ガチャ33 これまで
弱い奴は強い奴の言うことを聞く。なんとも前時代的というか、野獣的な思想のように感じられるが、この状況ではそう間違った考え方でもないのかもしれない。
俺の感覚で言うなら、体格が良かったり腕力が強いからと言って、好き勝手していれば警察に捕まるだけ。これは現代に限った話じゃなくて、例えば銃器なんかが開発されるよりずっと前の時代だったとしても、ちょっと優れただけの個体なんてそれ以外の集団に倒されて終わりだ。
人の強みは道具を扱う知能と数にある。どんなに強力でも、それが人の力の及ぶ生物である限りは、膨大な人という種族に最後は負ける。
だが、今この状況ではその数の有利という概念を当てはめることが出来ない。例えば俺がこの少年にひどいことをしても、罰しようとする集団なんていないのだから。もちろんひどいことをするつもりなんてないが。
そういう意味では、この少年が言っていることも一理あるのだ。
「とりあえず俺の勝ちってことは認めてくれるのかな?」
「負けは負けだ! 好きにしろ!」
這い蹲っていた状態から素早く身を起こし、少年は地面に座り込んだ。獣耳も相まって、お座りしている犬ようにも見える。
不満たらたらではあるようだが、一応自分が負けたということはちゃんと認識しているみたいだ。これでまだ負けてないとか言われたら少し困るところだった。まさか剣で切りつけるわけにもいかないしな。
「俺は三咲って言うんだけど、君の名前はマタだっけ?」
「マトゥア・ユアツィだ! 古代魔族言語で4番目の獣の王って意味のゆいしょただしい名前なんだぞ! 魔王様から直々にもらった名前を間違えるなんてぶれいだぞ!」
「聞き慣れない名前だったから、ごめんね」
黒髪黒目だけど顔立ちは日本人っぽくないから、たぶん外国人かハーフだと思われる。だとすればマトゥアという名前が偽名か本名かはわからない。とりあえず名前を間違えられるのは嫌みたいだからそこは気を付けよう。
「マトゥアくんは今何歳なのかな?」
「知らない」
「えっ」
知らない、ってどういうことだ? ああ、これもキャラづくりの一環か?
「今まで何歳の誕生日祝いとか、お父さんとかお母さんとしなかったかな?」
「俺にそんなのいねえよ」
「あ、ごめんね。無神経だったね」
「なんで謝るんだ?」
きょとんとした顔で問いかけるマトゥアくん。その表情からは嘘をついてるような感じはしない。
まさか、本当にわからないのか。会話をしていて、とても十代中盤とは思えない幼い言動だとは思ったが、あまりにも感性が成熟していない。
少なくともこの子は、日本で普通に暮らしていた子供ではない。何かもっと大変な、俺の想像も出来ないような場所で過ごしていたのかもしれない。
一度、自分の物差しを使わないで考える必要がある。
「マトゥアくん、一度君のお話を聞かせてくれないかな? 君が今までどうやって生きてきたのか、俺に教えてほしい」
「おまえ、それが目的だったんだな! 魔族の情報を手に入れるために優しくしようとしたんだろ!」
「話したくないところは話さなくていいよ。君個人のことを知りたいんだ」
「……クソッ! ちょうしくるうんだよ! ……俺は負けたから、それくらいなら話してやる! あとそのマトゥアくんっていうのやめろ! マトゥアって呼べ! なんかぞわぞわすんだよ!」
不機嫌さを隠そうともせず、俺を怒鳴りつけながら話し始めるマトゥア。子供が元気なことはいいことだ。少々生意気すぎるきらいはあるが、まあこの年代の少年ならさほどおかしくもない。
・
マトゥアが物心ついた時には、すでにどこかの森の中で一人で暮らしていたらしい。暮らしていたなんて言っても森の中に立派な家があるわけでもなく、住処に丁度言い洞窟や身を隠せる樹上で生活していたそうだ。簡単に言うなら、獣として森に生息していたのだ。
