第1話:その名はItaf
都立汐ノ目学園。
都内某所に居を構えるこの五年制の学び舎は、広大な敷地と5千人を超える生徒、数多の系列校を抱える、一昔風に屈指のマンモス校と言っても過言ではない。
それほど巨大な学校には勿論多くの部活がある訳で、野球やサッカーといったメジャーなものから、果ては麺類研究会といった変り種まである。
その内の一角、『オカルト研究同好会』は中層階のパソコン準備室に陣取っていた。
◇
それは、とある日の放課後。
陽の届かぬ廊下を一人の青年が歩んでいる。
微かな赤毛と着流した制服を揺らし、人の気の無い踊り場に足音を響かせる。
彼が向かったパソコン室、の隣の部屋からは何やら賑やかな声が聞こえている。
「オッス。皆揃ってるか?」
扉の先に広がる10畳ばかりのリビングじみた部屋、そこはオカ研メンバーの怪しげな集い、もといスナック菓子が並べられたパーティーの真っ只中だった。
使い込まれたクリップボードには、ずばり『チキチキ☆新会員歓迎会』の文字が掲げられている。
「あ、有片先輩! お疲れ様です」
「ちょっと遅いんじゃないッスか会長?」
やんややんやと仲間達から迎えられた青年、有片真也は遅れを取り戻さんとばかりに音頭を執り始める。
「よーし? ある程度人数も揃ってることだし? 始めるか!」
あーこほん、と一呼吸。
「新メンバーもそうじゃない奴も、改めてようこそオカ研―――いや、Itafに。ぶっちゃけ危険な仕事なのにこの程度しか出来なくてすまない。 本ッ当にすまない!」
いきなり変なテンションかつ謝罪で切り出す真也。
「おっと? まさか会長先輩、その口上ボクらの時と同じですかねぇ?」
「あっバレた?」
後輩の指摘を真也はあっさりと認める。
すると続けざまにまた誰かが、
「ホントよく憶えてるッスよねー。誠クンってば前も寝癖の具合だけで偽者をグサーって」
「ハハ、そう言う小雪君こそ写真だけで犯人を当てること4回、だったかな?」
またまたぁ、と眼鏡の青年と茶髪の少女が談笑する。
「会長、そういえば例のグループの件は......?」
「問題無い。狙撃しといた」
「えげつないッスねぇ」
徐々に異様さを増していく会話は止まることを知らず、
「ねぇねぇ真也? ねぇってば!」
「ん? どうしたクロ?」
「お祝いってことはさぁ? 『祝砲』が必要だよね? ね?」
「んーそれはどういう――――――」
真也が怪訝な表情を浮かべると同時、小刻みな揺れがオカ研を襲った。
初期微動すらない縦揺れの最中、東京の空では謎の飛翔体が観測されていたという。
◇
まさに異質極まりない会話が飛び交う中、新入りの少女、もとい藍川零は混乱混じりにフリーズせざるを得なかった。
先日の事件の折にスカウトを受け、こうしてItafに身を置く彼女―――――――だったが、常識人にとって初回からこの有様は酷かった。流石に酷かった。
「おっとすまない、随分脱線したな!」
流石にこれ以上新規メンバーを置き去りにするのはマズイ、今となってようやく空気を読み始める先輩達。
「で、だ」
ようやく歓迎会、本題に入る。
「さっきも否定したように、この集まりはオカルト研究同好会を隠れ蓑にしているだけに過ぎない。皆も知っての通り、どういう訳だかこの学園内外には超常現象を行使出来る人間が集まるらしい。今も昔も。それこそ、クヌギの樹並みにな」
真也の言葉に再起した零はその目色を変える。
自分だけが抱えていると信じた幻想は身を投げようとしたあの日、とっくに打ち砕かれていたというのに。
「その大半が奇異の眼に気を払ってはいるんだが......何せ超常の力だ、当然悪用する奴もいる。滅茶苦茶いる。
――――――後は簡単な話。目には目を、能力には能力を。いわゆる能力者の保護、捕縛を管轄する治安維持組織―――それが『異能対策委員会』(Irregulars task force)、略称Itafってわけ」
真也によればこの団体は零が配属された実働班と情報収集を専門とする調査班、総勢30人を超す団体であり、歓迎会に来た面々など一握りの活気な部類、らしい。
そして特筆すべきはItafメンバーの9割が特殊な能力を有するという点である。
「早速だが各自自己紹介といこうか。俺の名は有片真也、4年で、一応この団体を仕切らせてもらっている。能力は―――零にはもう見せてるな? 『時間を奪う能力』だとも」
真也は辺りを見渡して、
「そんじゃ、時計回りでいいか? となると―――西川か」
