ガチャ34 魔物は食えず
「で、おっさんは何でここにいるんだよ?」
「えっ、俺の話聞きたいの?」
話が一段落したところでマトゥアから投げかけられた質問に、俺はテンションを上げながら聞き返した。
さっきまでかけらも興味ありません、負けたから従ってるだけです、って感じだったから少し意外だった。
「変なやつだからちょっと気になっただけだ! 俺は喋ったんだからおっさんも言えよ!」
「んー、まあマトゥアの話に比べると何の変哲もないけど」
俺たちの世界の子供は大勢で集まって教育を受けて、成長したら社会に出て働き生活の糧を得る。そこには命の危険なんてほとんどなく、俺も日々与えられた仕事をこなしながら家族を養って生きていた。
そして、突然この防衛戦争に巻き込まれ、今ここにいる。
俺の半生を簡単にまとめるとそんなところだろう。
「戦わなくても生きていけんのか? 自分よりも強い奴に食われそうになったらどうすんだ?」
「戦うのが仕事の人たちが居て、その人たちが守ってくれるんだよ。それに俺たちの世界の武器は凄く強いから、種として人間よりも強い敵はいないんだ」
「うーん? よくわかんねー! とにかくおまえの世界は安全ってことだな! おまえは安全な世界に戻るために戦う!」
「まあ、そうだね」
だいぶざっくりとした理解だが、話を聞いた限りじゃ少なくともマトゥアの居た世界よりは安全なんだろう。
お互いが危険すぎる武器を持って牽制し合っているからこそ保たれている平和が、果たして真の意味で安全といえるのかはわからないが。
「それと、さっきマトゥアは捕虜って言ってたけどそれはちょっと正しくないな」
「なんでだ? 魔王様が言ってたぞ。戦争で負けて捕まったらほりょになるって。俺は負けて捕まってるからほりょだ」
「そもそもさっきのは戦争じゃないし別に俺は君を捕まえてるわけじゃないよ。どっちかっていうと、一時的な保護者ってことになるんじゃないかな」
「ほごしゃ?」
「君を守る大人ってことだよ」
マトゥアは文字が読めないらしいから、自分からパーティーの解除をすることはたぶん出来ない。だから俺がマトゥアを放り出そうとしなければ、俺たちのパーティーが解消されることはない。
自分の身を守れるのかさえわからない状況で、子供一人抱えて戦うのは難しいかもしれない。だが、難しいからやらないなんてのは大人のやることじゃない。
「守る? そうか、わかったぞ! 魔王様も言ってた! 魔王軍は俺を守るから俺は魔王軍の為に戦う。お互いに利のある関係ってやつだな! おまえは俺を守って、俺はおまえのために戦う! そういうことか!」
「いや、君は戦わなくていいから」
「ぬがあああ!? どういうことだ!? おまえは俺を守る、俺は何をすればいいんだ!?」
「とりあえず敵に狙われないように隠れててよ。まだ子供なんだから、危ないことはさせられない」
「俺は獣王マトゥアだ! 子供扱いするな! 俺は強い!」
「強いとか弱いとかっていう話はしてないよ。それに俺より弱かったでしょ? 俺に負けたんだから、俺の言うことは正しいんじゃないかな?」
「頭がおかしくなる! 嘘のけはいがしない!? なんのために俺と戦ったんだ!?」
頭を抱えてうーうーと唸るマトゥア。そんなに難しい話はしていないと思うんだけど。
「さっきは君が襲いかかってきたから無力化しようとしただけで、戦うつもりなんて最初からなかったんだ。俺は大人で、君は子供。だから俺は君を守る。それだけの話だよ」
「わかんねー! ぜんぜんわかんねー! 俺は戦士だ! 戦いは俺の生き甲斐だ! 勝手に守るとか言うな!」
「い、生き甲斐か……」
敗者は勝者に従うって言ってたから、何だかんだ言って受け入れてくれると思ったけど、そんなに嫌なんだろうか。
生き甲斐とまで言われると、やりたくないことを強制してるようで気が引ける。俺の常識では子供は大人が守るものだけど、マトゥアにはまた違う考え方があるわけで、あんまり俺のやり方を一方的に押しつけるのは、大人として正しくないかもしれない。
う~ん、でもなあ。子供を戦わせるなんて、やだなぁ。大人としてとかじゃなくて、普通に俺が嫌だ。
「そんなに戦いたい?」
「当たり前だ!」
「どうしても?」
「さっき教えただろ! 俺の命はいつも戦場にあった! 戦わない俺なんて俺じゃない!」
