レプリカ・ランチ
レプリカ・ランチ
――――シェルディナード先輩の、馬鹿。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………?」
学食の一角。天気の良い日で陽光も柔らかく差し込んでいるわけだが、そのテーブルの上に置かれた一斤の食パンとジャムの瓶を前に、ミウとシェルディナード、そしてサラとケルが沈黙に沈んでいた。
◆ケルの場合
(これは……やはり、昨日の一件か)
丸々一斤の食パンだ。
トーストされてもいない。添え物的にベリージャムの大瓶が一つ置かれているが、それだけだ。
(いや、気持ちは解らなくもない。解らなくもないがしかし……)
まさか貴族相手に何も調理していない食パン一斤を出してくる者がいるとは予想もしていなかった。
というか、貴族相手ではなくても普通しないと思うのだが。
原因である友人、シェルディナードを見ればどこかキョトンとした面持ちである。それはそれで珍しい表情で新鮮だなと思うのだが今は置いておこう。
(まあ、複数人と付き合っていると聞けば女性は良い気持ちはしないな)
昨日、シェルディナードの筆頭彼女が乗り込んできた事がこの食パン一斤事件の原因である事は間違いない。
(……ふむ? だが、それならば)
ケルは思案するようにミウを見る。
(彼女、シェルディナードの事が好きなのでは?)
あの現場では関係無いと言っていたが、本当にそうなら腹を立てるわけもないはず。
(…………怒りが持続しているという事は、それでも、か)
一晩経っても怒りが収まらないということは、幻滅して本気で好きでなくなっていないという事ではないか?
(なんとも……。彼女も難儀だな)
◆サラの場合
(何で、怒ってるの、かな?)
サラは不思議そうに食パン一斤丸々とミウ、そしてシェルディナードを見る。
(ルーちゃん、が、モテるのは、当たり前、なのに)
サラにとっては自慢の親友だ。
それに今まで親友の彼女になってきた者達はそんな事を気にしなかった。サラとしてはミウが気にして怒る事が理解できない。
(…………独り占め、したい、の、かな?)
それならわかる。
サラ自身、親友を独り占めしたい時があるからだ。
(んー……。ルーちゃんが、いい、なら)
ミウに協力しても良い。ただし、親友の気持ちが第一。
(あー、でも、ルーちゃん、最近はミウに、つきっきりだし)
むしろ他の彼女達から苦情が来てもおかしくない。
(……すでに、独り占め、じゃない?)
おかしい。それで何でまだ独り占めしたいのか。
そんな解けない謎の行き当たり、サラは首を傾げる。
◆シェルディナードの場合
(ま。そうなるか)
きっとしばらく怒ってんだろーな。くらいは思っていた。
しかしまさか弁当にそれが反映されるとは。
(ハハ。ほんとミウって面白れぇな)
丸々一斤、未調理の食パンである。
申し訳程度のジャムの大瓶とそれだけを出して見せた『彼女』に、シェルディナードは思わずクスクスと笑った。
じとっとした視線がミウから向けられる。
昨日の段階で意外なくらい怒だなとは思ったが、本当に予想外に好かれていたらしい。
(それで食パン一斤て)
しばらく食パンみたら笑いを堪える羽目になりそうである。
(可愛い)
遊びで付き合っている彼女は何人か居る。それは彼女達も遊びと割り切っているからそれで構わない。
でも、『ミウ』は違う。
(そういや、俺に本気で付き合おうとした奴、初めてかもな?)
元は罰ゲームだとしても。本当に好きなわけではないとしても、怒るくらいシェルディナードを見ている『彼女』は今まで居なかった。
シェルディナードは向けられた好意と同じだけ、彼女達を愛している。等価に。分け隔てなく。ある意味、博愛主義と言えるのかも知れない。
(加減、難しそうだな)
今まで、本気の好きを向けられた事は、無かった。
サラは掛け値なしに好意を向けてくれるが、それは親友として。親愛に近い。
色恋のそれとは違う。
シェルディナードはミウを見る。
ムッとして、不機嫌そうにこちらを見ている。
それが何だか、無性に可愛い。
(仕方ねーな。怒らせちまったし、大人しく食お)
未調理でも、『彼女が用意してくれたお弁当』には変わり無い。シェルディナードは黙って、しかし割りと楽しげに、食パンへと手を伸ばした。
シェルディナードが食パンに手を伸ばし、何も言わずにいつものように平らげる。
「ごちそうさん」
「…………」
ミウはその様子を、ジト眼で見ていた。
「ミウ?」
「…………美味しかったですか」
「んー、まあ」
「へー……」
じゃあ毎日食パン一斤で良いですかね? なんて口にしそうになって、ミウは口をつぐむ。
昨日からずっと胸にモヤモヤがたまって苦しい。
本当は、こんなお弁当にする筈じゃなかったのに、
(でも、シェルディナード先輩の顔思い浮かべたら……)
ムカムカして、つい。
食パン丸々一斤という暴挙に出てしまった。でも反省はしているが後悔はしていない。だって何かモヤモヤムカムカしたのだ。
「ミウが用意してくれる弁当なら何でも美味い気がするけどな」
「…………そうですか」
「そ。何せミウが初めてだし。俺に弁当作ってくれたの。俺も『彼女の作ってくれた弁当』食べたの初」
「…………」
「すっげー美味い」
「っ!」
(シェルディナード先輩ずるいっ!)
ミウは恨みがましい目でシェルディナードを見る。
(そんな事、言われたら……)
ずっと食パン一斤で良いなんて思えなくなるのに。
余裕があるのも気に入らない。
少しは焦って機嫌を取るとかしても良いのに! なんて。
(本当の彼女じゃないもん。そんな事、しないのは当たり前! あたし何考えてんだろ……)
ミウは深く溜め息をつく。
とりあえず、明日のお弁当はいつものようにちゃんと作ろう。そう胸に決めて。
終