第8話:マザーグースオンライン
注意:第10~14話は逐次追加となります。申し訳ないですが、どうかご容赦ください。
それは日常の、ほんの1コマに潜む亀裂であった。
その日、西川小雪はひたすらに絶句する他なかった。
1人、また1人――――――誰も、彼もが消えていってしまったのだ。
嗚呼、次は誰が自分達を奪い去っていくのだろうか……。
◇
その日の端末準備室は西日の中、定例通りItafの報告会が行われ丁度今散会となった次第である。しかし小雪たちメンバーは帰路につくことなく、それぞれ雑談を交わしていた。
「―――いやぁ、そのときなんと猫が飛び出してきてねぇ」
「ほう、それでそれで?」
「まぁ、踏むことはなかったんだけど……かなりヒヤヒヤしたよ。今度からはそういうことがないように―――」
各々が会話を楽しむ中、立ち上がるものが一人。【青空電波】と呼ばれる思念系統の能力を持つ少女、藍川零である。
「すみません、あの、今日は用事があるので帰らせていただいても……」
「ああ、全然大丈夫ッスよ~。お疲れ様でしたッス! また明日!」
「はい、お疲れ様でした。また明日」
煮え切らない零の声に、特徴的な語尾のつく少女、西川小雪が答え、互いに労わりの言葉と別れの言葉を交わす。
Itafのメンバーそれぞれの方向を向きながら律儀に一人ずつ挨拶を交わした零が、退室するべく扉の方向に体を向けたそのとき――
泡沫の夢のように、あるいははじめから存在していなかったように、藍川零のその姿が一瞬で『消滅』した。
零の消失にItafメンバーの緊張が高まる。
彼女の身に何があったのか、安否の程は不明だが少なくとも『何が原因か』、それだけは一同の誰もが察していた。
「―――総員警戒態勢! 『能力』だ!」
そう言って真也は周囲に他の被害者がいないか確認するために辺りを見渡した。
ヘッドホンをつけた少女――居る。
眼鏡をかけた少年―――――居る。
性別が迷子の少年―――――居る。
車椅子の少女―――――――居る。
黒づくめの少年――――――居る。
珍しく出席――――――――居る。
……ポルターガイスト―――居る。
赤毛の少女――――――――居ない。
多くのメンバーが無事の中、玲奈の姿だけが存在していなかった。
「――――ッ!?」
「真也先輩!? これって……」
「遠隔型――にしては予兆も何も無い。考えるべきは何故先に零と桃井を攻撃したか、だ」
真也が敵の狙いについての考えを口からこぼした。零と玲奈自身に直接的な関係はない。かといって、その『能力』に関係があったかというと、そうでもない。
「とりあえず目に付いたから……ってことはないッスよねぇ。二人の場所、離れてたし」
「人間だけが対象なのかも問題だな。もし人間だけなら俺の出番なんだが……」
小雪と小手川がそれぞれ意見を発するが、敵の狙いや能力にしては依然としてはっきりしない。
タイミング、場所、ターゲットの全てが不透明な中、状況を打開するために真也は指示を出した。
「そうだな。小手川、調査を頼まれてくれるか? その間に俺たちは避難しておく。どこが安全かもわからないけどな……」
「おう、まかせとけ。きっちりと解決すr――」
真也が指示を受け、動き出そうとしたその瞬間、拳斗までもが『消滅』してしまう。前兆もなく、助け出すチャンスすらないほどの一瞬。だれもが警戒し、人が『消える』瞬間を見逃すまいとしていた状況にあったにもかかわらず、あっさりと消えてしまった。
立て続けに起こった『消滅』現象により、小雪たちの緊張は最高潮に達した。先ほどまではざわつきのあった空間がまるで水を打ったかのように静まり返る中、声をあげる人物が一人。
「避難――開始ッ!」