森には人間の子供なんて簡単に食べられるような獣が数多く存在していたが、マトゥアはただの子供じゃなかった。今実際に獣耳が生えていたり、手足が獣のようになっているとおり、自分の身体を獣のように変化させる力を持っていたのだ。俺はてっきりアクセサリーとかコスプレの類だと思っていたが、実際に触って確認してみたところたしかに本物だった。
獣化の力を使えるマトゥアは、森の中でも比較的上位の存在だった。中には勝てない獣もいたが、獣化によって鋭敏になった感覚は自分よりも強い獣の気配を感じ取ることが出来た。
マトゥアは獣の力を使うことで時に森の獣を倒し、時に隠れ潜み生きていた。転機が訪れたのは、ある曇りの日の夜だった。その日は最初から嫌な予感がしていたマトゥアは、空腹に耐えながら一日中身を潜めていた。なにか強大な存在が自分を捜しているような気がしたのだ。
実際マトゥアの感じた嫌な予感は正しく、森に潜む悪童の噂を聞いて、魔族の頂点に立つ存在である魔王がマトゥアを捜しに来ていたのだ。
結局魔王に見つかったマトゥアは、森の掟、すなわち弱肉強食に従って魔王と戦い敗北した。以降、その力を見込まれたマトゥアは魔王軍に勧誘され、その中でメキメキと頭角を現していく。
そして、今では末席とはいえ魔王軍の四天王に収まるほどの戦士となり、魔獣軍を率いる将になった。
そしてある時唐突にこのダンジョンに浚われた。そこからの境遇はほとんど俺と同じようで、マトゥアもチュトちゃんに導かれてここまでやってきた。
魔王様に拾い上げてもらったにも関わらず、なにも言わずに失踪するなんて出来るわけがないということで、マトゥアも自分なりの理由で帰るために戦っていたのだ。
魔王軍に関する細かい部分はほとんど省略されていた為、マトゥアがどうやって魔王軍の中で成り上がったのかはあまりよくわからない。
しかし、詳細を聞かずともわかる。何かしらの事情で一人森の中で孤独に育った少年マトゥア! 彼はその才覚を見込まれて魔王軍に入り、多大な戦果をあげることで四天王にまでなり、自身の実力を周囲に認めさせたのだ! きっと他の魔族たちもマトゥアの血と汗が滲むような努力の末に勝ち取った結果をほめたたえているに違いない! これはとある不憫な少年のサクセスストーリーなのだ!
「そうか、そうだったのか! 辛かっただろう! よく頑張った! お兄さんが誉めてあげよう! よーしよしよし!」
「暑苦しいからくっつくなー! 何で泣いてんだよ!? うざいんだよおっさん!」
これが泣かずにいられるか! 今だけはおっさんと言っても許してあげよう! 彼は誰かに甘えることも出来ず、幼いながらにずっと努力していたんだ! ここで俺が誉めてやらなくてなんとする!
荒唐無稽な話のように思えるが、それは今俺がここに居ることだって似たようなものだ。過去を語るマトゥアは嘘をついてないように感じたし、そもそもこの場で唯一の大人である俺が信じなくては、マトゥアも安心出来ないだろう。色々と理由はあるにせよ、俺はマトゥアを信じた。
そのうえで、一つ心配なことがある。マトゥアの話を聞く限り、どうもマトゥアは異世界の住人のように感じられる。このダンジョンは異世界の侵略者を閉じこめるための場所という話で、マトゥアが異世界人だとしたら、もしかするとこの少年は侵略者なのだろうか?
いや、しかしマトゥアがこのダンジョンにやってきた状況はほとんど俺と同じであり、だとすればプレイヤーのように感じられる。実際チュトちゃんの導きを受けていたということは、魔物ではないはずだ。
もしかすると侵略者というのは俺の世界だけではなく、様々な世界を狙っていて、それらの世界からプレイヤーが選ばれているのかもしれない。
どうせ考えても答えのでないことだし、マトゥアを今更敵だと思うよりはその方が精神的な負担は軽い。
大人は自分で自分を納得させて生きていかなければならないのだ。
プレイヤーさん、なんだか暑苦しいのです




