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ガチャ28 チュートリアルフェアリー

 寝室の扉を開くと、そこは見たことのない石畳の部屋だった。


「は?」


 反射的に振り返って見ても、視界に映るのは見覚えのある廊下ではなく、無機質な石の壁。握っていたはずのドアノブも消えているし、ドアそのものも消えている。今この部屋にあるのは、俺が開いた寝室のドアとは別の扉だけだった。


「ど、どこだここ? 俺は家に帰ったよな?」


 飛びついてきた真の重さ、抱擁した優子の感触、リビングから漂う夕食の香り。ついさっき感じたものは鮮明に思い出すことが出来る。俺は確かに家にいたはずだ。


 わけがわからない。いったい何が起こって、今がどんな状況なのか。それらを考察する余裕もなく、俺は無意識的に扉を開こうとした。だが、開かない。

 何かに引っかかったようにドアノブが動かなくなったのと同時に、胸ポケットから電子的な通知音が聞こえた。


 胸ポケットに入れているのはスマホだけだから、必然的に今の通知もスマホから発せられた音だとわかる。どうらや電波は繋がっているらしい。まるで神隠しみたいにいきなり見知らぬ場所に居たから内心かなり焦っていたが、電波が入る場所なら救助を呼べるはず。


 そんな風に、ほっと一安心した俺だったが、その予想は間違っていた。


「やっほーやっほーやっほっほー! チュートリアルフェアリーのチュトちゃんなのです!」


 取り出したスマホの電源を付けた瞬間、羽の生えた手のひらサイズの小人が画面から飛び出して何やら騒ぎ始めた。小人は縦横無尽に空を飛び回りながら輝く鱗粉をまき散らしており、まるで御伽噺の妖精のようだ。


「君たちがあまりにも不甲斐ないからチュートリアルにナビゲーターが派遣されたのです! ひざまづいて感謝せよー! 感謝せよー!」


 呆気にとられた俺は、突如目の前で停止して偉そうに指を指す妖精をただ見つめることしか出来ないでいた。


 神隠しに続いて妖精ときた。もしかしたら俺は寝室で眠ってしまって夢を見ているんだろうか。

 ためしに頬をつまんで見ると、普通に痛かった。夢ではないらしい。


「感謝せよー! せよー!」

「あ、ありがとうございます?」


 ひとまず感謝せよと鳴き続ける妖精に礼を言ってみる。何に対する礼なのかもさっぱりわからないが、未知の生物をいたずらに刺激するようなことはしたくなかった。

 言うとおりにしていれば、ひどいことにはならないかもしれない。


「うむ! よきにはからえー!」

「……では」

「!? はなせー!」


 思うようにしなさいというお許しが出たため、妖精を左手で掴んでみたのだが、お気に召さなかったようだ。

 一応、妖精が脆い可能性も考慮してそれなりに優しく握っているが、感触は人間とそう変わらない。

 ふぎぎ、とうなり声をあげながら俺の左手から脱出しようとしているが、力は弱く俺の手をこじ開けることなど出来そうもない。

 あまり危険な生物ではないのかもしれない。


 手を開いてやると、妖精は大急ぎで飛び上がりぷりぷりと怒り出した。


「チュトちゃんは打たれ弱いから乱暴に扱ってはいけないのです! まったく、万死に値する蛮行なのですよ!」

「すみません、混乱してしまって」

「ふー、やれやれ。これだからプレイヤーさんはダメなのです。そんなんじゃあチュートリアルをクリア出来ないのですよ!」

「あの、チュートリアルって何なんですか?」


 チュートリアルという言葉だけを聞くなら、物事の入門部分の教育だとか、マンツーマンの集中教育ということになるが、だとしたらこの状況について説明してくれるということだろうか。


 しかし妖精は、君たちが不甲斐ないから派遣されたと言っていた。それはつまり、今の俺と同じ状況にある人は他にもいて、その中には妖精を派遣されずに何かを始めさせられてる人も居るってことなんじゃないか?


