ガチャ38 投石する猿
扉をくぐり第四階層に入った途端、俺たちは魔物と遭遇した。だがそれは待ち伏せや奇襲ではなく、偶然魔物がそこに居ただけだったらしい。樹猿は慌ただしく森の中に逃げていき、木精霊はその場で詠唱を始めた。
「――――」
「撃滅の奇跡! 追わなくていい!」
逃げていった樹猿は2体で、木精霊が3体。ただ、一体は相手の魔法が終わるよりも先に倒したから残りは2体。
マトゥアは一瞬逃げていった樹猿に意識が向いてしまい魔法の発動を阻止できなかった。だが、タイマンならなんとでもなる。
俺を拘束しようと植物の根っこがうねうねと動きながら迫る。少し前までの俺にはこの拘束をどうにかする手段がなかったが、今は違う。
「なんてことないぞ!」
不規則の軌道を描く根っこだが、最後は必ず締め上げるための動きになる。限界ギリギリまで引きつけて、予想できる動きになったところで根っこを切りとばす。
こんな小器用な真似が出来るようになったのは、剣術のレベルが上がったからだ。
撃滅の奇跡を取得して以来真っ向から剣で戦う機会が著しく減り、恩恵をあまり感じられていなかったのだが、このスキルは地味に凄い。
レベルが1つ上がるだけでも目に見えて変わるほどの影響があるのだ。そもそもレベル1の時点でズブの素人がまがりなりにも戦えていた時点でわかりそうなことだが、気づいていない俺は間抜けだった。
撃滅の奇跡はたしかに強力だが燃費が悪い。そもそも前衛型のビルドでMPに余裕があるわけでもないのだから、本来はこう言った近接戦闘用のスキルを鍛えて戦うのが正道なのだろう。
「――――」
高速で飛来する鋭い枝を盾で受け流し、迫り来る根っこにぶつけてやる。盾術は盾をよく使っているせいか剣術よりもレベルの上がりが早く、今はLv3になっている。こっちもレベルが上がってからこんな達人じみた真似が出来るようになった。
「暴れ――」
俺が木精霊の攻撃をしのいでいる間に、根っこや枝の針を素早き動き回って回避ながら敵に接近していたマトゥアが攻撃をしかけようとした。
「ぐっ!?」
しかし、突然どこからか高速で飛んできた大きめの石がマトゥアの身体にめり込み、体勢を崩させる。
「矢兎!」
よろけたマトゥアに根っこが迫っていたが、マトゥアは地面を強く踏み一気に長距離を跳躍することで拘束から逃れる。ダメージはあるようだが、致命的なものではないみたいだ。
だが、HPのバリアがあるというのにマトゥアが攻撃を中断させられるほどのダメージ。当たりどころが悪ければそのまま戦闘不能ということもありえるかもしれない。
そもそもあの石はなんだ? 攻撃? 木精霊の魔法か? 新しい魔法という可能性はあるが、詠唱は確認できなかった。
「グギャギャギャギャ!」
木精霊の相手をしながら攻撃の正体を考えていると、森の中から醜悪な笑い声が聞こえた。実際のところそれがやつらの笑い声なのかはわからないが、そう感じたんだ。
「猿だ! あいつら逃げたんじゃない!」
人はあらゆる動物の中で最も投石がうまい。極めて原始的な攻撃ではあるが、人類の武器の歴史は銃火器なんかよりもよほど投石の方が長い。種としての生存競争ではなく、1個の生物として戦うとき、人の投石は決して馬鹿に出来ない武器となる。
そしてそれは、人類に似た体を持つ猿にも言えることだ。現代でも猿の投石による犠牲者は発生している。おそらく地球産の猿どもより強いであろうダンジョンの猿が投石を使わない道理はない。
これは猿の遠距離攻撃だ。
「動けるか!」
「よゆーだ! 馬鹿にするなよ!」
「俺がこっちを受け持つ! 猿を頼む! 一時的に無敵になる魔法をかける! 投石は無視して最速で倒してくれ!」
俺の指示に答えることなくマトゥアは森の中に入っていく。
戦力を分散するのは悪手かもしれないが、二人とも投石に気を取られて拘束されたら詰みだ。撃滅の奇跡のクールタイムはまだ終わってないから、前みたいな脱出の仕方も出来ない。
マトゥアを猿の方に行かせたのは単純で、猿どもは樹の上を軽快に動き回るため俺では追いつけないのだ。逃げ回られて完全に分断されたあと、各個撃破されるだろう。
いずれこんな風にマトゥアを視界に入れて戦えない状況が来るかもしれないとは考えていた。それがまさかこんなに早くなるとは思わなかったが、その時に備えてスキルを取得しておいてよかった。
「肩代わり」
肩代わり。一定時間パーティーのダメージや痛みを肩代わりするスキル。ダメージの判定は当然攻撃を受けたプレイヤーで判断されるため、俺の防御力の高さは活かせない。しかし、HPの多さは活かすことが出来る。タンクが味方のダメージを受け持つっていうのはRPGじゃ鉄板だ。
