表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/90

第18話 能力者達の黄昏 前編


 Itafメンバー達が辿り着いたのは最後に探し残った場所、つまりは旧校舎の屋上だった。広大なコンクリートの空間で一行の目に最初に入ったのは手足を縛られた少女―――行方を眩ませていた藍川零に違いない。


遠目に見える彼女は肌にアザを浮かべ衰弱した様子で放られており、本来であれば誰もがすぐにでも駆け寄りたくなるような、そんな痛々しさがあった。


大所帯の足音に目を覚ましたのか、救助隊に気付いた零が体を捩る。



「皆さん......まさか、そんな......」



あまりに弱々しい声だった。

情をかける、というのが人本来の行動原理足り得る状況だろうが今回は勝手が違う。



「皆分かっているだろうが、旧校舎(ここ)は最初から最後までが罠だ。お前達は後方を頼む」


「会長、いいんスか......?」


「ああ。お前や明智はもう勘付いてただろうが、もう避けては通れまい」



そう言って真也は屋上へ一歩、踏み出した。



「......有片、先輩......?」



いるはずの無い真也と戸惑いを隠せない零、双方の距離はあらゆる意味で遠い。



「意外、だろうな? 3年も会長やってるといるんだよ、お前みたいな輩が」


「............傷の程は......大丈夫なのですか?」


「どうにか、な。傷口から時間を奪えば止血程度なら出来るさ」



その言葉に驚いたのは零だけでは無かった。



「あの、有片先輩? 【絶対刹那】って確か......」


「ゴメンな蛍? 『学内だけでしか使えない能力』と言ったが、もしかしなくとも嘘だ」




 Itafを率いて早3年、その中で真也は幾度かの暗殺を受けていた。

その中には裏切りによるものも少なくない。

2度目の刺殺未遂をくらった時点で彼は炙り出しも兼ねて『あたかも限定条件下で強力な能力を行使しているように振る舞う』、そんな作戦を思いついたのだった。




「ともかく、話は後で聞かせてもらおうか」



零の方へ真也が歩み寄ろうとした、否、行動を起こそうとしたまさにその時、



「―――先輩!! 逃げ──────」



そんな零の叫びをかき消すように、爆轟。

強烈な熱と爆風が辺りを包み込む。

ほんの一瞬の内に真也の足元と元来た階段、二箇所の爆発がItafを正確無比に襲ったのだ。


昇りゆく黒煙を前に為す術も無く、零は惨劇を眼に焼付ける覚悟をした。


しかし、その必要は無く、



「小手川! そっちは無事か!?」



塵や火の粉をも一蹴して、後方へと叫ぶ真也の姿があった。



「―――ッああ! 現在進行形でヤバいけどなあ!」



崩れた床から今にも落ちそうな真白の車椅子を支えつつ小手川が応える。


屋上へ続く階段が爆破されたことで本来ならば真也を除く後続のほとんどが焼死、或いは下階に叩き付けられているはずだった。


幸いにして、踊場が狭かったことで6人全員が真白の【経典不朽】の射程半径5mにまとまり、結果として彼女が咄嗟に展開した障壁に全員がすし詰め状態となっていた。



「あんグローブはん、もうちびっと上げてもらえまへん?」


「先輩だかんな!? 俺お前の先輩だかんな!!?」



嗚呼こんな状況だというのに、零には彼らの和気あいあいさが眩しかった。




 零はある男が怖かった。


すぐ近くに居ながら気持ちは遠い場所にいて、決して良好ではない関係であろうと零はどうにかして男の不器用さを理解しようとしていた。愛そうとしていた。


けれどいつの日かを境に、男が零を愛そうと言った。


そして、同時に見返りを求めた。


零はそれに従うがままに進学し、身を投げ、友を作り、そして裏切った。


その男は言うのだ。


「彼らは人を殺めなかった、私の意にそぐわなかった――――――――――――――故に、それは万死に値する」


運良く命を拾ったなら一歩でも逃げて欲しい、それが無垢な少女の願いだった。






「......ほう? それをかわすかね【絶対刹那】?」






