ガチャ04 宝の持ち腐れ
七色に輝くカプセルをじっくりと見つめ、それが見間違いや幻覚でないことを確認する。
「猫! 猫! ほら見ろ! 虹色だ!」
「おー、すごいやん」
かったるそうに肉球を叩き合わせて拍手するデブ猫。しかしそんな姿ですら今の俺には幸運の女神による祝福のように感じられた。
なんと素晴らしきこの快感。射倖心が満たされるこの瞬間の良いようもない心地よさ。映画、ゲーム、小説、他のどんな娯楽でもこの感情を味わうことは出来ない。
ああ……、俺はこの幸運を猛烈に誰かと共有したい……。
具体的に言うとSNSで呟きたい……。
俺はこんなにも幸福であるということを可哀想な引き弱どもに見せつけてやりたい……。
「……ふぅ」
地団駄踏んだり体をくねくねと動かしたりしながら一通り喜びを噛みしめつつ、一息付いて誰かに自慢したい欲求を静める。
ガチャの結果に一喜一憂することは人として当然の行いだが、今は冷静さを失ってはいけない。まずはこの虹色のカプセルに入っている中身を確認し、その性能を確かめる必要がある。
「変なご主人の使い魔になってしもうたなぁ」
俺の奇行を白けた目で見ているデブ猫をスルーし、虹色のカプセルをタップする。すると七色の光と共にカードが表示された。
神剣アルティマテリカ
・攻撃力SSS+
・剣術Lv8
・回帰
・不壊
レアリティはURで分類は装備。より細かく言うならば両手剣のようだ。台座に突き刺さった状態の神々しい剣がイラストで描かれている。
武器であるためゲーム的に考えれば攻撃力があがるのは当然だが、このSSS+というのは非常にわかりにくい。
まだ初期設定の段階であるせいか、スマホのページを自由に動かすことは出来ない。そのため、ステータス等の情報もよくわからなかったのだが、この剣の表示を見る限りこのソシャゲのような何かはステータスが明確な数字では表されないらしい。
不親切というか、一般的なソシャゲではあまり見ないタイプのシステムだ。
それはそれとして、攻撃力SSS+の下にある三つ。これはまあ追加スキルとか、スロットスキルとか、そんな感じだろう。
ゲームにおいて高ランクの武器というのは攻撃力の上昇だけでなく、スキルが元々付与されていたり、スロットがあってそこに特定のアイテムをはめるとスキルが使えるようになったりすることがある。この神剣は恐らく前者だろう。
カードに書かれたスキル名をタップすると、簡単な説明が記されたウインドウがポップした。
剣術Lv8。剣の扱いをうまくするスキル。Rの槍術がLv5であったことを考えると、UR武器に相応しいLvではないだろうか。剣なんて使ったことがないし、これは非常に助かるスキルだ。
回帰。持ち主の手を離れても戻ってくる。ゲーム的な感覚だった為に全く考えていなかったのだが、このまんま現実な状態で攻略を開始するのであれば、武器を奪われたり盗まれたりということがありえるのではないだろうか? そう考えると、必ず手元に戻って来るというこのスキルは非常に有用だと感じられる。折角引いたURを強奪されたり紛失した日には1日中泣き続ける自信がある。
不壊。武器が壊れない。これは武器に耐久度があったりするゲームもあるからその有り難みがすぐに理解できた。回帰と同じように、せっかくのUR武器が壊れてしまっては目も当てられない。それに、このスキルの存在を知ったことで逆説的に通常の武器は壊れるのだということを知れた。
こうして見てみると、純粋に武器として強いという印象を受ける。何か妙なスキルが付いているわけでもないし、正統派の剣という感じだ。
顕現のボタンを押して見ると、デブ猫の時と同様にカードが光り輝いて画面から飛び出し、空中で剣の形に変化していく。完全に剣の形になったところで、ゆっくりと右手を前に出し柄を掴む。すると光が弾け、神剣アルティマテリカがその神々しい姿を現した。
そして、甲高い金属音を響かせて切っ先が地面に衝突した。
「あっぶな!? なにすんじゃご主人!?」
後数センチのところで真っ二つにされそうになったデブ猫が飛び上がって神剣から距離を取る。肥満体からは想像も出来ないような素早さだった。
恨めしそうに牙を剥いて俺を威嚇してくるデブ猫だが、ちょっと待って欲しい。俺だってわざとやったわけじゃない。
「お、おお、重い!」
そもそもが両手剣なのだから、片手で柄を掴んで真っ当に持ち上がる筈がなかった。それに俺はろくに運動もしていないもやしフリーター。試しに両手で握って見ても剣の重さに任せて振り回すのが精々だった。剣術Lv8を十分に発揮するためには、基礎的な筋力が全然足りていないらしい。
このままでは持ち運ぶことすら困難なので、もう一度カードに戻せないかと思ってスマホ見てみたが無理そうだった。画面はすでに次の設定画面に移動していたのだ。
「ふぅー……」
