ガチャ44 兎の一歩、熊の拳
あの後、数時間ほど眠ってから目覚めた俺は、目を赤く腫らしたマトゥアにそれはもう怒られた。どうやら俺が眠りに落ちた時、マトゥアは俺が死んだと思ったらしい。呼吸や脈を確かめれば眠っているか死んでいるかなんて明白なはずだが、マトゥアがそれに気がついたのはひとしきり取り乱した後だったようだ。まあたしかに、いきなり戦闘部屋に隔離された仲間が満身創痍でいきなり意識を失ったら、死んだと勘違いしてもおかしくない。
不謹慎かもしれないが、悪いと思いつつ少しだけ嬉しいとも感じてしまった。マトゥアは俺が死んだときに涙を流すくらいには、俺を気に入ってくれているとわかったから。
ごめんごめんと簡単に謝りつつ餌付けでマトゥアの機嫌を直してから、俺たちはこのフロアの攻略方法を話し合った。
まずは当然だが、全員で戦闘部屋に入ることが出来るのかの検証が必要だ。ピーちゃんは戦力に含めないとしても、1人と2人では出来ることが大きく違うし、精神的な安定感も違う。
俺は今まで、何だかんだ言って1人で戦ったことはなかった。始まりの坑道ではチュトちゃんと一緒だったし、徘徊の森からはマトゥアと一緒だった。
今回初めて、誰にも頼れないたった1人での戦闘を経験して、それが如何に恐ろしいことなのかということを理解した。チュトちゃんが派遣されてなかった先達には尊敬の念すら覚えるほどに。
戦闘部屋には全員で入れると仮定して、次に攻略すべきはあの黒い影。ドロップアイテムから名前を把握するに、やつらは影擬という魔物のようだ。影は影でも純粋な影ではないという意味ではお似合いか。
連中の厄介なところは、数の多さと耐久力、加えて暗闇の状態異常を与えてくることだ。
当初俺は、やつらが自爆したことによって部屋が暗くなっているのだと思っていたが、そうではなかった。戦闘が終わってマトゥアが部屋に入ってきた時、マトゥアは当たり前のように俺を認識して話しかけてきた。後から聞いたところ、部屋は暗くなってなどいなかったらしい。俺の視界は暗闇に包まれていたのに、マトゥアは普通に見えていた。つまるところ、やつらの自爆は部屋を暗くする技ではなく、相手の視界を潰す技だったわけだ。
だとすれば、恐らく効果範囲はあの黒い爆発の及ぶ範囲のはずだ。遠距離攻撃で倒せればそこまで大きな驚異ではない。
厄介な攻撃ではあるが、対処法の候補はいくつかある。どうしようもない敵というわけではない。
わからないことの方が多い現状では、対策出来るのはそれくらいで、あとは状況に合わせて最善を選べるよう努めるしかない。
そもそもこれまでのフロアから察するに、出現する魔物は影擬だけではないはずだ。だから影擬だけを警戒するわけにもいかない。
元々油断していたわけではないが、作戦会議を終えた俺たちは改めて気を引き締めて次の部屋のドアの前に立った。
「開けるぞ」
マトゥアの言葉に応じて盾を構える。開け方は一部屋目の時と同じで、マトゥアが開けて俺が備える。全ての部屋が一部屋目と同じとは限らないから、一応の用心だ。
「また、カプセルか」
勢いよく開かれたドアの先に広がっていたのは、一部屋目と同じ間取りの部屋だった。ということは、またこの部屋に入ったら戦闘開始なのだろう。
「行くぞ、マトゥア、ピーちゃん」
「遅れんなよ!」
「チュン!」
ピーちゃんを肩に乗せたまま、マトゥアと足並みを揃えて踏み入ると、勢いよくドアが閉まりガラスの割れる音が部屋の中に鳴り響いた。俺も、マトゥアもピーちゃんも、誰も閉め出されてはいない。
このフロアの戦闘は1人だけを隔離することではなく、単純に戦闘部屋と通路を隔離するためのものだったようだ。ひとまず最初の関門はクリアといったところか。
「来るぞ!」
割れたカプセルの中から出てきたのは、光り輝く球状の、影擬とは正反対の魔物だった。それが3体、大きなシャボン玉の中心が光っているような感じだ。
フワフワと漂うようにゆっくりとカプセルから出てきたが、こちらに近づいてはこない。