その声は屋上の末端、給水タンクの方から聞こえた。


体勢を立て直すItafの前に、一歩――――――歩み出る異彩の人影。

その姿は正しく人々の願いで出来ており、望まれるべくして生まれ落ちた霊長の在り方。

汐ノ目の全ての知り、また汐ノ目の全てから知られる男。



「ご機嫌いかがかね、異能対策委員会(少年少女達)?」



その紳士は張り詰めた空気に似つかわしくない様相で笑ってみせる。


彼を目の当たりにした真也は対照的に顔をしかめ、そして言った。




「やはりあなたでしたか............学園長」




「学園長!?」


「............」



驚嘆の声を上げる者、逆に黙り込む者。


それぞれの反応に無理も無いと言える程に、その人物は意外な存在だった。




――――――汐ノ目学園系列校総務学園長兼理事長。


かつて一塊の学園を僅か10年足らずで巨大法人にまで成長させ、そして今日までに至る異能対策委員会の設立を進言した人物でもある。




 学園長は軽く会釈をし、感情の量れぬ視線でItafを、真也を、零を眺めていた。



「さて、私を知らない生徒達の為にも、ここは名乗るべきだろう。

――――――初めまして諸君。汐ノ目学園学長、藍川(あいかわ)()(おう)と言う。以後お見知り置きを」



それは、更なる衝撃だった。



「藍川.....やっぱりそういう事だったんスね......」



驚愕した者の後者側、暫く黙っていた小雪が口を開く。



「ケホッ、どういうこと......ですか?」



煙に咳き込む蛍の背を擦りながらも小雪は続ける。



「ん、初歩的なことッスよ? まずこれまでの事件、いつぞやかの電脳能力者がワタシ達の特性を知っていたことから、事の首謀者は学内の一定以上の役職、それも人を斡旋出来る立場の人間と分かるッス。

動機が分からない以上憶測程度なら山ほどなんスけど、そもそも零チャンが関わった時点でどれも確定。自分の娘を使うとか、正直反吐もいい所ッスよ」


「そんな............」



その頃の零は、罪悪感に顔を背けていた。




「それでも分からないのがあなたの意図だ。今までの刺客といい、さっきの爆発といい、何故あなたはItafを潰そうとした?」


「それに替えても残念だよ、零」


「あなたの学園とって我々は益ではないのですか?」


「ほら、父に顔を見せておくれ?」



話が嚙み合わない、それも病的なまでに。

学園長、藍川紫皇はまるでItafのメンバーなどいないかの様に、縛られた実の娘の方へ目線すら下げずに話している。

その様子は只ならぬ程の狂気を孕んでいた。



「おっと失礼、君の疑問に答えよう。私の目的だったかな? それこそ初歩的なことだよ。諸君は庭の手入れをするかね? 花に混じった雑草を間引いたことは?」



歩み寄ってくる紫皇に対峙し、真也は拳を握り直す。



「間引き、ですか」


「そう、間引きさ。端的に言うならば、諸君が不要となったのだよ」



そう言って、紫皇は右の掌をItafへと向けた。



「総員、防御を―――」



放たれた熱線に、今度は真也の声が掻き消されていく。







「―――ッぶねぇ......」


真白が再び展開した障壁を手で押さえながら真也は額の汗を拭う。


強烈な熱線の最中であっても真也が光の壁に触れることで一切の変形が無効化された、理論上無敵のシェルターにItafは守られていた。


ただ、1人を除いては。





「―――先輩方をどうする気ですか......?」



障壁の外にて、縄を解いた零は自らの父、紫皇に問うていた。



「言ったはずだろう、今度もまた間引くのだよ」


「『今度も』?」


「ああそうだ、知らないのも無理は無い。何せ最近でも2、3年前の話だ。私は異能対策委員会が片端から悪人を処理してくれることに期待していたが、どうも年によっては不殺を厳守する場合がある。そうなってしまえば致し方無い。やむを得ず私は定期的に、こうして人目につかぬようにして間引いてやらねばならないのだよ」



