第17話:烈火の如き少女
「で、お前が三人目という訳でいいんだな?」
小手川が目の前の存在に問う。
旧校舎三階にて、Itafメンバーは一人の少女と対峙していた。
「そうじゃな、お主ら......あいたふとかいったかの? それを足止めしろと言われてな」
少女は古風な口調で答えた。
見た目は本当に年端もいかない少女。目は閉じていて視線も無く、
「そうか。で、俺たちがはいそうですかって待つタイプだと思うか?」
「まあ戦っても良いのじゃが.....今は興が乗らん」
「じゃあ何でここにいるのよー?」
と、桃井が当然の質問を返す。
「まあ仕事みたいなものじゃな。というわけで諦めるしかあるまい」
(戦う意思は無いが通す気もない、か............)
そんな中、明智誠が考え込む。
どうにかして無駄な争いを避けて通れないものかと。
ここまでの戦い、特に先ほどの戦いで皆の消耗は少なくなかった。
かといって小手川の言う通り止まる暇もない。
ともなれば......明智が思考を巡らせていた、正にその時、
「先手必勝、ってなあ!!」
言うが早いか、小手川が目の前の少女に突撃する。
「ちょ、小手川先輩!?」
この突撃も、小手川の考えあってのことである。
立ち振る舞いこそ大人だが、このような小さな少女をここに配置した。ということは、
この少女は何かとてつもない力を秘めている。彼はそう仮定したのだ。
「あちきは興が乗らんと言ったのじゃがな......仕方がないのう。」
少女はやれやれといった素振りを見せながら、突撃する鉄拳に対して右手に持った短刀を構える。
「人に有らぬ姿の者、お主は良い死に方が出来ぬぞ?」
そして、それを左腕にあてがった。
「おとなしくしろよっ!!」
小手川の掌が少女の首を掴もうとしたその瞬間、
「もしくは、もう死んでおるからそのような姿、といったところかのぅ」
少女は、自身の左腕を切断した。
◇
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
痛みに耐えられない叫び声が響く。
だが、その叫び声は小手川のものだった。
「なっ!?」
その場に居たItafメンバー全員が驚きを隠せなかった。
小手川が、全身を燃え上がらせて痛みに悶えていたのだ。
更に、彼らは一瞬にして炎の壁に囲まれていた。一切の退路も無い、四面楚歌とも言うべき状況が既に完成されている。
「なんじゃ、この程度の熱さも耐えられないとは」
少女も全身が炎上していた。
しかし小手川とは違いその表情は涼しげである。
「小手川先輩ッ!!」
いち早く我に返った蛍が駆け寄ろうとする。
「駄目だ霧乃君! 君も巻き込まれるぞ!」
明智が制止する。彼も目の前の状況に動揺していたが、判断は冷静だった。
「しょーがないなあっ!」
それを見たクロが、どこからか取り出した消火器を小手川にぶちまけた。
「リルッ!!」
そして桃井が素早くリルに命令し、小手川を回収させる。
呻く小手川に全員が駆け寄った。
「小手川先輩!しっかりしてください!」
「お前痛み感じにくいんじゃなかったのかー?」
各々が心配する(?)中、明智は少し離れた位置の少女を見やった。
「まさか、こんな大物が敵になってしまうとはね......」
「明智先輩、あの女の子のこと知ってるんですか?」
蛍が当然の疑問を示す。
「いや、僕も相対するのは初めてなんだけどね」
少し間を置いて明智が口を開く。
「あの少女は、霧乃君、君には馴染み深い人物かな」
「────アイツは君が前に戦った【五元将】の一角だ」
「! あの神薙先輩と同じ!」
蛍はプールでの激闘を思い出す。あの武人、神薙八重に匹敵する存在、それがこうして目の前に立ちはだかっていることを知って蛍が身を震わせる。
「少女のような見た目、全身発火能力、赤い和服......恐らく間違いないだろう」
一呼吸して、明智がその名を告げた。
「名前は、『不知火 華賀里』。五元将の中でも1,2を争う大物だ」
◇
「五元将の中で!? そんなの......」
「ああ、今の僕らには倒せない」
明智が答える。小手川の『とてつもない敵』という予想は間違ってはいなかった。
「ただ、予想出来ても対処できるような代物じゃなかっただけ、かな」
明智が後ろでぐったりしている小手川を見ながら呟く。
そして和服の少女......華賀里の方をもう一度見やった。
全身は赤い和服ごと煌々と燃え上がり、天井や壁まで火が届いている。
目は先ほどとは違いキッと開いていて、水晶体の奥すら燃え盛っているのが分かる。
そして左腕が二の腕からバッサリ斬られて、床に転がっている。
そんな状態で彼女は涼しげな表情だった。
どう考えても人間の所業じゃない。正真正銘の『化け物』。
「まさか.....ここまでとは」
死も覚悟しなければならないかも、という状況で華賀里が口を開いた。
「そんなに身構えるな、あちきにお主らを殺す気は無い」