俺の個人的なこだわりを押し通すか、マトゥアの矜持を押し通すかって言う話しなんだよな。
で、どっちかと言えば俺の方が相手の行動を制限しようとしてる分我が儘なんだ。
自分のために我が儘を言うなんて、ダメだよなぁ。
嫌だけど、本当に嫌だけど、しょうがないか。
「わかったよ。じゃあ俺は保護者じゃなくて、仲間ってことにしよう。お互いがお互いのために助け合うんだ。それならいいよね?」
「魔王軍と一緒ってことだろ! しょうがないからそれで我慢してやる! 帰るために仕方なくだからな! 勘違いするなよ!」
「わかったわかった」
人間と協力なんて出来るか! くらいは言われるかと思ったけど、マトゥアは意外にもすんなりと俺の提案を受け入れた。これはあれだ、交渉の時とかに使われる、要求を段階的に小さくしていくことで、本来なら受け入れないような要求も受け入れてしまうというやつだ。
意図してやったわけではないが、結果的にそんな感じになってしまった。まあでも、一緒に居ることそのものを拒否されなかっただけよしとしよう。ついでにパーティー解除の方法は黙っておこう。
・
お互いの戦闘スタイルの確認を終えた俺たちは、徘徊の森第一階層に来ていた。
俺としては一度セーフティエリアで休憩を取ってからでもいいんじゃないかと思ったが、マトゥアがなるべく急いで帰りたい言ったのだ。
俺も混乱していたのかすっかり確認するのを忘れていたが、五十階層を突破したとき俺たちはどうやって元の世界に戻されるんだろうか。もしもこちらで経過した時間がそのまま向こうでも経過しているんなら、たしかに俺も急がなければならない。
俺がいない間に優子と真に何かあったらと思うだけで胸が締め付けられるし、心配させたくないという気持ちもある。
チュトちゃんというちゃらんぽらんと一緒にいたせいでどこか薄れていた危機感を、マトゥアのおかげで取り戻すことができた。
「居るぞ、おっさん。あの樹の上だ」
「撃滅の奇跡」
徘徊の森第一階層に生息する、樹に擬態する猿。樹の上に隠れて奇襲の機会を伺い、無防備なプレイヤーを襲う魔物だが、マトゥアの獣じみた嗅覚によって擬態は全く通用していなかった。
マトゥアが視線で示した樹の上を聖なるビームでなぎはらうと、切断された樹と共に光の粒子と化した樹猿が落ちていく。
どうやら始まりの坑道とは違い、このフロアでは第一階層から魔物が群れて現れるらしい。
お仲間がやられた樹猿は、隠れる意味がないことを理解してか樹の上を飛び跳ねながら襲いかかってきた。
動きが速い。敏捷が高いタイプの魔物なんだろう。耐久型にした以上しょうがないのかもしれないが、俺の敏捷ではとても追いつけそうにない。
だが問題ない。俺には心強い仲間がいるのだから。
「おおおおおお!」
樹上で飛び跳ねる樹猿に飛びついたマトゥアは、鋭い爪で樹猿の腕を引き裂き地面にたたき落とした。マトゥアの腕は、形状は人間の手に近く、獣ような毛で覆われ鋭い爪が生えている。獣人とでも呼べばいいのだろうか。人のように道具を扱い、獣のように分厚い毛皮と鋭い爪を持っているのだ。
腕を負傷した樹猿は樹上を軽快に移動することができない。いくら素早いとは言っても、地上に降りてくれば大した驚異ではない。怪我をした腕の代わりに、噛みついて攻撃しようとする樹猿の顔面を盾で殴りつけ、ひるんだところを剣で斬り伏せる。
俺が1匹を倒している間にマトゥアも残りの1匹を倒し終えたようで、周囲には樹猿が動き回るような気配はなくなっていた。
「チクショー! やっぱ食えねえ!」
光の粒子に変わっていく樹猿に噛みつくマトゥアだが、その口からは輝く粒子が漏れ出ている。噛みちぎられた部位は消滅してしまっているのだろう。
マトゥアが生で魔物を食べようとしているのは彼の食生活によるこだわりとかではなく、獣の力を強化するためだ。
このダンジョンに来る前から自前で持っていたマトゥアの力、獣身変化は、マトゥアが食らった獣の力を新たに使えるようになるらしい。食えばなんでもかんでもというわけではなく、相性があって使えない場合の方が圧倒的に多いらしいが、それでも凄い力だ。
しかし、このダンジョンの魔物は獣身変化で使える獣の力には出来そうにない。今マトゥアが実践した通り、このダンジョンの魔物をそのまま食うことはできないのだ。
食い意地がはってるのですよ……




