第10話:シアワセ①
「ごめんな藍川、新入生だってのにこんなこと手伝わせて」
「いえ、私も少しでもItafのお役に立ちたいので、気にしないでください」
7月終わりの夏真っただ中。
五元将・神薙八重との戦いから少し経った後の夏休み。
有片真也と藍川零は都内の大型ショッピングモール『Shionome』に足を運んでいた。
「西川と明智には多分先越されたからケータイ繋がらないし、真白やクロや桃井には期待できないし、ホントお前がいてくれて良かった」
「あはは…」
二人はItafもといオカ研の備品を揃えに買い出しに来ていた。
とはいっても買い出しは殆ど終わり、真也が背負っているリュックは来た時より膨らんでいた。
「というか大きいリュックですね。そんなに買い物しませんでしたよね?」
真也のリュックはレジャー用のもので、なぜか横に防犯ブザーがついていた。
「ああ、それはだな」
真也が説明しようとしたとき、異変は起こった。
ゴォォォォォォォォォ!
「きゃあ!」
「地震か!伏せろ藍川!」
大きな揺れがデパート全体を揺るがした。
震度4はくだらない、踏ん張らなきゃ立てないほどの揺れ。
珍しく人が少ないデパートの一角は騒然となった。
「お、収まった…?」
ゴォォォォォォ!!
そう思ったのもつかの間、二回目の揺れがデパートを襲う。
「!あっ、いたた…」
立ち上がろうとしていた零は尻もちをついてしまった。
真也が駆け寄ろうとしたその時、三度目の地震が発生した。
デパートの中は阿鼻叫喚だった。
「くっ、どういうことだ。こんな連続でここまで大きな地震が起こるわけが…」
揺れと出口に駆ける人々で、思うように動けない真也は疑問に思う。
だが、現実は一瞬の思考も許してはくれなかった。
「っ!?藍川!!」
「え?…あ」
二階層の床が崩れ、零の上に降り注ごうとしていた。
絶対刹那は使えない。刹那の世界で、真也は。
「っ!…」
自分に迫る死から目を背けるように、零は目をきゅっと閉じた。
やっと自分の居場所が見付かった彼女は事故で全てを奪われる。
…だが、彼女に瓦礫が降り注ぐことはなかった。
「…え?」
「…ナイスだ」
零が恐る恐る目を開けると、そこには──
─── 一対の籠手が浮いていた。
「俺の手が届くなら絶対に死なせねぇよ。特にお前はな、藍川」
◇
「こ、小手川先輩!」
「ったく、ビビったぜ。いきなり起こされたと思ったら藍川が絶体絶命なんだからよ」
それは、Itafの人外枠、もとい備品の小手川拳斗だった。
彼の鋼鉄の腕が、零に降り注ぐ瓦礫を粉砕したのだ。
「助かった、小手川。俺だけじゃマズかったかもしれん」
「な?俺の言った通りだったろ?」
「あ、あの…どうして先輩が…?」
小手川の突然の登場に困惑する零が、彼に質問する。
「ん?なんだ、真也から聞かされてなかったのか?」
「説明しようとしたときに地震が起きたんだ」
「ええ?地震でこうなったのか?マジかよ」
小手川が周りの惨状を眺めながら言う
人は避難できたのか居ないが、商品が床に散らばったり看板が落ちたりしていた。
「まあ簡潔に言うと、俺はお前ら二人じゃ能力者との戦闘があった時ヤバそうだからそのリュックの下の方で寝てたんだよ。んで、その防犯ブザーで起こされたって訳だ」
「な、なるほど…」
納得したか、と小手川は零から真也に向き直る。
「で、真也。さっさと始めんぞ」
「ああ。藍川、これを持って外に脱出しといてくれ。あと明智達に連絡を頼めるか?」
真也は零に持っていたリュックを託す。
「は、はい。あの、先輩方は?」
「ん?決まってんだろ。こんだけの災害だ、被災者がいるかもしれねぇ」
「俺たちで救助に向かう。できるだけ能力者の存在を知覚されないようにな。」
言うが早いか、小手川は真也の前でスタンバイする。
そして、真也は小手川を装着した。
「いつものでいいな?全力で飛ばすぞっ!」
「任せろ。行くぞ小手川」
言うが早いか、小手川から少しの青白い炎が発される。
そして、真也は駈け出した。
いや、駆け出すというにはあまりにも速すぎた。
「行っちゃった…わ、私も早く脱出しないと!」
◇
【拳威無双】。小手川拳斗の存在意義たる能力。
その内容は単純、装備者の肉体を超人にするというもの。
駆け出せば弾丸、腕を振るえば岩をも砕く。
その力があれば、瓦礫に埋もれた『人を救う』ことも、容易いだろう。
「よっ!とぉ」
「あ、ありがとうございます!」
「気にしないで、早く出口に向かってください。いつ余震が起こるかわからないので」
この能力は『人を救う』という小手川の存在意義を体現した能力だ。
だが、当然のごとくデメリットも存在する。
「ちっ、そろそろ限界が来るぞ真也!」
それは使用者の身体能力に応じた活動限界があること。
更に、真也は普通の人間より身体能力が低く、活動限界も短い。
だが真也はすました顔で、何を言ってるんだか、と言いのける。
「限界なんていつも超えてるじゃないか、あとは4階だけだ。飛ばすぞ小手川」
「…そうかよ、あんま無理すんじゃねぇぞ!」
◇
「この階には誰も居なさそうだな」
「ああ、俺たちもさっさと撤収を…待て真也、なんか聞こえる」
「……あっちか」
暗く、そんなに広くない4階で二人は一つの影を発見する。
「あ、あなた方は…」
そこには、見慣れた制服を着た見知らぬ少女が居た。
「汐ノ目学園の生徒か。怪我はないか?」
「あ、足を怪我してしまって…」
「ガラスで切ったのか…とりあえずここは危険だ、早急に脱出しよう」
そういうと真也は持っていたハンカチで止血処理をし、女子生徒を抱え上げて脱出した。
To be continued…