第14話:シアワセ⑤
「オイ!しっかりしろ!お前、なんでこんな…」
小手川は倒れた星奈に必死に呼びかける。
彼女の身体を抱えるが既にその息は浅く、体はボロボロになっていた。
「クソ、とりあえずアイツの…真白のとこに連れてかねぇと」
「その必要はあらしまへんで、グローブはん」
「え?」
小手川が振り返るとそこには、車いすの少女、真白がいた。
狼を伴った桃井と怪我が治った状態の真也も一緒だった。
「ま、真白!?どうしてお前が」
「どうやら、俺の予想は間違ってなかったみたいだな、小手川」
「お前が連れてきたのか、真也。いや、今はそれよりも」
小手川は真白の方を向いて言う。
「こいつの治療を頼む!もうこの状態じゃ…」
「ええけど、この怪我じゃ…結構高くつくで?ざっと10万くらいかな」
「おま、こんな状況で」
「後払いにしてるだけ感謝しいや」
そういうと真白は星奈の体に触れる。
真白の能力、【経典不朽】。不朽の銘の通り再生能力を持つ壁を張る能力…なのだが、その応用として他者の再生を行うことが出来る。だが、その分の負担も大きい。
「…ふう、とりあえず落ち着くとこまでは治しといたさかい、あとは病院で診てもろうてや」
◇
「…ッ!」
少女は目を覚ます。荒れ狂う自我を抑えつけて自分の命を絶とうとした。
だがこうして白い天井の部屋で白いベッドに寝かされている。ということは。
「あたし…死ねなかったのね」
「開口一番それかよ」
「!?」
声のした方向を振り向く。そこには先ほども見た籠手が浮いていた。
「あ、あんたは…」
「小手川拳斗、小手川でいい」
小手川はやれやれといった調子で続ける。
「単刀直入に聞くぞ、どうして自殺しようとしたんだ?」
「……あたしに潜む悪夢を終わらせたかったから」
「悪夢?」
星奈は【災害解封】の詳細、強い力によって自分の自我が支配されていたことを話す。
それを聞いた小手川は何ともいえないような唸り声を出す。
「ううん…つまりお前が抑えていた自我が俺たちが戦ったやつで、今のお前は水無月星奈本人ってことか」
「そうよ…あたしはあたしの能力に縛られていた」
「そしてお前はなんとか自分にシールを貼ってアイツの暴走を止める気だったと」
「ええ。それが最善策…あたしの責任の取り方よ」
自分のできる行動はそれだけだった、間違いが無かったと彼女は信じ切っていた。が、
「バカか、最善策どころか最低最悪の策だわ」
「えっ?」
彼からの返答は星奈の考えとまるで違っていた。
「お前は責任を取りたかったんじゃない、責任から逃れたかったんだよ」
「そ、そんなこと」
「ある。お前は自分の罪、呪われた能力から逃げたかった」
「う…」
小手川の追及に星奈は言葉を詰まらせる。
「…あんたにあたしの何が」
「わかるのかって?何も分かんねぇよ」
「だったら!」
「でも、お前が死ぬのは絶対に間違ってる」
「!」
人の命を大事にする小手川にとって、星奈の選択は許されないものだった。
「だって、あたしの能力は…」
「お前の能力が人の幸せを壊すものだったとしても、俺はお前を助ける」
「今回のように、大勢の人を巻き込んでも?」
「ああ。だってお前が死んだとしても大勢の幸せは取り戻せないからな」
「…それはそうだけど」
「お前の幸せを犠牲にして、得る者なんて何もないんだよ」
「あたしの…幸せ…」
「お前の過去に何があったのかは分からない。でもそこで幸せを失ったんならまた探せばいいんだよ」
「そんな風に割り切ることなんて、出来るはずが…」
「割り切れなんて言わない。過去を背負いながら生きていくことだって大事なことだ」
でも、と小手川は続ける。
「それでも幸せになれない訳じゃない、失ったらまたつかみ取ればいい」
「『幸せ』ってのはつかみ取るもんなんだよ、前のお前だってそうしてたんだろ?」
「……」
小手川の言葉が星奈にのしかかる。
「まあお前のことだ、療養中にゆっくり考えな」
「…どうしてあんた…小手川先輩はそこまで」
「まあ、それは気にすんなって」
その時、廊下を歩く靴の音が近づいてきた。
「おっと、見回りかなんかか?とりあえず俺はそろそろお暇させてもらうぜ」
小手川は病室の窓を開ける。
「ちょ、ちょっと」
「最後に1つ。お前が幸せを探すっていうなら俺たちも手伝うからな」
「えっ?」
「そんときはオカ研でなー」
そういうと小手川は夜の闇に消えていった。
それとほぼ同時に病室の窓が開く。
「失礼しまー…あれ、水無月さんが…」
「(あたしの…幸せ…)」
星奈は心の中で迷いを捨てきれずにいた。
「オカ研、行ってみようかな」
◇
「…ってのが今回の事件の顛末なわけだ」
「成程な、能力による凶暴化、か…」
小手川はItafで今回の事件の真相、すなわち星奈の能力について報告していた。
もっとも、この場には真也と零と蛍と爆睡している桃井しかいないのだが。
「とりあえずご苦労だ小手川」
「まあ、俺含めて皆だけどな、今回のはチート臭い敵だったし」
「でも。能力に自我を乗っ取られる、ですか…考えたくもないですね」
蛍が恐怖に身を震わせる。
「ま、もしもの時は俺がぶん殴って目覚ましてやるから安心しろって」
「それ何も安心できないですよね?」
零の鋭いツッコミで場が和んだところで部室のドアが開く。
そこには車いすに座った少女がいた。
「げ」
「あ、真白先輩。こんにちは」
「珍しいな、お前が来るなんて」
「そりゃ、そこに滞納者がいるさかい、取立てに来たんや」
そういって真白は小手川を指さす。
「で、グローブはん。約束の10万は持ってきたんやろなぁ?」
「お、オイ待て、一旦落ち着こうじゃないか」
真白は小手川との距離を詰めていく。
「それとも、その籠手で支払ってもらってもええんやで?」
「お前最初っからそれが狙いだったろ!!」
「知りへんなぁ?」
「勘弁してくれぇぇぇぇぇぇ!!」
小手川は真白の上を通り抜け、部室を飛び出した。
「逃がしまへんで、グローブはん!」
真白も車いすで出していい速度を超えて小手川を追いかける。
「オイ!お前らが出るのはマズいだろ!!」
真也も慌てて後を追った。
その様子を見て蛍と零は苦笑いを浮かべるのだった。
~シアワセ 完~
(ちなみに代金はItafの資金から支払われました)