第13話:シアワセ④
「さて、今回の首尾を纏めようか」
「……」
黒いフードの少女を逃がしてしまった翌日、Itafの面々は重い雰囲気で会議を始める。
今日は藍川零は来ていなかった。
「クッソ、すまねぇ真也、俺がついてながら」
「それはもういいってさっき言っただろ?振り返るより先を見ないとだ」
「そうです、ね…ってて」
「オイ明智、無理すんなよ?まあ俺のせいなんだけど」
自責の念に苛まれる小手川と案の定筋肉痛を引き起こした明智を気遣いながら、真也は明智が新たにまとめてくれたレポートを確認する。
「『対象はシールによって振動を引き起こす能力と判断、しかし、逃走の際にシールから炎を噴出する様子も見られた』か…河名、どう思う?」
「そうですね、この能力…シールに物理現象を記憶させるということでしょうか」
夏休みにも関わらず緊急ミーティングに参加してくれた少女、河名水鳥が答える。
「俺もそう思った。振動を引き起こす能力、発動まで時間がかかるという予想は2割当たりだったというとこか」
「まさか貼るだけで即発動可能な能力だったなんて、僕も霧乃君も驚きだったねぇ」
「はい、それなのにシール1枚で物凄い揺れを引き起こしていました…」
自分も兵士たちも身動きをとることすら難しいほどの揺れだったと蛍は話す。
「で、小手川もそのシールを貼られた、と」
「ああ…内側から強く揺さぶられたように感じた」
「すごい音なってましたよね、カタカタカタって」
「なるほどな、これは面倒な能力だ」
「能力もそうだけど、犯人は誰なんでしょう…高校生くらいの女性ということしかわかりませんし」
霧乃蛍が当然の疑問を言いのける。だが、真也から返ってきた言葉は意外なものだった。
「ああ、犯人の目星ならついてるぞ?」
「ええ!?」
「それに能力もだいたい理解した」
「早っ!?」
「い、一体誰なんだよ!?凶悪犯は!!」
「それについては河名に調べてもらっておいた、データ頼めるか?」
「ああ、あの人のですか?分かりました」
そういって水鳥はPCにデータを打ち込み、学園の生徒名簿を開く。
そして、一人の少女のデータを導き出した。
それと同時に、小手川が驚きの声を漏らす。
「ああー!!コイツってあの時の!?」
◇
かくしてItafは明日から少女の捜索に乗り出す方針を立て、家路につこうとした。だが、
「!先輩!あの人!!」
最後に帰ろうとした真也と蛍は昇降口で邂逅、いや再会を果たしてしまう。
「まさかあんたの方から現れるなんてな…『水無月 星奈』」
「……」
事件の犯人の名を呼び、自分が既に特定された後であることを伝える。
「夏休みのこんな時間にここで待ってるってことは、大方俺たちを抹殺しにきたってとこか?」
「……」
少女…水無月星奈は何も答えない。というか様子がおかしい。
「疑問には思わないのか?俺たちがなぜ分かったのか、とかさ」
「…どうでもいい」
「え?」
「だってお前らは消えちまうんだからな!!」
本性を露わにした星奈は素早く右手に軍手をはめ、掌にシールを貼る。
そこには『炎』の文字が刻まれていた。
「!霧乃!!」
「わっ!!」
真也はとっさに隣にいた蛍を押し倒す。
その直後、真也の背中を熱いものが覆う。
「くっ!」
「有片先輩!!」
制服が燃えるギリギリで躱すことに成功するも、腕に少々火傷を負ってしまう。
「霧乃!俺のことはいい!アイツらを呼んで来い!」
切羽詰まった様子で真也は蛍に指示を出す。
「わ、分かりました!」
返事を返した蛍は、端末準備室に向けて走り出した。
◇
「にしても驚きだぜ、まさかあの女が犯人だったとは…」
小手川は既に暗い端末準備室の掃除ロッカーの中、彼の特等席で一人物思いにふけっていた。が、その扉が勢いよく開かれる。
「あれー、こてじゃん。今日は残ってんだね」
「お前なー、せめてノックとかしろよ、桃井」
開けてきたのは、この端末室の下、先ほどまで自分たちも居たItafのオペレーションルームを居住地にしている謎の少女、桃井玲奈だった。
「いーじゃん、人間のプライバシーとかないんだしさ。で、何やってんの?」
「サラッと酷いこと言うなよ…俺は明日犯人をとっちめるためにデータの整理してんだよ」
「え?犯人見つかったの?やったじゃん」
「いやお前も今日は…寝てたな、そういや」
「てへ☆」
「てへ☆、じゃねぇよ。ったく、しょうがねえな」
