過去編:絶対刹那
過去編第二弾、主人公は有片真也、時系列は2017年2月某日となっております。
どうぞごゆるりとお楽しみください!
――――――もはや、終わりだ。
薄れゆく意識の中、有片真也はひたすらに絶望を覚えていた。
幾つもの糧をくれた先輩方は皆死に絶えた。
目の前にいた相棒ですら助けることは叶わず、少女の肢体が塵芥の様に転がることを許してしまったのだ。
あと一歩、人が傷付くのに刹那も要らない。
いったい何故──────よりにもよって真也は最後に残されたのか。
Itafでも最弱たる彼がこれほどまでに死の微睡を、波の如き別れを受ける必要があったのだろうか。
――――――嗚呼、簡単な話じゃないか。
――――――残ったんじゃなくて、残されたのだ。
――――――己の弱さが故に。
確かにItafが今回まみえた敵は人智を超えた、人の形をした怪物。
言うなれば最高存在の如く、その御業を何の躊躇いも無く唯殺戮の為だけに振るったのだ。
その正体を真也は分かりつつあった。
――――――『物体の時間を任意で止める能力』
目前の急襲者は停止した世界でItafの面々を一方的に撃破し、癒えない傷を作り、校舎を破壊した。
見えてしまったのだ。
残酷なことに【空の刹那】、高位能力への耐性を持つ真也ただ1人がその虐殺を知覚していた。
ただただ見ているしかなかったのだ。
自らの恩師、頼るべき仲間達の死を、憎き相棒の末路を、己の無意味な抵抗すらも。
敵が何かを言っている気がする。
おそらくは辞世の句の催促か、何にせよ真也にそんな力は残っていない。
そも上体すら上げられないのだから。
彼が最期に見たものは―――相棒の屍、迫りくる手刀、そして鮮やかな光の残渣を残す空の蒼さだった。
◇
―――で? 本当に、これで良いのかよ?
「............君は、誰だ?」
―――おいおい、質問に質問で返すのか?
「......良い、わけがない。結局俺は、最期まで何も出来なかったんだから」
―――そんなら話は早い、俺がお前を勝たせてやる。だから協力してくれ、っていう至極単純な話さね。
「なら尚更聞かせてくれ! 君は誰なんだ!? 俺はもう死んだんじゃないのか!?」
―――ああ、死んだとも。だけどそれじゃあ俺が困る。何よりお前だってこのままじゃあやるせないだろう?
―――あの敵はこの世界の法則を捻じ曲げ過ぎた。だからこそ全力で倒す必要がある。
―――それと、質問を返そうか。残念ながら俺に答えるような名前は無い──────ただし、人間は俺を『時間』と呼ぶらしいな?
「......なんだそりゃ」
―――ん、あまり驚かないんだな?
「なんかもう、訳が分からなくてさ」
「でも、一矢報えるのなら、これが『弱さ』への反抗になるなら―――教えてくれ、俺は何をすればいい?」
―――簡単さ。『時』に身を委ねればいい。
―――次に目を開けた時、俺はお前と共に在る。
◇
―――いったい、何が起こったという......?
それは時を止める能力者、名も無き急襲者の心情だった。
先程、ほんの数秒前、彼は確かにまだ息のあった少年と少女に止めの一撃を喰らわせた、その筈だったのだ。
しかし今、この瞬間ばかりは状況が違う。
あの少年の姿は数10m先、校庭の中央辺りに在る。
傷を携えた少女を抱きかかえながらも仲間の屍を見渡す、その瞳に生者の光は無く、その顔に表情は無い。
更に異様なことはその状態に至るまでの速度である。
地に伏せた体位から一切の区切り無く、まるで切れたテープを無理に継いだ様な、不自然なまでの現象に急襲者の男は一瞬動揺した。
しかしそれも一瞬。
今更高速移動能力などに目覚めたところで物体の時間を任意で、それも分子レベルで停止出来る彼にとって行動を伴うもの全てが無為に等しいのだから。
依頼の通りあの2人を潰し今期2016年度の異能対策委員会を崩壊させるのみ、急襲者も数秒ばかりは余裕であった。
ほんの、数秒ばかりは。
異変は少年の、その体から既に生じていた。
少女を横たわらせる彼の胸辺りから湧き出すように光の粒子が放たれ始めている。
それだけに止まらず同じ様な光の束は真也の背からも、6対の翼が形成されたその姿はかの熾天使を連想させる。
それと同時、時は再び止められた。
危機感に駆られたものの、急襲者は時の標本にされた少年を見て不敵に笑う。
そして、ようやく口を開く。
「なんと哀れな者か。俺に遭わねば無垢な弱者で在れたものを」
一歩、一歩、余裕を持って手刀を尖らす。
ふと眺めた少年の顔はこれから殺されるというのに微かに笑っている。
――――――............待て。待て! 待て!! おかしい、これはおかしいぞ!?
