を許さなかったのは彼、或いは彼女の驚異的な頭脳が故か。


否、自由を愛する心情であったのかもしれない。


人生を楽しむ為ならば全てを犠牲に出来る気でいた、そのはずなのに。

そんなクロがItafを選んだ理由があるとするならば、結局のところ誰よりも仲間を愛していたから、なのかもしれない。



「―――完了(コンプリート)。後は野となれ、ってね......」



 Itaf本部のデスク手前。意識の流出を止める手立てなど無く、クロは床に倒れ伏せていた。


しかし、彼或いは彼女が必死に伸ばした手は寸分の狂い無くそこにあった「祝砲」というスイッチに置かれていた。




「ブラックさんの頑張り、あたしがちゃんと見てたからね......」




意識を失ったクロを再び狼の背に乗せて、桃井はその場を後にした。







 汐ノ目の全てを知っているはずだった、藍川紫皇最大の誤算が音を立てて今動き出す。


学園のグラウンドを引き裂くようにして開口を果たす六連二基の発射台。

そこから放たれた銀色の飛翔体は空高く、今回は大きな弧を描く。

こうなってしまえば止めようは無く、後は自由落下に流されるのみ。




「その程度で効くとでも思ったか!!」




迫りくる飛翔体を目前に控え、紫皇は真也の体を余すところなく打ち貫いていく。


携えた傷から漏れ出でる蒼炎は【拳威無双】の浸蝕(ツケ)が回りきっている証拠であり、限界を意味するものだった。


追いつかれようとも引き離していく―――汐ノ目に生きとし生ける者達、その大半がこの先過ごすはずだった『時間』が圧縮された今、紫皇はその流れにすら囚われない存在へと成り果てていたのかもしれない。


硬直する真也、紫皇はここに勝利の確信を得る。




「終いだ......君に敬意を表そう【絶対刹那】。非常に残念だよ、君ほどの狂人を失うのは」




二人を貫くような軌道で突入する飛翔体を、最早紫皇は避ける気も無い。


余り有る命とたった1つの命。その差は歴然である。


コンマ数秒、爆ぜた炎は断末魔すらも飲み込む――――――








――――――そのはずであった。








――――――【絶対刹那】は瞬間を、届かぬ刹那を掴むもの。







真也の左手は、咄嗟に後方の飛翔体を受け止めていた。


彼の奪った『時間』はその右腕へと集い、その一撃を未踏の領域へと至らしめる。



全てが止まった世界で紫皇が見たもの、それは命の色に燃える拳と、果てを知らない空の蒼さであった。







「【永久譜編】、貴方は魂を取り込んでなどいません」




瓦礫の山に墜落した紫皇に零は餞別代わりに話しかけていた。




「............どういうことかね?」


「確かに貴方は戦いの中で覚醒し、結果として多くの人達を昏倒に至らしめたようです。ですがお忘れになられましたか、私の能力が如何に作用するかを」



零が取り出して見せたスマホにはこれまでにない量の文字が絶えず流れている。


その中には『―――あとはのとなれ』の一文が。



「......なるほど。私は最初から運に見放されていたらしい」




 【永久譜編】の犯した最大の誤算。それは『人の意思を受信する』能力、【青空電波】を持つ藍川零の父親に取り憑いた時点から始まっていたのかもしれない。




「今からこれらを全て送信します。クロ先輩もそれで目を覚ますはずです」


「そうかね............しかし、解せない。だとすれば、私があの時出した力は一体何だというのか?」


「私にも分かりかねますが、おそらくはそれが貴方という命の輝きなのではないでしょうか?」


「────────」


その胸に手を当てて温もりを感じるように、零は父の体に巣くう者へと語りかける。




「私は先輩や貴方と過ごす中で幾度か考えたのです。―――命とは限り有るからこそ意味があるのであって、それ故に人は何かを為そうと生きるのではないか、と。空気と同じで、いつでも身近にある、ありふれた物の価値を人は忘れてしまう―――不死身になったとき、人は命の尊さも忘れてしまうのではないのでしょうか」



「......ふむ。どうやら私は君に感謝をせねばならないようだ。その答えを聞けただけであっても、我が百年余りにとっての僥倖と言えよう」




紫皇の体からは木漏れ日のような光が昇り始めている。


人を食らい続けた、永遠のものと言われた呪縛にも果てが見えつつあった。




「............さて、どこかで聴いているのだろう【絶対刹那】? 私はここで終わりだが、近いうちに大乱の兆しが見えている。未来を繋げたくば我々を征することだ。


―――――――――ではさらばだ、零。私の生に意味をくれた者よ.....」




 紫皇は感慨深げに空を見上げる。いつの日かに見た大陸の空もまた同様に蒼かったのだと、不思議と死への恐怖も忘れ去ってしまっていた。


流れ往く雲に思いを馳せながら、藍川紫皇の体より名も無き魂、【永久譜編】はようやく輪廻へと還ったのだった。



次回で一章完結!! 参加してくださった作家方、そして何より読者の皆様のお陰です!

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