小手川は今日の会議で話したことを粗方説明する。
「へー、こんな普通そうな女の子が犯人なんだ」
「人は見かけによらねぇんだよ。こいつは大量殺人未遂犯だ、ぜってぇ許せねぇ」
「こて、こういう人の命弄ぶ奴嫌いだもんねー」
「しかも聞いてくれよ桃井、コイツ『事件の時最後に助けた女』なんだぜ?」
小手川が驚きと落胆を露わにして話す。
「屋上駐車場に行くところで足切ってて動けなくなっててよ、てっきり被害者って思うじゃん!あそこで捕縛出来ればって後悔が酷いぜ…」
「そっかぁ…そういやなんでその子が犯人ってわかったの?」
「ああ、それは真也が既に怪しいって思ってたらしいんだよ」
小手川は真也の推理を思い出しながら説明する。
~先ほどのオペレーションルームにて~
『この時の4階の屋上駐車場は改装工事で使用禁止だったんだよ』
『え、マジで??』
『だからあの時間に4階に車も運転出来ない女子高生がいるのはおかしいだろ?』
『で、でもそれだけで犯人って決めつけるのは…早すぎませんか?』
『いや、もう一つある。小手川、あの時水無月星奈が最初になんて言ったか覚えてるか?』
『えっと…あなた方は?だっけ…あっ!』
『なるほど、そういうことですか、会長先輩』
『え、何が分かったんです??』
霧乃蛍だけが分からないと首をひねる。
『霧乃、あの時俺は小手川を着けて一人で救出を行ったんだ。だから、あなた方って反応はおかしいんだ』
『た、確かに』
『だからあの時水無月は、小手川の存在を認知していた。普通の人間なら籠手を着けただけ俺のことしか認知できないはずなのにな』
つまりだ、と真也が一呼吸おいて話す。
『水無月は、どういう原理かは分からんが精神エネルギーを二つ読み取ったのさ』
『そして俺たちに見つかった際に気が動転してボロを出したってとこか』
『そのとおり。とりあえず重要参考人として明日探し出して取り調べを行う』
「…といった感じだ」
「なぁるほどねぇ」
桃井が納得した、というような表情になる。
その時、端末室の扉が勢いよく開かれた。
「こ、小手川先輩!!桃井先輩!!」
「あれ、けいくんじゃん、どしたのそんなに慌てて」
「た、大変なんです!有片先輩が!」
「…なんだと!!??」
「あっ、こて!待ってよー。けいくんは休んでなね」
蛍が手短に説明すると、小手川と桃井が飛び出していった。
◇
「っく!!」
「ほら!次は足元っ!」
「うおっ!?」
負傷した右腕を庇いながら、真也は未だ全貌が見えない能力相手に苦戦を強いられていた。
「クソッ、次から次へと…」
「なんで本気を出さないのかは知らねぇけど、ここで始末してやるよ!!」
救出された時とは違い、星奈は獰猛な感情をむき出しにして襲い掛かってくる。
場所を所々に移しながら戦い、校庭の端まで来ていた。
真也の【絶対刹那】は強力が故に並大抵の人間に全力を出してはいけない。
が、出力を落とせば星奈の強力で隙のない【災害解封】に翻弄されてしまう。
素の身体能力が低い真也は、腰のモーターを稼働させて何とか星奈のウエストポーチに手を伸ばそうとするがその前に地震の足止めや猛火の壁に阻まれてしまう。
「っ!!」
「届かねぇよ、てめぇの速さじゃなぁ!!」
だがこのタイミングで真也は、心の中で小手川に謝った。
「(小手川、コイツを…五体満足で返せないかもしれない)」
そして真也は、一呼吸おいてから、【絶対刹那】の出力を上げようとする。が
「オラァ!!」
「っな!?てめぇは!!」
「待ってたぜ、てめぇを…人の命を弄ぶ外道を成敗できる時をなぁ!!」
星奈に猛突進したのは小手川だった。
真也の姿を見据えると、素早く近寄る。
「わりぃ、待たせた。やりすぎてないよな?」
「ああ、出来るだけ力は抑えた。そしたらこのザマだ」
「チッ、アイツの能力か…すまねぇな真也、もうちょっと頼めるか?」
「ああ…行くぞ小手川」
そういうと真也は小手川を装着する。
その途端、真也は青いオーラに包まれた。
「ちょっと負担かけるけど、最大出力で行くぜ!」
◇
「たかが籠手が調子に乗んじゃねぇ!」
「うるせぇこの人でなしが!さっさとお縄に付きやがれ!!」
「(うるさい…)」
罵倒が飛び交う中、小手川の拳が星奈のポーチに伸びる。
「掴んだッ!!」
それを思いっきり引きちぎろうとした瞬間
「うわぁ!?」
ポーチから大量の水が流れてきて押し流された。
「っ、これもシールの力か?何でもありだな」
