ガチャ06 第二階層 1/2
もしかすると、始まりの坑道というフロアはチュートリアルなのかもしれない。
3匹目の坑道狸を倒した時、俺はそんな感想を抱いた。
2匹目、3匹目も最初と同様に坑道狸が1匹だけで現れ、何も出来ずに一撃で倒された。そして今、3匹目を倒したところで西洋風の大きな扉が現れたのだ。
独りでに開いて中から敵が溢れだしてくる様子もなかったので、ひとまず戦利品を確認するためにスマホを見たのだが、そこでレベルアップしていることに気が付いた。
2匹目を倒した時はまだレベル1だったので、まさしく今レベルがあがったのだということがわかる。つまりこの扉は、俺のレベルアップと共に現れた。
この扉を開くと、次のフロアか階層に進むことが出来るのだろう。
タイミングと合わせて考えると、この始まりの坑道第一階層という場所は基本的な戦闘に慣れるためのチュートリアルであり、レベルアップすることによって十分な経験を積んだと判断されて扉が出てきた可能性が高い。
まともにスキルを取っていないしまともな戦闘もしていないのだが、まあこの戦法に慣れたという意味ではたしかに次の段階に進むのはちょうど良いかも知れない。
「どうする? もう少しレベル上げしていくか?」
「どーせ1個や2個レベルあげやーご主人の武器には関係ないやろ。はよ行くでー」
「見かけによらずせっかちだなおまえ」
「わいは早くこんな汚らしいダンジョンからおさらばしたいんや」
そういえば猫は綺麗好きなんだったか?
そもそもどうすればこのダンジョンから抜け出せるのかわからないし、仮に俺が脱出出来たとしてガチャから出てきたデブ猫がどうなるのかはわからないが、相棒が早くしろというのであれば進むとしよう。
両手で大きな扉を押すと、眩い光が扉の向こうから溢れだし、俺たちを包み込んで何も見えなくなった。
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閉じた瞼の向こうから感じる眩しさが静かな波のように引いていく。目を開けると、そこは先ほどまでと何ら変わらないように見える坑道だった。
簡単に周囲を警戒しつつスマホを確認すると、始まりの坑道第二階層と表示されていた。
セーフエリアを出た場所が第一階層という名前だったことから、いきなり森とか海とか全然違うフロアに出る可能性は低いと考えていたので、まあ予想通りだと言える。
全部で何階層あるのかは知らないが、たぶんこのチュートリアルが終わるまではこの始まりの坑道というフロアなんだろう。
「ご主人、お客さんが2名ご来店みたいやで」
「挟み撃ちか!?」
「正面だけやで」
それも一緒に言ってくれ!
階層を移動したことで背後に敵がいないのかどうかはわからなくなった。デブ猫は戦力にならないので結局2対1であることに違いはないが、正面で2体相手にするのと挟み撃ちにされるでは危険度がまるで違うだろう。
剣に限らないが、戦闘というのは得物の間合いが非常に重要である。敵の戦い方に合わせ、前進や後退、左右への移動を織り交ぜて常に最適の位置を確保することが勝利に繋がる。当然、囲まれてしまえばその重要な間合いの調整が出来なくなってしまうのだ。
多対一で戦うときは常に位置取りに気をつけること、剣術Lv8さんの教えだ。
「おまえはちょっと離れてろ!」
「もう離れとるで~」
戦闘の邪魔にならないようデブ猫に退避を促したのだが、すでにある程度距離をとっていたようで、デブ猫の声は遠くから聞こえてきた。危機管理が万全なようでなによりだな!