真也の声を合図に動揺から回復し、一斉に動くItafのメンバーたち。しかし、動きだすにはいささか遅かったのか四人目の被害者、小雪が『能力』の魔の手に―――
「西川さん、危ないッ!!」
―――否、その能力、【未来予測】によって直前に予知を成功させた水鳥が小雪を突き飛ばし、小雪の代わりとして『消滅』してしまった。
「みどりサン!? くっ、そ……」
「嘆いてる暇はない! 犠牲を無駄にしないためにも今はとにかく避難するんだ!!」
庇われた小雪の嘆き、歯を食いしばりつつも、より多くの人員を避難させるべく動く真也の叱咤を皮切りに先ほどまでより一層速く、普段では出すことのないような速度で扉に向かって駆ける。
しかし、端末準備室の奥で報告会を行っていたからか、あるいは相手の『攻撃』が速すぎるからなのか、退室するまでの間にもひとり、またひとりと『消えて』いく。
はじめは真白、その次はクロ、そのまた次は蛍。まるで性質の悪いホラー映画かのようにItafメンバーが次々と『消滅』する。
それぞれが、『出してしまった犠牲』に対する忸怩たる思いに苛まれつつも足を止めることはしないが、このままのペースでは退室するまでに全ての人員が『消滅』することは明らか。
このまま策もなくただ逃げ続けるだけでは……という状況の中、足音がまたひとつ減った。
だがその理由は『消滅』したから、というわけではない。
「俺が何とかひきつける。だから……残った二人は逃げてくれ」
「じゃあ、会長先輩はここに残るってことかい? ボクたちじゃ解決は難しいと思うんだけど……」
立ち止まったのは真也、小雪と誠を逃がすために殿を勤めようとしていた。それに対して誠が苦言を呈すが、真也の覚悟に変化はない。
「俺の『能力』なら相手の速度についていける可能性がある。それに、そうでなくとも相手の『能力』のヒントくらいなら掴めるかもしれないしな。だから……攻撃がこない今のうちに二人は逃げてくれ。――――さあ、こい『能力者』! 俺はここに居るぞ……。狙うなら俺を狙えッ!! それとも、ここまで言って何も反応しないような『腰抜け』なのか?」
――瞬間、真也の姿が掻き消える。それが『敵の能力』によるものではなく、真也の【絶対刹那】によるものだということは小雪も誠も理解していた。
「――行くよ、小雪君。……会長先輩の奮闘を無駄にしてはいけない」
「は、はいッス。でもどこに……」
「それじゃあ――――」
そして、敵の攻撃から逃れるため、少女たちは移動を始めるのであった。
◇
学園の食堂に場所を変え、小雪と誠は今回の事件について話し合っていた。人目につく場所でなら、相手も手を出しづらいと考えたためだ。
現在残っているものを確認するために小雪が点呼を取った。
「よし、まずは点呼ッス。明智クン!」
「はーい」
「……」
「……」
「……」
「……まあ、ボクと小雪君以外いないんだけどね」
そう、明智以外を呼ぼうにも他の人間はいないので呼ぶことはできない。二人とも理解はしているが念のためということだろう。二人とも立ち直りの早いことである。
「冗談はおいといて、これからどうするんだい?」
「そうッスね……。まずは情報の整理ッスかね?」
「ま、そうだよねぇ。ボクたちが解決しなきゃいけないわけだしねぇ……」
「――――ぁ」
絶望の表情を浮かべる小雪。それに対する誠の表情は呆れ……だろうか。なんともいえない表情をしている。
「今頃気づいたのかい? 今日の小雪君、なんだか余裕がないというかボンヤリしているというか……らしくないよ?」
「いや~、昨日は夜遅くまでネトゲをしていてですね……」
「……いつもの口調はどうしたんだい?」
誠の鋭い指摘が小雪の心を抉る。しかし小雪の口調に関する興味は薄いのか、閑話休題と言わんばかりに誠が話題を変えた。
