ガチャ08 第三階層
始まりの坑道第三階層。見た目は第一、第二と同様で変化はなく、一本道の坑道がひたすらに続いている。広さや明るさにも変化はないため、この始まりの坑道というフロアは同じマップを使い回しているだけなのだろう。
マップは変わり映えしない一方で、出現する敵の方には若干の変化があった。
第1階層、第2階層では坑道狸しか出てこなかったが、この第三階層では坑道狸人という直立二足歩行の狸が坑道狸を引き連れて出現する。
これまで坑道狸しか出現してこなかった為、次に出てきた敵がその進化版みたいな謎生物であること自体はさほど驚かなかったが、今更になって俺はとある事実に気が付いた。
狸は坑道に住まない。
坑道に生息する生物は一般的に洞窟と非常に似通っており、昆虫類や鳥類が多く、ほ乳類で言うならコウモリなんかが代表的なところであろうか。
狸は本来、水辺の近い森林に生息する生物であり、洞窟に住み着くというのはあまり聞かない話だ。にも関わらず、まるで狸は坑道に住むものですよとでも言いたげな坑道狸推し。謎だ。
坑道狸は普通の狸を大きくしただけのような見た目だった。では坑道狸人の方はどうかというと、こちらもただ狸を大きくして二足歩行にしただけのようなものだ。背丈は120cmくらいで、顔は完全に狸。手足は人間の形に少し近づいているが、やはり狸。頭もさほどよくはないようで、遭遇すると坑道狸と一緒に突っ込んでくる。
ただ、一つだけ厄介な点が武装をしているということだ。どこからあつらえたのか知らないが、木製や青銅製の槍を持っており、それを振るって攻撃してくるのだ。
殺傷能力自体は坑道狸の爪や牙と大差ないが、やはりリーチの差があるというのは問題だ。神剣も大きな武器だが、近づいて一撃を与える前に確実に相手の攻撃を受ける。
今まで坑道狸の攻撃を食らうかは半々くらいだったのが100%になったのは由々しき事態だ。
HPのバリアがあるため致命的な問題ではないが、ポーションの消費が激しい。今はまだ、敵を倒して手に入れたドロップアイテムを売ることで賄えているが、一戦ごとの消費が激しくなってくるとそれも追いつくかわからない。
「あっ」
「なんかあったんかご主人?」
坑道狸人WITH坑道狸を倒したあと、流れ作業のようにアイテムの売却とポーションの補充、そしてステータスの確認を行っていたのだが、レベルが上がってSTRがGに上がっていた。
「ほーん。せやったら神剣持てるか試してみいや」
「謎の上から目線」
「あいたっ! 招き猫差別反対! 天は猫の上に人を作らずや!」
デブ猫をデコピンで黙らせつつ、切っ先が地面に接するように構えて神剣を回帰させた。
「ふぬぬぬぬぬっ!」
力を込めれば持ち上がるが、全力で踏ん張ってなんとか持てるというところか。とても振り回せそうにはない。
ステータス上の表記が変わったからと言って、劇的な変化があるわけではないようだ。以前にも考えたとおり、内部の数字は少しずつ上昇していたのだろう。一定のボーダーを超えて表記が変わったというだけの話だ。
もしこれで自由自在に神剣を振るえるようになれば何の問題もなかったが、そうはならなかったのでもう一つのプランを実行することにした。
その名も、早着替え作戦。
・
何度も言うが、始まりの坑道というフロアはチュートリアルだ。一本道のマップで敵との遭遇を避けられないようにし、その敵の強さを徐々に上げていることからも読みとれる。
であれば、武器を持った敵というのは以降のフロアでも当たり前のように出てくるということだ。だからそれに対処する方法をこの場所で考えて身につけろということなのだう。
武装した相手と戦う上で重要なことが1つある。それは、こちらも武装するということだ。剣だの槍だのという日常とかけ離れた代物に限らず、現代日本においてもナイフを持った相手に丸腰で挑むのは自殺行為。同じ舞台に立つのであれば、相手の攻撃を受け止め、逆に殺害するための武装が必要になる。