「............どうしてそんなことが言える?」
警戒を崩さないで明智が問う。当然の疑問である。
「“あの男”からは、『時間を稼げ』としか言われておらぬ。生かすか殺すかは自由、ともな」
「ならば何故殺さない? 君にとっても“あの男”とやらにとっても僕らは障害の筈だろ?」
「何、理由は簡単じゃ」
「あちきはあの男のことは好かん。ただそれだけじゃ」
それが当然と言わんばかりにサラリと言いのける。
それは本当に“あの男”を嫌悪してるからなのか、はたまた「その気になればすぐに殺せる」という余裕の現れなのか、明智でも検討がつけられなかった。
それほどまでに、目の前で燃え盛る少女の力が未知数なのだ。
(…でも、このままの状況でいつまでも拘束されるのは危険だな…)
周りは高温の炎の壁で囲まれ、地獄のような暑さになっている。
こんな状況下で何時間も放置されたら解放されたときには既に全滅だろう。
「......一応聞くけど、小雪君」
「炎の温度が未知数すぎて、温度調節は無理ッスよ......」
「まあそうだろうねぇ......どうしたものかな」
明智自身、この高温にさらされていて思考能力が若干低下している。
万事休すかな、と明智が思い始めた―――その時だった。
「ほっ!」
軽い感じの掛け声とともに、一人の影が炎の壁を抜けてきたのである。
◇
「悪い、待たせた!」
現れたのは制服を着流した赤毛の青年―――有片真也その人だった。
「真也!? だいじょーぶだったの???」
「ああ、心配かけたなクロ。それに、皆も」
「............」
「ほう? お主は.........」
「会長先輩! アイツは危険です! 五元将の一角の────」
「『不知火 華賀里』だろ? 大丈夫だ、調べはついてる」
真也が華賀里に向き直る。
「さて、聞いた通りの能力だな? 正に反則級って奴か」
真也は周りを覆う炎の壁も気にしない素振りを見せる。
「......そういうお主は、あの男が言っていた『ぜったいなにがし』とかいう能力者であろう?」
「【絶対刹那】な」
「どうでもいいわい、それよりも......」
華賀里は真也を値踏みするように観察する。
一見して細身の、到底脅威になり得ない様な出で立ちの青年。
そんな彼女の目を引いたのは真也が腕に巻いた時計。絶えず回転していたそれは本来毎分動くはずの長針であった。
「さっきやってみた通り、加速した俺が走った場合少なからず『真空』が発生する」
「そのようじゃな? ......して、どうするという?」
「一ヶ所から重点的に、お前も酸素が薄くなれば能力が、でなくとも生物としての限界が来るはずだろう?」
「ふむ......しかして、それはお主も同じではないかの? 生物であるが故に燃える。否、『溶ける』はずじゃろう?」
「ああ、だから『共に消えるか』、『共に残るか』。どちらかを選ぶんだ」
華賀里の投げかける視線と重圧に、真也は面と向かって対峙する。
「お前がここを譲らないのなら」
「......どうする?」
「刺し違えてでもお前を倒す」
「......ほう?」
「そして、こいつらを確実に黒幕の下に送り届ける」
「......な、何言ってんだよ真也!」
「そ、そうですよ有片先輩!! また犠牲になるつもりですか!?」
「さて、どうするんだ?」
真也が華賀里に問う。
「............」
華賀里は真也の目をジッと見据えた。
(こやつ.......曇りのない目をしておる)
(しかして既に死んでおる、か......)
ほんの僅かな沈黙と熟視の後、先に視線を逸らしたのは華賀里であった。
床に転がった左腕を拾い上げながらも、
「終いじゃ、やはり興が乗らぬ」
華賀里がその腕を傷口に宛がうと同時、辺りを覆っていた炎は夢から覚める様に消え去り、跡には黒く焦げた廊下が残される。
「話が通じてくれて助かるよ」
「勘違いするでない。元よりあちきはあの男が好かんでな」
他のItafメンバーを一瞥し立ち去ろうとする華賀里。
真也とすれ違った刹那に、彼女はある言葉を残して行った。
「―――あの男も、人を捨てておるぞ」
◇
「小手川、無事か?」
「それはこっちの台詞だぜ真也? 全く無茶しやがってよ」
「いやぁ、ああでもしないと切り抜けられないと思ってさ?」
「............お前、今までどこ行ってやがった?」
「......死を偽装する必要があった、とだけ言っておく」
「ハッ、元から期待してなかったぜ。......それよりも、聴かせてもらおうじゃねぇか。気付いてんだろ、事件の真相ってヤツを?」
「それは、先に進めば分かるさ。きっと見た方が早い」
そう言って制服の上着を翻し真也は先を急ぐ。
やれやれと後を追う小手川、そしてItafのメンバー達。
この時の彼らは知る由も無かっただろう。
その先に待つ真実が如何程に残酷なものであるかを。
~「烈火の如き少女」 完~




