ガチャ46 交換
「素材には様々な使い道があるのですが、今は使わないのです! だから売り払ってdに変えるのです!」
かつて、チュトちゃんはそんな風に言っていた。
素材というのは、魔物を倒すことでドロップするアイテムのことで、例えば坑道狸の牙とか、樹猿の毛皮とか、このフロアで言うなら影擬の核なんかのことだ。
チュトちゃんの言うとおり、チュートリアルが終わってから今の今まで素材を何かに使う機会なんてなかったから、これまで手に入れた素材はごく一部を除いて全て売却してしまっている。マナポや防具、マトゥアへの餌付け等、出費が多くてとても素材を残しておく余裕なんてなかった。
「もうちょっと詳しく教えて欲しかったな……」
今更言っても仕方のないことだが、恨むぞチュトちゃん。
こんなことってあるか? せっかく、せっかく強くなれそうだったのに……。
「チュン!? チュンチューン!?」
俺の様子から何か不都合なことが起きたと読みとったのか、ピーちゃんが焦った様子で鳴き始める。どうやら進化する気満々だったようで、素材が足りなくて進化出来ないなんて可能性は考えていなかったらしい。いくら賢いとは言っても、さすがにそこまではわからなかったか。
内心いくら溜息を吐いても吐ききれないくらいだが、嘆いていてもしょうがないと思い画面をタップ。すると、続けて必要な素材の種類と数が表示された。
坑道狸の牙×20、暴れ坑道狸の心臓×1、樹精霊の枝×10、樹猿の毛皮×20、大樹猿の心臓×1。どうやら持っていない素材は灰色の文字で表示され、持っている素材は白文字になるようで、暴れ坑道狸の心臓と大樹猿の心臓だけは白文字になっている。
ボスのドロップアイテムが重要って言うのは基本中の基本だから売らずに手元に残していた。いくらここ数年ゲーム離れしていたとは言っても、それくらいのことは覚えてる。
雑魚魔物の素材に関しては正確に数えていたわけじゃないが、今までの戦闘回数を考えると、売り払っていなければ余裕で持っていたはずだ。後悔先に立たずってのはこういうことだよなぁ……。
「……ごめんなピーちゃん。素材がなくて、進化できないんだ」
マトゥアの手前、弱気になりそうな自分を隠して普通に話そうとしたが、実際に出てきた声は弱々しくかすれかけていた。
ああ、クソ。情けない、情けないぞ俺! たしかに期待はずれだしショックだしぬか喜びではあったけど、俺がこんなじゃマトゥアを不安にさせてしまう。切り替えろ、切り替えろ! 元々賭けだってわかってたじゃないか。俺は小さな賭けに負けた、それだけの話だ。ここからいくらでも挽回できる。
「ヂュン!! チュンチュンチューン! チュン! チュン!」
内心で自分を奮い立たせ、なんとか気持ちを立て直そうとしている俺に対して、ピーちゃんがまた大きく鳴いた。
それはさっきまでの焦ったような声ではなく、どこか頼もしい、自信に満ちあふれた声で……
「何か、あるのか……?」
「チュンッ!!!」
翼で胸を叩いて力強く頷くピーちゃん。その瞳に諦めの色はなく、何かを確信しているようだった。
何か、何かあるのか? 考えられる可能性は……。
「マトゥアか?」
マトゥアも同じように素材を手に入れているはずだ。売り払っていなければ、マトゥアが持っている素材を貰えるってことか?
「チュンチュンチュン」
首を横に振りつつ、翼の先を左右に動かすピーちゃん。人間がちっちっち、と指でやっている動作を真似ているようだ。なんか思ってた以上にとんでもなく賢い雀だ。
「チュン!」
何かを伝えるように翼を交差させるピーちゃん。ばってん、ではないようだ。翼を動かして右側に四角を描き、続けて左側にも四角を作る。その後、四角の間で翼を交差させる。
……!
