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ガチャ39 大樹猿の本領

 逃げ回る砲台ほど鬱陶しいものはない。投石が砲台というのはさすがに過大評価だとは思うが、遠距離攻撃であることに代わりはないのだから同じようなものだ。

 とにかく、樹猿をフリーにすることが何よりもまずい。俺とマトゥアの二人がかりなら木精霊の3体くらいは相手に出来る。だから初手は樹猿を狙う。


「グギャア!」

「ギィギャアア!」


 樹猿の気配を感じ取ったマトゥアに位置を教えてもらい、相手がこちらに気づく前に撃滅の奇跡・一刀で2体の樹猿を処理する。

 光の粒子が空に消えていくのを確認してから、俺とマトゥアは猿どもが居た場所に向かって走り出した。


 この作戦を考えた当初は、相手が奇襲に同様している隙をついて素早いマトゥアに先行させて木精霊を一体倒すというやり方をしていたが、それだと一時的にとはいえマトゥアが2体の木精霊を受け持つことになる。

 それだけならばなんとかなるが、撃滅の奇跡で猿を皆殺しに出来なかった場合や、木精霊を倒せなかった場合に孤立したマトゥアが袋叩きにされる。というか実際一度そうなりかけた。肩代わりを使っていたからマトゥアはなんてことなかったが、あんな光景を見るのは二度とごめんだ。

 それ以来、猿を討ち漏らした時以外はなるべく二人で一緒に戦うようにしている。


「「――――」」

「――――」


 足の速いマトゥアが一足先に目的地に到着すると、すでに擬態をやめて臨戦態勢に入っていた木精霊の攻撃が殺到する。2体が枝針を使い、残る一体が根の拘束を使ったみたいだ。


「矢兎!」


 森の中などの蹴る場所が多いところほど、その三次元的な戦闘に向いているマトゥアだが、平地でスピードが出せないというわけではない。以前の俺なら瞬間移動と勘違いするほどのスピードで大地を駆け回り、根っこや枝針を回避していく。


「腐れ植物どもが! 俺が相手だ!」


 少し遅れて到着した俺は、挑発を使って木精霊たちのヘイトを一身に集めた。

 マトゥアに向かって伸びていた根っこが一瞬動きを止めて俺に迫ろうとし、残る2体もマトゥアに向けられていた照準を俺に合わせようとした。


「暴れ熊!」


 その、攻撃を切り替えるための僅かな隙をついてマトゥアが木精霊の一体を殴り飛ばす。

 マトゥアならやろうと思えば俺が来る前に1体くらいはしとめられた。それをしなかったのは、ヘイトを稼がせないためだ。

 このダンジョンの魔物、つまりは侵略者どもがどういう行動原理でいるのかわからないが、挑発なんてスキルがあるくらいだから確実に敵意の方向性がある。無軌道に攻撃対象を決めているわけではないんだ。

 だから、マトゥアが確実に動けるよう、俺に敵意を集めてから攻撃させた。


 殴られた木精霊は植物で作られた肉体をぐずぐずに崩壊させながらもまだ死んでいない。面倒なことに、第三階層の個体よりも耐久が上がっているのだ。

 だが、魔法は止まった。攻撃を受けて枝針の魔法が一つなくなり、俺が十分に対処できる状況になった。


「ディフェンダー!」


 根っこは切り飛ばして枝は受け流すが、すべてを完全にさばき切れるわけじゃない。被弾する攻撃は防御力をあげて無理矢理耐える。幸い、なんとか防具は全身揃えることが出来た。多少被弾しても致命傷になることはない。


「暴れ熊!」


 虫の息だった木精霊に止めを刺したマトゥアが、続けてもう一体の魔物を殴り飛ばした。

 するとうねうねと不気味に蠢いていた根っこが力なく地面に落ちていき、微動だにしなくなる。


「ガード! シールドバッシュ!」


 マトゥアに敵意を向け始めていた木精霊に突撃し、超至近距離で枝針をガードした後に続くシールドバッシュで吹き飛ばす。俺がまともに攻撃していない状況でマトゥアが2体しとめたら敵意がマトゥアに向く。だからその前に無理矢理攻撃した。


 シールドバッシュは衝撃こそあるもののダメージは大きくない。衝撃に押されて数メートルほど後ずさりした木精霊だが、身体がどこも崩れていない。

 それも含めて計画通りだ。


「終わりだぁ!」


 強制的に移動させられた場所には、2体目の木精霊に止めを刺したマトゥアが待機していた。

 シールドバッシュによって魔法を中断させられた木精霊が何かするよりも早くマトゥアの腕は振り抜かれ、バラバラになった肉体は光の粒子となって消えていった。


「っふぅー。毎回これくらいうまく行くといいんだけどな」


 出現した扉を視界に入れつつ、スマホ取り出して戦果を確認していると、近くから獣のうなり声のような音が聞こえた。


「飯だ! 昼飯の時間だ!」


 音はマトゥアの腹の音だった。

 こうしてマトゥアの腹時計がお昼時を伝えてくるのはいつものことで、すっかり慣れたものだ。


「相変わらずマトゥアの腹時計は正確だなぁ」


 スマホで時間を見てみると、いつものように昼飯時だった。

 ちょうどレベルアップしてボス部屋への扉も現れたことだし、腹を満たしてから進むとしよう。

 腹が減っては戦は出来ぬと言うしな。







 腹ごなしを終えて徘徊の森第五階層に踏み入った俺たちが見たのは、ゴリラと比べてもなお大きな樹猿だった。名は体を表すというが、まさにその通りでボスの名前は大樹猿。森のフロアだから木精霊の方がボスかと思ったが、予想は外れてしまった。