耳をすますと、かすかにだが足音が聞こえてくる。間隔は早い。走ってこちらに向かって来ている。
俺は両手を右斜め後ろに構え、神剣を回帰させた。剣の腹が地面に対して水平になるように置き、重い物を引きずる体勢で敵を待つ。
さほど距離もなかったのだろう。俺が構えてからほんの数秒で2匹の坑道狸が見えた。
犬や猫に限った話ではないが、野生動物の全力疾走は往々にして人間のそれを上回る。だから、悠長に観察している暇はない。
俺は坑道狸を視界に捉えた瞬間大きく腰をひねり、後ろに構えた神剣を全力でぶん投げた。
投擲された神剣はくるくると横回転しながら飛んでいき、見事1匹の坑道狸に命中した。
一方で、もう1匹の坑道狸はひるむことなく近づいて来ていた。神剣が命中した時にはすでに目と鼻の先。重たい神剣を投擲した直後の俺は体勢を崩して倒れかかっている。想定したよりも体勢が悪く、立て直せない。
俺はあえて、体勢を戻すことなくそのまま後ろへ飛びながら地面に横向きに倒れ込んだ。中型犬サイズの坑道狸では、直立状態の俺の喉には届かない。だから足を狙ってくるか、あるいはジャンプして無理矢理喉を狙ってくるか、どちらかの可能性が高い。噛みつきや爪の攻撃で致死のダメージを与えるなら喉が一番通りやすく、足を崩せば喉を狙いやすくなるからだ。
しかしこれはあくまで直立状態の話。最初から喉が坑道狸の体格と同じ高さにあれば、わざわざ足を狙う必要がなくなる。
狙いは一点に絞られる。
俺は倒れながら喉の前に右手で握り拳を作った。マイクを握った手を喉に当ててる感じだろうか。
「回帰!」
スキルの発動に発声は必要ないが、この時ばかりはさすがに声が出てしまった。それだけ俺も焦って緊張していた。
神剣は、俺の右手に逆手で握られる。
目論見通り、俺の喉に向かって真っ直ぐ向かってきていた坑道狸は突如現れた神剣に自分から突っ込み、串刺しになって消えていった。
「あ、危なかった……!」
神剣を投げるところまでは計画通りだったが、そこからは完全にアドリブだった。誰が好き好んで自分の急所を狙わせるような作戦を立てるだろうか。思っていたよりも神剣を投げるという動作が簡単ではなかったのが原因だ。
本当なら1匹はタイマンで真っ当に戦って倒す予定だった。
「ハラハラしたわー。ご主人、あんま無茶せん方がええで?」
「好きでやったわけじゃないっての」
グフグフと笑いながら近づいてきたデブ猫にデコピンをかます。
「あいたっ! 暴力反対や! 動物虐待やで!」
ギャーギャーと騒ぐデブ猫を無視して、今後の対処方法を考える。
今のはたまたまうまくいったが、坑道狸が毎回確実に喉を狙ってくるかはわからない。狙ってくる可能性が高いという程度の話でしかない。それに、精神的なストレスも馬鹿に出来ない。
デブ猫のお陰で少し緩和されたが、心臓は未だにバクバクと激しく脈打っているし、嫌な汗も大量にかいた。毎回こんな方法で戦っていたら俺の方が保たないのは自明だ。
スマホを見てみても、レベルは上がっていなかった。まあ、1から2に上げるのに坑道狸3匹なんだから、2匹で2から3には上がらないよな。
ステータス画面を開いて見ても、変化はない。
このゲームにおけるステータスのなんと不親切なことだろうか。ステータスはHPとMPを除いて全部で7つあるが、俺の初期ステータスは半分以上がG-で残りがGだ。そしてレベル1から2に上がった時の変化がHPを除くと運と敏捷のG-→Gだけだったのだ。
当然、G-やGの中でも内部の数値変動はあるんだろうが、これではどの程度上がっているのか全くわからない。
目に見えて強くなっていることがわかれば、戦術の立て方も少しは変わってくるがこれでは初期状態と大差ないようにしか見えないのだ。実際神剣も重くて未だに振るえない。
とはいえ、とはいえだ。このゲームがRPGなりソシャゲなりなのであれば、これまでの俺の戦い方こそが邪道。第一階層はまあギリギリ先制取っただけの話かもしれないが、さっきの戦いは滅茶苦茶だ。あんな戦い方を前提にこのゲームが設計されているということは流石にないだろう。真っ当に戦っても案外普通に勝てる程度の敵ということもあり得る。この始まりの坑道がチュートリアルっぽいことも考えれば、むしろその可能性は高いのではないだろうか。
どちらにせよ、こんな危ない戦い方を続けていてはいつ死ぬかわかったものじゃないし、俺個人の心情としてもごめんだ。次は奇策を講じず普通に戦ってみよう。
多分、なんとかなるだろう。
気楽という割には、慎重派ですね