「何はともあれ、情報の整理だねぇ。此処に着いた直後、会長先輩からメールが届いたんだけど――」
「うっそぉ!? そんなの届いて……たッスね……。これは相当ボンヤリしていたんスね、ワタシ。あ、続き話しても良いッスよ?」
「話の腰折らないでほしいからしばらく黙っててね」
「はいッス」
やっと話せると言わんばかりにため息をつくと、誠は真也から送られてきたメールの内容を読み上げ始めた。
「はぁ……といっても、『パソコンの画面』っていう文言しかなかったんだけどね」
「黙ってる意味ないじゃないッスか」
「……」
「……」
沈黙。すぐさま誠が誤魔化しにかかる
「……まあとにかく、相手の能力の予測は出来そうかい?」
「あーッ!! ごまかしたッスね! ワタシはそんな簡単に騙されないッスよ!」
「あ……ッ、ちょ、待って! そこをくすぐられるのは――――」
◇
くすぐりあいが始まってから五分弱、二人はすっかり息絶え絶えになりつつも会話を元に戻した。
「ハァ、ハァ――――こほん、まずは相手の能力からッスね。会長の犠牲によって、敵サンはパソコンを通して能力を使用していることがわかったッス。だから弱点となりうる零チャンとワタシを狙った――と考えられるわけッスね。そこにも不可解な部分があるんスけど……」
「ハァ、ハァ――――不可解な部分って?」
小雪の不穏な発言に誠が反応する。基本的にはっきりとした物言いをする小雪が珍しく言葉を濁したことに興味を持ったのだろう。
「まあ、そこは気にしないでくださいッス。それに、さっきまではあまり気にしてなかったンスけど、よくよく思い出してみたらパソコンの画面に妙な『数値』があったんスよ。それがおそらく『門』ッスね。そこから攻撃してきたと考えられるッス」
「……気になるんだけど」
「気にしないでくださいッス」
厳しく追求する誠。『口を滑らせたかな』と思いつつ情報を整理していく小雪。そろそろ情報の整理も底をつく――そもそも肝心の情報量が少ない――のでこの会話もすぐに終わりを迎えるだろう。そのことに少し安心する小雪、そして若干不満げな誠。
「さて、情報も整理できたことッスし……そろそろ守りから攻めに転ずることにするッスよ、面倒な事件を起こしてくれたお礼参りに行くッス!!」
「……ところで、どうやって敵の能力を攻略するんだい? 無策じゃどうにもならなさそうだけど」
敵の攻略について聞く誠。だが小雪も何も考えていないわけではない。
「何も考えてないってわけないじゃないッスかー。ちゃーんと考えてあるッスよ」
「ほほぅ、どうするんだい?」
「ふっふっふ……それはですね――――」
◇
一方、パソコン準備室の端末画面、本来あるはずの無いその向こう側。
そこには電子の蒼に彩られた0と1の世界、俗に電脳空間と呼ばれるものが広がっていた。
「――――ッたく、手間取らせやがってよォ」
画面の外側を見上げる1人の男、いかにも不良といった容姿の彼はぶつくさ言いながらも自身の勝利を確信していた。
彼の下には既にリーダーを含むItafメンバーの大半が捕縛、気絶させられ、皆データファイルの壁に鎖をもって繋がれている。
「まったく、あいつ運よすぎだろ…おかげで予定が台無しだ。くそッ!」
そんな男の背後から、通常であるならば絶対に聞こえるはずのない音が鳴り始める。
ピシ。
しかし、いつまでたっても捕まらない敵を前にしては余裕もなくなってしまうのか、あるいは後二人で目標を達成できるという油断からか、気づかずにいまだブツブツと文句を口からこぼしている。
「はやく人目のないトコに行ってくンねェかなァ……」
ピシ、ピシピシ。
「……ァ? なンだこの音――」
――――――ビキ。