 これまでの戦いから考えると、木精霊より樹猿の方が倒しやすい気がするが、ボスである以上そう簡単にはいかないだろう。


 なにはともあれ、まずは先制攻撃だ。ざっと周囲を見渡しても他に魔物はいないし、マトゥアからの報告もない。なら消耗の激しい一刀を使う必要はないな。


「撃滅の奇跡」


 俺たちに気が付いてドラミングを始めた大樹猿を警戒しながらビームを放つ。暴れ坑道狸の時のように多少は目に見えて効果があるのではないかと思ったが、結果は体毛が焦げた程度。目に見えないHPは損耗しているんだろうが、お気軽に大ダメージとはいかなそうだ。


「暴れ熊は使っちゃだめだぞ。なるべく動き回って攻撃は避けるんだ」

「わかってるって!」


 マトゥアの強みは状況に合わせて能力を変化させられる部分にあり、さらにその変化させた能力がどれも一級品であるということが真価だ。

 矢兎の圧倒的なスピードに暴れ熊の凄まじいパワー、さらに撃槍犀の貫通力と防御力。そしてこれまでの戦いでは一度として使っていなかったが、赤毒外鰯という強力な毒を持つ魚の能力も使うことが出来る。

 そもそもボスに毒が効くのかはわからないが、やって無駄ということはない。


「おい木偶の坊! 図体だけは立派だなあ!」

「矢兎! 赤毒外鰯!」


 最初の一撃と挑発で俺が注意を引いている間に、トップスピードで駆けだしたマトゥアがすれちがい様に大樹猿を鋭い爪で引き裂く。


「通ってないか」


 マトゥアと大樹猿がすれちがう瞬間、火花が散ったように見え、大樹猿の身体に傷跡は残っていなかった。完全にHPに阻まれて攻撃が肉体にまで及んでいないんだ。

 マトゥア曰く毒は爪からも分泌することができ、攻撃を当てられれば敵の身体に毒を入れられるということだったが、そうするには強力な一撃でHPをぶち抜くか、HPのバリアが薄くなるまで待つ必要がある。


 もしもの話をするのであれば、暴れ熊と赤毒外鰯を同時に使えれば可能性はあった。予想でしかないが、暴れ熊ならばHPの壁を越えて肉体にダメージを与えられるはず。大したダメージにはならないかもしれないが、かすり傷でもつけば毒を通せる可能性はある。

 だが最初に言ったようにこれはもしもの話。マトゥアは複数の獣の力を同時に行使することが出来ない。

 さっきの攻撃も、矢兎を使用してから即座に赤毒外鰯に切り替えているだけであり、同時に使用したわけではないのだ。


 最初の攻撃は、いわば通常攻撃。獣身変化を使っていないマトゥアには獣耳や鋭い爪、腕や足などに動物のような体毛がある。それは魔族としてのマトゥアのニュートラルな状態であり、そこに加えて獣の力を使うことが出来るのだ。


「ディフェンダー!」


 マトゥアは攻撃と同時に森の中に逃げ込み、大樹猿はそれを一瞥もせず俺に駆け寄ってきた。怒り心頭の様子で、挑発が随分効いてるらしい。


 巨大な大樹猿の姿に遠近感が狂う。さらに大樹猿の腕は俺が見積もっていたよりも長かった。盾を構えて大樹猿の接近を待ち、ガードするタイミングを見計らっていた俺は、予想よりも早い段階で振り上げられた腕を見て咄嗟に後方に下がった。


 もっと距離を詰めた上でパンチやなぎ払われたら避けようがないが、上からの叩きつぶしなら距離の調節はほとんど出来ないはず。


「めくらましか!?」


 大樹猿の拳を叩きつけられた地面から土が舞い上がり、俺の視界を埋め尽くす。さらに瞬間的にではあるが大地が揺れ、ふんばりが効かない。


「まず――」


 どう対処するか判断がつかぬまま、大樹猿によって勢いよくすくい上げられた大量の土砂が俺を襲う。大きな手のひらによって掘り起こされたそれは、まるで小さな土砂の津波のようであり、押し流された俺は生き埋めにはならなかったものの、土にまみれて尻餅をついていた。


