ガチャ05 第一階層
よく冷えた2本目のジュースを飲み干した俺は、スマホをスリープモードにして立ち上がった。初期設定は早々に終わらせていたのだが、その後に自由に見れるようになったステータス画面やヘルプを読んでいたらそこそこの時間が経過していた。
「行くぞ、デブ猫」
大の字に寝転がっていびきをかいているデブ猫の腹をゆすると、猫らしく遠慮のかけらもない大欠伸をしながら起きあがる。
「や~っと終わったんかいな? 待ちくたびれたわ」
「そいつは良かった。これから嫌ってくらい活躍してもらうぞ」
「そりゃーそれで嫌やがな。ほどほどに頑張りましょーや、ご主人」
前足を口元に当ててグフグフと笑う姿はやはり胡散臭いことこのうえないが、こんなでもこいつは俺のパーティーメンバーだ。スキルにもお世話になったし、仲良くやっていこうじゃないか。
デブ猫をお供に引き連れ、俺はもう一度ドアノブを回す。今度は途中で引っかかることもなくドアはすんなりと開いた。
・
始まりの坑道第一階層。
スマホにはそのように表示されていた。
坑道というのは鉱山で採掘のために掘って作られた道のことだ。幼い頃に日光のなんたら銅山という観光地の坑道を見学したことがあるのだが、あれを更に狭くしたような感じだろうか。
連なるようにいくつもの坑木があり、伏見稲荷神社の千本鳥居を想起させる一方で、レールは引かれておらず、地面は簡単にならされた程度のようだった。
坑道とは言っても、ダンジョンのフロアとして作られたものであって、実際に鉱物の採掘用に作られたわけではないのだろう。一般的な知識程度しか持ち合わせてはいないが、坑道を掘ることで発生する様々な問題まで考慮しているようには思えなかった。
直感的な話だが、作り物のような感じがする。
「猫、敵がいるかとかわかるか?」
「わかるでー。いまんとこ近くにゃいにゃーみたいやな」
「敵を察知できたら教えてくれ」
「あいあいさー」
ふざけた様子だが、余裕があるのはむしろ安心できる。俺も気持ちを落ち着けて再度周囲を観察する。
さっきの部屋でもそうだったのだが、光源となるようなものが置かれているわけではないのに一定の明るさを保っている。この坑道はさっきの部屋よりもやや暗いが、十分周囲を見渡せる程度なので俺自身も警戒しておくに越したことはないだろう。
最初の部屋とこの坑道を繋ぐドアを見てみると、とくに消えたりすることもなく、もう一度開けば部屋に戻ることは出来そうだった。
安全地帯、いわゆるセーフエリアなのかもしれない。
スマホを取り出してマップ機能を開くと、今俺がいる場所から目で見える範囲が自動でマッピングされていた。
このマップ機能は初期設定終了後に発見したものだ。当然俺のスマホに元から入っていた地図アプリではなく、初期設定と同様の謎システムである。
原理は不明だが、いつの間にか俺のスマホは現代科学も真っ青な便利端末にクラスチェンジしてしまっている。
不気味ではあるが有用であることに違いはないので、ありがたく使わせてもらう。
マップには任意の地点に印を付けることが可能なため、俺はこの暫定セーフエリアに印を付けた。
これからこの坑道を探索するわけだが、マップがあるとはいえ迷ってしまう可能性もある。セーフエリアには一応の標として機能してもらう。
デブ猫に声をかけて探索を開始すると、にゃーとだけ鳴いて俺の隣を歩き始めた。
それからどれほど歩いただろうか。敵を警戒しながらの移動というのはなんとも神経をすり減らすもので、スマホを見ればまだ10分程度しか経っていないようだったが、体感的には1時間近く経ったような気もする。疲労がそれだけ大きいということか。
初期設定を終えて気軽に探索を開始したが、この薄暗さの中で黙々と歩いていると嫌なことばかり考えてしまう。
俺の長所は気楽で前向きなことだが、さすがに自分の命がかかっている現状で脳天気にとはいかないらしい。
それでも、足が竦んで立ち止まることなく進めていることは、やっぱり俺の性分によるところが大きいような気もする。
「ご主人、居るで」
ボソリと呟いた猫の言葉に反応して、俺は歩みを止めた。
何が、とは流石に聞かなかった。この状況で、敵でない可能性がいかほどあるというのだろうか。
この坑道は今のところ一本道で、広さは成人男性が余裕を持ってすれ違える程度。三人並ぶのは少々キツイくらいだろうか。今までに敵と遭遇したことはなく、また何らかの生物とすれ違ったこともない。
つまり、敵がいるのはあの暗闇の先だということだ。
「距離と数は?」
「そんなに離れてはいにゃーが、正確な距離はわからんわ。数は1やな」
ドキドキと高鳴る胸に手を当てて深呼吸。
冷静になれ。俺ならやれる。大丈夫、俺には最強の武器があるんだから。