手から放出する熱線を強めながら、紫皇はさも仕方ないような口調で言った。



「......そうですか」



零は顔に表情こそ浮かべていなかったが、その口調はにわかに強くなっている。



「ともかく、私は貴方の言いつけを全てこなしました。例の約束を覚えていますか?」


「さて、何だったかな?」



紫皇は半ば嘲るようにして返す。

さすがに限界だった。



「とぼけるのもいい加減にしてください!! 貴方は言ったはず―――全ての後『父の体を返す』と!」



零が声を荒げたその時、強烈な衝撃波が彼女を襲った。

少女の体がフェンスに叩き付けられると同時、紫皇は冷ややかに言い放つ。




「すまないが、何だったかな?」




かつてないほどに、零は己を呪った。


最早目の前にいるのは父ですらない悪魔か怪物か、それに仲間と魂を売った自分は何たる罪人なのか。


言う事を聞かない体は彼女に怒りの拳を握ることさえ許してはくれない。



「やはりお前を潜入させて良かったよ零」



紫皇は左の掌を倒れ伏せた零へと向ける。



「何せ異能対策委員会(彼ら)に弱点が出来たのだから」





「――――――させるか!!」



開口一番、間一髪、迷うこと無く零を抱きかかえ熱線を回避する、そんな真也の姿があった。



「会長!? 何故来てしまったのですか!?」


「アホか!? それが助けてもらった人の言葉か!?」


「......す、すみません」




「おや、あちらの仲間を助けないで良いのかね?」



真也が持ち場を離れたことでItafを匿う真白の障壁は心なしか押され始めて見える。



「うーん? こらアカンわぁ、【経典不朽】の処理能力超えとるんちゃいまんの?」


「もう少し耐えてくれ真白! すぐに終わらせる......!」



裏切りの少女を背に、真也とItafの決戦が始まった。







「行くぞ小手川!!」


「あまり無理すんじゃねーぞ!!」



 肩越しに零が下を覗くと真也はその手に小手川を装備していた。


いつぞやかに見せた命をも削る一撃、それを出し惜しめない程に相手は未知で強大である。


4指を折り畳み、掌を相手に見せる、掌底の構えから真也は踏み切った。


紫皇はすかさず左手をかざす。


波の如く多重に広がった火炎混じりの衝撃を無理矢理左腕で打ち払い、反時計の回転をそのままに渾身の掌底を紫皇の胸目掛け炸裂させる。

手応えは十分、間違いなく必殺のはずである。


はずで、あった。



「――――――ッ!?」



しかして、紫皇は倒れず。



「嗚呼、多少はやるようだね。私も一度は死んだらしい」



そう言うや否や紫皇は凄まじい握力をもって真也の腕を掴み、予備動作すら無く彼を中空へと放り投げた。

【拳威無双】の影響下にあるというのに一切の抵抗すら許されること無く羽虫の如く払われていたのだ。しかし今となってはそれどころではない。


相当な高さまで投げ上げられた体が重力に逆らえるはずもなく、真也は零諸共急速に降下していく。


ひたすらに墜ちていく2人と1つに向け紫皇は再び手をかざす。

今度は溜めるように生成した火球の照準を絞り、熱の束は矢の如く放たれる。



「恨んでくれるな【絶対刹那】」





 さて、『二度あることは三度ある』そんな言葉の通り―――それどころか、この言葉が何度でも通用してしまうのがこのItafという群れの強さである。


そして、それが適用されるのは仲間の窮地。


まさしく今である。




「──────させません」




熱を切断する。


現実では有り得ないことをも成し得てしまう。


それは、Itaf(ここ)に主人公達が集うという証明に他ならない。