「落ち着くのですよプレイヤーさん。まずは君が為すべきことを語るのです!」

「為すべきこと、ですか……」

「いま、君の暮らしていた世界は異なる世界からの侵略を受けようとしているのです。しかーし、君の世界を管理している大いなる存在はそれを防ぐための防波堤を作り、侵略者をその中に閉じこめたのです! 君の役割は閉じこめられた侵略者を殺しまくって君の世界を守ることなのです!」


 腕を組みふんぞり返りながらドヤ顔で語る妖精のチュトちゃん。理屈はわかったが、いきなりそんなことを言われてもというのが正直な感想だ。

 そもそもなぜ俺が選ばれたのか。そりゃあ俺以外にも選ばれて戦ってる人はいるんだろうけど、地球にはまだまだ戦える人が居るんじゃないか?

 まさか軍人とか格闘家とかが全員召集されてるってことはないだろうし、そういう人たちの方が適任のはずだ。


「自慢じゃないですけど、俺は殴り合いの喧嘩とか従軍経験とかはしたことないですよ」

「世界を守る勇士、別名プレイヤーさんには管理者が力を分け与えるのですよ! プレイヤーさんの選別基準は戦闘経験とは関係ないからオールオッケー!」

「正直に言うと勘弁して頂きたいんですが」

「ノー! 拒否権はないのですよ! 戦わなければここで飢え死にすることになるのですよ!」


 徴兵令と何も変わらないじゃないか。赤紙が来たと思って大人しく戦えってのか?

 たしかに軍隊の仕事は国を守ることだし、格闘家は命をかけて戦うわけじゃない。世界を守るために戦わなきゃいけない義務を負った人間なんて誰もいない。だから他人に押しつけることなんて出来ないのはわかる。

 でもだからって何で俺なんだ。俺じゃなきゃダメだったのか? 俺や、他に選ばれた人たちは何か特別だったのか?


 家族と離ればなれになるような特別なんて欲しくなかった。


「チュトちゃん的には、君にも戦う理由はあると思うのですよ。君には大切なものがあるのです。守りたいものがあるのです。君はそのために戦うのですよ。大切な何かを、他人の手に委ねていいのですか? 今ならば君は、自分の手で運命を変えられるのですよ」

「……戦いが終わったら帰れるのか?」

「生きて戦いを勝ち抜けば帰れるのですよ」


 現実味がないんだよ。いつか誰かに侵略されるなんて、そんなこといきなり言われたって、はいそうですかって納得出来る訳ないだろ。家族のそばに居たいって思うのはあたりまえだろ!


 でも、妖精の言うことも理解出来る。プレイヤーとやらは、管理者の力とかいう大層なものを分け与えられるらしい。ある日いきなり侵略者が現れて、何も出来ず、家族も守れずに死ぬくらいなら、家族を守るために戦うっていうのも、少しは納得できる。


 ……いや、違うか。俺は無理矢理自分を納得させようとしてるだけだ。どうせこの話を断ることは出来ないから、断って目の前の妖精がいなくなっても俺は帰る方法なんて知らないから、だから最善の方法を選ぶために自分を納得させようとしている。

 仕方ないことだ。やるしかないことだ。後は自分の心に折り合いをつけて、進むしかないんだ。


 子供の頃はやりたくないことはやりたくないと駄々をこねられた。後先なんて考えなくて、我が儘を押し通そうとしていた。

 大人はやるべきことを間違えない。たとえ本当はいやでも、やりたくなくても、そうしなきゃいけないなら自分を殺してでもやるんだ。


「やるよ。やるしかないんだろ。……別に、説得されたわけじゃないからな」


 初めて合う人には敬語を使う。それが俺にとって大人としてのマナーだったが、この妖精は敬う必要なんてないだろう。


「はわわ! これが噂に聞くツンデレなのですね! ところで、中年男性のツンデレって需要あるのですか?」

「ツンデレじゃないしそもそも俺は中年じゃない!」


 俺はまだ32歳だ!

 失礼な妖精とあーだーこーだ言い合いをして、一息ついたところでふと妖精が小声で何か呟いたように聞こえたが、よく聞き取れなかった。

 追求しても独り言だと笑うだけで、結局なんと言ったのかはわからなかった。


「どうしてプレイヤーさんはどいつこいつもただ始めるだけなのにここまで面倒くさいのですかねー。神剣の勇者を見習って欲しいのですよ」

やっほやっほやっほっほー!

チュトちゃんなのです!

ひれ伏せ!

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