このスキルのことをそのままマトゥアに説明しても納得しないだろうから、少しだけ事実を捻じ曲げて伝えた。マトゥアは嘘を見抜けるみたいだが、マトゥアにとって無敵であることは事実。嘘はついてないから多分ばれないだろう。
あとは俺がこっちをさくっと終わらせて、援護に向かうかHPが切れないようにポーションを飲めばいい。
「つっても、なあ」
それが出来れば苦労はしないんだが。
タイマンでやってる限りは攻撃をいなすだけなら余裕があったが、2体同時となるとそれもギリギリだ。というか、枝については何回か食らってる。
とりあえず、拘束だけは絶対受けないようにして死なないように頑張るしかないかね。
・
「矢兎!」
マトゥアの叫びと共に重低音が森に響きわたり、直後に笑いながら樹の枝にぶら下がっていた樹猿の一匹が地面にたたき落とされた。
「グギャァァ!?」
「撃槍犀」
樹猿はなにが起きたのか理解出来ずにジタバタともがいていたが、樹の上から勢いよく落下したダメージで立ち上がることも出来ず、そのまま角のような槍に変化したマトゥアの腕に貫かれて光の粒子となった。
その一部始終を見ていたもう一匹の樹猿は逃げるように樹の上を移動し始める。
「最速で、だよな」
逃げていく樹猿を見たマトゥアに、見逃すという選択肢はない。この場で見逃してもまた戻ってくることはわかっていたし、何より、暫定的であるとはいえ自分の上司から命令された仕事だ。
マトゥアにとって任された仕事は完璧にこなさなければならないものだった。
「矢兎!」
以前三咲と戦った際に使ったのと同じで、太い樹の幹を連続でいくつも蹴りながらピンボールのようにジグザグの軌跡を描き樹猿へ迫るマトゥア。
「ちっ!」
しかし、あと少しで追いつけそうなところで樹猿は急に進行方向を変えたり、投石によってマトゥアを妨害しギリギリ追いつくことができない。
マトゥアは空を飛んでいるわけではなく、樹を蹴ることで得た推進力によって直線的に動いているにすぎない。進行方向にある樹を再度蹴りつけることで角度を変えることはできるが、細かい調整までは出来ない。それに対して樹猿にとってはまさしくホームと呼べる場所であり、機動性に差がでるのは当然だった。
「ちまちまとうざったい!」
マトゥアは投げつけられる石をかわしたり腕で弾いたりしていたが、そんなことをしていては追いつけないと気が付き三咲に言われた通り一切気にせず突進することにした。
腕で弾いた時に全く痛くないことは確認済みで、どうやってやったのかマトゥアにはわからなかったが三咲の言うことは本当だったと確信した。
いよいよとなれば無敵でなくてもなりふり構わずしとめるつもりではあったマトゥアだが、ダメージを受けないのであればそれに越したことはない。
「いい加減、死ねえ!」
いかに人間や猿が投石に長けているとは言っても、ノーモーションで行うことは出来ない。投石をすることによって当然樹猿の逃げ足は遅くなる。さっきまではマトゥアが回避や防御をしていたからそれでも逃げ切れたが、顔面に直撃する石を無視して突っ込んでくるマトゥアから樹猿は逃げきれなかった。
「ギャアアア!」
地面に落ちた猿の末路は一度語った通りだ。
「よし」
標的を撃破したことに小さくガッツポーズを作るマトゥア。今日の昼ご飯に思いを馳せつつ、急いで最初に魔物と遭遇した地点に戻る。
三咲はマトゥアの暫定的な上司であり、自身を倒した強者だと認識しているが、戦いには相性というものがある。あの三咲が簡単にやられるとはマトゥアも考えていないが、万が一を考えると自然に足は速く動いていた。
別に心配しているわけではなく、美味い飯が食えなくなるのは困るから、というのがマトゥアの自分に対する言い訳だった。
「……! おい! だいじょぶか!」
「おお、そっちも終わったか……」
マトゥアが元の場所にたどり着くと、そこには至る所から血を流し満身創痍で今にも倒れそうな三咲が居た。
よく見ると光の粒子が舞っており、ちょうど戦闘が終わったところだったようだった。
「おまえ、ポーションは!?」
「飲む暇なかったんだよ……。奇跡は一応使ってたけどな……」
喋るのもおっくうそうな三咲はポーションを取り出して一気のみし、治っていく傷を確認してからマトゥアに歩み寄った。
「そっちは怪我なかったか?」
「当たり前だ! 俺は無敵だからな!」
「それ俺のおかげだからな」
しょうがないやつだと苦笑しながらマトゥアの頭に手を伸ばす三咲。マトゥアはそれをいつものようにはねのけたキャンキャンと吠える。
マトゥアは三咲に言うつもりは絶対にないが、このやりとりが嫌いではなかった。
プレイヤーさんは火力が弱いのですよ