首にヘッドホンをかけた茶髪の少女がはーい、と返事をする。
「どうも、ワタシの名前は西川小雪。能力は『いろんな数値を操作する能力』ッス。気軽に小雪先輩って呼んでくれてもいいッスよ~」
「じゃあ次はボクかな?」
小雪の次に出てきたのは、先ほど彼女と話していた眼鏡の青年だった。
「どうも、ボクは明智誠。能力は......まあ、そのうちにね。よろしくね藍川君?」
明智の隣に座っているのは長い三つ編みの少女とオオカミだった。
「あたし桃井玲奈! 気軽にモモイちゃんって呼んでもいいよ! あとこっちは相棒のリル! 能力はややこしいから今度説明するね! よろしく!」
桃井に続いた人物は全身を黒に固め、フードから覗かせた顔からもその性別は解せない。
「俺はクロ、賢人及びイノベーター66人分の知恵を持つ最強の”一般人”だよ。よろしく藍川!」
続いて出てきたのは、今年度に入ったばかりらしい少年(?)だった。
「えっと、霧乃蛍といいます......。本を読むのが好きで、能力は『自分が読んだことのある物語の主人公に変身する』能力で、【幻想装備】といいます。その、よろしくお願いします」
「そんでもって最後だ。能力名も決まってるなら頼む」
ようやくこの時が来た、自分にも居場所があるのだと、透明な少女は歩み出る。
「ご紹介に預かりました。藍川零、2年生です。能力は『携帯に思念を出力すること』で......名称はまだ......」
「思念系統......随分珍しいッスね?」
「名前はまぁ今度でもいいさね。俺みたいに指定称じゃないんだし。学園側も待ってくれるだろうよ」
「あの、有片先輩? 以前傷を治してくださった車椅子の方はいらしてないのですか?」
「あ―――そう、だな。真白の奴金が絡まない限り早々動かないんだよ」
未だ全容の知れないItafに思いを馳せる零だった。
「――――さて、これで今いるのは全員だな?」
と、真也が紹介を終えようとした時、
「ちょぉっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」
勢いよく掃除用具ロッカーが開き、中から何かが飛び出した。
「えっ、ちょっ手? 手、てが手で......え!?」
そこにいた、というより浮いていたそれは西洋甲冑の手先部分、つまりは籠手であった。
使い古された鋼板とそこから覗く赤地は歴戦の証ともハロウィンのそれとも取れる。
再び混乱しだす零とは対照に、真也は至極冷静だった。
「ああ、居たのか。ゴメン、普通に忘れてた」
「ひでぇ!?」
「ああ藍川、コイツは小手川。ここの備品だ」
「そして雑ぅ!!」
◇
「4年の先輩でしたか......。その、申し訳ありません......」
「まあ初見はそーなるのが普通だから気にすんなって」
「それにしても死んでから発現する能力ですか......」
小手川拳斗。彼は5年前に交通事故で死亡したのだが、紆余曲折を経てこのような姿で人生(?)を謳歌している。
「能力は俺を着けたら発動するドーピングみたいなもんって思ってくれ」
フランクに会話をする一方で、小手川は藍川零という人間を警戒せずにはいられなかった。
人生に絶望したのではなく自らの価値を確かめる為に身を投げる――――――己の死を越えた彼にとって零の行動は到底理解に苦しむものである。
◇
陽が暮れて尚続く歓迎会の途中、零は人知れずスマホを覗き込んでいた。
それはいつ如何なる場面であろうとも彼女が完全に他人に心を許したことはなく、常に疑念を持って生きてきたが故の行動である。
名も無き能力は早速端末の画面に文字を並べ終えていた。
『そろそろおひらきか』
『しんやしんやしんやしんやしんやしんやしんやしんやしんやしんやしんやしんや』
『あいかわくんののうりょく、きょうみぶかいな』
『かいものにでもさそってみるっすか?』
『そうだね、にちようはどうだい?』
『そうっすね』
────会話が成立してる!?
驚きのあまり電源を切ってしまったが、遅れて込み上げてきた失笑に口角を緩めざるをえない零であった。
◇
「そうか、潜入に成功したか」
「はい。これより逐次報告致します」
後日、学園の一室に零の姿はあった。
「くれぐれも怠るなよ」
「......はい。約束を守って頂けるのなら」
「ああ、分かっている。もう行くがいい」
「......失礼いたします」
部屋を後にしようとする零の背に、
「――――――期待しているぞ、零?」
その言葉は鎖のように重く、少女を繋いで離さなかった。