俺の場合、敵を倒すだけならば神剣でことたりるが、まともに振ることが出来ないため防御には使えない。つまり半端なのだ。今の俺の武装は中途半端。これを完全にしなければ、このチュートリアルはHPのバリアでごり押し出来てもこの先通用しなくなる。
そこで俺は、木製の丸盾と皮製の長靴を購入することにした。セーフエリアで見たときは手の届かない金額だったが、狸を狩って収入を得たことで何とか手に入れることが出来た。お陰で財布はすっからかんになってしまったが。
丸盾は坑道狸人の槍による攻撃を防いで距離を詰めるためのものであり、長靴は足を崩しにくる坑道狸への対策だ。
連中が考えてやっているわけではないのだろうが、槍を持った狸人を相手にしていると足下でウロチョロする狸にまで対処出来なくなり、結果として狸人を倒すまでに槍だけではなく狸による攻撃も受けてしまう。
かと言って、今の俺がいきなり複数の攻撃に対応できるようになるわけがないので、逆に攻撃を無視できるだけの防御力があればいいと開き直ることにした。
ジャージは防具としての役割を果たさないから、噛みつかれたら当然HPが減る。しかし防具を身につけ防御力を上げれば、噛みつかれてもダメージが通らなくなるはずだ。この皮の長靴が完全に狸の攻撃を防ぎきれるかは不明だが、少なくともジャージよりは軽減してくれるだろう。
丸盾と長靴により防御は万全。
ただ、ちょっと待って欲しい。俺のメインウェポンである神剣アルティマテリカは両手剣。そう、片手に盾を構えていては使えないのだ!
「あー、せっかく武装した相手に対処する方法がわかったのに、攻撃できなくては勝利することも出来ないー
神よー、なぜあなたはこのような試練を私に課すのでしょうー」
「へったくそな演技やなぁ。あいたぁっ……くない?」
自覚はあったのでデコピンはふりだけで実際にはしなかった。
まあ散々無茶苦茶な戦い方を目の前でしていた以上、デブ猫は俺が何をするかなどわかりきっているのだろう。
ちょうど、俺のへたくそな演技に誘われて狸人が1匹と狸が2匹現れた。作戦がどこまで通用するか試してみよう。
「ュゥゥゥンン!」
なんとも言い難い叫び声をあげながら突進してるく狸人と狸。走り出したのは狸人が先だったが、俺に食らいついたのは狸が先だった。単純な足の速さは狸の方が上だ。
今まで通りならば群がられダメージを受けながらも何とか倒していたところだが、今回はそうはいかない。
いつもどおり足に噛みついた狸は無視。全く痛みを感じない。どうやら狸の鋭い牙でも分厚い皮の靴を貫通させることはできなかったらしい。
遅れてやってきた狸人の槍を、木製の盾で斜めから弾くように叩く。仮に失敗しても大したダメージにはならないという楽観が焦りをなくし、冷静に動作を成功させる。
とはいえ、俺は盾の扱いなどろくに知らないド素人。想定通りにぶつけたはずだが、勢いを完全に受け流すような達人じみた真似が出来るはずもなく、助走の勢いも相まって結構な衝撃が身体を襲う。
明暗を分けたのは体格の差だった。小学生にダッシュでタックルされたとしても、あらかじめ来るとわかっていれば受け止められる。なんとかその場で踏ん張った俺は、盾から手を離して両手を構える。
槍を弾かれて体勢を崩した狸人がこの一撃を避けることは出来ない。俺は神剣を振り下ろし、狸人を袈裟懸けに切り捨てた。
そこからは最早作業だ。それぞれ左右の足に噛みついてなんとか食いちぎろうとしている狸を神剣で串刺しにする。それで終わりだった。
「これなら元は取れるか」
「買い物上手やねえ、ご主人」
ステータスを確認してみると、ほとんどダメージを受けていなかった。狸人の槍を受けたときに減ったのだろう。直撃していないとは言え、無傷とはいかないようだ。
それでも戦闘の度にポーションを買うことと比べれば、高い買い物だったがそのうち黒字になるだろう。
その後も盾の使い方を確認しつつ、レベル6になった俺は第4階層への扉を開いた。
人の上に猫は作るんですかね?