ゆっくりゆっくりと、音を立てないようにして進む。敵はまだこちらに気づいていないと思うが、かといって奇襲をしかけるのは相手の位置がわからなければ無理だ。
だからまずは気づかれないように距離を詰める。少しずつ、慎重に。
そして、うっすらと敵影が見えたタイミングで俺は走り出した。正確な敵の姿を認識するよりも早く距離をつめて、何も掴んでいない両手を振りかぶる。格好だけ見れば、両手で何かを持ってそれを振り下ろそうとしているように見える。
「ュゥゥ――」
犬? いやタヌキか? 中型犬程度の大きさの何かが明確な鳴き声を発するよりも早く、俺はそれを叩ききった。
一応、切っ先が地面にぶつかる前に止めようとはしたのだが、俺の筋力ではそれはまだ無理だったらしい。
盛大に地面に叩き付けられた神剣アルティマテリカは、土の地面に半分ほどめり込んだ。
真っ二つに叩ききられた謎の生物は、ずるりと半分にずれながら崩れ落ち、最後は光の粒子になって消えていった。しとめても残骸は残らないようだ。
「っふぅー」
地面から生えている神剣を一旦放置して、額から垂れる汗を拭う。
うまくいった。敵に何もさせないで先手を取ること、うまく神剣を回帰すること、そして一撃で相手を倒すこと。全てが目論見通りにうまくいった。
「やるやんか、ご主人。この階層は余裕みたいやなー」
「おまえの察知があってこそだけどな。次も頼むぞ」
「おおきにおおきに」
のしのしと歩きながら近づいてきたデブ猫をよいしょしつつ、今の戦いを振り返る。
戦いとは呼べないほど一方的なものではあったが、しかしUR装備を持っているのだからそれも当然だろう。当てさえすれば勝てるというのはわかっていた。
重要なのは相手に攻撃させずに一撃を当てることだった。
俺はまだまともに神剣を振るうことが出来ない。そこで俺は、振り降ろす途中に神剣を回帰させることで、重さに任せた振り下ろしを繰り出すことを考えた。
神剣の回帰が飛んで戻ってくるわけではなく、ワープのように手の中に帰ってくることはセーフエリアで実験済みだ。攻撃の途中で回帰させることも試した。後は実戦でそれを出来るかだけが問題だった。
だから奇襲することにした。俺は神剣を装備していなければただの人だ。神剣を装備すれば剣術の達人になるが、そもそも剣を振るうことが出来ない。奇襲して先制の一撃を当てなければ、俺は敵に攻撃を当てることが出来ない。
肉を切らせて骨を断つという方法もあるが、肉を切らせた時点で俺が振り下ろしを維持できる自信はない。人は痛みに敏感だ。俺が痛みにひるんでまごまごしているうちに、こっちの骨を断たれかねない。
今俺が持っているアドバンテージは、強力な攻撃力と、いきなり現れる武器と、敵を察知出来る相棒。
手持ちの札を使った最善の戦いなのかはわからないが、悪くはない作戦だったと思う。
「金は手に入らない仕様なのか」
敵が消えたあとにアイテムやお金がドロップした形跡はなく、スマホを見てみても所持金が増えたりはしていなかった。
ただ、所有物の素材欄に坑道狸の牙や坑道狸の毛皮というカードが増えていたので、ドロップアイテムなのだろう。これを売却して金銭を得るというわけか。
鍛冶に使って装備を作ったり、合成素材になったりするという可能性もあるが、少なくともスマホの機能にそんな表示はない。それっぽいスキルがないこともなかったが、明確にそうだという説明もなかったので今は売却してしまっていいだろう。
ついでにレベルアップしていないか確認してみたが、相も変わらずレベル1だった。もしかしたらこれでレベルアップするかもしれないと期待していたが、まあそう甘くはないか。
とはいえ、序盤も序盤なのだからレベル2に至るのにそれほど多くの戦闘が必要になるとは思えない。精々あと1~4匹くらいでレベルはあがるんじゃないだろうか。
今回と同様に作戦がうまく行けば、もう何匹か狩ること自体は難しくないだろう。
善良に生きてきた一般人として生き物を殺すことに生理的な嫌悪を抱いたりするんじゃないかとも思ったが、今のところ不快感はない。
これは、俺が異常者とかそういうことではなく、恐らくこの状況があまりにもゲーム的であるせいだと思う。スキルやステータスというのはもちろん、倒した敵が血の一滴も流さないというのは現実味を薄れさせる。
実際、俺はこれが現実に起きているゲームなんだと認識しているが、実のところ現実であるという確認は出来ていないのだ。
もしかしたらVRゲームに記憶を消して参加しているだけかもしれないし、凄くリアルな夢を見ているだけかもしれない。
俺は、現実だと思った方が面白いからそうしているだけで、本心からこれを現実だと思えているのかは自分でもわからなかった。
そういう使い方じゃないんですけど……