ようやく異常な音に気がついてももう遅い。男の背後から少女のような少年が踊りかかる。
「―――覚悟!!」
少年は剣を振りかぶり、身体を大きくひねり―――そして、振り下ろした。
「……フッ、またつまらないものを斬ってしまった……」
ちょっと言ってみたかった、蛍なのであった。
◇
事件解決から一日後、今回の事件の功労者である小雪、誠、蛍とItafのリーダーである真也は再び端末準備室に集まっていた。
「よし、これで後処理は終わり……っと。今回の事件の犯人は無事搬送されたそうだ」
「じゃあ、これで一段落ってわけッスね?」
「ああ、そういうことになる。」
真也と小雪が今回の事件についての話をする。これから犯人は犯行の動機などを警察組織で徹底的に尋問されるだろう。
「―――それにしても、まさかハッキングを使って僕たちを助けるとは……面倒くさがりの小雪さんらしいといえばらしいですけど、よく気づかれませんでしたね?」
蛍がふと、疑問を漏らす。そしてそれに答える小雪。
「……ああ、誠クンの能力をちょちょいと……まあ、パソコンの向こう側にまで能力を作用させるのはさすがにキツかったみたいッスけどね……」
小雪の視線の先には、ぐでーんと机に腕を投げ出す誠の姿。満身創痍といった姿にさすがの小雪も、ちょっと悪いことしたかなと思ったり思わなかったり。
「まあでも? 事件が解決できたのは六割ワタシ、三割蛍クン、一割誠クンのおかげッスから今回の報酬の分け前はそれでいいッスよね?」
「「よくないよ(です)」」
小雪の無茶振りにすぐさま反応する誠と蛍。しかし小雪はその程度では諦めない、明日の希望のためにも負けられないのだ。
「そもそもの話ッスよ? 今回の事件は――――」
何はともあれ、今日もItafは平和である。こんな日がずっと続けばいいのに、と真也は口喧嘩をする三人を見ながら思ったのであった。
◇
後日、学園の一角―――とある会議室に真也の姿は在った。
「やぁ有片君、今回は災難だったね? まま、そんなムスッとしてないで座りたまえよ?」
「……」
パイプ椅子に座り、穏やかな笑みを浮かべる青年を前にして真也は暫時沈黙を貫いていた。
「……今日は機嫌悪いね? 確かに電脳能力とは相性が――」
「今回の敵は俺達の能力を把握していました」
青年の言葉をさえぎり、真也は本題へと切り込む。
青年はほんの一瞬怪訝そうな顔をするとすぐさま表情を元に戻し話を続けた。
「ふむ? それはおかしな話だ。確かメンバーの能力は秘匿の為に紙媒体でのみ管理されているはずだろう?」
「そう。しかも一定以上の役職の人間にのみ開示が許可されるはず……」
会話を続ける二人。しかし、二人の間でもう既に答えは出ていた。
「……つまり内通者がいる、ということになるね? なるほど、心配性の君が憂鬱になるわけだ。……僕を疑っているというのなら確かめてみるかい? 今、ここで」
「……」
「……」
対峙する二人。
沈黙が支配する。しかしその時間も決して長くは続かない。
「いや、ごめんよ? 少なくとも僕はシロって話さ? となると対策が必要になるね」
「はい。ですので至急捜査の手配をお願いします」
「ああ、任されたよ。で、今回はそれだけかい?」
提案をする青年、それに承諾をする真也。
同じことについて話しているはずなのに、二人の間には決定的とも言えるようなほどの温度差があった。
「ええ、それでは失礼します」
早々と会話を切り上げた真也。
生徒会室から立ち去ろうとする彼の背に、青年―――汐ノ目学園生徒会長の声が投げかけられる。
「―――もっと世界を信じたまえよ、有片君」
その声が真也に届いたその直後、会議室の扉が閉められる音が静かに響くのだった。
ありがとうございました!
可能な限り明日以降も19時の投稿予定です。