見た目からして、近接戦闘をするようなタイプには見えない。恐らく魔法による遠距離攻撃型なんだろうが、もしかすると自爆するかもしれない。
前回の戦闘が脳裏をちらつき判断を遅らせる。本当は敵の中に飛び込んで行きたいマトゥアも、俺の指示を待っている。その僅かな迷いによって生まれた膠着は、敵の魔法によって崩れることになった。
三体の光球が唐突に激しく明滅し始めたかと思うと、それぞれに光が集まり始めた。
「っ!?」
反射的にマトゥアの前に出て盾を構える。一拍遅れて、三条の光が盾を直撃し、盾と鎧を貫通した。
「あづぁぁっ!?」
本当にとんでもなく熱いが、身体までは貫通しなかった。盾と鎧とHPのおかげだろう。だが、それだけ防御を固めていても真っ当にダメージを食らった。マトゥアがこの攻撃を受けたら、場合によっては一撃という可能性も……。
全く同じスキルというわけではないだろうが、これは撃滅の奇跡とほぼ同じような攻撃だ。だからこそ、その性能の凶悪さはよくわかっている。
「大丈夫か!?」
「何とかな! 速攻で決める! 撃滅の奇跡」
最初に予想した通り、敵は遠距離攻撃型だった。もしかしたら自爆技もあるかもしれないが、それを恐れて近づかなかったら一方的にやられるだけだ。難しくごちゃごちゃと考える必要なんてなかった。
「矢兎……!?」
猛スピードで突撃していったマトゥアが光球を一体殴り飛ばし、遅れて発動した撃滅の奇跡が光球を貫いた。
マトゥアに殴られた方の光球はその一撃で消滅したが、撃滅の奇跡を受けた方はぴんぴんしている。見た目からはどの程度ダメージが入ってるのかよくわからない。
というか、よくマトゥアは素の一撃で倒せたな。影擬とは逆に、耐久が紙で攻撃力が高いってことか……、!? いや、違う。マトゥアの腕が暴れ熊に変化している!?
これまでも、マトゥアは矢兎から連携して暴れ熊に切り替えるようなことはやっていた。しかしこの部屋はさほど広くない。敵にぶつかるまでの短距離で暴れ熊への切り替えは、今までなら出来なかったはずだ。それにそもそも、今マトゥアは切り替えのキーワードを言葉にしていなかったはず……。
点滅するだけで無抵抗の光球を、マトゥアは暴れ熊の腕で叩き潰す。そして光球は残り一体となった。だが、その一体にまた光が集まりだした。マトゥアとの距離はそう大きくないが、普通に走っては間に合わない。
だったら挑発を!
「こっちっ、だぁ……?」
敵の注意を引きつけようと大声を張り上げたのと同時に、マトゥアが高速で光球との距離を詰めてそのまま殴り殺した。そのスピードは間違いなく矢兎のもので、その威力は暴れ熊のもの。
つまりマトゥアは、複数の力を同時に使用しているのだ。
「ま、マジかぁ……」
十中八九、スキルポイントによる強化が原因だろう。チュトちゃんが戦えばわかると言っていたのも納得だ。マトゥアが強くなってさらに生き残る可能性が高くなったのは嬉単に純しい。けど、それと同時に自分の存在意義に疑問を感じてしまう。
元々全力で戦えばマトゥアの方が強かっただろうという予想が、確実にマトゥアの方が強いという確信に変わった。今の戦いだって、俺はほとんど何も出来ていなかった。
俺と一緒に戦い続けるよりも、もっと強いやつとパーティーを組んだ方がマトゥアの為になるんじゃないかという疑問が浮かぶ。
今までは一時的な保護者のような目線にいたつもりだったが、俺はなんて傲慢だったんだ。
……いや、弱気になるな、俺。
マトゥアにも言ったじゃないか。強いとか弱いとか、そんなのは関係なく、俺は大人だから子供を守るんだ。
俺はマトゥアを見捨てない。足手まといになるなんて、そんなの俺が負い目を感じてることの言い訳だ。俺が辛いから、だから都合の良い理由を探してしまったんだ。
大人は自分を正当化しようとするのが子供よりずっと上手だからな……。
強く、強くなるんだ。強くなって、マトゥアと肩を並べて戦えるようになる。ならなければいけない。
スキルはポイントで強化出来るのですよ!