しょうがないので俺は、とりあえず神剣を床において放置することにした。設定が終わって攻略を始めるときにまた装備しよう。
「道具の購入が可能です」
神剣を顕現化した時、すなわちスキルポイントを使い切って何も出来なくなった段階で初期設定は次の画面に移行していた。どうやらこれはショップらしい。
購入、売却、交換、戻るの四つのボタンが表示されており、交換だけが灰色でそれ以外のボタンは青色になっていた。試しに交換のボタンを押してみる。
「この機能は現在使用できません」
無機質な機会音声にオーダーを拒否されてしまった。
まだこの機能は実装されていないのか、あるいはこの機能を使うための条件を満たしていないのか。たぶん後者だろう。未実装の機能を最初から表示しておくなんてあまりにもナンセンスだ。おおかた、チュートリアル中は使えないといったところか。
購入ボタンを押すと、武器、防具、道具と三つのボタンが表示された。これは全て青色になっており、武器のボタンを押してみると今度は片手剣、両手剣、槍etc……と大量のボタンが更に出てきた。
神剣があるため今更武器を購入する必要は感じないが、神剣と店売りの武器の性能を確かめるために両手剣のボタンを押す。
開いたページには、木の両手剣、青銅の両手剣、鉄の両手剣と言った感じの無機物由来の物や、蜥蜴人の両手剣、大蜘蛛の両手剣と言った有機物由来のもの、さらには大聖剣なんたらかんたら何て物が表示されており、上に表示されている物ほど安く弱い様だった。
初期資金は500dであり(dが何の単位かは不明)、木の両手剣が100d、青銅の両手剣が500dだったので、初期設定の段階で一番良い武器を買おうとしたらそれだけで資金がすっからんになってしまうようだ。
とはいっても、初期設定で配布される武器が青銅だったのだから他の武器に浮気しなければそんな心配は発生しない。
木の両手剣と青銅の両手剣の性能を見比べてみる。
木の両手剣
・攻撃力+Gー
青銅の両手剣
・攻撃力+G
一番安い価格帯の武器がGということは、恐らくステータスの段階はG~からSSSまでの十段階。天井はもしかしたらSSSよりも上があるのかもしれないが、底がGランクなのは間違いないだろう。更にその上で、各ランクにもー、無印、+の三段階がある。鉄の両手剣を調べてみたらG+だったからこれも正しいだろう。
正直、GーだのGだのと言われてもどの程度の強さなのか良くわからないが、少なくとも神剣アルティマテリカがURに相応しい武器であるということは確認できた。
リストの上の方を見た後に一番下の方を見てみたのだが、店売りの最高ランクはSRまでであり、そのSR武器も神剣と比べると見劣りするものだったのだ。
今後どうなるかはわからないが、少なくとも初期設定で武器を購入しなくてもいいというのは金銭的にありがたい。
丸々余ったお金で何を買うかといえば、やはり防具だろう。武器は最上の物を手に入れたが、防具は今のところジャージと肌着だけ。最低でも、頭と心臓を守るものは必要だ。
などと考えていたのだが、残念なことに宛がハズレた。まともな防具は到底初期資金で購入出来るものではなく、精々顔の上半分を覆うヘルメット(お値段500d)が候補に入るかどうかというレベルだ。
一旦保留して道具の方を除いてみると、ポーションや毒消し、投げナイフなどのRPG定番アイテムが羅列されていた。
それぞれ値段は100d、50d、50dであり、どうやら道具屋の表示は前の二つと異なり値段順ではないようだった。試しにゆっくりスクロールして値段を目で追ってみたが、値段はマチマチであり金額に規則性はないように見える。
さらに、この道具屋の商品は武器や防具に比べてべらぼうに多く、そのくせ種類が分けられていないためにかなり見辛い。とんでもないクソUIだった。
「ん?」
さっきは値段に注視していたから気づかなかったのだが、適当にスクロールしつつ名前を確認していると、食料品や嗜好品などが商品に混ざっているようだった。
それだけならまあ驚くようなことでもないのだが、気にかかったのは日本で販売されている商品もその表示に含まれていたことだ。それは真っ赤な背景に白い文字の缶ジュースで、お値段10d。他にも色々と日本の商品があった。
「まあ、いっか」
気にはなったがすぐどうでもよくなった。
頭の言い奴というか、思慮深い奴ならもう少し色々考えたり、この状況の考察をしたりするのかもしれないが、俺はそういうのに向いていない。ちゃんとこれからのことを考えられる頭があったら、フリーターやりながらガチャ中毒になんかなるわけもなし。
俺の長所は、悩むことがあっても最後はお気楽で前向きなことだ。
とりあえず余計なことは忘れて、残り490dの使い道をゆっくり考えることにした。
ジュース飲んでじゃネーヨ!