「交換か!」
「チュン!」
ピーちゃんは正解と言いたげに翼を掲げて丸を作った。翼のさきっちょがくっついてないから視力検査みたいになっているが、言いたいことは伝わった。
ずっと忘れていたが、ショップにはdを使用した売買だけではなく、交換というボタンがあった。チュトちゃんからも簡単に説明を受けていたが、素材やアイテムを他のプレイヤーと交換することが出来る機能だ。
なぜこんな重要な機能を忘れていたのかと言えば、それは説明を受けた当時はまだ実装されていなかったからだ。チュトちゃんは近日実装予定と言っていたが、ピーちゃんがこれを伝えてくるということは実装されたということだろう。
ショップのページを開くと、今までは灰色だった交換のボタンが確かに青色に変わっている。
交換のページを開くと、そこには他のプレイヤーが出品している素材やアイテムがずらりと並んでいた。下の方にスクロールして見ても全然終わりは見えず、相当数の出品があるようだ。
たぶん、今まさに実装されたわけではなく、俺が気が付いていなかったんだ。お知らせとか一切なかったしな。
「お、おお……!」
正直、俺はこのページを開いて一種の感動を覚えていた。素材を確保できる目処が立ったこともそうだが、それ以上にプレイヤーがこんなにも居るということに対してだ。
一覧で表示されている情報は、出品されているアイテムの種類と出品者の名前、そして相手が希望しているアイテム又は金額。ざっと見ただけでも、様々なプレイヤーの名前が見て取れる。
今まで俺は、マトゥアと二人きりでこの戦争をしている気分だった。最近はピーちゃんという仲間も出来たが、プレイヤーとしての立場で参加しているのは俺とマトゥアだけだった。
だが実際はどうだ。俺たち以外にも、こんなに戦っている人たちが居る。俺たちはたった二人だけじゃなく、このプレイヤーたち全員と一緒に戦ってるんだ。
自分でも良くわからないが、その事実にとても勇気づけられた。
「ヂュン!!」
「いたい!?」
こんな簡単なことでここまで心を動かされるとは思っていなかっただけに少しの間呆然としていたのだが、ピーちゃんにつつかれて我に返った。ピーちゃんは毛を逆立ててもこもこしながらチュンチュン鳴いている。どうやら早くしろと急かしているらしい。
「ははっ、わかったよ……」
多くのプレイヤーが居ることに少し勇気づけられはしたが、実際に一緒の戦場戦うの俺とマトゥアとピーちゃんだけだ。
大局を見て安心するだけじゃなく、目の前の、自分自身のことをしっかりと考えなきゃ駄目だ。戦争に勝っても、俺たちが死んでしまったら元も子もない。
言わなくてもわかる。きっとピーちゃんは、そのことを俺に伝えようとしたんだ。
ピーちゃんに急かされるまま、出品されている素材をdと交換する。同じ素材を売り払って得られるdよりも随分と割高だが、それは仕方ないだろう。金額を変えないんだったら交換に出品する意味はない。まあ、タイミングが悪かったのはあるかもしれないが。
もし今も新しいプレイヤーがこの戦争に送り込まれているなら、これから低階層の素材の出品はどんどん増える。そして、価格は転げ落ちるように下がっていくはずだ。
同じ素材が出品されていれば、買う側は安い方を選ぶに決まってる。そして売る方としては、多少安くなってでもショップに売るより高く売れるならその方が良いと考えるはずだ。そうなってしまえば後は雪崩のように値段は落ちていき、最後はショップに売るよりもちょっと高い程度で安定するだろう。
この交換というシステムに交流を図れる機能があれば話は違ったかも知れないが、他のプレイヤーと意志のやりとりをすることは出来ない。売る側が裏で話を合わせて価格を合わせるなんて出来ないんだ。他のプレイヤーに干渉する方法もないため、必ず抜け駆けしようとする輩が出てくる。
だから、これから値段が下がっていく可能性は大いにあるが。にも関わらず俺が今素材を買ったのは、それにどれだけの時間がかかるかまではわからないからだ。
その間ピーちゃんを進化させずにそのままにしておくのは、あまりにももったいない。同僚の話が本当なら、進化することによってピーちゃんのレベル上限はあがるはずだから。
新しい防具を買うために貯めていたdをほとんど吐き出すことになったが、無事ピーちゃんを進化させるのに必要な素材を確保出来た。
「行くぞ、ピーちゃん」
「チュン!」
敬礼するピーちゃんを確認し、進化ボタンをタップする。本当に進化させますか? というメッセージが表示され、迷うことなくYesを押した。
「チュン! チュンチュンチュンチューン!!!」
ピーちゃんの小さな身体が激しく輝き、光の中から勇ましい声が鳴り響く。
実時間にしてわずか数秒。しかし俺にはその時間が数十秒にも感じられた。ゴクリと生唾を飲み込んでピーちゃんを見守り、そして
「チュン!」
光が弾けて中からほとんど変わらない姿のピーちゃんが現れた。
「おめでとう! 雀は火雀に進化した!」
交換機能は最初から実装予定だったのです!
思ってたよりシステム構築に時間がかかったのです!