「―――先輩方、どうかお下がりください」



かの聖剣と共に、少年は覚醒の時を迎える。







「蛍、お前......!」



どうにか着地した真也が驚くのも無理はなかった。


一瞬、目の前に立つ騎士の背が蛍のものと気付かなかった為である。




 【幻想装備】メルヘンアーマー最大出力──────その名は[王威]。


騎士王伝説に語られるその力はまごうことなき1つの到達点に違いなかった。




10m程の距離を駆け抜けると同時、蛍は紫皇に対し水平斬りを見舞った。

武器の輝きは別として、それは決して非凡でない攻撃である。


紫皇は驚異的な動体視力にて剣を捉えつつも構えることはなく、一歩の後退から即座の反撃を期待していた。


しかしその当ては外れることとなる。


聖剣は紫皇の胸付近を通り過ぎたはず、にも関わらず紫皇のスーツには横一文字の傷が刻まれていたのだ。



「―――――!!?」



真也の時と同様に、致命傷とはならないまでも確かなダメージに紫皇は声無く驚愕せざるを得なかった。


続け様に振り下ろされる一刀に対しては慢心など無く、剣の軌道を掻い潜りつつも蛍の鎧から覗く首筋を狙う。


が、その時紫皇は確かに見た。


触れてすらいない刀身が血色に染まり、袈裟懸けの一閃が己を弾き飛ばす一部始終を。


これまでほんの一瞬の内、そして彼は気付いた。

これは蛍だけの能力ではない―――確かにいたはずなのだ、見逃していた平凡な能力を。







「......おっと、もう気付かれるとはねぇ?」


「言ってる場合ッスか明智クン!?」



小雪に揺さぶられながらも明智は不敵な笑みを崩さなかった。


真也と小手川のいなくなった障壁の中、自身が即興で組み上げた奇策がこうして成功していること、彼にとってそれは僥倖と言えるものだった。




 【偽者の嘘】(フェイカーライ)、そう名付けられたこの能力は長らく日の目を見ないでいた。


そもそれを意図した能力だからである。

自他に対する認識をずらす、視覚に依る者全てに正確な実像を見せないことで明智は隠密行動を得意としていた。


ではその力を他の物体―――例えば1人の剣士に適用し続ければどうなるのか。

それは間合いの駆け引きに特化した戦士の誕生を意味する。




「ワタシの能力で【偽者の嘘】(フェイカーライ)の射程を伸ばすまではいいッスけど............この先どうする気なんスか!?」



蛍による決死の連撃を遠目に、小雪は不安の音を漏らす。



「うーん、会長っぽくこれだけは言えるねぇ。『どうしようもないッ!』てね?」


「てね? じゃないッスよ!? となるともう――――――」



小雪の予想通り、蛍の急襲が非戦闘員達の後方支援に依るところが大きいと知れた以上、紫皇が彼らを倒さない理由は無くなる。


背後へと視線を向けた紫皇は蛍から距離を取り即座に後方へ、凄まじい速度で【経典不朽】の障壁へと接近してくる。



「ちょっ! 待っ―――」


「まぁまぁ落ち着きたまえよ?」



紫皇はその拳に熱を込め尚も加速、赤き残像は屋上に尾を引き一直線に小雪らを襲った。

思い通りにならない苛立ちに囚われた眼差しが揺らぐことは無い。


それ故に紫皇が障壁に向け右腕を振りかぶった刹那、彼は自身の背後に迫るもう一つの残像にようやく気付くのだった。


蒼き閃光を伴ったそれを誰もが初見で人とは思わなかったが、仲間を背に拳を繰り出すその姿に覚えの無い者など皆無である。


目にも止まらぬクロスカウンターを紫皇に食らわし、そしていつもの台詞をかます。



「─────させるかよ」



反撃が、始まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