――――――俺は確かに能力を使った! まだ20秒、経っていないはず!
――――――では何故! 『表情が変わっている』!!?
「......俺は今、周りの物体から『時間』を奪い続けている......」
それは少年の言葉だった。
急襲者は辺りを見渡す。
未だ世界は停止している。それにも関わらずその少年の形をした未知は言葉を紡ぎ続ける。
「......同時に、常に『時間』を与え続けてもいる......」
「貴様ッ......!?」
「......そうすれば、否が応でも『時間の流れ』が出来るよな......?」
「黙れ黙れ黙れ!!!」
急襲者が拳を繰り出す。
と、同時にその手先は腕から消えていた。
否、少年の足元にガムの様にへばり付く肉片が見える。
「――――――ッ!!?」
時間停止が解けると共に急襲者は己の身に起きた事を理解する。
体を襲う強烈な下向きの重圧感。
本来有り得ないまでの重力場がピンポイントに生じているのだ。
思い出されるのは先程の言葉――――――『時間を奪い続け、与え続ける』。
強制的な時間の流れがあるのならば、重力加速もまた然り、なのだろうか。
しかして考える余裕など無い。
動かずともよいのだ。
報復に繰り出される左の突き、本体ならば到達する距離である。
―――本来は。
その天使は最早地上に在らず、中空に座して後光を放つ。
四方に伸びた光の羽は列を為す。
束ねられた虹彩の彼方に燃えるそれは宛ら星屑の如く。
放たれた輝きは、瞬く間に急襲者を飲み込んだ。
「くっ......この程度で俺がくたばると思っているのか......!!」
雪崩れ込む原子の光を止めながら、急襲者は歯を食いしばりひたすらに耐える。
まだ見ぬ反撃の頃を待ちながら。
その様子を見下ろし、天使は生まれたての十二翼を震わせた。
重力から解き放たれたその身を前傾し、自らを形作る全てを加速、往くべき軌道を見据え、そして空を駆ける。
地上の影さえついて来ることは能わず、また音をも置き去る神速。
彼の世界は残像となり、束線となり――――――やがて光が消えた。
更にその先は、人の言葉で形容することも叶わぬ極地、それは即ち一なる座である。
コンマにも満たぬ飛翔の末、天使の拳は急襲者を捉えた。
光をも超えた一撃は無論この世の物質が耐えられるはずもなく、敵を砕いて尚その衝撃は遠方のビル群を砕き、揺らし続ける。
◇
こうして、全てが終わった。
多く犠牲があった。
多くの死があった。
悲しい風の吹く校庭で1人、かつての少年は呟く。
「――――――この体も、この記憶も......全ては君が積み重ねてきた、大切な遺産だ」
「――――――ならば、俺は有片真也を名乗ろう。君の愛した居場所の為に」
眠ったような少女を抱え、真也となった少年は歩き出す。
例えその身が仮初めであろうと、残された時間が僅かだとしても──────構わない。
もう二度と仲間は失わない。
誓ったのだ。
もうその刹那は逃さない。
少年の成れの果てはその後幾度も世界を救うのだが、それはまた別の話である。