「グヒヒッ!」

「ぶっっ」


 急いで立ち上がらなければと焦る俺を、そいつは心底楽しそうにあざ笑いながら叩き潰した。


 やばい


 死ぬ


「ウヒ! ウヒヒ!」

「あっ ごえっ げえっ」


 バンバンと、机を叩きながら笑っている時のように、何度も何度も叩きつけられる。


 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ


「暴れ熊ぁ!」


 あ


 視界の端に、殴り飛ばされて吹っ飛んでいくマトゥアが見えた。


 瞬間、頭の中でこれまでの出来事が逆再生のように高速で流れ始める。それはまるで走馬燈のようで……、いや実際にそうなんだろう。


 ボス戦前だからと少々豪華にしたコンビニ弁当を美味そうに食べるマトゥア。俺の指示に従って第四階層の魔物と戦うマトゥア。食い物をもっとよこせと駄々をこねるマトゥア。初めての木精霊との遭遇。マトゥアの反抗期。毎日のように下克上を挑むマトゥア、俺の料理を美味そうに食べるマトゥア。マトゥアとの共闘、出会い。チュトちゃんとの別れ。そして、



 サンダーボルト



「ギギャアアアア!?」


 ニヤニヤと笑いながら俺をなぶっていた大樹猿が、それまでが嘘のよう大きな悲鳴を上げて弱々しく森の中に逃げていった。


「さい……ごふっ。せいの……きせ……き」


 自分で自分の姿を見ることは出来ないが、見るに耐えない状況になっていたはずだ。しかしそれも、欠損の状態以上を治しなおかつHPを回復する奇跡を使えば元通り。スキル様々だ。

 しかし防具は完全にダメになってしまったようで、いつの間にか消滅していた。


「治療の奇跡」


 自分はポーションを飲んで回復し、立ち上がろうと地面でもがいているマトゥアには奇跡を使う。暴れ熊は使うなと言っておいたのに、咄嗟に使ってしまったんだな。優しい子だ。

 本当なら今すぐたくさん誉めてやってありがとうと言いたいところだが、それは戦いが終わってからのお楽しみにするしかない。


 戦いはまだ終わってない。


「動けそうか?」

「こんなのなんてことねぇ!」

「よし。あいつは今最初より弱ってるはずだ。攻撃も通るかもしれない。もう一回毒を試してくれ。1回攻撃したら戻ってくるんだ。それと無敵の魔法をかけるけど、切れた場合も戻ってくること」


 ボスドロップで手に入れた呪文カードであるサンダーボルト。忘れていたわけではなく、ちゃんといざという時に使おうとは思っていたが、実際にいざという時にそんな冷静さは全く保てなかった。念じるだけで使えるようになったという仕様変更のおかげで助かった。


 どの程度のダメージだったのかはわからないが、大樹猿の様子を見るにかなり堪えていたよう見える。加えて足取りが覚束なかったのは麻痺の効果だろう。完全に動けなくなるわけではないというのが残念だが、あの様子ならまだ遠くには行っていないはず。

 巨体を利用して超長距離からの投石を仕掛けられたら勝ち目がない。最低でも毒を入れなければ。


「切れたらって、そんなのわかるのか?」

「効果時間は5分。300秒だ。数えられればそれが一番いいけど、無理そうなら早めに帰ってくればいい」

「わ、わかった。さんびゃく、だな」


 ……駄目か。途中で効果が切れたらマトゥアが死ぬ。肩代わりのクールタイムはそれほど長くないが、かけ直すまでの間に攻撃を受けないとは言い切れない。一人で行かせるのでさえ肩代わりがあるとはいえ本当は嫌なんだ。

 だが、どうする? 他にどんな手がある? この場で耐えて撃滅の奇跡のクールタイムが終わるのを待つか? マトゥアならある程度敵の場所がわかるが、距離が離れればそれだけ精度は落ちる。相手は無制限に石を投げてくるのに、こっちは連射出来ない。

 挑発を使うか? もう一度効くかは確実ではないが、我を忘れて向かってくるかも……。



「っ! そんな顔すんな! いつもいつも、何でもっと俺を使わない!? 俺は出来る! 俺は役目を果たせる! 俺を認めろ! 今は俺がやるしかないんだろ!? だったら俺に任せておまえは待ってれば良いんだ!」

「……死ぬかもしれないんだぞ?」

「そんなの昔っから一緒だ! 時間がないんだろ!? 早くしろよ!!」


 昔っから一緒、か。俺はそれを変えたくて、……でも、俺が弱いからそれを変えられない。


 弱い奴は、自分の信念すら貫き通せない。


「行ってくれ。魔法は途中でかける」

「おう!! 矢兎!」


 大樹猿の気配を追って走り出したマトゥアを見送って、俺はため息を吐くことしかできない。

 強いことが正義だなんて、野蛮な考えだと思っていたけど、結局俺は平和ボケした現代人だったってことなのかな。


「肩代わり」


 今までのマトゥアとの戦いも、マトゥアが本気で俺を殺す気だったら負けていたのは俺の方だったはずだ。


 俺は守るだなんだと言っておいて、その実守られていたのかもしれない。マトゥアにそんなつもりはなかったのかもしれないが、徘徊の森に来てから俺の力だけで何とか出来た状況がどれほどあっただろうか。


 強く、もっと強くならなければいけない。

運が悪いのです

相性は悪くないのですよ

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