「冥土の土産に教えてやんよ、オレの能力は」
「わかってるよ、『災害をシールに封じ込める能力』だろ?」
能力を言い当てられ、星奈は驚く。
「へぇ、オレの個人情報だけじゃなくて能力まで調べてんのか」
「調べずとも見ればわかる、強大な能力だということも」
「今まで見てきたのは『地震』、『火事』、そして今のは『津波』ってことかよ」
「その通り、そしてこんなのもあるぜぇ!!」
そういうと星奈は真也に突撃する。
「そっちから隙を晒すなん、てっ!?」
拳がまたもやポーチを捉えるが、するりと躱されて懐に潜り込まれる。
そして真也の首元を捉え、一枚のシールを貼り付けた。
そこには一つ『雷』という文字。
「なっ!?」
それと同時に真也の上空に暗雲が立ち込めた。比喩ではなく物理的に。
「おい真也っ、それを外せ!!」
「くっ駄目だ!この粘着力、能力の影響か!」
「その通り、それに剥がしたって無駄だぜ?」
真也は急速で離脱しようとするがもう遅い。
「駄目だっ、間に合わない!」
「真也!!」
装着者、有片真也の危機を確認した小手川はすぐさま真也の手から外れる。
そして暗雲と真也の間に小手川が立ちはだかる。その直後、
「おおおっ!」
「小手川っ!!」
轟音と閃光を放ちながら小手川に落雷が直撃した。
「っ危ねぇ、これが真也に当たってた、ら…!?」
閃光によって視界がやられない小手川は確かに目撃した。
目を覆う真也に、星奈が猛突進していたのだ。
「真也!!これも罠だ!!奴が来てる!!」
そう小手川が注意するが、もう遅い。
星奈は目を塞ぐ真也の制服のシャツに手を入れ、直にシールを貼った。
書いてあるのは『地』の文字。地震を引き起こすシールだ。
「ガハッ!!」
内臓が勢いよく揺さぶられ、肺の空気が吐きだされる。
体内の時間を止めることで大事は免れたもののダメージが酷い。
「真也ッ!!」
「へっ、まずは一人っ!」
その時、小手川より遅れ狼に乗った桃井が到着する。
「こ、こんなとこに居た…あっ、兄貴?どーしたの!?」
「ちょうどいい!桃井!真也をアイツのとこに連れてってくれ!こっからは俺がどうにかする!!」
「よ、よくわかんないけどわかった!リル!行くよ!」
桃井が狼のリルに真也を乗せ、その場を離脱する。
「…追わないんだな」
「てめえ如きに時間はかけねぇよ」
「そうかよっ!!」
星奈と小手川の1対1の決戦が始まった。
「ォラア!」
小手川の拳が脇腹を狙う。が、それも近距離からの炎の壁、水のカーテンに阻まれる。
それに加えて反撃にシールを貼り付けられ、小手川の体は炎上、雷撃、はたまた水に飲みこまれ、痛みこそ感じないものの確実に限界に近づいていた。
「ックソ!!」
「てめぇもこれで終わりだ!!」
星奈のシールが迫る…が、その腕は小手川には届かなかった。
「…え?」
「がっ、こんな時に、て、めぇ…!!」
星奈は、数歩先でうずくまっていた。どうも様子がおかしい。
何か、自分の中から出てくるものに苦しんでいるようだった。
「カッ…クソが、今は出てくるんじゃねぇ…」
必死に自分の中から出てくる存在を抑えつける星奈。
だが、その右手はポーチへと伸びる。
「!させるか!!」
小手川は素早くポーチに飛びつこうとするも、星奈は既にシールをとっていた。
「(まさか逃げる気か?あの状態で…)」
小手川は最悪の事態を察しポーチを投げ捨てて星奈に飛びかかろうとする。
だが、答えはもっと、少なくとも小手川拳斗にとっては最悪のものになった。
「なっ、まさか!!やめ」
間に合わない。
星奈の手は自分の胸元へと伸びる。
そして、シールが貼られた。
星奈の体が大きく痙攣する。
真也とは違う、彼女は強力な能力を持っていても本体は一般人だった。
そして地面に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなった。
「ウソ…だろ」
決着はアッサリと、思いもよらぬ形でついた。
沈む夕日が小手川と星奈を煌々と照らしていた。
to be continued…
~設定資料~
【災害解封】について
・今回登場したのは『津波』と『落雷』。『津波』は接触式のトラップで大量の水に押し流される。『落雷』は対象の上空に雷雲が形成されてシール目掛けて落雷が落ちてくるというもの。四種とも殺意が高い災害なのは、【災害解封】が人を傷つける能力が故である。